四 純情
彼と一緒に桜書店を出た。外は変わらず寒いまま。彼はすっと私に寄ってきた。私も少しだけ彼に寄った。今感じているのは、やっぱり彼のプラトニックな恋心。私は試してみた。ひどいことだと分かっていて。
彼女は彼の腕を掴んだ。すると、その瞬間彼の心に不純なものが現れた。彼女はそれを待ち望んでなんかいないと思いつつも、少しだけ興奮していた。そして次に、彼の腕を彼女の身体に密着させた。彼の心にある不純なものはより一層大きくなった。
その時に彼女ははっと気付いた。小さな好奇心から、彼を汚してしまったと。彼はどこかの男と変わらないほど卑しくなりかけていた。
彼女はさっと彼から離れた。彼は何も言わない。ただ、心の不純はもう無くなっていた。
私の住む冷たい住宅街へ入った。背中に北風が吹きつけてくる。髪の毛が顔の方へ飛ばされてくるようになって、鬱陶しいと思っていた矢先、彼は私の後ろに立ってくれた。私より少しだけ大きな体躯をした彼は、いい風避けになったわ。
彼は私に一言、まるで独り言のように「僕も、もうそろそろ誕生日だ」と言ってきた。私は彼の心がプラトニックなままだと感じとると、彼の方へと振り返った。すると、北風が止んだ。彼が抱擁をしてきたのだ。彼はすぐに身体から離れると、何も言わず、また一列で歩き始めた。私の心は多分、いやきっと卑しくなっていた。
彼は決して男前でも、賢い人間でもない。ただ純粋でありたいと思っているの。きっとそうで、私はそんな彼に汚された。でも、悲しくなんかないわ。彼はまだプラトニックにあるけれど。
彼女の家に到着した。彼は「じゃあ」と一言、すぐに去ろうとした。北風が右から吹きつける中、彼を呼び止めた。彼女は彼を汚そうと思っている。彼はそうとも知らず、彼女の部屋へ上がっていった。
彼女の部屋は十二畳の和室だ。さっと部屋の角に置かれてある座布団を二つ、近くに並べた。そして、向かい合って座り、彼女は口を開いた。
「私はボッコくんのことが好きなの」私は真っ直ぐ見つめて伝えた。彼の心は未だプラトニックだった。
「僕は桜さんに似合わないよ」彼は謙虚に、思ってもいない嘘を言った。
「一緒に居れば、雰囲気も似てくるわ。私はすぐボッコくんに染まれるわ」
「そう?僕は桜さんは桜さんに染まったままでいてほしいよ」彼は私のことが嫌いなのかな?そんな会話がしばらく続いた。
私は耐えられず、とうとう聞いてしまった。
「ボッコくんは私のことが嫌いなのね」彼は返事をしなかったが、私の手を握ってきた。彼の手は冷たかった。
「僕は慕っている桜さんの部屋に初めて上がって、そして突然交際を申し込まれた。緊張しているんだ。冷静になろうとしたんだ。しかし、それが不要だったみたいだ」彼は私の身体に擦り寄って、泣き出した。プラトニックな恋心を、彼はいつまでも突き通そうとしていたけど、私は自分に耐えられなかった。彼の身体を起こして、唇に接吻した。それでもなお、彼はプラトニックであった。
彼女は瞬時に彼を押し倒し、覆い被さったまま接吻を続けた。ただ、その時に彼女は『プラトニック』にあることを意識し続けていた。プラトニックにあると思えば、この俗な行為もきっと、プラトニックなものになると思ったのだ。
しばらくして、彼は俗になってしまった。それでも彼女はプラトニックにあった。彼が服を脱げば、彼女も脱ぎ、彼が「好きだ」と言えば、「えぇ、私も」と言った。
次第に、彼の俗はプラトニックへと変わっていった。身体を交わらせることの重要さを二人は知った。
私たちは一区切り終えると、ずっとプラトニックに居ようと誓いあった。私が口にした訳でもない『プラトニック』を、彼は感じ取ってくれていたの。
窓の外に子供の声がした。そっちへ顔を向けると、ピンク色のものが一つ見えた。気付かなかった。桜が一輪、こちらを向いて大きく咲いていた。
或る少女の話 江坂 望秋 @higefusao_230
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