カイジュウの飼いかた

一縷 望

カイジュウの住まうところ

 僕の心には、どうやらカイジュウが住んでいる。意地悪くて、手に負えないカイジュウだ。


 奴には、町を壊す大きな体も無ければ、人を喰らうカミソリみたいな歯や、悲鳴を裂くデカイ爪も付いてない。姿すら見えないので、普通に暮らしていても奴の存在に気付くことはあまり無いだろう。


 目でモノを見る僕たちには、奴の本当の怖さはわからない。意地悪なカイジュウは、僕たちの見えないところで、人を殺す呪文を唱えているんだ。


 ギャオギャオと見えないカイジュウから発せられる呪文は、心の天幕をいとも簡単に破いて、飛び出していってしまう。ギャオギャオ、ギャオギャオ。


 その声は体の中で何度も跳ね返って威力を増すと、ついに口から吐き出される。


 その破壊力の凄まじいこと。


 爆弾の威力なんて比でもない。


 何人、場合によっては何万人もの心をビリビリにして、その人たちを人間ではない生き物に変えてしまう。


 「おぞましい」


 もっとおぞましいことに、このカイジュウは、人間の心の中に必ず住んでいる。


 かならず。


 街の喧騒の中や、人との会話の中。

言葉が絡むありとあらゆる場所で耳を済ませば、カイジュウの呪文が聞こえてくる。


 自分の心に居るカイジュウの声は、もっとはっきり聞き取れるかもしれない。


 ギャオギャオ、ギャオギャオ。


 でも。


 カイジュウも好きで呪文を叫んでいるわけじゃない。


 カイジュウの存在に気付いてほしくて叫んでいる。


 透明で、影も持たなければ体すら無い。出せるのは、痛い、とても痛くて醜い声だけで。そんな自分を、そして自分から目を背ける周りを呪うように泣き叫ぶ。


 発するそばからボトボトと地面に落ちるような汚い呪文を嫌悪しながら、尚も認めて欲しくて叫んでいる。


 だから、お願いです。


 もし自分の心や、人の言葉にカイジュウの呪文が聞こえたら、攻撃しないであげてくれませんか。


 その代わりに、こう、語りかけてみてください。


「大丈夫だよ。もっと泣いてもいい。私だけは、カイジュウの味方だからね」


と。

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