第10話 彼女が見た、冥い波が引き寄せた闇③
何なんだろう、これは。
山に居た連中……それこそ、一番始めに対峙した大きくてヤバいヤツとも、何かが違う。
幽霊とか妖怪とか、古来より人に語り継がれている『人外のモノ』とは、明らかに一線を画した何か。
実は私の見ている姿形すら、合っているのかすら怪しい。
本当に……何なのだ???……これは……
真夏の夜だというのに、ゾクゾクと寒気がする。底知れぬ恐怖が身体の奥から湧いてきて、その場に立ち尽くしていた。
そうだ、ヨミちゃんは!?
「うわぁぁぁぁぁァァァァ!!!」
ちくしょう、さっさと逃げやがった…
が、『何か』は、のっそりとヨミちゃんの逃げた先を追い掛けて行った。
え、なんで?
僅かな弁当の残りをモソモソと食べ、すっかりぬるくなったビールを喉に流し込んだ。苦味と鉄錆の混じった味が、舌に残る。
まさか、本当に妖怪に追われているとは。
しかも素人目にも只者ではないと分かるヤツだ。
名状しがたい存在感を放ち、それでいて闇よりも静寂な “ 無 ” を保つ。大いなる謎と矛盾に満ちた訪問者。
気軽に『化け物』なぞと呼んではいけない気がする。真の『得たいの知れないモノ』とは、この存在の様なモノを指しているのだろう。
ところで、ヨミちゃんは何処へ行ってしまったのだろう。正直、先程の『何か』に襲われたところで、助ける義理などないのだ。
多少の後味の悪さは残るかも知れないが、こちらの身の安全の方が最優先だ。置いてけぼり食らったのは私の方だし、赤い羊羮も食われたし。
いや、私も呑気に佇んでいる場合ではないな。そろそろアカリンを呼び戻さないと、またもや『何か』に遭遇すると困る。
しかし、ヤツはどこまで行っているのやら。
大声を出して呼ぶのはまずいかなぁ。でも、大物が出たら直ぐ呼べって言ってたからなぁ。
『何か』の姿が見えないうちに呼び戻そうと、声を上げるその直前。
ぞわっとした非常に嫌な空気を感じ取った。
すぐそこに、居る!?
ほんの、数メートル先。暗い『何か』が、ゆっくりと移動しているのが確認出来る。
だが、この辺りは砂浜ばかりで、身を隠す場所なんてない。
仕方ないので、気取られないように伏せたまま、そろそろと逃げるしかない。
じっとりと体を伝う汗なぞ
だが、やはり感付かれたであろうか、じわじわとこちらへ『何か』は近付いて来るのであった。
一先ず静止する。息を殺し、己れを無にして遣り過ごそうと試みる。
(私は只の砂浜の影、私は只の砂浜の影、私は只の砂浜の影……)
だが、早く立ち去って欲しいと願う私の想いは、直ぐに絶望へと変わっていった。
顔を伏せているので状況は分からないが、明らかに周りの空気が何だか良からぬ重苦しさを帯びてきたのだ。気圧が急激に変化したように耳の奥が詰まり、全身の感覚が失われてゆく。
「──────────────」
え……!?今何か、私に話しかけてきた?
そして『何か』は、通り過ぎて行った。
その語りを聞き、理解し、驚き
『何か』が人に通じる言葉で、私に話したというのは事実だ(多分)。しかし私が何を聞いたのかは、全く覚えていない。
考えながら、真っ暗な浜辺を歩いていると、ヨミちゃんが走って来た。
「ちょっとぉ~、なんで助けに来てくれないのよ~、役目でしょ」
いや、勝手に逃げたのはそっちだし。
ってか、無事だったんかーい!
「ねえヨミちゃん。あれは一体なんなの?」
「言ったじゃん、妖怪だって。お姉さんも見たでしょ?」
「確かに見たし、人外のやばそうな姿をしていた。しかし、本当に妖怪なの?」
「どう見たって妖怪じゃん。どうして変な事聞くの?」
変な事…そう、私はおかしな事を言っている。あの『何か』を妖怪だと肯定してしまう事に、矢鱈と懐疑的だ。
その辺のあやかし連中に比べて異彩を放つ存在だったとしても、妖怪と呼んで差し支えないはず。
それに、何故……
「お姉さん、連れは?」
「え?」
「ほら、メイン戦闘員って言ってたやつ」
そうだ、何故アカリンを呼ばなかったのか。
時間はあった。
機会もあった。
大物が出たら呼べと言われていたし、何より我が身に危険が迫っていたのだから呼んで当たり前だ。
なのに何故?
「ねえねえ、早く呼んできてよ、その人」
「う、うん……でもそのメイン戦闘員、人ではないんだけどね」
「え、ウソ!!!人でないって何、妖怪!?」
「う…うん。ま、そんな、感じ…」
本当は神なのだが、誰がどう見たって妖怪にしか見えないだろうから…まぁいいか。
「妖怪から逃げているのに妖怪呼んでどうすんの!?バカなの!!」
「こ、こら!そんな大声出したら…」
ズゥゥゥ…ゥゥゥン…
と、また例の重苦しい空気に包まれる。
言わんこっちゃない、『何か』が来てしまったではないか。
暮色蒼然のその先の神(キミ)と、向かう行方は天か地か 胡蝶花流 道反 @shaga-dh
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