第9話 彼女が見た、冥い波が引き寄せた闇②

「!?」

 振り向くと、そこには女の子が立っていた。10代の、それも中高生くらいだろう。清楚で綺麗な子なので、多分アカリンのストライクゾーンだろうな。ヤバいかも。


「貴女、学生だよね?早く帰らないと、危ないよ」

「おいしそう。何食べてるの?」

 聞いてないよ、この娘。反応がゲームのNPCだよ。


「お家の人、心配しているよ。この近くに住んでいるの?」

「その、赤いヤツ頂戴。それ食べたい」

 おいおい、躾がなってないなあ。この子の家まで送り届けて、親の顔が見てみたい。


「あのねぇ、一緒に付いて行ってあげるから、お家にお帰り」

「ちょーだいちょーだいちょーだいちょーだい!!!」

 こっっっの、バカ娘!!!

 仕方ない…


「お姉さんね、このお弁当食べたらね、妖怪退治に行かなきゃならないの。だからね、貴女みたいな女の子が居るとね、邪魔なの」

 自分で言っておいてアレだが、酷い台詞だ。これならドン引きしてこの場から立ち去ってくれるだろう。

「お姉さん、妖怪退治出来るの!?」

 何故か、逆に食い付いてきた。いや、その反応は可笑しいだろ?


「ん……まあ、ね……」

「だったら、アタシを妖怪から守って!」

「え"!?」

「アタシね今、妖怪から逃げてるの!逃走中なの!」

 ナンテコッタイ!




 やはり最初は、揚げ物からガツンと行きたい。それも、トンカツ一択だな。

 予め揚げ物全体にソースを掛けておく。その都度食べる前に掛けるときもあるが、気分によりけり、だ。


 トンカツをサクッと囓る。冷めていても、お肉が柔らかくて充分に美味しい。

 そしてビールを一口。少し温くなっているが気にしない。


「ビールなんて飲んで大丈夫なの?これから妖怪と闘うのに」

「いいのいいの、メイン戦闘員は別にいるから」


 別に少女のボディーガードを引き受けた訳ではないし、大体妖怪に追われているという話自体信じていない。

 しかし万が一本当の事で、さらに万が一大物が出てきた場合、妖力の大量補充が出来るかも知れない。なので、一先ず彼女と行動を共にする事となった。


 だが、何よりも今は弁当が食べたい。ヤツが戻ってくる、その前に!


 副菜もいい具合に酒に合う物ばかりなので、嬉しい。

 南蛮漬けは細切りの玉葱・人参・ピーマンが入ってて、酢の加減が絶妙に決まっていて、もっと食べたいと切に願う。

 煮物とキンピラも、然り。


 メンチカツは肉の旨味がギュッと濃縮され、玉葱の甘さがいい働きをしている。

 カレー風味のコロッケは、ほんのり甘い。薩摩芋が入っているのかな?

 嗚呼、ビールがなんぼでも進む!


 ザザザ……ザザザ……と、暗闇に波の音だけが響いている。夜のピクニック、といった趣で不思議な高揚感を覚える。

 が、何時、人成らざる何かが現れるのか定かではない。それなりに気を引き締めておかないと。

 全然引き締まってないけど。

 



 ふと我に返ると、少女がこちらをガン見している。こういう時こそスマホでも弄っていろよ、と思った。なんか、食べ辛いじゃん。


「ところで貴女…ん~、名前は?あ、私の名前は阿沼美あぬみせあら。宜しく」

 会話がやり辛いので、名前を教えて貰う事にした。

「アタシは……ヨミ…」


「ふぅん、ヨミちゃんね。で、こんな所で、こんな時間まで何していたのかな?」

「えーっと、ね…自殺」

 丁度口に含んでいたビールを、吹いてしまった。


「ゲホッゲホッ。じ、自殺!?」

「うん。ほら、びしょびしょだよ」

 先程から、何か潮の匂いが強いと思ったら、そういう事か。


「入水自殺とか、若い女の子がやっていいもんじゃあ、ないよ。いや、若くなくても駄目だけど」

「んー…何となく、最後に海が見たくなって、それで」


「最後に海、ねぇ。あ、巻き寿司2つあるけど、1つ食べる?」

「やったぁ、頂き!!」


「ちょっ、それ!私のデザート!!」

 何故かヨミちゃんは巻き寿司ではなく、羊羮のような赤い寒天を取っていった。

 おい、やめろ。万死に値するぞ。


「ん~~~、美味しい!」

「そんな、年寄りが好むような和菓子、そこまで欲しかったのかねぇ」

 そう言えば、初めから矢鱈と欲しがっていたなあ。実は私も食べるの楽しみにしていたんですがねェ。


 その、すぐ後。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 突然ヨミちゃんが大声で叫んだ。


 怯えた目の向く方を振り返ると、大きくて黒い何かが居た。

 周りの闇よりももっと冥い、何かが。




 




 


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