第8話 彼女が見た、冥い波が引き寄せた闇①

「もう山へは行かなくても、いいんじゃねえかなァ」

「え!?」


 週に一度の山の見廻りをする事3カ月。

 一週間のうち6日はバイトをし、家に帰ってからは副業と神様アカリンのお世話、そしてゆっくりと休める筈の休日は妖怪退治のお手伝い。

 私、阿沼美あぬみせあらは身も心も疲労困憊しております。


 え、取り敢えず下手糞な漫画描くの止めちまえって?

 やかましいわwww


 アカリンこと、尾沙輝おざき星灯あかり氏と同居(と言うか、飼育?)を始めて、右腕が戻るまで仕方なし、でも非日常的なこのシチュエーションは漫画のネタになるかも、いや絶対なる!!!等と期待しておりました。

 しかし、待ち受けていたのは只の厳しい現実のみでした。


 明日の休みもまた終日パトロールかと、憂鬱に思っていた所だった。

 が、漸く労力が報われる時がやって来たのか?


「もう山に行かなくていいって、本当か?私達、元に戻ったのか?」

 一応アカリンの妖力が戻る毎に、少しづつではあるけれど距離と時間共に離れていても大丈夫になってきている。

 遂に、このブラックな日々とおさらば出来る!


「なにを寝惚けた事ぬかしてやがる。次は海行くぞ、海!」

 はぁ???

 山の次は海って、それ何てバカンス?




「お盆を過ぎて海に入ると、霊に足を引っ張られて溺れ死ぬって、田舎の婆様に小さい頃散々言われたんだが」

「地球温暖化のこのご時世、9月に入っても海で泳いでいるヤツ、わんさといるぜ」

 いや、絶対海には入らんぞ。潮風に当たるだけでもゴリゴリとHP削られるんだ、インドアなめんなよ。


「何故、海に行かねばならんのだ。それより、山はもう大丈夫なのか?」

「悪意のある妖魔は、狩り尽くしちまってカスも残って無ェよ。この辺で他にめぼしい場所っていやあ、海くらいさァ」


「まあ、仕方ない。明日に備えて早く寝るか」

「いや、今から行くんだぞ。山と違って、日の出ている間は魔のモノが集まりづらいからな」


「えぇーーー!?!?!?!?!?」

「早く、元通りになりてェんだろ?行くぞ!」

 ぐぬぬ…



 ギリギリ、電車の動いている時間に動く事が出来た。だが帰りは……その時になって考えよう!

 20分程電車に揺られ、駅からは徒歩で10分くらいで目的地に着いた。


「あ~気持ち悪ィ…オマエの中、最悪だぜ」

「変な言い方するな!!言っておくけど、私だって気分の良いものでは無いんだ。嫌なら自力で動け」


 公共交通機関を使うには、どうしても一体化──アカリンが完全幽体化し、私の体に取り憑いた状態──とならなければならない。

 万が一霊感の強い者がいて、アカリンの姿が見られたりしたら大事だ。


 その為の一体化なのだが、これが非常に心地悪い。出来ればやりたくない。

 何故ならば、お互いの意識が融合するというか、なんとなく2人でひとつみたいな感覚になるからだ。

 常日頃、双方が良い感情を持っているとは言い難い間柄故に、お互いの負の気が染み込んでくるのだ。

 


 断っておくが、私は決して霊感の強い方ではない。アカリンの妖気なるものが残っている為に、見える筈の無いモノが見えてしまうだけだ。


 なので……出来ればその様なモノが見えるようになぞ、なりたくはなかった。

 


  

「おー、いるいる!ちょっくら沖に行って来らぁ、浜の方で大物が出たら直ぐに呼べよ!」

 いるって、何が!?

 良く見ると白い靄の様な物が、そこかしこに浮かんで見える気がする。

 う~、見なかった事にしよう。


 アカリンは本当に沖の方へ行ってしまった様で、すっかり姿が見えなくなった。

 砂浜は特に何もいないようで、今のところは異常無しだ。

 夜の海は黒くて暗くて、思った以上に不気味だった。

 家に居るよりは涼しくて過ごしやすいが、妙に寒気がする。まさかこの辺りも、何かいるのか?




 アカリンもまだまだ戻りそうにないので、来る途中に買ったお弁当とビールで夜食タイムを決め込む事にした。ヤツと一緒に食べると、余分に食われたりするし。

 釣具店の隣の、小ぢんまりとしたコンビニのような個人商店が遅くまで開いていて、そこで購入した物だ。釣り場が近くにあるのかな?


 今回買ったお弁当はそこの店で直接作っているようで、何と言うか普段買っているモノとは違って一寸目新しくて、ワクワクする。

 アカリンがやって来てからは忙しくなったので、コンビニやスーパーで食べる物を調達する事が増え、少し飽いてきたところだった。さて、頂こう。




 先ずはお母さんの手作り感満載の、ミックスフライが食欲をそそる。トンカツ3切れにメンチカツとコロッケで構成されている。

 副菜に、一口サイズの鯵の南蛮漬け・ヒジキと大豆の煮物・根菜のキンピラが入っている。

 詰められた御飯の上には黒胡麻と梅干が載ってあり、それとは別にオーソドックスな巻き寿司が二切れ追加されているのが、個人的にはポイントが高い。

 更に田舎のおばあちゃんちでしか見ない様な、赤い色の謎羊羮的なデザートまで添えられてある。 


 箸を付けようかとしたその時であった。

「おいしそう…」

 波音の合間に、少女の声が響いてきた。


 


 


  




 

 

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