第7話 神の棲み処 ~呉越同舟のシェアハウス~

 遅い朝を迎えた筈なのに、部屋は薄暗く寂寞としている。

 耳を澄ますと微かに聞こえる雨音が。

 私の住む地方も、とうとう梅雨入りしたようだ。


 そうと決まれば二度寝決定だ。何せ、今日は仕事が休みなのだから。

「おい、いつまで寝てやがる!メシまだか、メシ!!」

 ……クソ、コイツが居るのだった。さらば、私の幸せの惰眠よ。




 今朝はトーストとインスタントのスープで済まそう。

 食パンは……よしよし、無事だ。

 前に一斤全部アカリンに食われていた事があり、他にも勝手に飲み食いされるので、一度こっぴどく叱ってやったのだ。それからは、貴重な食糧が無くなる事は少なくなった。

 神といえども、躾は必要だ。先の見えない同居生活を続ける以上、人間こちらの常識に従って貰わねば。


「なんだ、朝飯はこれっぽちかよ。オレは由緒正しい日本の神様だぞ、米くれよ、米!!」

「何が由緒正しい神だ。今では、人の力を借りなければ何にも出来ん、雑魚妖怪ではないか」


「仕方ねえなぁ。ほんじゃあ、食ったらすぐ行くぞ」

「行くって、どこに?」


「山のパトロールに決まってるだろうが。今日みてぇな陰鬱な日にゃあ、ヤバいヤツが増えて遣り甲斐あるぜ!」

「私はやだよ」

 この疲れ切った体に鞭打って、雨に濡れながら動き回ったりなんぞしたら、間違いなく次の日寝込む。冗談じゃない。


「何言ってやがる。行くぞ!」

「無理!」


「早く元通りになりたくねえのかよ!」

「その前に我が身が機能不全で使い物にならなくなったのでは本末転倒だ、馬鹿らしい!」

 そんなに行きたければ一人で行け、と言い返せないのが口惜しい。

 

 アイツが離れてしまえばまた右腕が消えてしまう。まあ寝ているだけなら不便は無いだろうが、万が一其の侭消え去ってしまうと困る。いや、困るどころではない。

 だが其れは相手アカリンも同じなのだ。


「クソ、もう少し力が戻りゃあ、このくらいの天気、何とかするんだがなァ」

「え、アカリン天候も操れるのか?」


「どっちかと言やあ、天気操作の方が専門だがな」

「凄いな、まるで神みたいではないか」


「おいおい、オレの事を何だと思ってやがる」

「…そう言えば神だったか、そうか。次の休みからはパトロール頑張ろうな、アカリン」


「なんだ急に。気持ち悪ィな」

 そうと知ればさっさと力を戻して貰って…梅雨の長雨で洗濯物が溜まった時に、巧く煽ててパリッとした快晴にして貰おうではないか!


「山に行かねぇんなら、オレは寝るぜ。起きてたって腹が減るだけだもんなァ」

 どうぞどうぞ。私はこれから最後の休み(実質)を有意義に過ごさなければならないので。




 米を研ぎ、ご飯を炊く。続いておかず作りだ。

 甘塩あまじょっぱい卵焼きに赤いタコさんウインナー、湯煎パウチのミートボールに冷食の唐揚げ。

 茹で過ぎて余ったパスタの残りがあるので、ケチャップで炒めて付け合わせに。

 なに?野菜が無いって?

 冷蔵庫に眠っているキャベツの浅漬けと叩き胡瓜、これで充分だ。


 ご飯が炊けたら全部おにぎりにする。5合炊いたので、大仕事になるなぁ。

 中に入れる具は、子持ち昆布、鮭フレーク、ちりめん山椒、かつお梅、味付け数の子。おにぎりもにするので、心持ち多めに詰める。


 よし、こんな物かな。

 正にお弁当メニューだが、何処かに出掛ける訳ではない。お弁当なんて、仕事にすら殆ど持って行かなかったりする。

 逆に休みの日には午前中沢山作って置いて、昼から夜にかけてグダグダと酒を呑みながら摘まむのに持って来いだ。


「何だ、美味そうな匂い漂わせやがって。昼飯の時間か?」

 もう起きたのか。もっと寝ていればいいのに、いやしんぼめ。

「今日はとことん自分を甘やかす日と決めたのだ。アカリンも適当にやってくれ、酒もあるぞ」


「珍しく喰う物がたっぷりとあるじゃあねぇか。遠慮なくいくぜ」

 さて、ゆっくり過ごすと決めたからには、腰を落ち着けてDVD鑑賞でもしよう。


「何だそれ。面白いのか?」

「ああ、勿論だ。程好く刺激的で、程好くギャグを挟み、程好く感動出来る冒険活劇だ」

 どうもこの神、一丁前にアニメを嗜むようだ。私が視聴している時ジッと観賞するだけでなく、あーだこーだと感想を述べたりする。


「なかなか面白そうじゃねぇか」

 良かった、お気に召したようだ。批判の一つでもされるようなら、酷くげんなりする。貴重な一時ひとときを重い空気の中で過ごしたくないものだ。

 



「やっぱ、呑み食いするシーンがあると、こちらも食と酒が進むね~!」

「お、ニンゲン。オマエもそう思うか!」

 ビールから始めた酒盛りもいつの間にか日本酒に移り、つまみもほぼ平らげ(おおかたアカリンが食ったが)、お互いすっかり気分良くなっていた。


「これこれ、このシーンで主人公達が食べてるヤツ、いつか作ってみたいんだよね」

「ハハハ、ソレ絶対作らねェパターンだな」

 ちっ、読まれてやがんの。言いまわしが今時っぽいのも、何かムカつく。古の神とやらが、パターンなんて単語使うか?


 だが、すっかり意気投合してしまっている。アニオタの酒宴オフ会かよw

 雨音は強さを増し、更に薄暗くなった気がする。嗚呼、こんな日は本当に家でのんびりするに限る。


「あ、やばい」

「どうした?」

 休みの内にやっておかねばならない事を思い出した。




 リビングから自室に移り、パソコンを立ち上げ作業を始める。

「なんだ、相変わらずヘッタクソな漫画描いてんのか」

「わーーーーーーーーーーーーー!!!」

 思いがけず神に後ろを取られていた。


「な、何故ここにいる!?あっちで吞んでいた筈では?で、相変わらずって何?見た事あるの、いつ見たの!?」

「あァん?細かい事、気にすんじゃあねェよ。それよかオマエ、この画力で漫画家になろうってのか?」


「も、問題ない!絵はこれから幾らでも上達するかも知れないし」

「いやいや、それ以前の問題だろ、コレ!小学生の落書きかよ!ってか、ここなんて、棒人間じゃねぇか!」


「うぅ~、小学生の落書きレベルなのか、私の絵は」

「ま、せいぜい頑張りな。人の夢にまで文句を付ける気は無ェ。一応、願いを叶える神様だしな。こんなモンで、人様から金貰おうって企んでる訳でもあるまいし」


「……………すまん。こんなモンで、お金頂いてる…」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?おいオマエ、今なんて言ったんだ!?」


「まあ、投稿サイトの、広告収入、僅かだけど、そんな、感じ…」

 ホント、子供の小遣いにもならない位だけど。

「世の中には物好きな奴もいるからな。味があるとか、個性的とか、蓼食う虫も好き好きってのかねェ」


「いや、仕上げは他の人にして貰ってる。ん~と……これこれ!どうだ、この劇的ビフォーアフターは!!」

 そう言って見せた作品は、綺麗な絵柄の、商業で出るレベルの、きちんとした物だった。私の描いた代物シロモノと比べるのも畏れ多い程の…

「おい。オマエがやってる事って漫画家じゃあなく、漫画原作者だよな?今ドヤ顔で見せられた絵って、9割9分別物じゃねぇか!」


「ま、漫画家だし!ちゃんとコマ割りにも拘ってるし、キャラデザも考えてるし!」

 世の中にはプロでもアシスタントさんに、結構頼っている漫画家の方もいるとかいないとか。

「すげぇ!人物画単体のイラストだけは、少しはまともだぜ。いるよな~、こういうヤツ。で、仕上げて貰っている奴には、ちゃんと相応の報酬渡してんだろうな」


「いや、本人の希望で出世払いでいいと言ってる。私の作品が好きで、携わる事が出来るだけで値千金だそうな。だから、こちらが何度報酬を受け取ってくれと頼んでも、断固として拒否されるのだ」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?そいつ、頭沸いてんのかよ!!…ハァ、オレにはやっぱ理解できねぇぜ、人間ってやつはよォ」


「人外如きに理解されなくたって構わん。例え一人でも私の作品を好いてくれる者がいるなら、それでいいんだ」

「けッ、下らねェ。低俗な議論なんざ交わしたせいで、酔いが醒めちまったじゃねえか。あっちに戻って呑み直すぜ」


 私も少し吞み直そう。それから続きを描こう。

 いつか、コイツアカリンを唸らせる様な凄い作品を創造つくるのだ。そして『貴様の御利益がなくとも願いを叶えてやったぞ!』と、言い放ってやる。



 …先ずは…画力を小学生から中学生レベルに引き上げる所から始めなくては…







 


 


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