第6話 神の棲み処 Side:A

 ああ、冗談じゃねえ。


 おっと、失礼。オレは…ヒト界隈では、尾沙輝おざき星灯あかりと名乗っている。見た目はアレだが、歴とした神だ。

 

 ホント、冗談じゃねえ。力をほぼ失って、神霊形態で不便な状況になっているだけでも腹立たしいのによォ。

 何故、神であるオレ様が、こんな1LDKの安コーポに納まらなければならねぇんだよ。


 しかも、世話になるのは冴えないチンチクリンの附子ブスときてる。

 オレはなあ、美しいモノが好きなんだよ。なのに、ボサボサの茶髪を無造作に束ねた、すっぴんに雑な部屋着の、美意識のカケラも持ち合わせていないヤツと同居だとか。

 せめて、もう一寸気の利いた女か、或いは…


 まあ、どうこう考えたって、今更どうにもならねえ。

 だがなぁ…ここに来てからの、あんまりな仕打ちの数々は、どうよ?




 まァ、最初は酒や食事でそれなりに持て成してくれたさァ。

 しかしその後、気持ちよく休んでいたらクッソ狭いかわやに放り込まれて、それでも我慢して寝ていたらゲロぶっ掛けられて…

 

 当然、直ぐに洗わせたが、それだけじゃあ怒りが収まらねえ。ちょいとからかって溜飲を下げようとしたら、今度は勢いよく出るシャワーの水をオレの目に掛けやがった。てめえの裸なんざ、別に見たかねえっての。


 更には申し訳程度の僅かな粥しか食わしてくれんし、地べたで寝ろ等と指図されるし、いきなり変な呼び方されるようになるし。アカリンってなんだよ!

 



 オレがこんな姿になってから、数日が経った。取り敢えず、寝食は安定している。飯は粗末だが。

 今朝なんざ、茶碗にやや多めに盛った米と、小皿に入った塩だけだったし、よォ。

 文句を言うと、普通お供えの御飯なんてこんなものだろ、とかぬかしやがるし。


 全く、あの女にはオレという存在の有り難みを、存分に分からせてやらんと、なァ。

 


 

 今日は朝から仕事に出掛けて、夕方まで帰ってこないそうだ。

 昼飯は、と問うと…そっとカップ麺を供えられた。


 まあいい。これからはオレの自由時間だ。先ずは、飲み物頂くぜ。あの女が何か隠してあるのは知っている。缶に入った弱い酒だ。量も少ないし、でっち上げたような果実の風味が押しつけがましい。が、何故かオレは気に入ってる。


 さあて。今日は何をやっているんだ?

 リモコンで電源を入れ、番組表を調べる。お、丁度好きなヤツやってんじゃねぇか。

 さっきくすねた酒の缶をプシュッと開け、グッと呷る。甘ったるい杏の様な味が、妙にクセになる。

 

 複雑な演奏の曲に合わせて、煌びやかな絵が動く。唄っているのは20代くらいの女のようだ。所々で和の音階が使われていて、艶やかな声が耳に心地良い。

 その後は動く絵の芝居が始まる。これが20分程続き、丁度面白いところで終わる。


「カァ~、ンなトコで終わるなよォ。この手のヤツは一挙放送で見るに限るなァ」

 アニメを見ながら酒を呑む。これが今のオレの密かな楽しみだ。




 贄にした娘の中にアニメ好きの奴がいて、その時に存在を知った。壮大な音楽、美しい色彩の滑らかに動く画、そして引き込まれ夢中に話を追いたくなる物語。


 ここ数十年、人々の生活を眺めるのに飽きてきたところだった。

 ほんの50年くらい前までこの国は、激動・進歩・闘争で日々目まぐるしく変化したものだ。

 その後も歴史は動いているが、オレの興味を惹かない、退屈な事柄ばかりだ。

 人間も、どいつもこいつも似たり寄ったりで、何の面白みも無い。偶に突出して面白ぇ奴もいるが、僅かだ。


 その点アニメは様々な物語が、機械の操作一つで楽しめる。

 今の贄――阿沼美あぬみせあら――に憑こうと考えたのも、漫画家志望ならアニメを見られる環境が整ってんじゃあねぇか、と思ったからだ。


 そして、その思惑は大当たりだったって訳だ。

 テレビで見られるチャンネルは勿論、パソコンでも幾つか動画サイトに登録しているようだ。

 

 基本オレはどんなアニメでも好んで見るが、神や妖怪等の『人ならざるモノ』が出てくる作品が特に気に入ってる。

 人間共が脳味噌絞って考え出した、人ならざるモノオレたちの相違点や類似点を、重箱の隅を楊枝でほじくるが如く漁って楽しんでいる。

 人間も中々面白ぇ事思い付くもんだなァ。


 あと感心する所って言やぁ、矢鱈と食うものが美味そうなんだなァ。毎回毎回飯食ってる話ばっかのアニメ作品ヤツとかあるし。オレが見た事も喰った事も無ぇ食い物が、味や食感や匂いやらを事細かく説明されるものだから、コレ絶対美味いやつだと確信しちまう。

 御馳走と酒、鱈腹喰らいてぇなァ。

 



 ンな事考えてたら、腹が減った。

 そう言えば、もう昼じゃねぇか。

 仕方ない、用意されたモノでも頂くとするか。


 薬缶に水をぎ、火にかける。実は、ひと通りの生活するのに、必要な所作ぐらいは知ってンだよなァ。

 ただ、今はこんな姿になっちまってるから、の部分を手の代わりにしている。ある程度は変形出来っけど、やっぱやり辛ェな。でもまぁ伸び縮みするから、便利な事もあるかなァ。


 蓋を開け、中の小袋を千切って中身を麺の上に掛け、先程沸かした湯をそそぎ、蓋をして3分待つ。

 そういやァ配信で見ているアニメの続きが、ラーメン回だったなァ。ちょいとパソコン借りるぜ。

  

 パソコンやスマホとやらにも、ここ10年くらい使事で大分慣れた。基本、ある程度の知識を習得すると、何でも出来るようになるぜ。なにせオレは神だからなァ。

 さァて、見るとするか。ポチっと……あ、違うトコにやっちまったぜ。


 ん?

 こいつは、あの女の描いてるという漫画のフォルダ入れ物開けたみたいだな。

 って、何だこりゃ?

 

 オレは、見てはいけない物を見ちまった背徳感と、名状し難い羞恥心のようなものに苛まれ……そっと電源を落とした……





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