第24話【ゲームの魔物は、緑の血を流す】

 勢いよく、体液が四散する。俺は、大盾で顔や体に体液が付着するのを避ける。盾の表面から液体がこぼれ落ちていく。


 まだ、体液が滴る翼が、日差しで透けて風にはためいている。胃の壁を削るような臭気があたりに広がった。


 人々の否定が、耳に張り付いてくる。その声から察するにアルターヴァルが、翼を持つなどありえないことなのだろう。


 当然の疑問だが、翼があるのなら空を飛べるはずであるの。


 もし、空を飛べるのであれば、戦いは、こちらが一方的に攻撃を受けることになるだろう。


 基本的に戦いは、高地を取ったほうが有利なのだそうだ。ましてや、相手は、空を飛べるとすれば圧倒的優位性を持つことになる。


 俺にあるのは、後4回のガード《小範囲防御》どのような攻撃もある程度は防ぐことができる。ただ、リヴァーサル《反転》の効果範囲は、それほど広くはない。


 アルターヴァルは、翼を広げると羽ばたきをはじめる。強烈な異臭を周囲に撒き散らしながら、巨体が空へと浮かぶ。


 俺は、大盾を構える。タイミングが重要だ。空襲された場合、素早くリヴァーサル《反転》まで持っていかなければならない。


 人々の悲鳴を背に大盾を持つ手に力が入る。応援が来るのかは──いや来るだろう──それまでは、ひとりだ。


 アルターヴァルは、何度か旋回する。そのたびに緑の粘液の雨を降らせた。まるで、羽を乾かすように。


 卵が、腐ったような臭いが立ち込める。これだけでも、戦意が削がれそうだ。


 アルターヴァルは、俺を睨み。ヒレの先から鋭利な爪が、飛び出した。日差しを反射して、殺意をきらめかせた。


 そのままの体系で──俺を目指して──鉤爪を──突き立てようとする。


 俺は、横に飛び込んで何とか回避した。息切れや動悸で、眼の前が真っ白になり、足が震えてきた。


 大盾を支えにして体制を立て直すも、アルターヴァルは、信じられない動き──大盾が反り返る。


 後ろに下がる──真上に鉤爪──大盾で防ぐ。ガード《小範囲防御》やリヴァーサル《反転》などしている暇はない。


「うッはっ、なんだ。この──」


 大通りを転げ回りながら、寸前で鉤爪の攻撃や突進を回避し続ける。


 今までのアルターヴァルとは違う。鉤爪の破壊力は、大盾に受ける衝撃から大したことはない。と言っても、まともに受ければ重傷だ。


 スピードだ──俺は、思考しながらも回避を続ける。ただ、確実に疲労が溜まって──俺は翼で払いのけられ、露店の木箱に激突した。


 寸前のところで、ガード《小範囲防御》が間に合う。あと、3回──素早く立ち上がり、アルターヴァルと睨み合う。


 ここぞというときに、ガード《小範囲防御》を使用する。それまでは、回避に専念しなければならない。


 リヴァーサル《反転》は、ガード《小範囲防御》からの流れでないと使うことは出来ないのだ。


 なぜならば、こちらがダメージを受けつつ、その分を返さなければならないからだ。


「コノセカイヲスクウ」


 声が聞こえた。機械の音声のような感情のない平坦で簡素な──心に響かない音。


「ナゼジャマヲスルノカ」


 俺は、周囲を見回しながら声の元を探す。悲鳴を上げていた人々はいなくなっており、誰かの声ではないことを証明していた。


 頭上にいるソレしかいない。


「オマエガナゼソチラニイルノダ」


 もはや、否定はできない。声の主は、目の前で空の王者を気取るアルターヴァルしかいない。


「どういうことだ……。話せるのか?」


 俺を油断させるための作戦かもしれない。大盾を持つ手に力を込める。


 アルターヴァルは、何もしてこない。ただ、不格好な羽ばたきを見せつけてくるだけだ。


「オマエハソコニイテイイノカ?」


 俺には、アルターヴァルの言ってることが理解できない。散々、攻撃をしておいて──俺を説得するかのような言葉だ。


 まるで、俺が悪人でアルターヴァルが善人──人間ではないのだが──のようである。


 思考するが、意味がわからない。理解も出来ない。魔物であり、ハイリアルの人々を苦しめてきたという札付きの悪者だ。


 アルターヴァルは、空高く舞う。太陽が、俺の目を塞ぐ。衝撃が腹部を襲う。大盾が足元に落ち、身動きが取れない。


「デキソコナイ」


 呼吸が──出来ない。足が地面から離れていく。痛みと浮遊感が。


「ガ、ガード《小範囲防御》」


 痛みが急激になくなり、腹部の締めつけ感も薄らいでいく。


 勝負を焦ったかどうか分からないが、アルターヴァルの負けだ。


 後は……


「リヴァーサル《反転》」


 俺へのダメージは、そのままアルターヴァルに向かう。何かを破るような音が、耳に届くと同時に目の前に緑の液体が爆ぜる。


 鼻の奥まで侵食する励まし腐臭とともに、足が地面につく。爪や足の断片が、ヌルヌルとした緑の体液とともに転げ回る。


「オマエハミチヲアヤマッタ」


 アルターヴァルの失った足から薬品を練り込んだような液状のものが、垂れ落ちていた。


 そのまま、空高く舞うと増悪の限りを詰め込んだ低い唸り声をあげて消えていった。


 第24話【ゲームの魔物は、緑の血を流す】完。

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ハイオレデス仮想記 SSS(隠れ里) @shu4816

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