第23話【ゲームの中の命は儚い】
俺は、王族馬車に近づく。騎士の死体は煙となって消えていく、仰向けにうつ伏せに。剣の柄を強く握りしめた。
魔術師の気配はない。おそらくは、魔術具を使用したのだろう。相手が、モグラであるならば、この剣で不足はない。
「こっちに来いっ!! お前は殺さない。俺たちにとっては、大切な存在だからなァ?」
「早くしろ。ガキ一人にモタモタするなよ。GMナイツが来る前に終わらせるぞ」
俺は、素早く駆け寄り、子供の手を掴むモグラを斬り伏せた。とどめを刺すために喉元に剣を突き立てる。引き抜くと同時に鮮血の噴水が、周囲を染めた。
胃酸が溢れそうになり、手で口を覆う。俺がやったことだ。でも、精神がそれを拒絶している。
「変なところにリアリティを追求するなよ……」
助けた子供は、俺の独り言に呆然としている。顔も絹でおられた純白の服も真っ赤に染められていた。震え、恐怖で表情を硬直させ口元を戦慄かせている。
王族馬車の中は、もっと悲惨だった。サーコートを来た騎士の顔面にナイフが突き刺さり、足元から徐々に灰になっていく。メイドも、馭者も同じ。
生臭い鉄さびのような臭いにむせそうになる。生き残ったモグラが、女性の手を強引に掴み、路地裏に連れて行こうとしているのが見えた。
女性は、意識が混濁しているようだ。このままでは、抵抗もできずに連れ去られてしまう。
「お、お、お願い……母様を……助けて」
子供が、血だらけの手で、鎧を掴んでくる。小さな手が、小刻みに震えていた。
俺は、呼吸がしづらくなり、胸の奥が熱くなる。視界がはじけ、怒りがこみ上げてきた。
「待て、止まれ。その人を引き渡せば、命だけは助けよう」
俺は、行く手を阻むモグラを斬りつけ、足蹴にした。モグラは転げ回り、悲鳴を上げる。
「くそ、見回りのNPCか……儂らは死を恐れない。王子の誘拐は失敗したが、代わりにこの女を連れて行く」
初老の男は、カトラスを女性の首にあてがう。俺は、地面に赤い絵の具をぶちまけながら苦しむモグラの姿を見る。
✢
あの日、──小学校六年の運動会の次の日──あの男は、俺の母親を半殺しにした。助けを求めた俺を誰もが見捨てた。警察すら呼ばなかった人間たち。
だから、決別をした。
NPCになったのは、それほど悪いことではなかった。人間を捨てられるのは、ありがたいことだと思える。
人間は、醜い。人間は、残酷だ。人間は、学ばない。でも、一番嫌いなのは、俺自身である。
あのときは、何も出来なかった。力がなかった。武器がなかった。包丁を振り回すあの男に何も……
でも、今は違う。
✢
「ぐひゃあ゛ぁぁぁぁっっ!!!!」
俺は、対モグラ用に作られたこの剣で、女の首にカトラスを当てて威嚇していたモグラを腕ごと切り落とした。さらに、そのまま片足を斬り裂く。何度も何度も絶命するまで斬り刻んだ。
周囲の悲鳴は、モグラのものか市民のものか。はたまた、助けた女のものなのか。分からない。
風が、べっとりと濡れた俺の髪を揺らす。鉄さびの臭いが、気持ち悪い。
「な、な、な、んでだ。NPCのくぅせぇに。どうしてそこまで必要にとどめを刺すんだっ!? く、くそ。こんなことなら、魔術玉を使い切るんじゃなかった」
「それが、遺言か? 俺の名前は、S……6……シュウ。」
戦意がなくなったのか、武器を捨てた最後のモグラだけに聞こえるように名乗りを上げて剣を構えて腹部を貫く。
転げ回っていたモグラが、腹ばいになって逃げ出した。群衆の悲鳴が、あたりに響く。惨殺現場を見た悲鳴ではない。大門の方向からだ。
「アルターヴァルだっ!! 誰か、GMナイツに……」
悲鳴が、のぼせあがっていた俺の頭を冷静にしてくれた。人々の絶叫は、王族馬車襲撃よりも悲壮感がある。断末魔や逃げる足音が、折り重なって近づいて来た。
人々の合間にアルターヴァルの姿が見える。人々を喰らためか大口を開け、こちらに肉迫してきた。
地を這うモグラをアルターヴァルが見下ろしている。踏み潰されると思ったが、モグラは大口の中で弾け飛んだ。まるで、握りつぶされたトマトのようである。
「……今度のアルターヴァルは、前に相手にしたやつよりも小さいな」
俺は、剣を収めると
アルターヴァルは、咆哮を上げると俺に飛びかかる。鮮血に染められた鋭い牙の一撃を大盾で防ぐ。
モグラの肉片が、あたりに散らばりひどい臭気を放つ。俺は、そのままアルターヴァルを大盾で殴りつけた。
アルターヴァルは、前足を横に薙ぎ払う。俺は大盾で防ぐが、吹き飛ばされ、道具屋の木箱にぶつかる。
大きな音とともに色々な道具と木の破片が飛び散る。痛みに咳き込む。
「結構ダメージが入ったな……。──ゴホッゴホッ」
手で口を覆う。血反吐が手のひらを滑り落ちていく。小さな体躯でも十分に強い。
流石は、数多のGMナイツを倒してきただけのことはある。アルターヴァルは、いまだに立ち上がらない
ゆっくりと確実ににじり寄るアルターヴァル。
残りの体力を考えても「ガード《小範囲防御》」を使うべきだ。そして、「リヴァーサル《反転》」で反撃をする。
俺は、大盾を支えに使って立ち上がった。アルターヴァルは、頭に生えた角を折れに向けると刺突してきた。
「ガード《小範囲防御》」
アルターヴァルの角は、俺の脳天を突き刺した。しかし、ダメージはない。俺は、アルターヴァルの角を掴むと握りしめながら「リヴァーサル《反転》」を放つ。
アルターヴァルの頭が吹き飛び、低い唸り声とともに後退していく。まだ、戦えるだけの生命力は残っているようだ。
陽の光のもとに照らし出されたアルターヴァルは、不気味な緑色の液体を穴の空いた頭部から垂れ流していた。
緑の液体は、陽光にきらめき、まるでエメラルドのように混じり気のない純血をたたえている。
アルターヴァルが、近づいてくる。
俺にとどめを刺そうとしているようだ。頭の風穴などなかったかのようなアルターヴァル。
(あの傷口の部分に大盾を突き刺して致命傷を与えるしかない。──ガード《小範囲防御》には、回数制限がある。長期戦は不利だ)
ガード《小範囲防御》に回数制限があると言ったが──ん資料室での一件の後に何度も試した結果。1日の使用回数があることを発見したのだ。
五回……
それが、俺がアルターヴァルの攻撃を耐えられる回数だ。残りは、四回。大盾を握る手に力を込める。
アルターヴァルは、一際大きな遠吠えをする。どこか孤独を感じながらも、次第に狂気じみていく。
周囲の市民たちは、耳をふさいで泣きじゃくる。俺にとっては、ただ気持ち悪いだけの雄叫びに過ぎないが。
アルターヴァルの背から粘着性の高そうな液体が、飛び散った。さらに濡れた皮のようなシワだらけの膜が広がっていく。
そのすべてを見たとき、大きな驚愕と妄想が俺を震わせた。そう、その気色悪いシワだらけの物……
羽だった。
第23話【ゲームの中の命は儚い】完。
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