大宮姉の女子会〜ご趣味は?編〜

 いっちーとけいちゃんの壮絶な舌戦を前に、わたしにはなすすべがない。怖くて入れないのではない。彼女たちの論争に割って入るだけの知識もポリシーも、何一つないからだ。

 二人は今、とある小説のキャラクター(男二人)のどちらが「受け」かどうかで揉めている。ここで素人わたしを取り入れて多数派になろうとしないところに、二人の高貴さを感じる。


 三人揃ったのはいっちーの結婚式以来だと思う。あのときは三人でゆっくり話す時間はなかったけれど。

 もっと話すべき近況がいくらでもありそうなのに、高校時代から変わらず同じ話題に着地することにむしろほっとする。けいちゃんが都内でバリバリ働いていても、いっちーが結婚して二年経っても、三人の関係がこれからも変わらず続いていける気がする。


 たぶんお店の中だったら、もっと人目をはばかっただろう。しかし幸いと言うべきか、ここはいっちー宅。遠慮はいらない。ヒートアップしていくばかりだ。

 二人の論戦が平行線で終わらなかったことはないので、今回も決着はつかないだろう。分かり合えなくても熱く語り合う、こんなにも熱くなれることがあることがうらやましい。


「いいなあ…」


 思わず心の声を漏らすと、二人がはっとしたようにこちらを見た。


「ごめん早帆! せっかく三人で久しぶりに会ったのに!」

「ごめんね、話逸れて熱くなっちゃった」


 そうだった、たしか最初は小説が映画化するらしいという話をしていたのだ。実写化するにあたっての外せないポイントとキャストについて話していたのに、いつの間にこうなったのだろう。


「決着のつかない譲れない戦いはおもしろいから全然いいんだけど。むしろ、そんな夢中になれるものがあってうらやましいなあっていう心の声が。だからどうぞ続けて」


「続けてと言われても。決着つかないとか改めて言われるとえぐられるわー」


「たしかに景子けいこと意見があったためしがないもんね」


 二人の中にはめくるめく男性同士の世界が広がっていて、それでいてその掛け算については二人ともまったく気が合わないらしい。けんかしかしていない。普段は以心伝心でわかりあえているのに。


「二人とも夢中になれるものがあっていいなあ。わたし趣味とか推しとかないからさ、趣味とか休みの日何してる的な雑談困るんだよね」


「いや私らも聞かれたら困るわ。BLとかコスプレが趣味ですとか言えんし。休みの日は衣装作りか撮影会ですとか言えないわー」


「そうだよねー、わたしもBLと2.5次元ミュージカルが好きですとか言えないなあ」


 じゃあ趣味とか聞かれたら何て答えるの?と尋ねると、二人は軽く首を捻った。


「私はカメラとか、あと本読むのも好きですとか?」


「私は舞台見るの好きです、で、宝塚とかって例を出してけむに巻く。あとはやっぱり、本読んだり、てかんじかなあ」


 二人とも嘘はついていないのに、全然核心に触れていない。これがプロの技か。まあ、趣味のないわたしにはそもそもできないけれど。


「同志は歓迎なんだけどヲタバレは避けたいから迂闊なことは言えないし」


「この人怪しいなってときの探り合いね。お互い隠してるからこその難しさ。まあ、逆にオープンな人には近づかないに限る」


「そう。迂闊に近づくとこちらがヲタバレするかもしれないからね。君子危うきに近づかず」


 二人は険しい顔で深く頷きあっている。何か恐ろしい経験でもあったのだろうか。


「だからね早帆。趣味も推しもあったって雑談のネタになるかは別の話よ」


「そっかー。そういえばわたしも趣味と言えるものもないから読書とか言うんだけど、相手の返しって何読むのかくらいじゃん。ざっくりジャンルで答えるまではいいとしてさ、その後掘り下げられるとちょっと悩むんだよね」


 わたしが言うと、二人はちょっと首を傾げた。


「掘り下げられる? 作家とかタイトルとか?」


「あーたしかに。本読まない人は聞かないでほしいね。読まなそうだなって最大級のメジャーどころを言ったのに知らなかったときとかね。絶望」


「かと言ってそれなりに読んでる人に大衆的なところをあげてミーハーだと思われたくないから、さじ加減ね」


「前にね、それなりの有名どころ言ったら知らなくて、どんな話?て振られてちょっと困った。おいしそうな料理がいっぱい出てきておもしろいですよ、とか言って逃げちゃったよ」


 わたしが言いたかったことを、二人は上手に言語化してくれる。まさにそういうことなのだ。嬉しくて実体験を話すと、いっちーが、それだと言ってわたしを指さした。人を指さしてはいけないと思う。


「むしろさ、おいしそうなごはんが出てくるほっこり系の小説が好きって、先に言っちゃえばいいんじゃない?

 掘り下げられたら、メジャーどころとおすすめどころのタイトル言って、よかったら読んでみてください、て」


「あ、それいいね。私も今度使おう」


 今度はけいちゃんがいっちーを指さす。だから、だめだってば。


「何、景子は何て答えるの?」


「青春もの、特にスポーツものが好きです。スポーツへの情熱と仲間との絆」


 けいちゃんが答えると、ふふふ、といっちーがすかさず笑う。


「景子は男の子たちのいちゃこらしてるアオハルが好きなだけでしょ。熱くスポーツに打ち込みながらスキンシップとっちゃう男の子たちとかさ」


「そんなよこしまなことしか考えてないみたいに言わないで! 青春やスポーツの熱い物語あってこその副産物だから! そういう一花いちかはどうなのさ」


「私はミステリーが好きって言うよ。推理しながらはあまり読まないけど、事件に隠された闇とか思いがけない真実とか、好き」


「一花こそ同性バディが喧嘩しながらいちゃこらしてんのが好きなだけでしょうよ。事件よりも一花のカップリングが病んでるんだよ」


「景子こそピュアすぎるんだよ。俺様キャラが攻め、優男が受けなんて。人間はもっと奥深くあってこそでしょう。優男に言葉でねじ伏せられる俺様、というのがいいんじゃない。だから…」


 いっちーが恍惚とした笑顔を浮かべ、先ほどのドラマ原作のキャラクター二人について考察を語りだす。BLについての知識が貧弱なので半分も理解できない。

 ただ、わたしがうっすら理解しているところによると、少女漫画に出てくるような王道の俺様キャラをけいちゃんは攻めとする傾向があり、逆に癒し系王子キャラをいっちーは攻めとする傾向がある、ということだ。これは毎回揉めるはずだと素人でも理解する。


 高校時代から一流の布教活動教育を受け続けたのに、わたしは全然腐女子の仲間入りはできなかった。申し訳ない限りである。しかしわたしも男の子二人が仲良くしているのをみると尊いと思うし、友情よりも一歩進んだような絆にロマンを感じるようになった。間違いなく二人の影響だ。


 いっちーの主張にけいちゃんが熱く意見を返す。話題は再び先ほどのドラマ化される小説の話になっていた。負けられない戦いがあるらしい。

 半分も理解できていないけれど、二人の論戦を聞いているのはとても楽しい。二人がいきいきしていて、とてもうらやましい。

 今度、本を読むのが好きだと言うときは、アドバイス通り、おいしいごはんが出てくる小説が好きだと言いたいと思う。もし相手が知らない小説のタイトルを言っても、「おいしいごはんが出てくる小説」にすべてが集約されているかんじがすごくいい。

 だけど同時に、もしも今後誰かがスポーツものが好きとかミステリーが好きだと言っていたら、腐女子さんかなと思ってしまいそうだ。一つのワードの裏に集約された解釈は無限で、すべてを疑うと世の中みんなヲタクかもしれないとも思う。


 なっちゃん、お姉ちゃんを腐女子だと思うのは、腐女子さんに失礼ですよ。

 凪の姉に向ける怪訝な顔を思い出しながら、手土産用に半ば強引に凪に作ってもらったマカロンに手を伸ばす。一口かじった瞬間、二人がはっとこちらを見た。


「ごめんまた逸れた!」

「我を忘れて、本当にごめんね」


「いいのいいの聞いてるの好きだし。ほらよかったら食べて。おいしいよ、なっちゃんのマカロン」


 ちんまりとしたかわいらしいマカロンが陳列された箱を勧めると、二人もそれをつまんだ。


「すごいねえ。マカロンて家で作れるものなんだ」


「これこそ趣味だよね。我々腐女子と違って全方位日向ひなたで語れる、かつ盛り上がる趣味」


「ところがね、なっちゃんはこれをひた隠しにしています。男がお菓子作りなんて、と言われるのが怖いらしく」


「もったいないね、こんなにおいしいのに。私の嫁にしたいくらいだ」


 もぐもぐしながらけいちゃんが言う。そうなのだ、わたしだったら自慢してまわりたいし、弟のことでも自慢してまわりたい。


「本当おいしい。凪くん嫁だったら早帆ちゃんお義姉さまだね」


「こんな義姉あねいらんわ」


 ひどいこと言われた。わたしはこんな義妹大歓迎なのに。

 そんなことを考えながら、もう一つマカロンに手を伸ばす。かわいいけど値段はかわいくない党代表マカロンを弟が作ってくれる幸せよ。


 つられたようにけいちゃんがマカロンに手を伸ばし、いっちーもそれに続く。いっちーは親指と人差指でつまんだそれを上にかざす。


「わたしたちからしたら隠すことじゃないのに、凪くんにとっては人には言えないことなわけじゃない? もちろんお菓子作りだって腐女子だってオープンな人もいるわけだけどさ、人が何を秘密にしておきたいかって考えるとさ、趣味って意外とハードな質問かもね」


「雑談って難しいねえ」


 さくっとほぐれるような食感と優しい甘さが、心に沁みた。


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