明日はどんな唄を歌おう?

長月瓦礫

明日はどんな唄を歌おう?


「明日はどんな唄を歌おう?」


俺はピアノのふたを閉めた。

隣に少女が座っていた。


彼女は生まれつき目が不自由で、音を頼りに生活していた。

隣にいる母親は何も言わず、見守っていた。


この母親が娘のために音楽家を呼んでいる。

普段ならこんな個人的な依頼は絶対に引き受けない。

それ以前に関わりたくない人種だ。そこまで意識を高く持てないし。


苦手意識を引きずりながらも、俺はこの話を受けた。

他の演奏家が少女の前で演奏し、ぼこぼこに凹まされたという噂を聞いていたからだ。

好き勝手に生意気な意見を言われるのとはまた違うらしい。


抽象でありながら的を射ている。

この意見ばかり目にする。よく分からない。


「んー……」


心がやられないように、定期的に綺麗な音を聞かせている。

独特な教育法だ。毎日のように違う演奏家を呼び、少女はずっと聞いていた。


子どもに金をかけて育てるこの感じ、いかにも富裕層のやり方だよな。

別に文句を言うつもりはないが、かなり大変そうだ。


何も言わない少女を見兼ねたのか、母親がデバイスを取り出した。

まあ、話が一向に進まないから何もないよりマシか。


「最近、どういうのが流行っているんでしょう?

動画とか見ないので分からないんですよね」


まあ、そりゃそうだよな。

動画投稿で食っている人間なんて縁遠い界隈だろう。少女も何も言わずに首をかしげるだけだ。


「あのね、お兄さんの音ってほしぞらっていうのかな。

見たことないから分からないんだけど、すっごくきらきらしてるの!」


「ん?」


「んでね、パパは塔のてっぺんで望遠鏡をのぞいてて、周りのことを観察してるの! ママは真っ白い雪が降り積もった原っぱなの!」


「おー……っと?」


演奏から何を聞き取ったのだろうか。こんなことを言われたのは初めてだ。

母親が何も言わないってことは、いつものことなのか。


これが噂で聞いた批評だろうか。分かりづらいにもほどがあるな。

少女は満面の笑みを浮かべている。


「あのね、お兄さんの音って本当に綺麗なんだよ!

今まで来た人って真っ赤な薔薇がうじゃうじゃって咲いてたり、変な石が並んでたり、そんなのばっかりだったの。

だからね、お兄さんの音もそんな感じなのかなって思ってたんだ」


これまでの演奏家の評価と言ったところか。

雑念にまみれていたり、音が死んでいたり、散々な演奏をしてきたらしい。

隣に立っている母親がそれらを物語っている。


苦虫を噛み潰したような表情ってこういうことをいうのだろうか。

言葉にできない何かを押し殺している。

本当にこんな顔をする人っているんだな。


「でもね、お兄さんの唄って本当に綺麗なんだよ! 

お兄さんなら、どんな唄でも聞きたいって気持ちになるの!」


「そうか」


「ねえ、いつもどんなことやってるの? どんな唄を歌ってるの?

私もお兄さんみたいな綺麗な音楽やりたいな!」


服の裾を引っぱる。

何やっても受け入れてくれるのはありがたいが、それはそれで困るな。

ねだまれるままに、ピアノを弾いて帰った。


音を聞くだけで絵が思い浮かぶ。そういう能力があると見た。

目が見えないから、余計に情景が浮かびやすいのだろうか。


「あの、都合のつく日でよろしいので、次もどうかお願いします」


母親が去り際に耳打ちした。


「……次とかあるんですね?」


「あの子、かなり喜んでいたんです。こんなこと、今までなかったんですよ」


少女の笑顔を思い出す。

それはそうかもしれないけど、面倒くさいのに捕まってしまったな。

どうしたものかな、できれば避けたかったんだけど。


「依頼料は弾みますよ……?」


「ぜひお願いします」


所詮、俺の正義なんてそんなものだ。

そんな悪そうな笑みを浮かべられたら、断れるわけがない。


しばらく暇だし、付き合ってみるか。

何が見られるか、少しだけ気になったからだ。

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明日はどんな唄を歌おう? 長月瓦礫 @debrisbottle00

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