転生した明智、異世界で名探偵になる

鉄生 裕

序章

「明智さん!?大丈夫ですか?」


目を覚ますと、見ず知らずの女性がこちらを向いてそう叫んでいる。


「・・・君は・・・誰だ?」


「大丈夫ですか?今、お水持ってきますね」


彼女は何処かへ行ったかと思うと、

水がなみなみ注がれたグラスを持ってきて僕に渡した。


「それで、いったい何があったんですか?

明智さんが急に倒れたって中村さんから連絡があって、

慌てて財前さんの屋敷に行ったんですよ」


彼女は僕の目を真っ直ぐに見つめながら言った。


「ちょっと待ってくれ!明智とは、僕のことか?

僕の名前は鈴木だよ。

それに、何があったのか知りたいのは僕の方だよ。

そもそも、君は誰なんだ?」


目の前にいる女性はポカンとした表情でじっと僕の顔を見つめていたかと思うと、

「何言ってるんですか!?冗談はよしてくださいよ~」

と言いながら大声でゲラゲラと笑った。


「それ、本気で言ってます?

あなたの名前は明智。私はあなたの助手の小林です。

あなたは中村さんから連絡を受け、財前総一郎の屋敷に向かった。

そこで、あなたは突然気を失った。

どうです?思い出しましたか?」


彼女は真剣な顔で僕にそう説明した。


「悪いが、人違いではないか?

僕の名前は鈴木で、君の言う明智という人とは別人だよ」


僕がそう言うと、彼女はまたしてもケラケラと笑いながら、

「あなたの助手を何年やっていると思ってるんですか。

あなたは間違い無く、明智さんです。

それじゃあ逆に聞きますけど、あなたは誰なんですか?

あなたがその鈴木さんだっていう証拠は何処にあるんですか?」


「証拠も何も、僕は鈴―――」


その瞬間、後頭部を何かで思いっきり殴られるような感覚がした。


「明智さん?大丈夫ですか?

もう少し休んでてください。中村さんには私から連絡しておきますから」


そう言うと、小林と名乗るその女性は上着のポケットからスマホを取り出し、

誰かに電話をかけようとした。


「ちょっと待ってくれ!小林さんと言ったよね?

その中村という人は誰なんだ?」


「・・・明智さん、マジで言ってますか?

もしかして、記憶喪失ってやつですか?」




小林の話だと、どうやら僕は探偵らしい。

そして彼女は、探偵である僕の助手だという。

先程から名前が出てきている中村という男は、僕や小林と親しい警視庁の警部だそうだ。


今から三日前、資産家である財前総一郎の七歳の一人息子が誘拐された。

僕はこの辺りでは有名な探偵らしく、財前も僕のことを知っていたようだ。

そこで、財前から息子を探して欲しいと僕のもとへ直々に連絡があり、

僕は彼の屋敷へ向かった。

だが、僕は彼の屋敷へ着くなり、突然気を失ったらしい。




「ちょっと待ってくれ。三日前って言ったかい?

という事は、僕はもしかして・・・」


「ええ、明智さんは三日間、ずっと気を失っていたんです。

私と中村さんの二人で、ここまで運んだんですから」


そういえば、いったいここは何処なんだ?


あたりをキョロキョロと見回すと、玄関のガラス戸には大きな文字で、

『明智探偵事務所』

と書かれていた。


「ここは、僕の事務所なのか?」


「明智さん、本当に記憶が無いんですね。

ここはあなたの探偵事務所で、あなたの家ですよ」


ダメだ。

やっぱりまだ理解が追い付かない。


僕は明智という名の探偵で、

目の前にいる彼女は僕の助手だって?


いやいや、そんな馬鹿な話があるか。

僕の名前は鈴木だ。


それに、記憶を全て失ったわけではない。


僕は名探偵なんかじゃない。

僕は、出版社で働くごく平凡なサラリーマンだ。


趣味は映画と読書。

好きなジャンルはミステリーで、その中でも特に好きなのが江戸川乱歩シリーズだ。


それ以外のことはよく思い出せないのだが、

とにかく僕は明智でもなければ、探偵でもない。


それだけは絶対に言い切れる。




・・・ちょっと待てよ。

・・・明智だって?




「君の名前は、小林で間違いないんだよね?」


僕は彼女にそう尋ねた。


「何度もそう言ってるじゃないですか。

私の名前は、小林です」


「僕や君と仲が良いと言っていた警部の名前は・・・」


「中村ですよ。中村警部」


「で、僕の名前は明智だと?」


「だから、そう言ってるじゃないですか。

あなたは探偵の明智さんです」




いやいや、そんな馬鹿な話があるか。

小林という名の助手に、中村という名の警部。

極めつけは、名探偵の明智だって?


そんな馬鹿な話、あるはずが無いだろう。




「・・・ちなみに、僕の名前っていうのは?」


「本当に記憶が無いんですね。あなたの名前は、小五郎。

あなたは、名探偵の明智小五郎です」


彼女にそう言われ、僕は思わず声を出して笑ってしまった。


僕が、あの明智小五郎だって!?


江戸川乱歩の小説に登場する、あの明智小五郎だって?


いったい何の冗談なんだ。


夢なら早く覚めてくれないか。


「どうします?もう少しだけ休みますか?

それとも、中村警部のところに行きます?」


彼女は僕にそう尋ねた。


「ああ、行こう。中村警部に会いに行こう」




ここでじっとしていても埒が明かない。


とりあえず、中村警部に会いに行くことにしよう。


そして、確かめるんだ。




おかしいのは、世界か?それとも僕自身か?

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転生した明智、異世界で名探偵になる 鉄生 裕 @yu_tetuki

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