2.ようこそ、極上な異世界へ

 降りた目の前には、長い赤い絨毯じゅうたんが見えたのだ。

「えっ……⁇」

 エレベーターから部屋までの電球は切れていて真っ暗なはずなのに、朝かと思うくらい明るい。

 さらに、床なんて引っ越してからずっと汚かったと言うのに、綺麗な絨毯がかれているのだ。

「何かあったのか??」

 俺は、恐る恐る絨毯の上に足エレベーターから出して、エレベーターからぴょんっと飛び降りた。


 ーーボフッ


「おっ??」

 両足を絨毯に降りたところ、かなりの厚みがあるようでいい音を立てた。

 こんな高そうな絨毯に乗ることができるなんて、生涯しょうがいありえないだろう。

 感動した俺は、その場でぴょんぴょんと飛びねた。


 ボフッ、ボフッ、ボフッ


 どうしてマンション内に、こんな高級そうな絨毯が敷かれているのかわからない。

 大学生にもなって絨毯で遊ぶなんて恥ずかしいと言われそうだが、こんな時間なら誰にも見られることはないだろう。

 トランポリンとは違い、ボフッと音を立てて衝撃しょうげきを吸収するので強く地面をって飛んでも良さそうだ。


「よし、もういっちょ……」

「せぇぇぇいっっっ!!!!!!!!」

「うぇぇぇぇぇいっっっ!!!!!!!!」

 耳鳴りがしそうなほど大きな声が聞こえてきて、俺はバランスを崩してその場に倒れてしまった。

「うぇい⁇なに⁉」

 上半身を起こして辺りを見渡すと、俺は驚愕きょうがくするしかなかった。

 なんと、よろいがはじけ飛びそうなほどの筋肉がムキムキの人達が絨毯を囲うように左右一列にずらりと並んでいた。

 全員右手を天井に向けて立っている。

 その人達の先……絨毯のもっと先を見ると、階段があった。

 階段の頂上には、無駄に縦長の椅子いすに座るおっさんがいた。

 肘掛ひじかけに肘を乗せてえらそうなポーズを取っているおっさんだが、そのおっさんも周りのムキムキそうな人達と同様に筋肉がムキムキだ。

「ひぇっ……」

 俺は青ざめながら、周りの人達と椅子に座るおっさんを交互こうごに確認した。

 周りの人達はかぶとかぶっているので、顔は分からない。

 だが、目の前のおっさんは被っていないので顔は見えるのだ。

 如何いかにも裏社会で生きてきましたと言わんばかりの強面こわもてだ。

 左目辺りには大きな傷があるので、裏社会の人間だと言うのは隠す気が無いようだ。


 降りる階を間違えたのだろう……でなければ、こんな人達が同じ階に住んでいたのに気付かないなんて有り得ない。

 もしかして、ワンフロアを購入してぶち抜いたとかではないだろうか……

 このマンションはポルターガイスト現象だけでなく、裏社会の人間までいるのかと思うと、もう引っ越し一択いったくしか選択肢がない。


 とりあえず、今は穏便に事を済まして逃げるよりほかはない。

 俺は恐怖におびえていることをさとられないよう、満面の笑みを浮かべた。

「……すみません!!!!階を間違えましたー」

 俺はそう言って、椅子に座るおっさんに頭を下げた後、鎧を着た人達にも向かって素早く頭を下げた。

 そして、さっさとエレベーターに戻ろうと振り返った。

「……えっ⁇」

 振り返った先にはまだ鎧を着た人達が立っており、その先には大きな扉が目に入った。

 そう、先ほどまで自分が乗っていたエレベーターがないのだ。

 エレベーターとわかりづらいように何か貼って隠しているのかと思い、エレベーターが合ったはずの位置をさわろうとするが、スッと手が通ってしまうのだ。


「……なんで⁉」

 何が起きているのか状況を理解できない俺は、パニックになり始めていた。

 山で遭難そうなんした場合や迷子まいごになった場合、あせらず落ち着いて行動することが大切だ。

 だが、ここは山ではない。

 迷子……ではあるが、マンション内だから迷子になったなんて知られたら赤っぱじだ。

 とにかくいったん落ち着いて、冷静になろう……と思うにも、この状況では冷静になんてなっていられない。


「おい、お前」

「はぃぃぃっ!!!!すみません!!!!」

 後ろからドスの効いた声が聞こえてきた。

 多分、椅子に座っていたおっさんの声に違いない。

 俺は振り返るなり、勢いよく頭を下げた。

「……お前、どこのもんだ⁇」

「はい!!!!七百十五号室の市原克実です!!!!しがない大学生ですので、どうか命だけは!!!!」


 俺は目をつむったまま、ずっと頭を下げていた。

 俺が言葉を発してから、辺りはしーんと静まり返っているのだ。

 許されたのか、無視をされているのか、それとも一芸をしなければならないのか……

 自分の置かれている状況がまったくつかめないのだ。

 俺はゆっくりと目を開けて、頭を上げた。

 すると、目の前には椅子に座っていたおっさんの顔があった。


「ああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!⁇⁇⁇⁇⁇」

 俺はおどろいて、腰を抜かしてしまった。

 おっさんは少し顔を後ろに下げて、嫌な顔をしていた。

「ちっ、うっせーな」

「……す、すびばせん……」

 俺は今にも泣きだしそうなくらい、怖くてしょうがなかった。

 どうしてこんなことになったのか、俺が何をしたんだとさけびたいくらいだ。


「どうやら敵襲てきしゅうでは無いようだな」

 そう言いながらおっさんは、ひげえていないあごさわりつつ俺のことをニヤニヤとした顔で見ていた。

「て……てきしゅ⁇」

「おら、はよ立てやチビ」

 おっさんはそう言って、俺の首根っこを掴みひょいっと持ち上げた。

 俺は目が点になった状態で、その場に立たされた。

 そんな子どもをひっ捕まえるような状況ってどんなんだよと思ったが、おっさんを見てその言葉は消えた。

 おっさんは俺をのぞき込むように見ていて、身体をかなり曲げていた。

 このおっさんがまっすぐ立ったら、小学生と大人が立っていると思われても仕方ないくらいの身長差な気がする。

 おっさんにはおとるが、周りの鎧を着た人達も背丈はかなり高く、俺と同じくらいの身長の人は誰もいなかった。


「チビ。どうやらお前は異世界から来たようだな」

「……異世界⁇」

 おっさんが突拍子とっぴょうしもないことを言うので、俺は頭の中がはてなでいっぱいになった。

 確かに俺はこの人達が生きている裏社会の人間ではないが、それを異世界なんて言い方をするのはどうかと思う。

勇者ゆうしゃ召喚しょうかんに失敗したと思ったが、遅れてくるとはな……ふっ」

 おっさんはそう言うと、声を高らかにして笑い始めた。

 それに合わせて、周りの人達も大きな声で笑い始めたのだ。

 俺はおっさんの笑い声にも反応して驚いたが、周りの人達の笑い声にも驚いてしまった。

 異世界、勇者、召喚……まるで物語のような言葉を発するおっさんに、俺は茫然ぼうぜんとするしかなかったが、とりあえずは無事に生き残れそうだ。

 俺はホッとして大きなため息をついた。

 それに反応したのかどうかはわからないが、おっさんが笑うのを止めて俺をじっと見つめてきた。

 おっさんが笑うのを止めると、周りの人達も笑うのを止めたので、辺りはまた静寂せいじゃくつつまれたのだ。

「どうだ⁇この世界は……極上ごくじょうだろ⁇」

「……へっ⁇」

 おっさんはニヤニヤとした顔で俺を見つめてくるのだ。

 俺は心臓が高鳴るのを感じた。

「それに、ここにいる騎士きし達は……極上だろ⁇」

「えっ⁇……あっ、はい。極上っす」

 俺が小さくうなずくと、また辺り一帯いったいに笑い声が鳴り響いたのだった。

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最弱勇者は魔女様に愛される 紗音。 @Shaon_Saboh

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