最弱勇者は魔女様に愛される

紗音。

1.最悪な誕生日

 もう、辺りは寝静まっている。

 家までの道にひっそりと立つ街灯がいとうは、今にも消え入りそうだ。

 弱弱しい明かりが、付いては消えを繰り返している。

 電車の終電が終わったせいで、人の影すら無い。


「はぁ……本当に勘弁かんべんしてほしい」

 ため息をつきながら、俺・市原いちはら克実かつみはゆっくりと家に向かって歩いている。

 午前中は大学の講義があった。

 その講義は倫理学りんりがくだったが、担当の教授はレポート提出が多いことで有名だ。

 今回は最悪なことに、三日以内の提出と言われたのだ。

 だから、今日は早く帰ってレポート作成のための参考文献や内容をまとめようと思っていたのに、午後からのアルバイトが長引いてしまったのだ。


 実家から大学までは距離があるので、一人暮らしをしている。

 両親は学費を出してくれている上に、生活費も出してくれると言っていた。

 だが、我儘わがままを言って自分の希望する大学へ進学したのだから、これ以上甘えるのは良くないと、アルバイトすることにしたのだ。


 だが、このアルバイト先が曲者くせものだった。

 俺の住んでいる賃貸のマンションから大学までは、徒歩三十分程度かかる。

 その途中に、アルバイト先の喫茶店きっさてんがあるのだ。

 この喫茶店は田舎いなかだとめずらしい、夜の十二時まで営業している店だ。

 駅から近いこともあり、お客さんの数はかなり多くて繁盛はんじょうしているのだが……問題は店員だ。


 店長はいかついゴリラのような人だが、声が子どものように高いのだ。

 初見さんは店長の見た目に恐怖きょうふを覚えて逃げてしまうそうだ。

 そして、見た目に逃げなかった人は店長の声を聞いて、えられなくて爆笑して逃げてしまうそうだ。

 そんなことがあったせいで、店長は裏方うらかたしかしなくなったのだと、初日に先輩に教えられた。

 そして、そんな店長の代わりに表側を働くのが留年りゅうねん七年目の水月みつきこう先輩だ。

 首元を隠すくらいのサラサラの髪に、まるでテレビから飛び出したのかと思うくらいととのった綺麗きれいな顔をしていて、先輩の周りだけ花が飛んでいるように目が錯覚さっかくするのだ。

 先輩はこの喫茶店ができた当初から働いているそうだが、面倒見めんどうみがよく仕事もテキパキできる人だ。

 この人がいないと、確実に喫茶店は回らずにつぶれてしまうだろう。

 そして、残りの店員は俺だ。

 まだ入って二ヶ月しか経っていないが、上から三番目の存在になってしまった。

 ……つまり、店員が店長を入れて三人しかいないと言うことだ。


 俺が入った日は他に店員が二人いたのだが、一人は先輩に告白するも振られて辞めてしまい、もう一人はいそがしさにえられずにめてしまったのだ。

 その後も新人が入ってくるも、一週間もしないで逃亡とうぼうしたり、店長が怖くて逃亡したり……とにかく店員が定着しないのだ。

 こんな状況なのに毎日営業をしているので、先輩は大学へ行くひまが無くて、行けてもてしまったりして留年を繰り返しているそうだ。

 俺が入ってからは、余裕よゆうができたらしく、今年こそは卒業すると気合を入れていた。


 今日は新人の店員が入ったのだ。

 なんと大学が同じ上に学部も専攻せんこうも一緒なので、意気投合したのだ。

 同じ講義を取っているので、一緒に受けようとも話をしていた。

 和気あいあいと一緒に仕事をしていたので、これなら続いてくれそうだと喜んでいた。


 そして、俺と先輩が交代の時間に事件が起きたのだ。

 新人はトイレに行くと言って、そのまま姿を消していたのだ。

 先輩は帰って良いと言ったが、この後から忙しくなるので一人ではかなりつらい。


 何より、先輩のひとみから光が失われているのを見てしまったのに、何事も無かったように帰ることができなかったのだ。

 そのため、客足が減る十一時まで仕事をしてから、帰宅しているのだ。


「マジで許さない……」

 姿を消した新人……山居やまいたけるは、俺と連絡先を交換していたのだが、帰宅途中にソイツから連絡が来たのだ。


 ――おつかれー!!俺、疲れたから帰っちゃったわー。明日の講義、どこ座ろっか⁇


 今まで忙しくても、頑張ろうと気合を入れていたのに、この内容を見た途端、殺意がいてしまった。

 お前は何を言っているのだと、仕事はしっかりとやれと小一時間くらい説教してしまいそうだ。


「……いやしが欲しい」

 俺はトボトボと歩きながら、やっとマンションの入り口に辿たどり着いた。

 マンションの入り口を見た俺は、大きなため息をついてしまった。


 大学へ進学が決まり、早めにこのマンションに引っ越してきた。

 だが、引っ越したその日から奇怪な現象が起こるようになった。

 下見に来たときは気にならなかったが、エレベーターに乗っていると奇怪音がするのだ。

 まるで何かが引っいているような……そんな音だ。

 故障こしょうかと思ったが、他の人と乗る時はそんな音はせず、俺が一人の時をねらったかのようにるのだ。

 そして、家の中ではつねに誰かに見られている気がするし、部屋を移動すると誰かが追いかけてくるような感覚がするのだ。

 決定的なのは、風呂から出ると目の前に合ったものが飛んだりするのだ。


 ――これは確実に事故物件……ポルターガイスト現象ではないか!!


 そう判断した俺は大家さんに直談判じかだんぱんしたのだが、俺以外のだれもそんな話をしていないと言うのだ。

 最近、話題に上がるのはマンションにへびが大量発生しているということだけだそうだ。

 まさか、俺だけこんな目にっているのか……とショックを受けつつお金も時間も余裕がないので、あきらめて今も住んでいる。


 俺は携帯の時計を見た。

 現在時刻は夜の十一時五十八分、三分したら次の日になる。

 次の日は俺の誕生日だ。

 これから朝までレポート作成をやって、仮眠してすぐに講義へ行き、またアルバイト……そして帰宅したらレポート作成の続きをすると思うと絶望しかない。

 最悪な誕生日になりそうだ。


 チーン


 エレベーターが着いた音がした。

 その音と共に、ギギギッと嫌な音を立てながら扉が開いた。

 俺はため息をつきながら、エレベーターに乗ってボタンを押した。

 ギギギッと嫌な音を立てながら扉は閉まった。

 そして、ゆっくりと上昇するのだ。


「……せめて、家の中で誕生日はむかえたいよなー」

 時間は後、一分までせまっていた。

 自分の部屋は七階の角部屋なので、エレベーターが着いて走ればなんとか間に合いそうだ。

 エレベーターはゆっくりと上昇してく。


 ――四


 ――五


 ――六


 次だと思った瞬間だった。

 突然、エレベーターの壁がガンガンッと大きな音を立て始めたのだ。

「えっ、地震⁉」

 ただ、地震の場合は安全のためにエレベーターが停止するはずだ。

 動いていると言うことは、ポルターガイスト現象のようだ。

「またかよ……」

 俺はため息をつきながら下を見た時。

 まるで俺を中心に、煌々こうこうとする魔法陣まほうじんが見えたのだ。

「はっ⁇」

 魔方陣の光が強くなると、壁をたたくような大きな音はさらに激しくなったのだ。


 チーン


 エレベーターの着く音で、俺はハッとした。

 階数を見ると、七と表示されていたのだ。

 足元を見ると、先ほどまで見えていた魔法陣は跡形あとかたもなく消えていた。

「……はぁ」

 俺は大きなため息をついた。

 とうとうここまでポルターガイスト現象が起きるようになったのか。

 それとも、俺がおかしくなってしまっただけなのか。

 どちらなのかはわからないが、とりあえず帰って寝ようと思いエレベーターから降りた。

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