#7 素直になれないなら、お金を払えばいいじゃない。
様子のおかしかった委員長との昼食を終え、午後の授業もだらだらと乗り越えた先の放課後。
俺は帰りのホームルームが終了するや否や、すぐに帰り支度を整え、教室を飛び出した。
「今日こそさっさと家に帰ってイベント周回するぞ……っ!」
今の俺は風だ。風は誰にも止められない。
生徒たちの間をすり抜け、昇降口目指して廊下を小走りで突き進む――と。
「廊下は走らないで」
生徒会室の前を通り過ぎた直後、凄く聞き覚えのある声が俺の帰宅を遮った。
わざわざ言うことを聞く必要はないが、流石に無視できない相手なので、足を止めて声のした方へと振り返る。
そこには、制服姿の我が義妹、紅葉が立っていた。
「……よぉ、紅葉。生徒会の仕事は終わったのか?」
「ちょうど今。これから帰るところ。……何をそんなに急いでるの?」
「さっさと家に帰ってGDFのイベント周回をしたいんだよ」
「またゲーム?」
「おう。GDFは俺の青春だからな」
「……そう」
紅葉は俺の前まで歩み寄ると、
「つまり、放課後は暇……ということ?」
「予定があるって今言ったよな? あれ、もしかして聞こえなかったか?」
「ソシャゲをやる予定があるとは言ってた。――でも、もしそこに、仕事の依頼が入ったなら?」
「……お前まさか」
取り出したスマホを紋所のように突きつけてくる紅葉。その画面に映し出されていたのは、「予約申請完了」の文字だった。
「これから一時間、お兄ちゃんは私のレンタル彼氏」
「こいつ大金を湯水のように……でも、まだ確定じゃねーから! 俺が申請を承諾しなかったら無効になるってこと、忘れてねーよな!?」
「お兄ちゃんは断れない」
「な、なんだよその自信」
「だって、もし断られたら――私がここで子どものように泣きじゃくるから」
この世で最も恐ろしい脅しをかけられた。
「な、泣くってお前……」
「泣く。それはもうみっともなく泣く。廊下に転がって、駄々を捏ねながら泣く。お兄ちゃんは、義妹が恥も外聞もかなぐり捨てて号泣する姿に、耐えられる?」
「耐えられるかどうかで言えば、まあ割と耐えられるが……」
見たいか見たくないかどうかでも言えば、割と見たい。ミステリアスな生徒会役員として顔が知れてる紅葉の泣きじゃくる姿を見た時の周りの反応が、だが。
俺の返答が予想外だったのか、紅葉はとても――それはもうとても悲しそうな顔を浮かべた後、スマホを操作し、再びこちらに画面を見せつけてきた。
「追加オプションで一万円投げ銭する。これならどう?」
「お客様御指名ありがとうございまーす!」
義妹のヒモ呼ばわりされるのも仕方がないのかもしれない、とお金に弱い自分が悲しくなった。
★★★
紅葉から一時間だけレンタル彼氏として指名された俺。
しかし、すぐに仕事が始まるわけではなかった。
レンタル彼氏の仕事が開始されたのは、自宅に戻ってから。
紅葉は俺をどこかにつれていくことはせず、何故か――俺の部屋の床にたくさんのコスプレ衣装を並べてきたのだった。
「あの……紅葉さん? この衣装は何なんですかね?」
「コスプレ衣装」
「それは見たら分かるんじゃい。どうして俺の部屋にコスプレ衣装が並べられてるのかを聞いとるんじゃい」
「私が着るものをお兄ちゃんに選んでほしいから」
おかしい。言葉の意味が分からない。
「お、落ち着けよ。何があったのか分からねーが、俺にコスプレ衣装を選ばせるなんて流石におかしいって。そもそもお前がコスプレすること自体おかしいんだけども」
「恋人のコスプレ衣装を見て喜ぶのは、彼氏として当然。お兄ちゃんの部屋にある本にもそう書いてあった」
「待って待って待って待ってお前はどんな本を読んだんだ!?」
俺が所有する本の中で、コスプレが登場するものはそこまで種類は多くない。全年齢の方か、それともアダルティの方か……そこに俺の生殺与奪がかかっている。
紅葉は壁際の本棚に歩み寄り、そして漫画本の奥に隠すように置いてあった桃色表紙の本を取り出し、俺に向かってそれを堂々と見せつける。
「この『汗だくコスプレえっち♡ 白濁液で私を汚して♪』っていうエッチな本」
「誰か俺を殺してくれ!」
義理とはいえ妹に自分の性癖が詰まったエロ本を読まれるとか生き地獄にもほどがあるだろ! しかも一番のお気に入りだし!
「ヒロインの女の子に白い液がかかるところがすぐに開くようになってた。お兄ちゃん、このページが好きなんだ」
「やめろやめろ! 本に入ったクセで俺の性癖を暴こうとするな! そもそもいつの間に俺のエロ本を読んでたんだよ!?」
「お兄ちゃんが片づけをしないからって、お母さんからお兄ちゃんの部屋の片づけを命じられた時」
「自分で招いた悲劇だった!」
言われてみれば、確かに以前、勝手に部屋が片付いていた時があった気がする。その時は母さんが片付けたもんだと思っていたが……まさか紅葉だったとは。もう最悪じゃん。自業自得過ぎて誰にもこの怒りをぶつけられないじゃん。
「お兄ちゃんの性癖も気になるけど、今はコスプレ衣装選びの方が先。時間は有限だから、早く選んで」
「ぐぅっ……指名された以上、嫌とは言えないこの状況……お前、わざわざ金を払って俺を苦しめるとか、割と本気で最悪だぞ!?」
「苦しめるつもりなんてない。むしろ、お兄ちゃんに寄り添おうとしてる」
「今までの言動のどこに寄り添う要素が!?」
分からない、本当に分からない。
紅葉が何を考えているのか、義兄に対してどういう感情を抱いているのかが、マジで皆目見当もつかない。
まあしかし、レンタル彼氏の仕事中なんだから、覚悟は決めないといけないだろう。たとえそれが、俺の性癖を明らかにする愚かな行為であったとしてもだ。
「はぁ……」
諦めのため息を零しつつ、床に並べられた衣装を見比べていく。
そこにあるのは本格的なコスプレ衣装ではなく、宴会とかお遊びできるようなものばかり。しかし、露出度はそれなりに高い。一番右にあるメイド服なんて胸元はガッツリ空いてるしスカートは極端に短いしおまけにお腹も出ているし、もはやメイド服としての原形を保ってすらいない。
なんでコイツはこんな衣装を大量に所有しているんだ、というツッコミを何とか呑み込み、俺は勇気を振り絞って一枚の衣装を指さした。
「……このチャイナ服がいいです」
「お兄ちゃんはパッツパツの服が好き、と……」
「メモすんのやめろ! 違う、この中で一番まともだと思っただけだ! 何でもかんでも性癖に繋げようとすんな!」
「でも、さっきの本のヒロインは、ライダースーツを着てえっちなことしてた」
「今回の選択と本の中の性癖は一切関係ありません」
「次は目を逸らさず、私に向かって堂々ともう一度同じセリフを言える?」
「俺はパツパツの服を着た女の人が大好きです……ッ!」
義妹に自分の好きな女の衣装を血涙流しながら言わされたのは、世界広しと言えども俺ぐらいのものかもしれない。
「分かった。じゃあ、この服を着てくる。ここで待ってて」
チャイナ服を手に取ると、紅葉は小走りで俺の部屋から出ていった。
残された俺は床に広げられたままのコスプレ衣装を眺め、そしてその後に本棚の方へ視線を移し――
「……鍵付きの本棚でも買うか」
――己の性癖を守るための対策を考え始めるのだった。
レンタル彼氏を始めたら、義妹に指名されたんだが。 秋月月日 @tsukihi7
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