#6 委員長がツンデレで俺のことを好きだなんてありえない
風評被害を払拭できないまま、ついに昼休みを迎えてしまった。
「オレ、シュウ、イツカ、コロス」
「あーあ、壊れちゃった」
机の上に弁当を広げながらシュウにありったけの殺意をぶつけるが、クソバカはスルーどころかさらに煽ってきやがる始末。割と本気で一発ぶん殴っても許されるのではなかろうか。
シュウはいつの間にか買ってきていたデカいコーラのペットボトルを俺の前に置き、そしてコンビニのものであろうおにぎりの包装を剥ぎ始める。
「ま、誤解を解きたいならレンタル彼氏なんていう怪しいバイトは即刻やめることだね」
「三時間働くだけで一万円近く稼げるんだぞ。そう簡単に辞められるかよ」
「でも紅葉ちゃん以外からは指名されてないんでしょ?」
「それはそうですけども……」
そう言われると、二日間で一万円しか稼げていないことになる。企業に何割かを持っていかれる契約になっていなければ一万五千円丸々もらえたんだが……まぁ、プラットフォームを借りている以上、あまり強くは言えない。
「うーん、他のバイト探すべきかぁ? でもきついバイトは嫌なんだよなあ。楽だけして金を稼ぎたい」
「キミは今全国の労働者を敵に回したよ」
だって疲れた体でソシャゲなんてできないし……彼氏のフリをするだけでお金をもらえるならレンタル彼氏の方がコスパはいいし……まぁ、ちゃんと継続的に指名されていれば、なんだけど。
「はぁ~、全国の女性全員が俺をレンタル彼氏として指名してくれないかなあ」
そんな何気ない呟きを漏らした――直後のことだった。
「ち、ちょっと春日部。レンタル彼氏って、どういうことよ!?」
声につられて横を見てみると、そこには長い髪と慎ましやかなお胸が特徴の美少女が立っていた。何故かわなわなと唇を震わせながら。
「よーっす、委員長。どうした? 飯食う相手でも探してたのか?」
「そう――ゲホンゴホン! か、勘違いしないでよね! あたしはあんたと一緒にご飯を食べたいだなんて、微塵も考えてないんだからね!」
「いや別に誰もそんなこと言ってねーけど」
「そんなこと言わずに誘いなさいよ!」
「情緒不安定かな?」
一緒に食いたいのか食いたくないのかどっちなんだよ、というツッコミを言う隙すら与えず、委員長――星町たんぽぽは近くの椅子を引っ張ってきて、俺の机の上で弁当を広げ始めた。
彼女の弁当箱の中には、色とりどりの食材が所狭しと並べられている。
「委員長の弁当、相変わらず美味そうだな。自分で作ってんの?」
「べ、別にこれぐらい、大した手間じゃないんだから! ちょっと朝の五時に起きて、二時間ぐらいかけて作ってるだけなんだからね!」
「わざわざ早起きして作ってんの? すげーなぁ、俺には真似できねーわ。流石は委員長だな」
「ほ、褒められたって、別に嬉しくなんか……あ、ありがとう……えへへ。あ、卵焼き食べる? ちょっと、作りすぎちゃっただけなんだから! ひとりじゃ食べきれないから分けてあげようって、ただそれだけの理由なんだからね!」
「お、サンキュー。……ん、美味いなコレ」
「そ、そう? えへへへへ……春日部から美味しいって言ってもらえた……早起きした甲斐があったわ……えへへへへ」
両手で頬をむにむに持ち上げながら、唐揚げを箸でつつく委員長。美少女で料理も上手くて面倒見もいいモテの権化みたいな人なのに、俺なんかと一緒に飯食ってていいのかなあとか思わないでもないが、まあ役得だしわざわざ言うまでもないだろう。
と。
蚊帳の外に追いやられていたのが我慢ならなかったのか、シュウがやけに重い声色で俺に言葉を投げてきた。
「……あのさ、蒼人」
「ンだよ」
「ツンデレって知ってる?」
「当たり前だろ。ソシャゲ廃人とは言え、普通にアニメも漫画もラノベも読む人間だぞ。最近はキャラ自体少なくなってきてるけど、ツンデレっつーメジャー属性ぐらい知っとるわ」
「そうなんだ。そうだよね、そのはずだよね……」
「なんだよ、煮え切らねーな。言いたいことあるなら言えよ」
「いや、いいんだ。でも、これだけは覚えておいてね。――夜道には気を付けて」
「え、なに、俺今日死ぬの?」
誰かに刺される原因なんて一ミリも心当たりがないんだが。
「って、お弁当を褒められた嬉しさで忘れていたわ! ちょっと春日部、レンタル彼氏ってどういうことよ!?」
机に箸を叩きつけ、勢いよく立ち上がる委員長。そんな激しい動きをしたにもかかわらず、彼女の胸はほとんど揺れなかった。
「どういうことって、最近始めたんだよ。ガチャを引く金が欲しかったから。ま、レンタル彼氏って名前はアレかもしれねーが、ようはアルバイトみたいなもんだ」
「あ、アルバイトって……レンタル彼氏、彼氏って言うぐらいだから、こ、こここ恋人のフリをするってことでしょう!? 春日部が! お金のために! 知らない女の人の恋人のフリを!」
「引っかかる言い方やめなさいな」
「こ、こここ恋人っていうことはあれよね? て、手を繋いだり、ハグしたり、一緒にデートしたり……キスとか、そ、それ以上だって……」
「いや流石にキス以上は規約違反になっちまうからしねーよ」
「ち、ちなみに、これは質問なんだけど……三万ぐらい払えば、キスできたりする?」
「規約違反だっつってんだろ」
お願いだから人の話を聞いてくれ。
やけにぐいぐいくる委員長に迫られていると、シュウが横から助け船を出してきた。やはり持つべきものは悪友だ。
「とりあえず落ち着きなよ委員長。レンタル彼氏といっても、蒼人はまだひとりからしか指名されてないから。恋人童貞みたいなもんだよ」
「誰が恋人童貞だ」
訂正。こいつは友達でも何でもない。
「そ、そうなんだ……恋人童貞ね。安心したわ」
「今のどこに安心する要素があったんだよ」
そもそも恋人童貞ってなんなんだよ。
「それで? 春日部はどんな女性から指名されたの? 指名されたということはデートもしたんでしょう? どんなデートだったの? どこに行ったの? 何を食べたの? やっぱり春日部は車道側を歩くタイプ? 荷物とかも持ってあげる優しさもあったりするのかしら? 今後のために参考までに聞いておきたいからなるべく詳細的に述べてもらえると嬉しいんだけど」
「怖い怖い怖い怖い近い近い近い近い。と、とりあえず離れてくれ」
「うぶぇ」
必死な形相で眼前まで迫ってきた委員長の顔を遠ざけ、とりあえず質問に答える。
「紅葉から指名されたんだよ。水族館に行きたかったらしくてな。大方、ひとりで行くのが寂しかったから一緒に行く相手を探してたんだろ」
「紅葉って、春日部の妹の紅葉ちゃん?」
「おう」
「……あの紅葉ちゃん?」
「そう、あの紅葉ちゃんだよ委員長」
「あ、あたしというものがありながらーっ!」
「何でこの流れで胸倉掴まれなきゃならねーのか誰か説明してくれ!」
出るっ、さっき食べたばっかの卵焼きが口から出るッ!
委員長の手を引きはがし、無理やり椅子に座らせる。
「あ、あのなぁ、言っておくが、別に何もなかったからな? 手を繋いだりはしたけど、あくまでもレンタル彼氏として繋いだだけだし! 追加オプションってやつだから! 委員長が何を考えてるのかが知らねーけど、別に他意があったわけじゃねーから!」
「そ、そうなの? じゃあまだ、春日部は綺麗な春日部のままなの?」
「汚い春日部が想像の範疇にいること自体が不服なんだが」
「そっか……春日部はまだ、フリーなんだ……ハッ!」
何を思いついたのか、委員長は呼吸を整えると、俺に人差し指を突きつけながら教室全体に声を響かせた。
「か、勘違いしないでよね! 別に、あんたがフリーだからって、嬉しくなんかないんだからね!」
「お、おう……? まあ、委員長には関係のない話だしな……?」
「そ、そうよ。あたしには関係のない話なんだから。別に、あんたが義妹とどんなに仲良くしようが、最後にあたしが勝てればそれでいいんだから。ぜっったいに勘違いしないでよね!?」
「委員長委員長。本音が漏れちゃってるよ」
勝手に盛り上がって勝手に満足した委員長はほくほく顔で弁当を食べ始めた。相変わらず嵐のような女だ。せっかく美人なんだから、もっと落ち着けば今頃恋人とイチャコラできているだろうに……。
ま、そういう委員長だからこそ、俺みたいなソシャゲ廃人と仲良くしてくれてるんだろけど。口には出さないが、結構感謝はしていたりするのだ。
「ちなみになんだけど……別に、知りたいわけじゃないんだけど! 春日部ってどういう名前で登録してるの?」
「『ソート』で登録してるぞ」
「ふうん。ふううううううううん。ソート、ソートね……別に名前が分かったからって指名しようとかそんな気持ちはさらさらないけど、一応メモしておくわね! 忘れないように、一応ね!」
「お、おう……?」
変な情報が登録されていないかを後で調べるつもりなんだろうか。
ま、別に困ることなんて何も書いてないし、見られたところで問題はないんだけどな!
「(どうしてここまで言われて何も気づけないんだこのバカは……)」
「ん? シュウ、何か言ったか?」
「何でもないよおめでた頭」
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