#5 それはつまり、義妹のヒモってことなのでは?


 義妹である紅葉と水族館デートを行ってから二日経ち、平日の始まり。

 俺はひとりで学校へと向かい、教室の自分の席でGDFのデイリーを消化していた。どうして紅葉と同じ学校なのに一緒に通学していないのかというと、あいつは一年生にして生徒会に所属しており、朝からいろんな活動があるため、そもそもの登校時間が普通の生徒よりも一時間早いからである。


「おはよー、蒼人。今日もGDF捗ってる?」

「おあよーシュウ。土曜日にやる時間なくてイベントで後れを取っちまったから、さっさとデイリー消化して授業中にでもイベント周回をやる予定の蒼人さんだよ」

「授業ぐらい真面目に受けなよ、ってツッコミはとりあえずしておくとして、何があったんだい? キミがソシャゲより何かを優先するなんてよっぽどのことだと思うんだけど」


 シュウは俺の机に寄りかかりながら、割と失礼なことを言ってくる。

 俺はデイリー消化を自動モードへと切り替え、質問に丁寧に答えてやることにした。


「最近、バイトを始めたんだよ」

「へー、目的は……って、どうせガチャの軍資金集めか。どんなバイト?」

「レンタル彼氏」

「……キミに一番向いてなさそうに思えるけど。もしかして、ソシャゲができなかったのはそのレンタル彼氏のせい?」

「ああ。紅葉から指名されて、ふたりでデートしてた」

「待って待って待って待って。寝起きの頭では理解できないシチュエーションをいきなり押し付けてこないで」

「知らねえよ。俺は事実をありのまま伝えてるだけだ」


 自分でも意味不明なことを言っている自覚はあるが、残念ながらこれは現実だ。


「えっと、ちょっと整理させてね。キミの義妹である紅葉ちゃんが、レンタル彼氏としてキミを指名して、ふたりで水族館デートに行ったの?」

「おう」

「ふうん、なるほど、そっか……あのさ、蒼人」

「ンだよ」

「義理でもシスコンは成立するんだよ……?」

「勝手に不名誉な称号を押し付けてくんな! シスコンなんかじゃねーよ! そもそもあいつが俺を指名してきたんだから、俺に非はねーだろ!」


 勝手にシスコン認定してくる愚かな悪友の襟首をつかんでがっくんがっくんと前後に身体を揺らしていると、クラスメイトたちがいきなりざわつき始めた。


『春日部くんがシスコン?』

『あいつの妹って確か紅葉ちゃんだったよな? あんなに可愛い妹がいたらシスコンになっちまうのも頷けるな……』

『そういえば実の妹じゃないんだっけ、紅葉ちゃん』

『義理の兄妹なら結婚できる? もしかしてセーフ?』

『でも家族なんだから一応は禁断の恋なんじゃね』

『禁断の恋っていいよね』

『いい……』


「うおおおおい! どうすんだシュウ! お前のせいであらぬ誤解がクラス中に拡散されてってるじゃねーか!」

「あはははっ。ウケる」

「ぶん殴るぞテメェ!」


 ただでさえソシャゲ廃人なせいで変人みたいに見られてるのに、さらにシスコン属性なんて加えられた日にゃあ変人どころか変態にまで昇格されちまう。ソシャゲ廃人は事実だからまあ許容するにしても、シスコン認定だけは見逃せねえ。


「まあまあ。誤解なんて後で解けばいいじゃん。それよりも義妹との水族館デートについて聞かせてよ」

「こ、こいつ……悪びれるどころか開き直りやがって……っ!」

「昼休みにジュース奢ってあげるからさ」

「……コーラの大きいサイズだからな」

「オーケーオーケー」


 食費が少しでも浮くなら、まあいいか。

 ホームルームが始まるまでそう時間は残っていないので、俺は紅葉との出来事をなるべく簡潔にまとめてシュウに伝えた。


「ふむ、なるほどなるほど……」


 シュウは俺の机の上に尻をつき、足を組み、そしてさながら探偵のように顎に手をやると――


「蒼人はさ、どうして紅葉ちゃんがキミをレンタル彼氏として指名したと思う?」

「慌てふためく義兄の醜態を見たいから」

「キミは紅葉ちゃんを何だと思ってるんだ」

「俺のことを嫌いな義妹」

「……これは重症だね。紅葉ちゃんに同情しちゃうよ」

「何でだよ。むしろ妹から無視されまくってる俺の方に同情しろよ」

「キミは鈍感罪で無期懲役だから同情なんてできないかな」

「意味わかんねー」


 俺が鈍感ならシュウはどうなるんだよ。

 毎日のように下駄箱にラブレター入れられてるくせに「面白がってるだけだよ」とか言って全部ゴミ箱に捨ててるくせに。


「ま、キミの鈍感っぷりを今さら指摘したところでどうしようもないからいいけどね。そもそもこれはボクがアドバイスするようなことじゃないし」

「その偉そうな態度がとてもムカつきます。星ひとつ」

「名誉な評価をありがとう。それでさ、もう時間もないから最後にひとつだけ言わせてもらうけど……」

「あン?」


 シュウは俺の肩に手を置き、それはもう嬉しそうな笑みを浮かべる。



「義妹のお金でガチャを引くキミ……それはつまり、義妹のヒモっていうことになるんじゃないの?」



「……………………せ、正当な労働によって得たお金だし」

「あ、詰まったね。ということは、自分でもちょっと思ってはいたんだ。自分がヒモだって」

「う、うるせーな! 普通は見知らぬ他人から支払われるはずなんだよ! 今回がイレギュラーすぎただけだ!」

「そもそもお金が欲しいからってレンタル彼氏を始めるところが意味不明だよね。普通にコンビニでアルバイトとかすればよかったのに」

「彼氏のフリをするだけでお金がもらえるんだから楽な仕事だなって思ってたんだよ」


 まさか初仕事からあんなレアケースを引くことになるとは思わなかったが。


「ソシャゲ廃人でシスコンで義妹のヒモか……ごめん、友人関係やめてもいいかな?」

「一個目はともかく後半ふたつはただの言いがかりだろうが!」


『蒼人くんって紅葉ちゃんのヒモなの……?』

『ソシャゲ廃人ッて時点でやべー奴だとは思ってたが、まさかここまでクズだったとはな……』

『「今日の分の金まだかよ」とか言ってそう』

『あんなに優しい妹さんからガチャ代を巻き上げるなんて、春日部くんってひどいね』

『人の心とかないんか?』


「ヘイッ! 我らがクラスメイトたち! 今から誤解を解いてやるから全員とりあえず席に着こう! 俺はソシャゲ廃人ではあるけども、シスコンでもヒモでもないから! まずはそこから弁明させてほしい! お願いしますッッッ!」


 道端にいる主婦のようにありもしない噂を拡散する愛すべきクラスメイトたちの誤解を解こうと試みるが、その前にホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴り響き、担任の先生が教室へと入ってきてしまった。


「うーす、お前らホームルーム始めるぞー。おら春日部、さっさと席に着かんか」

「待ってください、橋本先生! 五分だけでいいんで俺に時間をください! このままだと俺、シスコンとヒモの二足の草鞋を履かされることになっちまうんです!」

「お前は何を言ってんだ?」


 その後、橋本先生にも事情を説明したが、「お前クズだな」と一蹴されてしまった。解せぬ。

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