#4 お兄ちゃんのことを好きになるのは普通だよね?


紅葉から大量のドーナツを食べさせられた後、水族館を再び一から回り、俺たちはようやく三時間のタイムアップを迎えようとしていた。


「今日は……楽しかった」

「お、おう、そうか」


 レンタル彼氏としての初仕事だったが、中々の好感触だったのではなかろうか。この感じなら、次に指名された時も彼氏として上手く振舞えるかもしれない。

 池袋駅までの帰り道で、俺が買ったジュースを飲みながら、紅葉はふと呟く。


「でも、三時間で一万五千円は高い。もう少し安ければ……」

「そういう層向けの商売なんだからしょうがねーだろ」


 そもそもレンタル彼氏なんて形で誘わなくても、普通に出かけようって声をかけてくれればいつでもどこでもついていってやるんだが。まあ、今回はレンタル彼氏をしている俺を冷やかす目的だったかもしれないから、あえて指摘とかはしないでおいてやろう。

 紅葉はキャップをしめたペットボトルを鞄にしまい、俺の手を無言で握る。流石にもう慣れたが、兄妹が手を繋いで歩くってのはどうなんだろうか。……いや、今の俺たちは一応恋人ってことになってるんだから、そういうのは考えない方がいいんだろうけど。


「? 私の顔に、何かついてる?」

「いや、可愛いなって思っただけだよ」

「っ。……も、もう」


 フッ……咄嗟にこんな返しができるとは。俺の彼氏ぢからの高まりを感じるぜ。


「ありがとな紅葉。お前のおかげで、レンタル彼氏として自信がついたよ」

「……私以外の人から指名されたら、お兄ちゃんは彼氏として振舞うの?」

「そりゃ当然だろ。レンタル彼氏なんだから」

「……………………そう」


 これからはアピール機能ってやつも使って、顧客を増やす努力をしないといけないな。そしてたくさん金を稼いで……ガチャを引きまくるのだ。


「お兄ちゃん。女の人を、そう簡単に信用しない方がいいよ」

「どうした急に」

「レンタル彼氏に本気になる人だっている。だから、相手は選ぶべき。たとえば、そう、私みたいな、お兄ちゃんのことを熟知している女の子とか……」

「そもそも知り合いのレンタル彼氏になんてなるつもりないんだが?」


 こういうのは知らない人が相手だから平気なのであって、知り合いが相手だったら普通に空気とか悪くなりますからね。つーか緊張しまくるわ。


「お兄ちゃんは、どうしてレンタル彼氏なんてやってるの?」

「ソシャゲのガチャを引くため」

「クズ」

「おう、何とでも言え。俺はソシャゲをプレイするために生きてるんだからな」

「……お兄ちゃんのそういうところ、大嫌い」


 制限時間が近づいてきたせいか、いつもの紅葉に戻ってきたな。うんうん、やっぱり俺たちの関係はこうでなくっちゃな。……別に泣いてなんかないよ?


「はぁ……お前が俺のことを嫌いなのは別にいいけど、親父たちの前でぐらいは中良さそうに振舞ってくれよな」

「きらっ……え、私が、お兄ちゃんのことを……?」

「だってお前、話しかけても無視するじゃん。髪を触ったりしたら顔を真っ赤にして睨みつけてくるし。義理とはいえ、一応は兄なんだから、妹から嫌われるとちょっと傷つくんですからね」

「…………」

「? おーい、紅葉。大丈夫か? もしかして歩き疲れたか?」

「違う。なんでもない。気にしないで」


 急に静かになった義妹を心配するが、彼女はこっちを向くことすらせず素っ気なくそう答えた。

 そこからは大した会話もなく、池袋駅に到着したところで、三時間コースはついにタイムアップを迎えた。


「えーっと、というわけで、今日はここまでだな。本日は御指名いただきまして誠にありがとうございました。よろしければ、アプリにてレビューを書いていただき、もし機会がありましたらまた御指名いただけますと幸いです」


 義妹から指名されるなんてもう二度と経験したくねーけども。


「……うん。今日はありがとう」

「おう。……で、レンタル彼氏としての時間は終わったわけだが、これからどうする? 一緒に帰るか?」

「ひとりで帰る」

「あ、さいですか……」

「それじゃあ、また家で」


 何故か元気をなくした様子で手を振り、そして紅葉は池袋駅の中へと消えていった。

 残された俺はしばしの間物思いにふけった後、


「よし、そこの喫茶店でデイリーだけ消化していくか」


 いつも通り、ソシャゲに時間を費やすことにした。




          ★★★




 自室に戻って、まず最初にベッドに顔から飛び込んだ。


「私が、お兄ちゃんのことを、嫌い……」


 デートの終わりにお兄ちゃんから言われた、衝撃的な一言。

 その言葉は私の心臓をいともたやすく貫いた。


「嫌いだなんて、そんなこと……有り得ないのに……」


 私はお兄ちゃんのことが好きだ。

 血は繋がってないけれど――ううん。血が繋がっていないからこそ、私はお兄ちゃんのことが好きだ。愛していると言ってもいい。


 突然、家族になってしまった赤の他人。

 そもそも人付き合いが苦手な私は、お兄ちゃんに対してもずっと冷たく当たっていた。

 でも、そんな私に、お兄ちゃんは何度も何度も絡んできた。私の分までお喋りをして、私と仲良くなろうとして来てくれた。

 そんなお兄ちゃんを見ている内に、いつの間にか好きになって……お兄ちゃんとも上手く喋れるようになってきたんだけど……でも、高校に入った頃ぐらいから、何故か会話が続かないようになっちゃった。


 ううん、理由は、ちゃんとわかってる。


 お兄ちゃんに対する「好き」の意味が、私の中で変わってしまったんだ。


「今日は、久しぶりに、お兄ちゃんとたくさんお話しできたな……」


 手も繋げた、あーんもできた。一緒に水族館デートもできた。

 お兄ちゃんがレンタル彼氏のアルバイトを始めたと知った時、お兄ちゃんが他の人のものになるなんて耐えられない、って最初は思った。

 でも、すぐに気づいた。レンタル彼氏というシステムを使えば、合理的にお兄ちゃんとイチャイチャできる。私のせいで壊れてしまった兄妹仲を、もう一度修復できるかもしれない……って。


「貯金がなくなるまでに、お兄ちゃんと仲良くなる。そして私のこの想いを伝えるんだ……」


 今だけは、血が繋がってなくてよかったと思う。

 レンタル彼氏なんかじゃなくて、お兄ちゃんを本当の彼氏にする。

 そのために、私自身を変えていかなくっちゃ。


「と、とりあえず、お家の仲では、もっとお兄ちゃんに優しく接さないと」


 照れくささからつい冷たく当たってしまっていたけど、それが逆効果になってるって今日知ることができた。

 まだ遅くはないはずだ。まだ、リカバリーが効くはずだ。

 お兄ちゃんとの兄妹仲を修復して、お兄ちゃんともっともっと仲良くなって、そして私からお兄ちゃんに告白して、本当の意味で恋人になる。

 それが、これから私がしなくちゃいけない戦いだ。


「お兄ちゃんのことを好きになるのは、普通のこと……だよね?」


 好き、大好きだよ、お兄ちゃん。

 他の誰にも渡さない。

 私だけのお兄ちゃんに、してみせるんだから――。

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