魔導書じゃありませんよ、ただの全自動日記です! インテリジェンスダイアリーと新米魔術師~封印迷宮都市シルメイズ物語~

荒木シオン

1日目~3日目:新マスターはポンコツ魔術少女?!

 神宣暦しんせんれき一二〇二年・春の三番月第一二日・天気:晴れ


 困りました。非常に困りました……。

 いえ、別に私は困っていないのですが、多分これから目の前の幼気いたいけな少女が困る的な?


 彼女と出会ったのはとある古書店こしょてんです。

 空を思わせるあおい髪とひとみが印象的なで、なにが楽しいのか小難こむずかししくカビのえたような古本ふるほんを手にしては、笑顔を浮かべていました。


 しばらく店内を物色ぶっしょくし、最終的に手にしたのは書架しょかすみほこりかぶった一冊。

 赤蜥蜴あかとかげの革で丁寧ていねい装丁そうていされ、星形の可愛かわいらしい鍵までついた、見る人が見れば一目ひとめでなかなかの高級品だと見抜くであろう一品です。

 

 ただ、肝心かんじんの中身はなにが書かれているのか分からないようで、少女はたびたび頭を左右に傾けていました。

 けれど、そんな正体不明の本を、彼女は少なくない金額を払い購入します……。


 ……それこそがなにを隠そう私です!!

 その実態じったいはなんと全自動日記ぜんじどうにっき! 所持者の日常を現在進行形で、こうして書きめる不思議アイテム! 誰が呼んだか『知性ある日記インテリジェンスダイアリー』とはよく言ったもの!


 さておき、そう……つまるところ、ただの日記なのです。

 日記なのですが、私の新しい所有者になった青い髪の少女シエルは多分なにかを勘違かんちがいしているようで……。

 今もこうして古書店こしょてんの横にある喫茶店きっさてんで、読めもしない私のページをめくっては、うんうんとうなずき、時には小首を傾げ、満足そうに楽しげな表情を浮かべます……。


 ちなみにシエルが内容を解読かいどくできないのは彼女のせいではありません。

 私は古本屋ふるほんやに売られていた日記です。つまり、前の所有者がいるのです……。

 そうなると新しい所有者とはいえ、今までに書き留めた他人の私生活をつまびらかするのははばかられるわけで……まぁ、個人情報の保護というやつですね!

 

 なのに、そうとは知らないシエルはニコニコ顔でページをめくり続けます……。

 一体全体いったいぜんたい、私はなんの本だと思われているんしょう……?


 そうして疑問はその日の夜に解決しました。

 ここはシエルの暮らす賃貸の集合住宅。小さな台所とトイレ、お風呂付きのワンルーム。

 そんな彼女の生活空間兼寝室である部屋に並んでいるのは数々の魔術道具。


 これアレだぁ! この! 私のこと魔導書まどうしょかなにかと勘違いしてる!

 

 でも、残念! 私はただの日記です! 全自動なだけです!!


 だから、ほら! もう読み進めるのをやめるのです!

 それ以上ページをめくると、貴女あなたの今日一日の行動が……つまり、このページに辿たどくんですよ?!


 しかし、シエルが手を止めるわけはなく……。

 はい……しかたがないので前所有者たちの記述と同じく暗号化しました!

 だって……あんなに眼を輝かせてるのに可哀想かわいそうじゃないですか……。


 けれど、その結果……すごい! 文字が勝手に増えてく! もしかして私専用の魔術ですか?! などとあらぬ期待をしてしまい……どうしてこうなった。

 うぅ……早く、早く気付くのです、これがただの日記だと!!


 今日の収支

 -500シルド(私の代金)

 -8シルド(喫茶店:お茶、軽食)

――――――――

残金:2500シルド


 なんと私、簡易家計簿的な機能付きです! 賢い! 流石、知性ある日記インテリジェンスダイアリー! ふ~ん、私……意外といい値段しましたね。気が重いです。


 ★     ★     ★


 神宣暦しんせんれき一二〇二年・春の三番月第一三日・天気:晴れ


 まだも昇らぬうちに起きだし、活動を始めるマイマスター・シエル。

 この、案外早起きですね。歴代の所有者にいた魔術師は皆さんそれはそれは自堕落じだらくな生活をきわめていたというのに……。


 顔を洗い、寝間着ねまきから茶色のとんがりの帽子とローブに着替えたら、私を手に取り昨日書き終えたページを読み返しつつ、うんうんと頷きます。

 なにか納得なっとくしていますが、読めてませんよね? あ! 分かりましたよ! さては今現在も増えてるこの文章を眺めて満足してますね、貴女?!


 勝手に増えていく解読不能な文字列のなにがそんなに嬉しいんでしょう? 不思議です。

 困惑こんわくしていると、私を小脇こわきに抱え、玄関に立てけてあった杖を手にし、シエルは部屋の外へ。


 そうしてやって来たのは集合住宅の中庭らしい場所。

 ここでなにをするのかと思えば、彼女は私が昨日書いたページを開き、手にした杖を一生懸命いっしょうけんめいに振り始めます……。


 え? 一体なにをやってるんですか?


 突然始まった不可解な行動の意味が分からず混乱しつつも、シエルの観察を続けること数分。

 うん? 杖を振りながらなにかつぶやいてますね……。


 九十八、九十九、百……あ、あと四百回! って、なるほど杖の素振すぶりですか。

 そう言えば過去の所有者にもいましたっけ、魔術師にも体力が必要だからって朝夕欠かさず杖を振る人。まぁ、凄く少数派ですけど……。


 一人納得しかけると、むぅ、五百回とか多いです! それに最後は二千五百回ですか? なんてどこか不満げな声をらすシエル。

 う~ん? なんだか見覚えというか、書き覚えのある数字……!


 気付けば額に沢山の汗を浮かべ、シエルが私をにらんでいました……。

 これは……もしかして、ひょっとして、簡易家計簿機能の数字だけは解読できてるんじゃないですか、この娘?!

 

 それを魔導書が彼女専用に作った特訓内容と勘違いして、素振りを始めたのでは?!

 待って! 待ちなさい! 私、ただの日記! 日記だから!

 自分専用のトレーニングメニューだと思っている数字は全て、貴女が昨日使ったお金とその残金です! お願い気付いて!


 しかし、私の願いもむなしく、シエルは黙々もくもくと杖を振り続けます……。

 ちなみに残った数字の八ですが、これは間に八回は休んでいいってことですね! などと都合のいい解釈かいしゃくをおこない笑顔を浮かべていました。


 違う、違うんですよ……それも、貴女が使ったお金なんですよ……?


 そうして数時間後。

 シエルはついに三千回の素振りを完了します。

 早朝から始めたのに、空はすっかり茜色。普段、運動をしないから疲れましたぁ~、と愚痴ぐちをこぼすもその表情はどこか晴れやかです。


 ま、まぁ、彼女が満足しているなら別にいいのです。

 それにほら! 少なからず効果があることは以前の所有者で証明されてますからね、素振り! だから、うん! 問題はありません! ありませんったら!


 今日の収支

――――――――

(残金変動なし)


 よしっ……これで明日は大丈夫なはず! だって、今日はお金使ってませんからね!


 ★     ★     ★


 神宣暦しんせんれき一二〇二年・春の三番月第一四日・天気:曇り


 早朝、昨日の素振りがたたったのか、ベッドからい出るようにして私を手に取るシエル。

 そうして、ページをめくった次の瞬間、苦悶くもんに満ちていた表情がパッと明るくなります。


 今日は素振りがない! って、いやいや、元々そんなトレーニングメニューは存在しないんですよ?

 でも、これで確定ですね。やっぱりこの娘、どういうわけか簡易家計簿の数字部分だけは判読はんどくできているみたいです……。


 さておき、今朝はそんな地獄の特訓がないせいか、シエルは心なし浮かれた様子で食事の支度したくを始めます。

 あぁ、ちょっと! 私を台所へ運ぶのはやめるのです! 汚れちゃうから!


 朝食を終えると、シエルは私と各種魔術道具をめたかばんを手にし街へ繰り出します。

 大通りをしばらく歩き続けると、目の前に現れたのは巨大な大穴。

 そこに一シルド銅貨を投げ入れ、今日は上手くいきますように、となにやら目を閉じ手を合わせて呟くシエル。


 次に向かった先は、大穴の近くにある石造りの建物。

 中に入ると受付らしきところになにやら書類を提出し、地下へ続くらしい階段をくだり、その先の少々不気味な横穴を若干じゃっかんビクビクしながら進むシエル。

 通り抜けると、目の前に広がるほのかな薄緑色の光に照らされた洞窟どうくつ


 なるほど……ここはあの封印迷宮ふういんめいきゅうシルメイズとその都市だったわけですか。

 何代前かは忘れましたが、以前の所有者が色々調べていた記録があります……。


 封印迷宮シルメイズ。

 それは前時代ぜんじだい、神の怒りに触れた人種、種族、文明、文化などありとあらゆるものが封じられた大穴にして前人未踏ぜんじんみとうの大迷宮。

 迷宮からは現代では考えられない財宝や人智じんちを超えた道具が発見され、都市は連日それらを求める探索者でにぎわう。

 しかし、その実態じったいは神の怒りに触れたモノへえて手を伸ばす、現人類げんじんるいもっと背徳的はいとくてき愚者ぐしゃたちの街であると……。


 そんな場所にもぐっているということは、当代の所有者であるシエルも探索者ということなのでしょうね……。

 はぁ……まったく、とんでもないところに連れてこられました……。

 とりあえず、シエル? マイマスター? 私を絶対に落とさないでくださいね! 迷宮の藻屑もくずになるのは絶対に嫌なんですから!


 その、しばらく迷宮の探索を続け、うさぎによく似た生物を狩ったり、見たことのない鉱石などを採掘さいくつしたりするシエル。

 恐らくそれらが探索者の収入源なのでしょう……うん、これは、アレですね! 前の所有者にもいた冒険者ぼうけんしゃ的なお仕事っぽいです! つまり、かなり危険な職業!


 だから、シエルは古書店で魔導書を探していたんですよ……。

 魔術師なら魔導書や魔導具で自身を強化すれば、自衛手段が増えますからね……。

 でも、残念……悲しいかな、私はただの日記帳なのです……ツラい。


 数時間後、シエルは無事に探索を終え、迷宮外へ。

 入口近くの受付らしき場所で、手に入れた品々を換金かんきんしていたときの様子から、今日は結構けっこういい稼ぎになったようです。


 今日の収支

 +120シルド(迷宮での収集品など)

――――――――

残金:2620シルド

 

 さぁ、明日は素振り地獄に苦しむのです! きたえ続ければきっと迷宮での生存率も上がるはず! 筋肉は割りとなんでも解決するという数代前の所有者の持論じろんを信じるのです!


 ……to be continued?(私とシエルの冒険はまだ始まったばかり??)

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魔導書じゃありませんよ、ただの全自動日記です! インテリジェンスダイアリーと新米魔術師~封印迷宮都市シルメイズ物語~ 荒木シオン @SionSumire

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