ある冒険者の日記

月代零

第1話

『星霜暦○○年×月□日

 勇者選抜試験に合格し、晴れて勇者となった。国王陛下から軍資金や糧食、装備を賜る。魔王は、俺がこの手で必ず倒す。』


『星霜暦○○年×月□日

 王都を旅立って数日経った。魔王城への道は遥か遠い。

 強大な力を秘めた聖剣を、エルフたちが守っているという情報を得た。手に入れることができれば、大幅な戦力増強になる。是が非でも手に入れる。』


『星霜暦○○年×月□日

 エルフとの接触に成功。無茶苦茶な試練に挑まされたが、何とか突破し、聖剣を手に入れた。

 そのまま、しばらくエルフの集落に留まり、聖剣の扱いと、彼らの知る古代魔法を教わることになった。彼らの訓練は……とても厳しい。毎日ヘトヘトだ。こんなことでいいのだろうか。いつになったら魔王討伐の旅を再開できるのだろう。』


『星霜暦○○年◇月□日

 エルフの集落に、魔王軍が攻め込んできた。魔王軍に聖剣を奪われないよう、森の奥深くに封印した。逃げろと言われたが、世話になったエルフたちを見捨てることはできない。俺は――』


『星霜暦○○年△月□日

 エルフの里は、先の魔王軍の大攻勢を受けて、結界で巧妙に隠されていたが、何とか見つけ出し、聖剣の封印を解くことに成功した。エルフたちは、聖剣を手に入れた俺に、青霧山脈の竜族の協力を取り付けるよう進言する。次の目的地はそこだ。エルフの若者が一人、旅に同行してくれることになった。ありがたい。』


『星霜暦○○年△月□日

 青霧山脈に到達。何日も険しい道を抜け、何とか竜族の住む最奥の谷へと辿り着いた。

 そこで、竜族の長から試練を課される。これを突破すれば、百年に一度だけ生まれるという、強い力を持つ聖竜を仲間にさせてくれるという。』


『星霜暦○○年△月□日

 試練を突破し、生まれたばかりの聖竜の卵を託された。間もなく卵は孵り、白銀に輝く鱗の、小さな可愛らしい竜の子供が生まれた。』


『星霜暦○○年△月□日

 子竜の世話をしながら、交流を深める日々。

 そこに、魔王軍四天王の一人が攻めてきた。奴は軍勢を率いず単独で現れたが、圧倒的な強さを見せつけた。竜族たちと協力し応戦するが、戦況は芳しくない。

 戦いの中で、俺は奴の弱点に気付いた。そこを突くことさえできれば――』


 誰か、この記録を次に繋いでくれ。この道は俺が切り開いた。次は君に託す――。

 この日記を書いた者の想いが、伝わってくるようだった。

 

 日記にはその後も、氷の森や灼熱の砂漠の抜け方、妖精と対話する方法や誰に助言を仰ぐべきかなどが、何度か筆跡を変えて記されていた。

 そして。


『星霜暦○○年△月□日

 ついに魔王城まで辿り着いた。魔王の元まで行かせまいと、残りの四天王たちが猛攻を仕掛けてくる。俺はここまでかもしれない。でも、せめて一人でも多くの敵を倒そう。』


 ここから先は、白紙だった。

 僕は日記を読み終え、ページを閉じる。表紙に守護の魔法陣が刻まれた、分厚い革張りの日記帳だった。

 僕の目の前には、禍々しい城がそびえ立っていた。人類の敵、魔王の本拠地だ。

 たくさんの冒険者が魔王討伐に挑み、半ばで散っていった。けれど、自分たちが辿った道を、後から来る者のために残そうと、日記という形で記してくれていた。この記録を繋いでくれたから、僕はここにいる。

 聖剣と、神々しく育った白銀の竜と、旅の苦難を共に乗り越えてきた大切な仲間と、託された想いと共に。

 僕はこのページの先に、何を刻めるだろうか。

 進もう。この命が尽きるまで。


                                    了

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