KACインデックス2022

人生

 一年後の君へ -2022年3月、記す-




 2022年――



 3/1 ~ 3/4   二刀流、地獄を見る。



 3/4 ~ 3/9   アイドルオタクたちの推し活。



 3/9 ~ 3/11  第六感の覚醒、溶けだす現実。



 3/11 ~ 3/14 お笑い/コメディ、この世界はギャグ時空。



 3/14 ~ 3/16 88歳の飛翔、隠蔽された隕石。



 3/16 ~ 3/18 不死鳥の焼き鳥が登場する物語。



 3/18 ~ 3/21 出会いと別れ、繰り返す。いつか会える日の。



 3/21 ~ 3/23 私だけのヒーロー、その敗北と考察。



 3/23 ~ 3/25 チョコ作り。猫の手を借りた結果。



 3/25 ~ 3/28 真夜中ポエム、一線を超える。



 3/28 ~ 3/30 ――――――




                   ■




「――こうして一覧にして眺めてみると、とても荒唐無稽で、なんのことやらという感じです。果たして、この記録に意味はあるのでしょうか」


「少なくとも、君がこの一ヶ月、どんなことを考えて生きてきたのか、その片鱗を垣間見ることは出来るだろう。……君は、どう思う? このプログラムに参加してみて」


 この一ヶ月、お題をもとに思考活動を行い、その結果として脳内で再現された、夢――その内容を、可能な限り書き出すというプログラムを続けてきた。


 いわゆる、夢日記である。


「僕は……ただただ、空しいです。何もなかった、無為に過ごした一ヶ月だったように思います。始まった時は、いろんなことを考えていました。何か、自分に大きな変化があるのではないか、と」


「そうだろうか。プログラムへの参加報酬はもらえる、完全に無意味という訳でもないだろう。それに――今回の活動を通して得た知見は、いつか君の人生にとって意義をなすかもしれない。この経験を活かすも殺すも、今後の君次第、という訳だ」


「……先生、結局、このプログラムはなんだったんでしょうか。機関はいったい、なんのために僕たちの夢を収集しようと……?」


 極秘事項であることは分かっている――だが、それでも、この一ヶ月にいったい何の意味があったのか、それを知りたいという気持ちは抑えられなかった。


「なに、荒唐無稽な話さ」


「え?」


「予知夢、という言葉があるだろう? 機関ではそれを、夢による未来予測――そもそも、夢とは……眠るまでに経験・思考した物事、その情報を『記憶』として脳内の本棚に保存するためのもの、その工程を意識が鑑賞するものだ。それは情報を整理する作業であり、整理した情報から、なんらかの未来を導き出す可能性がある――それが、予知夢だ」


「では、機関は僕たちの夢を集めて――その中から、『予知夢』に該当する……未来を予測していた夢を選別する?」


「そう。この先に起こる出来事の……機関が予定しているイベントのキーワードをお題というかたちで与え、それをもとに思考させる。そうして導き出された夢の中から、結果的に『予知夢』となった夢を見た者を特定し、今後の未来予知実験に活かそうという訳さ」


「……そんなこと、話してしまってもいいのですか?」


「はは。そんなことを気にしなくてもいい――今のは、今回のプログラムの一側面に過ぎないからね。この他にも多くの研究機関が関わり、様々な目的をもってデータを収集しているのだから。たとえば、こんなのもある。集合無意識の研究だ」


「集合無意識というと……人は皆、無意識下では繋がっているという、あの?」


「その解釈で問題ない。不特定多数の被験者に共通のお題を与え……どのような思考をするのか。その思考は『共通お題というキーワード』を通して、他者の無意識と繋がりうるのか――たとえば、それは夢の様相に表れる。夢の中で、無意識の中で、人は他者と繋がっている……他者の心を覗き見ることが出来るのではないか。これはシンクロニシティの研究にも繋がる」


 シンクロニシティ――共時性。なんらかの意味があるように感じられる、偶然の一致のことだ。


「ある国で、とある発明がされたとする。同時期、別の国で同様の発明が行われた――これは完全に偶然の一致で、発明を行った両者にはまるで接点がない。しかし――実は、夢を通して、無意識下で他者の考えを覗き見、それがまるで自分の考えであるかのように思ってしまったのではないか……そうした仮説があるんだ」


 発明のアイディアは、発明者の二人ではない、第三者の考えたもの――彼が頭の片隅で思ったことを、発明者たちが偶然キャッチし、実現というかたちに持って行ったのではないか。

 この研究を利用すれば、いずれ金になるアイディアを、それを実現しうる才能あるものに与え――発表前に、掠め取る。そうしたことも可能になるらしい。まったく、恐ろしい研究だが――


「ええと、つまり、参加者の中には僕と同様の日記を書いた者がいるかもしれない、ということですね」


 深くは考えていない、という風を装う。


「そう。それは偶然の一致か、はたまた思考の盗聴か――あるいは、この先にそうした夢が実現するのか。君たちに実感はないかもしれないが、今回のプログラムにはさまざまな意図があり、恩恵があるのだよ」


「先生は……どのような目的で、今回のプログラムに参加したのでしょうか?」


「歴史の捏造さ」


「え?」


「過去の出来事を変えると歴史が変化し、未来が変わる――よくあるSFだ。しかし、その逆もあるんだよ。未来が……現在が、過去を変えるんだ」


「それは……未来からタイムスリップし、過去を変えるということでは?」


「もっと現実的な話さ。たとえば、歴史――その評価。百年前では犯罪とされたことも、時代が変わり、価値観が変わった現在では、それは正当な行為だったと評価される。そのように、歴史は現代人の都合によっていくらでも書き換えられるのさ。出来事それ自体は無理でも、その意味を変えることが出来るし――新たな発見があれば、出来事もまた変わる。解釈が変わるのさ。結局のところ、現代人には……未来人には、その当時なにが起こったのか、推測することしか出来ないのだからね」


「では……今回のプログラムは、それとどのような関係が?」


「たとえば……数年後、現在の文明が滅んだとしよう。それまでの歴史に関する情報はほとんど失われ、未来人たちは遺された形跡をたどり、過去我々について想像する。もしも、その時――今回の日記が発掘されたとしたら、どうだろう?」


「それは……」


 この一ヶ月の夢、それを一覧にした索引を眺める。こんな荒唐無稽な記述を、歴史的出来事だと信じるものだろうか?


「そのための、『数』だよ。君以外にも多くの参加者がいくつかのお題に回答している。たとえば……そうだね、『3月14日』――88歳の老人について、様々な記述が見つかったとする。未来人は考えるだろう、この日、老人たちがなんらかの理由で一斉蜂起したのではないか、と。その理由は定かではないが、88歳の身に何かが起こったのは間違いない、と」


「確かに……何も知らない人が、数多くのこの日記を見れば……」


「たとえば、『3月25日』……真夜中についての記述。もしかするとその日、世界で大停電が起きた、と未来人は推測するかもしれない。事実として、電力不足が危惧されていたのだからね、その情報と照らし合わせれば……」


「ありえないことが、現実として認識される……」


「そうやって、現在過去を捏造するのさ」


 これは、未来に対するテロリズムだ。僕たちは、歴史支配を行うための犯罪、その共犯にされていたのか。


「……しかし、そう上手くいくものでしょうか……」


「それは、未来あしたになってみなければ分からない。未来が全てを証明してくれる――さて、そろそろ時間だ」


「……先生?」


 悪寒を覚える。この光景、この瞬間――デジャブ――そうだ、思い出した。


 僕は――あぁ、どうして今になるまで、気付かなかったんだろう。


 これら一見つながりの見えない日記の内容――その物語のなかに込められた、僕の無意識の願いに。



「君はこれから記憶を消され、長い眠りにつく――目覚めた君は、その日記を手にするだろう。そして、私の研究は実証される。では、また一年後に会おう――もっとも、君にとっては明日になるだろうがね」





 カプセルが閉じられる――箱庭に静寂が訪れる。


 一年後、これらの記述が歴史になるのだろうか?


 それらは伏線となって、一年後の僕を導いてくれるのだろうか?


 なぜ、彼らは地獄に堕ちたのか?

 愛するがゆえに憎しみ合うのはどうしてか?

 現実感の喪失が招く未来とはなんなのか?

 博士がギャグ時空に求めたものとは?

 老人が守った人々はどこへ消えたのか?

 不死鳥が死を望んだ理由は?

 繰り返す死と生は愛を育めたのか?

 悲劇の先に希望はあったのか?

 霊子の猫が目撃したものとはいったい?

 夜を超えた先に、二人はどうなったのか?


 一年後、僕はこの箱庭を脱することが出来るのか?


 全てを記すことは出来ない。機関に消されてしまうから。だから、せめて――忘れないよう、意識が途切れる寸前まで思考する。定められた未来から逃れるために、最後の瞬間まで現在を生きる。


 今度こそ、手遅れになる前に――思い出せるよう。


 これらの物語が、どうか一年後のキミを導いてくれるよう、祈りながら――




                          KAC2022 完



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