閑話 The Tower

「──侵入者か。全く、懲りない連中だ」


 辺境の片隅にある古塔の最上階で、主たる闇妖人ダークエルフの魔術師は張り巡らした魔力で階下に入り込んだ存在を感知していた。


 世界を壊滅の危機に追いやった"混沌の勢力"の侵攻から数百年が経過した現在においても、彼のように人類でありながら闇に魅入られ秩序と懐を別ち、混沌に与する者も少なくはない。

 長年に渡る魔術の研鑽の果てに邪悪なる闇の囁きを聞いた彼は、今やその力を"混沌の勢力"の為に振るう眷属と化していた。


 己の工房たる古塔へと乗り込んで来た憐れな不届き者の末路を思い浮かべながら、魔術師は邪悪に口角を歪める。──是非とも彼らには、我が至高のダンジョンを堪能して貰おうではないか。


 各階層には飢えた魔獣が番犬めいて徘徊しており、通路の各所に設置した凶悪な罠の数々と共に侵入者の行く手を阻む。要所要所には手製の合成獣キマイラを配置して守りを磐石なものにし、更に幾つかの部屋は空間が歪められており、外観からは想像もつかないような広さと悪辣さを誇っていた。ついでに階層1つを広大な迷宮にしており、難解な謎解きリドルを解かねば突破すら不可能な結界も添えてバランスも良い。加えて、塔の外側を登ろうとする無粋な輩に備えてガーゴイルや怪鳥が周囲を飛び回っており、正しく難攻不落のダンジョンと化していた。


 ここまで来ると最早「お前は何と戦っているのか」と小一時間問い詰めたくなるような過剰防衛っぷりであるが、当の本人ですら当初の目的が何だったかすら思い出せなくなっていた。ただひとつ確かな事実は、狂気に蝕まれた魔術師が暇潰しと尊大な自己顕示欲を満たさんが為に、この違法建築の極みのようなダンジョン作りにのめり込んだ結果がこの有り様なのであった。


 過去、全ての挑戦者を悉く返り討ちにしてきた彼は、此度も同じ結果になると高を括っていた。




 ……しかし、冒険者の気配は一階付近をうろつくだけで一向に塔を昇ろうとはしなかった。


 そんな冒険者らを魔術師は訝しげに窺っていると、彼らは暫く一階を物色した後、塔の外へと一目散に出て行ってしまった。

 よもやあまりの難攻不落さに臆したか、と魔術師は己の傑作に新たな武勇伝が刻まれたことに暫し酔い痴れていた。




 ──突如、階下で轟音が響き渡った。



 何事かと確認する間も無く、魔術師は立つことも儘ならない振動と自由落下による内臓の浮遊感を味わった後、大量の瓦礫と共に地面に叩き付けられることとなった。





「いやぁ、上手く行きましたね」

「まさか奴さんもとは思いもするまいよ」


 邪悪な魔術師の住まう古塔が一瞬にして瓦礫の山と化すのを件の冒険者一行──【追放勇者同盟】は遠巻きに眺めていた。

 事前の調査で早々に正攻法での攻略は不可能と判断した"鬼謀"は、錬金術師から大量の爆薬を買い付けると、塔ごと魔術師を爆殺する作戦を遂行したのだ。

 少々手痛い出費にはなったが、身内や近隣の住人に被害が出るよりは遥かにマシであった。


 内部を徘徊していた魔獣や合成獣は倒壊に巻き込まれ即死し、凶悪な罠や結界の数々は役目を果たせず破壊され、異界化した階層は形を失い崩壊し、先程まで上空を飛び回っていた怪鳥やガーゴイルは制御を失ったのか何処かへと飛び去ってしまった。


 一行は土煙が収まる頃合いを見計らい、依頼達成の証拠になりそうな物が無いか物色を始めようと近付くと、瓦礫を押し退け1人の男が這い出てきた。

 塔の主、闇妖人ダークエルフの魔術師その人であった。


「ゲホッ、ゴホッ……き、貴様らかァ!! 我が至高の工房を破壊したのはァ!!? 何故だ!? 何故挑もうとすらせんのだ!? 貴様らそれでも冒険者かッ!!?」

「残念、現実主義者リアリストですので」


 魔術師が言い終わるや否や矢を放つ"鬼謀"。

 しかし、矢は見えない壁に阻まれ魔術師に届くことはなかった。魔力障壁──恐らくだが、これによって無傷で生還を果たしたに違いない。


「ハッ、無駄なことを! 貴様らの抵抗なぞ、この古代魔術の結界の前では塵にも等しいわ! 忌々しい臆病者マンチキンどもめ! 最早貴様らに慈悲など微塵も与えん! 1人ずつ嬲り殺しにしてくれるッ!! 死にたい者から掛かって来るが良いッ!!」


 激昂し臨戦態勢を取る魔術師を前に勇者たちは顔を見合わせると、"暴勇"が凶悪な笑みを浮かべながら意気揚々と躍り出る。


「結界か。面白ェ、一丁試してみるか」


 "暴勇"は大剣に手を掛けると大上段に構えた。

 いかにも力任せに結界を叩き割る腹積もりであろうそれを、魔術師は鼻で嗤った。


「(馬鹿め、そんな馬鹿デカイだけの剣で何ができる。所詮は脳味噌まで筋肉の詰まった定命の──)」


「──フンッ」



 ──一閃。



 一息に振り下ろされたそれは、結界諸とも魔術師を袈裟懸けに斬り裂いた。


「……え゛? ぁ……なん、で……? ぁ゛、待て、結か……斬られ……? あ、あり得な……っ」


 ご自慢の結界をまるでバターでも斬るかの如く両断された魔術師は、己の身に起こったことをまるで飲み込めずにいた。


「……なんでぇ、こんなもんかよ」

「ああ、やっぱり……"暴勇"殿の魔剣の前では古代魔術も形無しですわね。魔術師殺しにも程がありますわ」

「やる前から何となく結果はわかってましたけど……まさか古代魔術すら断ち斬るとか、ほんっと規格外ですよ"暴勇"さんは」


 肩透かしを食らったような顔の"暴勇"と、それを見て肩を竦める"閃鋼"と"白骸"。

 先程から延命の為の再生魔術が機能せずに困惑していた魔術師は、薄れ行く意識の中でその会話を耳にし絶望する。どうやら結界と一緒に己の身に掛かっている術式まで断ち斬られたらしい。


「ま、魔剣……? 魔術師、殺し……だと? そ……んな、馬鹿、な……」

「まぁ、何だ……塔の事も結界の事もそうだが、対策してない、お前が悪い」


 そんな無茶苦茶な……と、途方もない理不尽の暴力に打ちのめされながら、魔術師は永遠に意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放勇者だらけのダンジョン攻略法 ~悪いのは俺じゃない! ついて来ないお前らが悪いんだ!~ Яose @Rose_Re-birth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ