閑話 "白骸"の小さな休日 後編
「無い!? 嘘、なんでっ!? どうして……!?」
"白骸"が悲鳴を上げた。
無理も無い、戻るべき自分の身体が消えてしまったら誰だって叫びたくなる。
取り乱す"白骸"を宥めながら"鬼謀"は現場を注意深く観察する。
「ふむ……何故身体が忽然と消えたか、可能性を考えてみるとしましょう。
1、何者かによって連れ去られた。
2、身体が自ら歩いて移動した。
3、突然この世から消え去った。
……思い付くのは、この辺りでしょうか」
「(3は流石に無いんじゃないかな……)」
などと"白骸"は思うも、絶対に無いとは言い切れないのが魔術の怖いところだ。
2番の可能性にしてもそうだ。偶々偶然通り掛かった霊魂が、空っぽの入れ物を見付けて入り込んだと考えれば、あり得る話だったりする。……とはいえ、こちらも可能性は低いのだが。
「まぁ、順当に考えれば1の可能性が高いでしょうね。ほら、これを見てください。足跡です、それも真新しい。ふむ……大きさや歩幅から見るに、男性ですね。身長は私と同じか少し低い程度でしょうか……」
"鬼謀"が指し示す足跡に注目する。"白骸"が背を預けていた樹木の周りに出来た足跡は、少なくとも"白骸"や"鬼謀"のものではない、全く違う人間のそれが混じっていた。
優れた
"鬼謀"もまた、足跡1つから様々な情報を抜き出し、最終的にこう結論付けた。
「……ふむ、入れ違いになりましたか。どうやら犯人は貴女の身体を抱えて街の方へと向かったようです」
こうして2人は街へと蜻蛉返りすることとなった。
「テメェゴルァ!! "白骸"に何しやがった!?」
2人が街の門をくぐると、遠くからでもわかる程の怒号が耳に飛び込んで来た。
声のした方に駆け寄って見れば、"暴勇"が青年の胸ぐらを掴み上げ、物凄い剣幕で責め立てているではないか。
その傍らには、虚ろな目をした"白骸"の身体を抱き抱えながら泣きじゃくる"閃鋼"の姿があった。
「ち、違っ……僕は何もしてない! 僕は、林で倒れてた彼女を助けようと……!」
「嘘を付け! じゃあ何でさっき逃げようとした!?」
「そ、それは……あんたが大声で追っかけて来るから、獲物を横取りされた人攫いか何かだと……!」
「誰が人攫いだ! 俺は勇者だぞ! 人攫いはテメェの方だろうが!! ぶち殺されてぇか!!? あ゛ぁ!?」
「ああ、"白骸"さん! 目を覚ましてくださいまし! 貴女が目覚めなければ、わたくし……この男を八つ裂きにしても足りませんわ……っ!」
完全に頭に血が上ってるのか、青年の弁解に聞く耳を持たない"暴勇"と、大粒の涙を流しながら物騒なことを宣う"閃鋼"。
"白骸"は事態を収めるべく"鬼謀"の肩を飛び降りると、己の
ムクリと"白骸"の身体が起き上がり、感覚を確かめるように身体を動かした。
「戻って来れたーっ!」
「"白骸"さん!? これは、一体……?」
"閃鋼"は突然の出来事に目を見開く。
「やぁ、間に合って良かった……」
「あぁん? ……おい"鬼謀"の、こいつぁどういうことだ? わかるように説明しろ」
「実はですね……」
"鬼謀"と"白骸"はこれまでの経緯を話し始めた。
一方"暴勇"と"閃鋼"はと言えば、各々用事を済ませたところで偶然鉢合わせた為、丁度良いので共に昼食にしようとした矢先、"白骸"を抱えて走る青年を見付けたのであった。
「……なるほどな。とすると、こいつぁ人攫いじゃなくて?」
「ただの親切な青年ですな。"暴勇"の、そろそろ下ろしてあげてください」
「お、おう……すまねぇな、あんた」
「本当にご迷惑をおかけしました……」
"暴勇"は青年を解放すると申し訳無さそうに頭を下げる。事の発端である"白骸"も隣で同じく頭を下げた。
「い、いえ、誤解が解けたようで何よりです……お嬢さんも、意識が戻って良かった」
「ところで、貴方はどうしてあの林に?」
"鬼謀"が疑問を投げかける。あそこは元々、あまり人の寄り付くような場所ではない筈なのだが──
「ああ、薬草採りですよ。ほらあの林、誰が撒いたかは知りませんけど、魔物の骨がそこら中に散らばってるでしょう? そのお陰か、土壌が肥えてるんですよ。今では知る人ぞ知る茸や薬草採りの穴場になってるんです。あ、申し遅れました、僕はすぐそこの角の店で薬師を営んでおります」
どうやら"白骸"の修行が、思わぬ副産物を産み出していたようだ。"鬼謀"は納得したように頷いた。
「なるほど、そうでしたか。お詫びと言っては何ですが、贔屓にさせていただきますよ。我々も職業柄、色々と入り用でして」
「それは有難い! 冒険者様のお役に立つ品も取り揃えておりますので、どうぞご贔屓に!」
青年はにこやかにそう言うと店へと去って行った。
それを見届けた後、再び"白骸"が頭を下げた。
「重ね重ねご迷惑をおかけしました……」
「かまわねぇよ。それより災難だったな、嬢ちゃん」
「やれやれ、肝を冷やしました……。今後その魔術を使う時は、近くに誰かが居る時だけにしてくださいね」
「ほんと、心配したんですからね……後で埋め合わせはしてもらいますわよ?」
この後、"白骸"はお詫びとして全員に昼食後のデザートを奢ることになるのだが──
「(たまにはこういう休日も悪くない、かな)」
と、満更でもない"白骸"なのであった。
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