ぼっち少女は語らない

おぎおぎそ

ぼっち少女は語らない

四月九日 天気 曇り


 高校生、一日目。さっそく憂鬱。なぜ自己紹介などという文化が未だに生き残っているのでしょう。私ごときについて話すことなんてないし、他人の紹介を聞いたところで八割方記憶には残りません。だいたい、自己紹介とかいいつつ名前だけ言ったら微妙な空気が流れるの、あれなんなんですか。納得いきません。やたら目立とうとして寒いギャグを飛ばしたあの男子生徒よりも私の方が憐みの目で見られるの、納得いきません。



四月十一日 天気 曇り


 今日はいっしょにお弁当を食べようと誘われました。いわゆる一軍女子と言われるようなキラキラした方々からのお誘いです。あまり気乗りはしませんでしたが、私は知っています。ここで波風を立てるのは得策では無いことを。どうせあと数日もすれば私なんか見向きもされなくなります。話もつまらない、可愛くもない。わざわざ自分達の集団に取り込む旨みはありません。今はとにかく無害であることをアピールするのみです。そして平穏を勝ち取るのです。



四月二十日 天気 晴れ


 身体測定の結果、身長伸びていませんでした。憂鬱です。今日の英語は最悪でした。日本語ですらロクに会話にならないのに、英語でグループワークなんて何の意味もありません。心配してくれたのか馬鹿にされているのかわかりませんが、同じグループの男子がやたらと話しかけてきました。自己紹介でふざけていた記憶はありますが、名前は知りません。次の英語の授業もおそらく同じグループでしょう。憂鬱です。



五月二十五日 天気 晴れ


 岡野君が相変わらずうるさいです。やたらと話しかけてきます。声が大きいので教室の中でも浮いてしまいます。憂鬱です。平等を重んじる性格なのか空気の読めない馬鹿なのか、岡野君は誰彼構わず絡んできます。せっかくぼっち女子の地位を確立してきたのに。憂鬱です。



五月三十日 天気 快晴


 初めての席替えがありました。最悪です。岡野君の隣の席です。安寧は遠のきました。私の気も知らないで、岡野君はなんか楽しそうにしているのがムカつきます。



六月四日 天気 曇り


 ついさっき数か月ぶりに家族以外からラインが来ました。岡野君からです。連絡先を教えたことはないはずなのに、怖いです。つい反射でブロックしそうになりましたが、どうやらクラスグループ経由で私に直接ラインしてきたようです。明日の日直についての連絡でした。意外と真面目なようです。ブロックは保留にしておきます。



七月二十日 天気 雨


 カラオケに誘われてしまいました。もちろん断りました。犯人は岡野君です。いや、私にも少し非はありました。放課後教室に残っていたら、クラスの何人かがカラオケに行く流れになってしまいました。私なんか放っておけばいいのに、気を遣ってくれた岡野君が私にも声をかけました。一軍女子の露骨な嫌そうな顔が忘れられません。……やっぱり岡野君、許せません。クラス内での私の立場というものも考えてほしいものです。ライン、ブロックしようと思います。このままだといずれ大きいトラブルに巻き込まれてしまいそうです。



九月八日 天気 雨


 合唱コンクールが近いので、クラスの練習にも力が入っています。そして今日、ついに私は観測してしまいました。インターネットでまことしやかに囁かれる、あのイベントです。「男子、ちゃんと歌って」イベントです。泣きだしたのはデコ出しの似合う吹奏楽部の女子です。名前は知りません。たしか、山なんとかさんです。背が少し高くて怖い子です。山なんとかさんが泣きだしてトイレに引きこもってしまった後、残りの女子達による裁判が始まりました。やり玉にあげられたのは岡野君です。普段からヘラヘラしているし、逆ギレされる心配も薄いと踏んだのでしょう。

しかし私は知っています。岡野君はちゃんと歌っていたということを。あのいつもの耳障りな声です。合唱の中でも聞き間違えるはずはありません。岡野君は一番声が出ていました。本当に声を出していないのは、私のような陰キャ達です。本当に断罪されるべきは私の方です。あの時、岡野君はちゃんと歌っています、って声を上げられればどれだけよかったでしょう。……だけどそんなことはしません。できません。私のような人間は悪目立ちしないように立ち回らなければ、生きていけないのです。



十月十五日 天気 雨


 今日も岡野君は学校に来ませんでした。合唱コンクール以降、クラスの雰囲気が良くない方向に傾いていることは私にでもわかります。金賞を獲れなかったのは岡野君のせいではありません。けれどクラスの皆はまるで腫物にでも触るかのように岡野君と接するようになってしまいました。放課後教室に残っている人を全員カラオケに誘ってくれるような、あの活気ある岡野君の姿はありません。教室が静かなのは良いことですが、なんとなく憂鬱です。



十月二十日 天気 曇り


 教室の居心地が最悪です。同じぼっちといえど心地よい孤独とそうでないものがあります。それもこれも岡野君のせいです。文句の一つでも言ってやりたいところですが、肝心の本人が来やがりません。直接岡野君の家に行くのは馴れ馴れしくて気が引けますし、かといってラインを送るのも気を遣わせそうで躊躇してしまいます。憂鬱です。



十月二十一日 天気 曇り


 今日も岡野君は来ません。



十月二十二日 天気 曇り


 私だけ悶々として馬鹿みたいです。意を決してラインを送りました。返事が来なければ明日岡野君の家に突撃してやろうと思います。殴り込みです。




「スト――ップ! スト――ップ!」

「えーいいじゃん、ここからが面白いところなんだからさー」


 私が日記帳を奪い取ろうとすると岡野君はひらりと躱します。ズルいです。背が高いからって。ズルいです。


 引っ越しの準備で私の部屋の荷物を整理している最中、高校生の頃の日記帳が岡野君に発掘されてしまいました。とっくに捨てたものと思っていました。迂闊でした。


 勝手に日記を開いた岡野君はいつものヘラヘラとした笑顔で、あろうことか音読まで始めました。叩いてもつねっても一向に止める気配がありません。憂鬱です。


「それにしても思い出すなー、あの下手くそなライン。手紙書いてるんじゃないんだからさ、こんな長文送られても怖いだけだっつーの」


 そんなことを言いながら、スマホを取りだす岡野君。表示されているのは当時のメッセージログ。スタンプも絵文字もない、黒と白で構成された長文はまるでお葬式か何かのようです。


「あ~~~~! なんで! なんでスクショ撮ってるんですか~~! 消して! 今すぐ消してください~~!」


 ポカポカと岡野君を殴ったりしてみますが、岡野君はスマホを手放しません。圧倒的体格差です。納得がいきません。


「え~、だって初めて大澤さんの方から連絡してくれた時だし~。残しておきたいじゃん、記念にさ~」

「そんな記念いりません! それと私もう大澤じゃないし! いいから消して! 黒歴史! 私の黒歴史なの~!」

「はいはい、じゃあこの機会にもっと黒歴史を味わいましょうねー」


 そう言って岡野君は日記帳のページを繰ります。


「やめてってば~~~~!」





十月二十三日 天気 快晴


 人生で初めての彼氏ができました。幸せです。

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