沼
夏生 夕
第1話
常々と思う。
真夜中、というこの時間帯は非常によろしくない。
時間が無限に感じる。夜明けまでの間に何でも出来てしまいそうな気になる。
例えば今向かっているこの原稿も、陽が昇る頃には満足のいく形へと収まり私の心を充足感が支配するだろう。
うん、きっとそうだ。うん。
きっとこの後にはこれまでに無かったようなひらめきが脳裏を駆け巡り血湧き肉躍り、勢いのままに書き上げることが出来るのだろう。
などと期待していた瞬間からこっち、一文字も進んでいない。嗚呼。
もはや自分からは一単語も捻り出すことが出来ない気がする。そもそも読むに値する欠片さえ含まれているか?この無力感と全能感とを行ったり来たり、その時点で私は、私自身へ期待してしまっていることを思い知る。嗚呼。
などとつまらない堂々巡りから突如として思い至り夜の散歩に繰り出した。
それこそ勢いのままに飛び出してしまったからものすごい薄着だ。春とはいえこの時間帯の風はやはり冷たい。ただ厳しくはなく、柔らかく髪を揺らしてくる。
これだ。これもいけない。
真夜中は、すべてを許容してくれるように感じてしまう。
高い陽には弾き返される情けなさも空しさも、この風だけは許してくれる。
などと同じことを考えている者はこの瞬間、どれだけいるのだろう。
同じように寒空を見上げ夜明けを待ち、自分を信じ自分に勝手に裏切られ、吹き抜ける風を愛でる。絶対3万人はいると思う。
そう考えると出所の分からない勇気と使命感がやってきて、また堂々巡りに戻るのだ。
へくしょい。
寒。
そんなことを考えてる間に手を動かせ、と誰とも無い声が聞こえた気がする。
いや、誰の声かは分かっている。
すいません、帰ります。
沼 夏生 夕 @KNA
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