【KAC日記】日記をつけよう
風瑠璃
いつもの日々
久しぶりに日記帳を買った。
いつも三日坊主で終わるのに、なんとなく買ってしまう。
特に日記の出てくる物語や映画を見たら自分もやりたいなと思ってしまうのだ。我ながら単純である。
最初の一ページ目を開き、シャーペンを手に取った。日付を書き、さて本文をどうするかで手が止まる。
朝から何したっけ?
思い出せば、いつも通りの日常しか送っていない。平日は仕事。休みの日は昼に起きて、食べようと思っていた店に行っていくつかの選択肢の中からやりたいことを選ぶだけ。
今日はそれがたまたま映画であり、日記帳を買った。それだけだ。面白味も何も無い。
「日記に面白味を求めてどーするよ」
苦笑しながら食べた物や観た映画のことを書いていく。
書き始めたらスラスラと書ける。移動中に眠くなって事故を起こしかけてヒヤリとしたことや途中のコンビニで買った飲み物を数えながら記していく。
日記と言えば文学的な物や厨二的な物を想像してしまうけど、ここに書かれているのはただの記録である。
これ、読み直しても同じことしか書いてないかもなと思うと重いため息が零れてくる。
映画のような日記にならない。
「つまんねぇ」
書きかけの日記を閉じた。
明日書こう。どうせ、明日なんて仕事をした。の一行で終わるだろうし。
〇
仕事を終え、疲れた体にムチ打ちながら火事をこなした。
食事を終えてから日記帳を開けば、昨日書いていたことが全部消えていた。
消したかな?
そんな記憶ないけど、改めて昨日の出来事を書き連ねていこうとする。
「あれ?」
昨日、何をしたっけ?
頭を捻るも靄がかかったように思い出せない。
この日記帳を買い。日記を書き始めたことだけは覚えてるのに、どうしてそうしようと思ったのかがごっそりと抜けていた。
むーむー唸りながら、そう言えば映画を観たなと思い出して、ようやく理由に辿り着いた。
歳なのかな。
三日坊主で終わらせるつもりだったけど、これは記録しておかないと駄目みたいだ。ちゃんと毎日つけることにしよう。
そうでないと昨日のことを何も思い出せなくなりそうだ。
一頻り書いてシャーペンを置いた。
細かいところは思い出せないけど上々だろう。これで気持ちよく眠れる。
パタンと日記帳を閉じて眠りについた。
明日はいいことありますように。
〇
いいことなんて何もなかった。
怒られ、怒られで気分最悪である。その大半が連帯責任で怒られるのだから不満しかない。
他の人の動向まで気を配れるかよと悪態をつきながら日記帳を開いた。
この感情全部を文字として書き残すのだ。
「あれ?」
昨日一昨日のページがぐちゃぐちゃになっていた。
ペンで真っ黒に塗りつぶされて内容が一ミリも読めなくなっている。
なんだこれ?
首を傾げる。
昨日の夜はそんなことなかったはずだ。
誰かが居ない間に侵入した?
「怖いんだけど」
自分でやったとは到底思えない。あんなに苦労して書いたのにわざわざ台無しにしないだろう。
何か痕跡がないか、盗まれたものはないかと部屋の中を確認するも、日記帳以外の変化は見当たらない。
記憶にないだけかもしれない。それだったらヤバいよなぁ。
仕方なしに日記帳へと向き直る。
ぐちゃぐちゃにされた文字たちを見ながら、何か手がかりがないのかを確認する。
「に、げ、ろ?」
辛うじて読めた文字は三つ。それ以外は原型を留めていないほどに塗りつぶされている。
にげろ。逃げろ?
逃げろってなんだよ。この部屋に自分以外の誰かがいるわけでもないのに。
あははと笑ってから後ろに気配がして振り向いた。
「!?」
さっきまでなかった影がそこにはあった。見上げるほどに巨大な何かが蠢いている。
全身が震えた。
絶対に勝てないと分かる圧倒的な存在感に、カタカタと歯が鳴る。
『ーーーーーーーー』
何かを喋っているようだが、それは音にならない。耳がそれを拒絶する。
逃げようと思っているのに、腰が抜けたのか立つことさえままならない。
頭に、手。らしき触手が置かれる。
そしてーー
〇
朝。何事も無かったように朝は来る。
いつ寝たのか分からない。気がついたら朝になっていた。
欠伸を一つしてから机に置いた日記帳を視界に収める。日記帳で、あるはずのものを見つめる。
真っ黒に塗りつぶされたそれから視線を逸らして前を向く。
黒い世界が、広がっている。
今日の仕事はなんだったっけ?
いつも通りに、いつものように日常を送る。
昨日って、何かあったっけ?
【KAC日記】日記をつけよう 風瑠璃 @kazaruri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます