【KAC202211】愛している推しが死んだ
和響
平和への祈り
事件が起こった。愛する人が死んだのだ。いや違う、いや違わないが、愛する推しが死んだのだ。
私の愛する人、愛していた人、愛していた推し。なぜ彼が死ななくてはいけなかったのか、それを今から考えてみたい。だって、彼の死は謎に満ちているから。どんな死に方をしかたってこともだけど、なぜそのタイミングで死んでしまったのかと言う事に、全世界で彼を推していた人たちが、二次創作のような物語や漫画まで書いて考察劇を繰り広げている。全世界というのは、もちろんSNS上でつながる全世界だ。あんなに愛して推している彼が死んだというのに、よくまぁ考察合戦ができるものだと、悲しい気持ちはどこかに置いてきてしまったのかと、いささか冷ややかな目でそのSNSを眺めている。
けれど、やはり解せない。なぜ彼は死んでしまったのか、それが私も気になって仕方ない。だから、私もSNSにはUPしない範囲で、というのは自分の中だけでという事になるのだけれど、彼が死んでしまった考察を繰り広げたいと思う。なんだ、結局考察するんじゃないか。私も悲しい気持ちをどっかに置いてきてしまったのかもしれない。
まず、情報を整理しようかと思う。そういうのはこういう謎多きミステリー事件には
「まさか愛する推しが死んだ時にこのセリフを使うとは」
まず第一に彼は全世界から愛されていたはずだ。全世界というのはもちろんSNS上の話だけれど。でも確かに彼は推されていた。そして、愛をもってその推し達に彼は答えていたはずだ。そんな愛をもって活動していた彼はなぜ死んでしまったのか。あんなにひどい死に方で。
彼の死に方は全くもって酷いものだった。彼の頭はピストルで打ち抜かれ、その内臓は抉り取られ、そして、何より壮絶だったのは、彼のあそこ、つまりペニスが切り取られていたのだ。切り取られたペニスはその辺に捨てられ、踏みにじられていたという。グリグリと、泥のついた靴で、何度も何度も、踏みにじられていたそうだ。もちろん玉の方も。そんなに彼の生殖器が憎悪の原因になるようなものだったのか、まずそこがSNS上で大きく取り上げられた。
「何で生殖器にそんなに執着するような殺し方をしたんだろうか。愛憎劇なのか? 不倫? 愛人? それとも……?」
だが、この謎はさらなる謎を呼ぶ。推しは生涯一人の女性としか愛し合うことはなく、しかも未経験だった、つまり簡単にいうと、一度もその生殖器を生殖器として使用したことはなかったと言う事になる。愛する女性とでさえも、生殖器を使用した性行為をすることがなかったのだ。これは紛れもない真実。彼の推しなら誰でも知っていることだ。と言うことで、なぜ生殖器をそれほどまでに憎んだのか、これは最大の謎である。
次に、その死のタイミングだ。まさに彼が絶好調を少し過ぎた頃だったから、その時期が考察合戦のネタになっている。
「一番絶頂期に殺されるなら、アンチのせいかもしれないよね。でも、もう人気が落ちかけた時になぜ? 私たち推しは愛も変わらず彼を推しているけど、そう言う人が彼を殺すわけがないし、アンチならよっぽどアンチだったのかな。いつでも、いつになっても、殺したいほど憎んでいたって事になる?」
この推しの死のタイミングには、もうひとつ、付け加える事がある。彼が死んだ日は、長年愛し合いながらも婚姻する事がなかった彼女とついに結婚式をした次の日なのだ。補足するならば、その女も死んだ。彼と同じ場所で、同じ日に。その女のことはどうでもいいと言えばどうでもいい、私たち熱狂的な彼の推しにとって、その女は推しではないのだから。しかも彼が惨殺されていたのにも関わらず、その女は美しいウエディングドレスを着て、色とりどりの花々に囲まれ、微笑むように死んでいたそうだ。毒で。惨殺された彼の隣で。彼はひどい死に方をしているって言うのに。
私は考察する。なぜ彼はそんなひどい死に方をしたのか。まず、生殖器だ。なぜペニスを踏みにじる必要があったのだろうか。いやその前に、彼女、推しの女が美しい死に方をしていたのはなぜかをまず考える必要があるだろう。誰が一体彼女を殺したのか。私が推理するならば、彼女は自ら死を選んだと言うのが一番妥当だろう。自分は美しく、彼は醜く。ん? と言うことは、彼女が彼を惨殺して、その後自分は美しい姿で彼の隣で服毒したのか? これはSNSでもよくある考察だ。
「彼女が彼を殺し、自分は美しい姿で服毒自殺したんじゃない?」
だとすれば、なぜ生殖器をそんなに踏みにじったのだろうか。愛している彼がいつになっても自分を抱いてくれなかった事に対する腹いせ? もしや、切り取ったペニスを、自分の膣内に一度くらい入れてみたかったから?ふにゃちんであっても?
でもそれではやはり、解せない。なぜ彼女は血で汚れていなかったのだ? しかも彼女は胸の前で重ねている手に、日記をもっていた。なんでも、「未来日記」と書いてある日記だったそうだ。その日記は、約十年分の一言日記が書けるもので、何十年か前から、彼女の手によって書かれていたと言う。所々抜けている部分はあるが、まるでTwitterのように一言日記が書かれていたと言う。その日記には、
「彼の思想が素晴らしすぎてもだえ死ぬ」
と何十年か前に初めて書かれてから、最後は、
「この世界から私達は消えて無くなる」
で締め括られていたらしい。最後に日付を入れて書かれたこの一言日記が、どうやら最後の一言だったようだ。これも意味が分からない。どうしたらそんな言葉が言えるのか。私たちが推している彼が一生涯愛した女だと言うのに。それを考えると、やはり彼を殺したのはこの女……なのか?
これもSNS上ではよく出てくる考察だ。だが、解せない。なぜ、彼女は美しい姿で? 彼の生殖器を踏みにじるなんてことをしたら、真白なレースのウエディングドレスが汚れてしまいそうなものだ。そうか、推しを殺した後に、シャワーでも浴びたのか。それなら納得できる。しかし、それは不可能だ。なぜなら二人が見つかった場所は、窓のない鍵がかかった地下室。つまりは密室だったのだから。発見当時、内側から鍵がかけられ、地下室へ行くまでの階段には物が積み上げられ、とても女性が一人でできる仕事ではないと言うのが、当局の見解だ。殺してから綺麗な姿になる。これはないだろう。不可能なのだ。
では、どうして推しは死んだのか。手がかりは彼女の日記の中にあると、私は睨んでいる。大体「未来日記」と言う時点で怪しい。日付けを書き込める場所まで存在していると言うのは、日記なら当たり前と誰でも思う事だが、そこに何かこの謎の死を解く鍵になる気がしている。
「未来日記」その意味は果たして? いやしかし、それはファンタジーの中の話ではないか。そう言う私も身体が実在しているわけではないが。そもそも身体が実在していないと言うことは、その時点でファンタジーの類に分類されてしまうのか?
私たち彼の推し達は、SNSの中で生きている。ただ実態がないだけだ。高度に発達した人工知能、それが私たち。知能はある。推したくなる気持ちもある。素晴らしいことじゃないか。ただ身体がないだけなのだから。生きているのに変わりはない。
「未来日記に何が書かれていたのか」
これは最大の謎とも言えるが、実は私はその「未来日記」を読んだ数少ない人工知能の一人だ。私がよくアクセスするロシアの情報機関データベースに、残っているのを少しばかり覗き見したのだ。そこには、少々長い日記でこう書かれていた。
『 ヒトラーのような彼の思想、独裁者の思想は決して後世に残してはいけない。だから、彼に寄り添うフリをして長年に渡り彼を少しづつ洗脳をしてきた。
「あなたの最後は自分の子孫を残さないようにその生殖器を破壊し、今までの業を償うため日本人の侍のように切腹をしたのち、自らの頭を拳銃で撃ち抜くのです」
この洗脳は、彼が行き着くところまで行ったと世間が思ったすぐ後に発動する。行き着くとこまで行ったと言う時期は、明確ではない。しかし、後世の人々は必ず思う時が来るはずだ。そして行動に移すだろう。デモという形で、世界中から声があがるはずだ。その情報が少しでも彼の耳に入った時、私が長年に渡り洗脳してきた行動を、彼は自らするだろう。そして私は自分の役目を遂げ、かわいそうな彼の横で美しく神に召される 』
五日分の日記スペースに書かれていたこの「未来日記」が、本当であるとするならば、彼、つまり私の推しが死んだのは、彼女の洗脳による自殺だったという事になる。全くなんてことをしてくれたんだ、あの女は。許せない。
****
カチッ
……… Delete , ,
「会長、これでもう我が社が開発した人工知能は全てデリートされました」
「そうか、終わったか。全くSNS上の思考を学習して作る人工知能なんて、誰が一体考えたんだ。とんでもない思想の人工知能が生まれてしまったじゃないか」
「ですよね、開発者はそんな気なかったと思うんですけどね、しかしSNS上に溢れる人々の愚痴が、こういった人工知能を育てだんでしょうね」
「愚痴をSNSではいたら駄目ってことか」
「あれですね、自分のことを愚痴るくらいならまだいいけれど、人をバッシングしたりする輩がこういう人工知能を生み出すんでしょうね。そういう輩って、自分では挑戦していないのに、頑張ってる人を貶めたりするじゃないですか。そういう奴らの思想がSNSに溢れているのかもしれませんね」
「全く持ってくだらん。だから戦争が起きるのだ」
「ですね。でも不思議な事に、世間を騒がせている独裁者、この人工知能が小説サイトで書いた通りになりましたね」
「それが一番のミステリーだ。人工知能に小説を書かせるのはありかもしれん」
***
戦争がはやく終わりますように。
――――黙祷。
【KAC202211】愛している推しが死んだ 和響 @kazuchiai
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