SR朝焼け
ギヨラリョーコ
第1話
「日付変わった」
助手席でぼんやりスマホをいじっていたモンちゃんは、ずるっとずり落ちていた体をしっかり座りなおさせて、スマホを横持ちに持ち直した。
ブルーライトを浴びてモンちゃんの金髪となまっちろい肌が、灯りのほとんど消えたサービスエリアを背景にぼうっと車内に浮かび上がる。
うどん食いてえ、とか言っていたのに、渋滞に捕まって抜け出す頃にはもうすっかり深夜になっていた。うどん屋含めて何もかも閉店しているサービスエリアの駐車場で、唯一生きていた自販機で買った缶コーヒーを啜りながら残りの距離を確認する。スムーズに行けば夜明け前には家に帰って泥のように眠れる。
俺は休みを取ったけど、モンちゃんはもう今夜は仕事があるから、さっさと帰りたい。
そのモンちゃんは暗がりで、荒れた肌の輪郭が曖昧で女の子みたいにつるんとして見えるから、天然の画像加工だなあと感心した。
モンちゃんの名刺を一度見せてもらったことがある。ガッツリ加工されたモンちゃんの写真は目がでかいし肌がツルッツルで笑うしかなかったし、源氏名でもう一回笑った。そもそも名刺に写真が載ってるのが異文化すぎる。
詐欺って言われないのかと聞くと、「ホスクラ来る子はみんな自撮り加工して当たり前だから」となんでもない風に言った。
でも俺は明るいところで見る、肌の汚いモンちゃんの方が好きだ。
「ガチャの更新来たわ」
「回すの」
「うん、担当まじピックアップ久々だから」
モンちゃんのゲームの話はあんまり分からない。何度も話してくれるけど、都度聞き流しているから。アイドルをプロデュースするゲームで、背の低い黒髪の子が好きってことだけは覚えた。
ちゃんと聞けよと思われているかもしれないけど、モンちゃんも俺の車の話を聞き流すから同罪だ。
「拓が押して」
「なんで」
「欲のない奴が回した方が良いから」
「おまじないじゃん」
「うるせ」
モンちゃんに言われるがままに、差し出されたスマホの画面をタップする。
画面が金色に光った時点で、モンちゃんの顔色は芳しくなかった。
「外した?」
「虹色だったら最高だった、あ、でもいいよいいよ、持ってないSR出たから」
ぽんぽんと出てくる女の子のイラストを眺めながら、社交辞令的な笑顔でモンちゃんは言う。
欲ならあった。モンちゃんに喜ばれたかった。
「怒んないの女の子」
「は?」
「お客の子が、自分が払った金が2次元アイドルになってるって知ったらキレそう」
「言わないし」
俺はモンちゃんが高校時代の彼女に元カノの話をして、結果大喧嘩になったのを覚えている。口が軽くてなんでも明け透けに共有してきたあのモンちゃんが、大人になったもんだと感心する。
旅行行こうぜ、と連絡してきたのはモンちゃんだった。
『そんな暇あんの?』
『ない、けどこれからもっと無くなるし。遠出したい』
働く街から一瞬遠ざかりたかったモンちゃんと、久しぶりにモンちゃんと遊びたかった俺は、行き先の具体的な希望を何一つ持っていなかった。
結局海に行こう釣りでもしようという話にどうしてまとまったのだろう。ふたりとも釣りなんかしたことない。
釣具は貸してもらえたから、荷物は少ない。
昨日、いやもうもう一昨日か、仕事終わりにレンタカーで迎えにいくと、モンちゃんはGUCCIのパーカーに高校時代にも見覚えあるヨレヨレのバックパック一個を引っ掛けてスマホをいじっていた。俺の5000円のパーカーと、ちょっと奮発した頑丈なリュックの取り合わせとは真逆でちょっと面白かった。
「いくらぐらい課金してんの」
「えー、家賃ぐらい」
モンちゃんの家賃ってことは、正確には聞いたことないけどまあまあの額だ。マンションの門構えを見ればわかる。
ゲームにまあまあの額を突っ込んでおきながら、モンちゃんは釣具屋でレンタルじゃない竿の値段に「棒の癖に高え」と言い放った。その感覚に、俺はこっそり同意したけど、でも一応その足を軽く蹴って諌めておいた。
昔から、俺が半笑いで「止めろ」と言うのを待つために、モンちゃんはそういうことを言う節がある。
「今日来れてマジで良かった」
「そりゃよかった」
「俺釣り得意だわ、来世は漁師になる」
「俺漁師ダメだわ」
「ああいうの拓のが得意かと思った」
「わかんないけど、ああいうのも女の子の機嫌取るのと通じるものがあるんじゃん」
「じゃあ場数だな、練習あるのみ」
また行けるかねえ、と何でもないように言うモンちゃんの言葉が妙に刺さった。
遠い目をするモンちゃんの、昼間見たクマも薄暗がりに溶けた曖昧な顔を見る。目があって気まずいと思ったのは初めてだった。
「絶対連れてくわ」
やった、と笑って目を逸らすモンちゃんはそのままべったりダッシュボードに持たれて外を見た。
遠くに車のエンジン音が聞こえて、それでも静かだ。
「帰りたくねえ、明日も出勤」
もう日付変わってるから明日だよ、と言おうとして、モンちゃんみたいに昼寝て夜働く人の感覚とは違うのかも知れないと思って口を噤んだ。
俺だってもう明日なんて認めたくない。眠ってもいないのに。認めきれないまんま、昨日になったはずの時間にぶら下がっている。
コーヒーを一気に飲み干して、シートベルトを締め直す。モンちゃんが何かを察して小さく舌打ちした。
「もう行くか」
「ええ、帰りたくないってば」
俺も帰りたかない。一瞬、このままUターンしてもう一度夜明けの海を見に行くか、あるいはここで寝てしまうかと思ったけれど、帰るのが遅くなればなるだけ明日の、もう明日に観念せざるをえなくなったモンちゃんがしんどくなるだけだ。
「このままもっかい海行こうぜ」
「止めろ」
俺にそう言われて傷ついた顔をしたモンちゃんに、急に何か大きすぎるものを取りこぼしたような恐怖を感じた。
モンちゃんは何も言わずにシートベルトを締める。
「また行けるんだから」
俺の取り繕うような言葉に小さく頷いたモンちゃんの方を見られないまま、アクセルを踏む。視界の端では、俺が引き当てられなかった黒髪の美少女がモンちゃんのスマホに躍り出た。
SR朝焼け ギヨラリョーコ @sengoku00dr
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