はあ、祖父の仕事の関係で。
その方がなぜ私に? 祖父の仕事のことでお話しできるようなことは特に無いですよ。
ええ、はっきり言って疎遠でした。人の仕事を蔑むなと言ってもね、結局はヤクザ相手の商売でしょう。
まあそりゃ、刺青の彫り師がみんなヤクザを客にしてるとは限りませんが、勝手に決めつけるわけじゃないですよ。実際、爺さん、祖父の葬式に来てたのも殆どはいかにもない風体の奴らでした。
父もそれを嫌って早くに親元を出たそうです。絶縁状態でした。
最後に会ったのは。言わなきゃいけませんかね。
ああなるほど、もう兄貴に話は聞いていましたか。なら尚更なんで私に聞く必要が?
あれこそ身内の恥ですよ。兄貴もなんでわざわざそれを言うんだか。お人好しがすぎるんですよ。
……弟の話はしないでください。祖父はまだいい、反社と付き合いはあっても話は通じる人だったと思います。
あいつは本当に頭がおかしい。絵の才能があるばかりに爺さんに見込みありと拾われましたが、そうでなければとっくに道を踏み外して警察のお世話になっている様なやつです。
絵を、見ましたか。なんだあなた、本当は弟のことが聞きたかったのか。
そうですね、絵は昔から上手かった。漫画を貸してやると中身を読まずに絵だけ模写して遊んでましたね。あの夜までは多少内気で変わり物だけど、人懐こい弟だった。
あの夜、喉がやたらに乾いて目が覚めたんです。虫の知らせだったのかもしれない。妹の寝室から物音がして、隣に寝ていた弟がいなくなっていた。
2人で夜更かししてゲームでもしているのかと思ったんです。ちょっとからかって、なんなら交ぜてもらおうと思って覗きました。
暗い寝室で、弟がベッドの上に座り込んでいました。何かを押さえつけようとしている。うつ伏せになった妹が、弟の膝の下でもがいていました。
妹のはだけた背中と、手を縛っているビニール紐が見えました。
気づいたら叫んでいました。部屋の電気をつけることさえ意識に無かった。夢中で弟に飛びかかって妹から引き離しました。誰かが起きてきて、部屋の電気をつけた。弟のへらへらとした顔をいまだに覚えています。忘れたいのに。
弟の手から絵筆が落ちて、シーツに黒い染みが出来ました。妹の背中には、見事な筆致の観音像が黒く、半端に描かれていました。妹を起こした兄の手も、乾き切らないそれに触って、黒く汚れていました。こんなことを思い出させて、どうしたいと言うんですか。