第12話 ROOM
「今日からここがゴグロザ、オマエの部屋だ」
事務員然とした男に言われて、オレは中に入った。コンクリート打ちっぱなしの床、壁、天井の、がらんとした広い空間だった。天井の高さはおよそ四メートル、床面は一辺が約八メートルの正方形といったところか。あてがわれたその広さは好待遇と言える。だが、だだっ広いだけだ。入口の反対側の壁に大きなモニター。天井にはいくつかの素っ気ない照明器具、部屋の中にはパイプ椅子が二脚と寝心地の悪そうなベッドが一つ置いてある。部屋の隅には便器とその横にシャワーヘッドが見える。だだっ広くて好待遇な留置所、そんな印象を受ける。
「小早川さん、あとはお任せしていいですか?」
「うん。ありがとう。鍵は僕も持っているから任せてくれていいよ。お疲れ様」
事務員のような男は小早川と言葉を交わした後、何処かへ行った。
「お疲れ様。ちょっと掛けようか」
そう言って小早川はパイプ椅子に座り、オレにはベッドに座るよう促した。二メートルほどの距離をとって、オレ達は対面し、座る。
「そっけない部屋で悪いね、後藤さん」
「いや、こんなモノだろう。広さは申し分ない」
「後藤さんたちはココの大きな戦力で財産だから、それなりの贅沢は出来るんだけどね。お仕着せの部屋より、個人個人で好きなように充実させていけるように、最初は最低限の設備しか置いていないんだ」
「ほぉ。ということは、家具屋に行き放題……な訳はないな。カタログで指示したものを取り寄せてもらえるんだな」
「えぇ。家具なり、トレーニング器具なり、家電製品なり。明日にでも後藤さんの望むカタログを持ってきますよ。そして、そう。後藤さんの行動範囲はそれなりにキツく制限されます」
「そりゃ、そうだな」
そう言いながら、オレは右下腕を少し動かす。指先まではまだ動かせないが、付け根と肘を曲げる事が出来るようになった。スキッディのおかげだ。
「おぉ、今日一日でそこまで動かせるとは、素晴らしいですよ、後藤さん」
「あぁ。オレの有用性を早くこの組織に認めさせる事が大事なんだよな。任務を任されるようになって、行動範囲を広げ、情報を集め、オレの人生を取り戻す作戦を立てる。そうだな?」
「ええ。時間と設備と人員と信頼関係。それらを手に入れられたなら、後藤さんは人間に戻れます」
小早川の真意は正確には分からない。だが、この男の行動原理は未知へ進む事と探求のようだ。一度人間でなくした改造人間を、人間に改造し直すその未知の領域を体験したいだけというようにも見える。小早川のその無邪気さは空恐ろしいものではあるが、交渉相手として不適格という訳ではなさそうだ。
「そう言えば」
オレは疑問を小早川に投げつける。
「スキッディ、アイツも洗脳を受けていないのか? アイツは妙に馴れ馴れしく、そして人間くさかった」
「いいえ。スキッディには強力な洗脳が施されていますよ。人間くさかった、ですか?」
「あぁ、洗脳というのは思考能力が奪われ、ボーっとした頭になるんじゃないのか?」
「えぇ。スキッディの頭の中は霞がかかったようにボーっとしているはずです」
「そうは見えなかったが。フランクで親切なイイヤツに思えた」
オレがそう言うと、小早川はブッと吹き出した。
「アハハ。そういう後藤さんが素直でいい人なんだと思います。まぁ、スキッディの元の人格はおそらくそういった、お節介で朗らかなタイプであっただろうと思いますよ。でも、イイヤツかどうか……。そうだ。後藤さん、ダンゴムシって知ってます?」
「庭先の石の下なんかにいるボール状に丸まる小さい虫だ」
それぐらい知っている。
「ダンゴムシって、直進した先に壁なんかがあって、その時に右か左かに曲がって、そして、また壁にぶつかった時には、さっき曲がった方向とは逆の方向を選んで進むらしいんですよ。さっき右だったら、次は左、そして次は右って交互に」
「それがどうした?」
「スキッディの人格に見える行動や会話は、ダンゴムシのそれと大きくは違わないって事です」
「何?」
「こういう刺激を受けたら、こう反応する……。霞のかかったような、洗脳後の頭でも、人格があるように振る舞う事は出来るんですよ」
からかうような口調で小早川は言う。
果たして今のオレは洗脳を免れて、意識と意思をオレのモノのままに生きているのだろうか。オリジナルのままのオレとは一体なんだ。ここがどこなのか分からないままに、オマエの部屋だとあてがわれた空間の中にいるオレ。改造されたバケモノというガワに包まれたオレの心臓。醜悪なゴキブリのような顔のその奥にあるオレの脳。脳か、あるいは心臓に宿っているのか、それともそんなものはないのか、オレの魂。
スキッディのあの振る舞いと今のオレの振る舞いに差などあるのか。
「小早川」
「はい?」
「とりあえずはこの部屋に、なにか酒を持ってきてくれないか」
オレがダンゴムシではない証明に、酒がなるとは思えないが。
とりあえず、飲ませてくれ。
不完全変態 ハヤシダノリカズ @norikyo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。不完全変態の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます