【KAC202210】愛娘の可愛いワガママ
朝霧 陽月
本文
それは俺が主だった執務を終えた、真夜中と言っても差支えない時間。寝る前に私室でゆったりと椅子に腰を掛け、簡単な書類に目を通していた時のことだった。
コンコンと扉をノックする音が聞こえてきて、俺は視線を扉に向けた。
こんな時間に一体誰だ……?
「私です……」
続いて外から聞こえてきたのは、まだ幼い少女の声。
それを聞いた俺はすぐさま書類を置いて席を立ち、扉の前までいくと迷うことなくそれを開いた。
「一体、どうしたんだリリアーナ」
そこにいたのは、まだ俺の腰ほどの背丈しかない可愛らしい少女。他ならぬ我が愛娘リリアーナだった。娘はどこか不安そうな面持ちで、ぽつんと部屋の前に立っていた。
服装を見る限り、娘は寝間着に見える。そもそもいつもなら寝かしつけられてるはずの時間だ。
「お父様、あの」
「まぁ一旦の部屋に入りなさい。夜の廊下は冷えるからな、お前が体調を崩したら大変だ」
「はい……」
優しく声を掛けながら、俺は娘を部屋に招き入れた。
相変わらず不安げな様子の娘に、俺は部屋の中にあるソファへ促して座らせると、その隣に俺も座って話を聞くことにした。
「自分の部屋から、一人でここまで来たのか?」
「はい、勝手に抜け出してごめんなさい」
「確かにあまりよくないことはであるが、今お前を叱る気はないよ……理由があるのだろ?」
娘は5歳という年の割に、聡い子だった。立ち振る舞いも同年代のそれより大人びており、それ故に周りに気をつかって、親である俺にもワガママらしいワガママを言う子ではなかった。だから、行動をすることには大抵理由があるし、その理由もキチンと説明できる子だった。
まぁその性格のせいで、色々考えすぎて我慢してるのではないかと心配も多いが……。
「……はい、一応は」
いつもより歯切れが悪い返事だな。それにずっと不安そうだ。
「心配せずにお父様になんでも言ってみなさい、俺の可愛いリア」
彼女を安心させるためにも、俺は家族だけが使う愛称で娘を呼び、その小さな頭を優しく撫でた。
「それにお前はいつもいい子だからな、それがワガママだったとしても出来る限り叶えてやろう」
「ワガママなんて、そんな!! …………いえ、でももしかするとそうかもしれません」
娘はそう口にすると、より深刻そうな表情をしてうつむいてしまった。
「ほう、ワガママなのか?」
「……こんな夜中に一人で抜け出してきてしまいましたし」
「いや、それは別にワガママには入らんぞ」
ダメだ、娘がいい子過ぎて、ワガママのハードルがかなり低くなっている。
「違うんです、それだけじゃないんです。実は私……」
ふるふると首を左右に振った娘は、やや迷うような素振りを見せた末に重々しくこう言った。
「怖い夢を見て……それで、お父様とお話をしたくなって、ここまで来てしまったんです……」
「怖い夢を見た?」
「……はい」
「つまり怖い夢を見て、どうしても不安になったから、わざわざ俺に会いに来たってことか?」
「……はい」
…………うちの娘可愛すぎないか? 既に可愛いとは知っていたが、また可愛さを再発見してしまったようだ。
しかしそれはそれとして、それを言い出すだけで気を使いすぎなのは気になる。甘えたい盛りのはずなのに、そこを負い目に感じるのはおかしいだろう。
「その程度なら気にせず、いくらでも言ってくれて構わないぞ」
「……いいのですか?」
「ああ、別にそれだけならワガママにならないし、お前のためなら可能な範囲で時間も作ろう」
「そんな、そこまでは……」
「その程度でそこまでなんていうことはない。なんならもっともっとワガママを言っても良いくらいなんだぞ? むしろ俺にお前のワガママを叶えさせてくれ」
「え、えぇ?」
困ったようにオロオロする娘の姿が可愛くて愛おしくて、ずっと見ていたくなる気持ちをこらえて俺は、その耳元でそっと、語りかけた。
「怖い夢を見て、一人でいるのが不安なら、今日は一緒に寝てくれる人が必要なんじゃないのか?」
「あ……」
そこまで言ったら、かしこい娘は流石に気づいたらしく目を瞬かせる。
その後、もじもじと恥ずかしげに、俺の方を見ながら一生懸命な様子でこう口にした。
「あの、お父様……今日は私と一緒に寝てくださいませんか?」
「もちろん、喜んで」
ああ、俺の娘は本当に可愛いな。
【KAC202210】愛娘の可愛いワガママ 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu
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