KAC2022 奇妙な匣(きみょうなはこ)

かざみ まゆみ

第1話 奇妙な匣(きみょうなはこ)

 真夜中、一人の女が死んだ。


 無断で大学の授業を休み続けた彼女を心配した同級生が彼女の部屋で発見した。


 そう、真っ赤なはこを。




 璃子りこは帰宅すると家の前に置かれた二つの箱に気が付いた。


「最近は置き配も普通になったねぇ」


 璃子の住む古いマンションにはオートロックがなく、配達員もドアの前まで来る。


「もう少し防犯の良い家に引っ越そうかな。せめて宅配BOXの有るマンションに」


 アキバに有るコンセプトカフェでバイトをする璃子は、客がストーカーになることもしばしばだった。


 鍵を開け玄関を少し開くと、夏の部屋特有のむせ返るような熱気が漏れ出てきた。


「うわぁ、今日も最悪……」


 璃子は荷物の箱を手早く玄関内に引き寄せると、熱気の籠もる部屋を足早に通り抜けてベランダの窓を開ける。


 都会の夜の空気が部屋に流れ込んでくる。


 東京は今夜も熱帯夜であったが、それでも閉め切られていた部屋の熱気に比べれば爽やかな風に感じた。


 六階のベランダから眺める夜景は、一人暮らしのワンルームとは言え贅沢に思えるほどだった。


 璃子はエアコンの電源を入れると、冷蔵庫を開け缶のカクテル飲料を取り出した。


 着替えもそこそこにしてソファへ座るとテレビのスイッチを入れた。


 テレビの脇には誰から貰ったか記憶にない、ピンク色のくまのぬいぐるみが置いてある。


 テレビでは夏の風物詩である怪奇現象の特集をやっていた。


「そう言えば、コンカフェの子たちが都市伝説の話をしてたなぁ」


 甘めのカクテルを一口飲み込む。


 それは真夜中の零時ちょうどにインターホンが鳴り、恐る恐るモニターで様子をうかがうと、宅配の作業服を着た男が何も言わず段ボール箱を置き配していくと言うものだった。


 荷物を無視すれば翌朝には消えているが、その荷物を開けてしまうと恐ろしい目に遭うそうだ。


「恐ろしい目って何だよ? もっと具体的に言わないと信憑性も無いだろうに」


 少し酔いが回ってきた彼女は独り言も饒舌になる。


 ピンーポーン。


 璃子が適当にテレビのチャンネルを変えていると不意にインターホンが鳴った。


 思わず体全身が縮み上がるほど驚き、とっさにインターホンのモニターを見る。


 遠目に見てもモニターには誰も映ってはいない。


 しかしモニターの電源が入って画像を映しているということは、誰かがインターホンのボタンを押したということだ。もしくは誤動作か……。


 璃子が時計に目をやるとちょうど零時を回ったところだった。


「いや、まさかね。偶然でしょ」


 静かにモニターまで近づくと画面を覗き込む。


 特に荷物が置かれているようなことは無かった。


 外に向いているマイクも静まり返っていておかしな点はなかった。


 璃子はモニターの電源を切ると大きくため息を付いた。


「もう、ビックリさせないでよね」


 そう呟くと玄関の内側に入れて置いた荷物の箱に目をやった。


 そこには段ボール箱があった。


「そう言えば中身を確認してなかったね」


 しゃがみ込んで荷物を確認する。


「これは実家からのmamazonだね。それと通販で買ったフレグランスに、もう一つは何だろう?」


 璃子が手に取るとダンボール箱は異様に軽かった。


「えっ? 空箱?」


 送り主を確認しようと箱をひっくり返すと、フタを留めているガムテープが剥がれていた。


「こんな所に空のダンボール置いていたかな?」


 璃子がフタを開ける。


 そこには青白い人の顔があった。


「え……」


 箱の中から凄まじい勢いで右手が伸びると、璃子の髪の毛を掴んで段ボール箱の中に引きずり込んだ。


 そこには段ボール箱だけが残された。


 暫くすると段ボール箱に真っ赤な染みが広がっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC2022 奇妙な匣(きみょうなはこ) かざみ まゆみ @srveleta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ