真夜中のテンション

姫路 りしゅう

第1話 真夜中のテンション

「このあいだ見たAVの話ししていいか? いいよ」

「俺たちに断るスキくらい与えてくれよ!」

 こんな感じで水原のAVトークが始まった十二時過ぎ。

 大学のサークルで知り合い妙に気があった水原と火村と俺は、授業やバイトのないタイミングはだいたいこうして水原の家にたむろをして、昼も夜もないような生活を繰り返している。

「よくエロ漫画とかで、『ホラ…もうこんなに濡れてるよ』みたいなセリフあるじゃん」

「ああ、女の子の羞恥心を煽るようなセリフな」

「あれはもうテンプレっていうか、ハンバーグプレートに添えられたミックスベジタブルみたいなものだから、別にそこに対して興奮すると好きとかいう感情はないんだけどよ」

 いやハンバーグプレートに添えられたミックスベジタブルについてなら思うことあるけどな?

 フォークとナイフであれを食べるのは至難の業だろうが! とか。

「でもこの前見たAVで男優が女優の履いているパンツを握って尻に食い込ませる、みたいなシーンがあったわけよ」

「そういうシーン誰が得してるんだろうな」

 俺も適当に相槌を打つ。AVにはちょくちょく「それはなんの意図なの!」って突っ込みたくなるシーンがある。

 時間停止モノのAVで時間停止能力発動後に胸を抑えて苦しむ男優とか。そこの能力のリバウンド描写必要ある?

「能力のリバウンドが来てるってことはそれホンモノの時間停止能力者であることの証明じゃん」

「えっニセモノの時間停止者があるの?」

「火村はちょっと夢を見すぎ。九割はヤラセだよ」

 残りの一割は何なんだよ。

「時間停止モノで、めちゃくちゃ腰振ってんのに女側が真顔な時、男優さんどんな気持ちなんだろうな」

「オレなら自分に自信がなくなっちまうよ……」

 女の人が感じるフリをすることで救われる命もあるが、殺される命もあるということを覚えておいてほしい。

 セックスはコミュニケーションなので。

「で、元々の話なんだっけか」

「マジックミラー号の話だよ」

「した記憶まったくないんだけど?」

 水原がペットボトルのお茶を一口飲んで悲しそうに口を開いた。

「そもそもオレ、マジックミラー号見れないんだよな」

「……宗教上の理由?」

「どんな宗教だよ! って気持ちよく突っ込みたかったけどたしかに俺が教祖だったらMM号見るような信者嫌かも」

 どうやら水原教は世の中の男性の八割が信仰できない宗教のようだった。

「いやさ、ちょっと前にお前ら以外とボードゲームして遊んでたんだけど。そこで何か賭けようぜってなったわけよ」

「誘えよ」

 しかし水原、意外にもその提案をスルー。

「でも現金賭けるのって健全じゃないだろ。だから"概念"を賭けることにしたんだ」

「概念? というと、負けたやつは一生『国語は橙、数学は青、英語が黄色で社会が緑。理科は紫っていう考えで生きていくこと』みたいな?」

「理科は赤だろ」

「モスグリーン」

「不毛な議論過ぎる。で、概念って?」

「負けたやつは一生『マジックミラー号のAVを見ることができない』」

「ぎゃははははは!」

「でもそんなのこっそり破れば良くない?」

 水原は静かに首を振った。

「破ろうと思ったんだけど、いざ戦闘開始モードになってもMM号のサムネを見た瞬間に俺を負かしたやつの顔がチラついて厳しいんだよな」

「ふはははははは!」

 本当に呪いがかかっているようだった。

 ただ最近は逆マジックミラー号という新ジャンルもありかなり人気なので、ぜひそちらを視聴していただきたい。

「で、パンツを食い込ませた男優がどうしたんだっけ」

 あ、ちゃんと話戻るんだ。

 男優がパンツを食い込ませていたわけではないけどな? それはあんまり興味がない。

「そうそう、男優がそうしながら女優に言ったんだよ」

「なんて?」

「ホラ……もうこんなにパンツが食い込んでるよ」

「もうこんなに濡れてるよのノリで言うな!」

「それ引き起こしたの男優なんだよなぁ」

 ひとしきり笑ったあと、俺たちは何の話をしているんだと一瞬我に返った。

 少しだけ無言の時間が流れる。

 うーん。

 その時ふと俺の脳裏に、一番気持ちいいひらがなってなんだろうって言葉が過ぎった。

「何いってんだ風谷」

「一番気持ちいいひらがなァ?」

「ちょっとまって、俺今声出てた?」

 一同頷く。

 思考を垂れ流しにしてしまうのが俺のいいところであり悪いところだった。

「まあ風谷明らかに脳みそ経由しないで突っ込んでるタイミングあるよな」

「反射的にな、でもあれ問題があって。どんだけ場が爆笑の渦に包まれても、その夜とかに振り返ると自分がなんて言って突っ込んだか全く覚えてねぇの」

「あるあるなんだよな」

「僕達は考えずに会話を回しているからね」

 どんな話したか全く覚えてないけどなんとなく楽しかった気がする、っていう一日のまとめになることもすごく多い。

「一番気持ちいいひらがなだろ? それこそ"ひ"とか"ら"は揉みやすそう」

「"ら"は上の部分邪魔じゃない? 乳首から毛が伸びてる感あって」

「あれこっそり抜いてあげたほうがいいのかなって思うタイミングあるよな」

「絶対こっそりは抜けないが……」

 まあ男側は処理してないことも多いので何も言いません。

「あとはまあ、どうやって使うかはイメージついてないけど"ん"とか"ふ"は何な気持ちいい気がする」

 ふわふわした発言にもほどがあるけど、なんとなくわかってしまった俺は「んふ〜ってもう気持ちよさそうだもんな」って言った。

 は? って顔をされた。

 ずっと黙っていた火村がおずおずと口を開く。

「待って? ひもらもんもふもあり得なくない? どう考えても"へ"とか"く"だよ」

「……」

「……」

 こっ、こいつ。

「お前だけ挿れられる側の発想なんよ!」

「だとしても"く"は絶対いてぇよ!」

 男には穴が一つしかないからな。

「ってことは"い"とか"こ"とかって」

「それはちょっと生々しいわ」

 そうか?

「女の下ネタは生々しいってよく聞くよな」

 俺たちは首が取れるくらいぶんぶんと縦に振った。

「まあ実際女の下ネタに巻き込まれたことはないから実感はないんだけどね」

 なんか実体験に沿った話が多いってよく聞く。

「あいつのサイズがどうとか、あいつが下手とかいうらしいぜ」

「それはもう下ネタのネタの域超えてない?」

「まあ、俺たちも今でこそ言わないけど胸のサイズがどうって話をしたことないかと言われればあるからなんとも言えないけどね」

 心当たりがなくもなかった。

「でも女子って、胸見てる時百パーセント気がつくらしいぜ」

「そりゃ気付いてるってことは百パーセント気付いてるって思うんじゃないの?」

「は?」

「いや、例えば僕が十回女の人の乳首を見てたとするじゃん」

 ピンポイントで凝視するな!

「その人が七回気が付いたとして、その人の中では七分の七回気づいてるわけだよ。だから百パーセントって思うんだけど、実は七十パーセントでした、みたいな」

「そんなことよりピザ食おうぜ」

「確率の話そんなに嫌い?」

 確率って呼ぶのも申し訳ないくらいの話だったんですが。

 そこで俺はふと自分の体験談を思い出した。

「高校のときにさ、俺それなりに顔が広かったから、俺はそいつを知らないけどそいつは俺を知っているっていう状況が結構あったのよね」

「あの子の素顔はオレだけが知っているってやつだな」

「ぜんぜん違うし、たぶんその素顔は結構みんなに見せてるよその女」

「そんなことない!」

 怒るなよ。

「で、体育大会のときとかに知らない女子生徒から話しかけられるとさ、その子の名前知りたいじゃん。実は忘れてるだけで自己紹介しあってる子かもしれないし」

 ふむふむ、と頷く水原と火村。

「そうなると必然、体操服の乳首に書いてある名前を読みたくなるわけだよ」

「体操服には乳首なんてねーよ」

「乳首があるのは人体とマックのドリンクくらいだからね」

 確かにマックのドリンクには乳首付いてるけど! 3つくらい。

「でも名前を知るために乳首凝視するわけにもいかんじゃん。かと言ってチラチラ見るのが一番やばいじゃん? ってエピソードを思い出した」

「揉めばよかったのにな」

「俺の話聞いてた?」

 話にオチがついたところで俺たちは大きく伸びをして、誰ともなく腹が減ったな、と言い出した。

「いい時間だしな」

「じゃあ、昼飯でも食いに行くか」

「そうだね」

 時計の針が午後一時を指した。

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