第48話 もう誰にも邪魔はされない

 オルガンティア——ではなく、モルガン家に執着して狙っていた悪女オクタヴィア・エンテケレイアは、エネルゲイア王国第二王子ジュダ・エネルゲイアによって粛清排除された。


 同日、ジュダは悪女を刺し貫いた剣を反乱軍や民衆の前で掲げ、エネルゲイアの国王に即位した。ジュダが救出した国王と王太子は解呪が成功したとはいえ本調子ではなく、表向きは病気を理由に退位した。退位後は離宮で静かに暮らすことになるという。


 オクタヴィアを姉と呼んでいた彼女たちは、彼女たちが持つ魔術技術と過去行った実験研究の成果を焼かれたあとで、ひとり残さず処刑された。これにより、悪女の系譜は途絶えたのである。


 アゼリアの『鷺』であるジョルジオは、『鷺』としての役割そのままに、ジュダ国王に仕えることになった。異例の抜擢ではあるけれど、ジョルジオならば上手くやるだろう。ジュダがジョルジオの裏の顔を知っているかは、わからないけれど。


 そして、アゼリアとグエスは、というと。


 ジュダの即位式を見守ったあと、ふたりは共にオルガンティア王国への帰路へついた。途中、大小様々な事件トラブルがあったけれど、アゼリアとグエスは魔術と知恵と行動力とを合わせて解決しながら進んだ。


 そのせいか、オルガンティアとエネルゲイアの国境付近の村々では、金色の乙女と大地の勇者の御伽噺が語り継がれることとなったらしいのだけれど、さだかではない。


 なお、アゼリアを愛するモルガン家の迎えがなかったのは、ジラルドの采配だという。帰国したらゆっくりすることもできないだろうから、婚前旅行のつもりで楽しむといい、という気遣いだ。


 とにもかくにも、アゼリアとグエスは通常、馬車で2週間の距離を3ヶ月かかって帰国した。これにはジラルドも予想外だったらしく、


「いったい、なにしてたんだよ!?」


 と、激しくグエスを問い詰めたけれど、アゼリアに冷ややかな声で諌められ、その話は秒で終わった。


 そんなジラルドは『あくのそしき』のボスとして、アゼリアたちと入れ替わるようにエネルゲイアへと赴いている。マクスウェルの痕跡を少しでも多く手に入れてくる、と書き残して。


 その書き残しには、ジラルド不在のあいだ、なんと、アゼリアが『あくのそしき』のボス代理として采配を振るうように、という伝言が添えられていた。




 そうして今日は、アゼリアとグエスの婚約式を兼ねた結婚式である。

 場所は公爵邸の美しい庭園だ。

 婚約の儀はすでに終わり、今は婚姻の儀の終盤だ。儀典官であるクリスティアナが式典予定プログラムを組んだこの式は、通常の式と少し風変わりなところがあった。


 庭園ガーデンパーティーのような形式で、みな自由に歓談し、グラス片手に談笑している。立食ではあるけれど、軽食やデザートだって豊富だ。披露宴と混ざり合ったかのような式は、結婚式中とは思えないほど、賑やかだ。


 この新方式の婚姻の儀は、招待客から祝福を貰い、それをもって婚姻成立となる。だからアゼリアはグエスとともに、招待客を訪ねて回っていた。招待客といっても、それほど数は多くない。多くはないけれど、皆、アゼリアに関わりのあるひと達ばかり。


 最初の祝福は、式を取りまとめているクリスティアナからだ。


「おめでとうございます、アゼリア様。ふふふ、婚約式と結婚式を同時に行ってしまうなんて、王国オルガンティアではしばらく振りでした。ですから、資料探しが楽しくて愉しくて……ふふ、すみません。大変やりがいのある仕事でした」

「まあ、クリスティアナ様ったら」

「……儀典官殿は、本当に研究熱心でおられたよ。記録が残っている大昔のものから順に調べて、アゼリア嬢に一番相応しい様式で執り行ったのだから」


 会話に入りこんできたのは、ルイユ宰相だ。どうやらアゼリアとグエスが旅をしているあいだに、宰相と儀典官として軽口を叩き合えるほどに親睦を深めていたらしい。


 ルイユ宰相が肩をすくめると、今度はクリスティアナが頬を膨らませて反論する。


「あら、ルイユ宰相。宰相も乗り気であったではありませんか」

「ものには限度というものがある、とは思いませんかね?」

「思いませんね!」

「ああああああああクリスティアナ! 宰相様になんて口の聞き方を……!」


 強気のクリスティアナを止めに入ったのは、クリスティアナの夫であるデジレ伯爵だ。伯爵は今日も変わらずクリスティアナの暴走ストッパー役を務めているらしい。


「いいのよ、大丈夫。心配してくれてありがとう、あなた」

「う、うん? 大丈夫……なら、いいのだけれど。とにもかくにも、アゼリア様。結婚おめでとうございます。末永くお幸せにお暮らしください」

「私からも祝福を。アゼリア嬢、おめでとうございます。どうかグエスをよろしくお願いいたします」

「ふふ、はい。皆さま、ありがとう存じます」


 デジレ伯爵に続いてルイユ宰相からも祝福を貰った。その宰相は、グエスになにかひと言あるらしい。宰相がグエスの肩をポンポンと軽く叩きながら、真剣な顔で告げた。


「グエス、アゼリアをしっかりお支えしてください。決して捨てられないように」

「承知していますし、閣下に言われるまでもありません」

「あら、宰相閣下。そんな心配は不要ですよ。だって、わたくしがグエスを望んだのだから!」

「リア……ふたりで幸せになろう、必ず」

「ええ、当然です。……わたし、幸せになるわ。グエスと、ふたりで」


 と。アゼリアはグエスと、つい、うっかり、ふたりきりの世界に没頭してしまった。


 でも、新婚なのだ(まだ婚姻の儀は成立していないけれど)。ようやく結婚まで漕ぎ着けたのだ(婚約と同時に結婚するという離れ業を使いはしたけれど)。大目に見て欲しい、という思いは、アゼリアの父ダライアス以外には伝わっているようだった。


 ダライアスは、というと。


「ああ……アゼリア……おめでとう、とうとう花嫁になってしまったんだね。私の可愛い可愛い女神よ……うっ、うっ……美しすぎて涙がでてきた」


 そんなことを言ってわめいて、アゼリアをあきれさせているものの、祝福の言葉をさりげなく——否、早口で告げていた。


 ともかく、そんな父公爵に呆れていたのは、アゼリアだけじゃない。グエスだって、そう。


「リアが美しいという事実には賛同しますが、そろそろ認めていただけませんか、公爵様」

「そうよ、お父様。いい加減、嘆くのはおやめになってください。別に家を出てゆくわけではないのですから」

「そうよ、あなた。こんな晴れの日に泣くなんて……しっかりしてくださいまし!」

「……アガタぁ……それでも、それでも私は……ッ」


 ダライアスの赤い双眸から、ぶわり、と涙が溢れでる。アゼリアの母でありダライアスの妻であるアガタも、呆れたようにため息を吐いた。


「まったく、もう。そのように泣くのでしたらあちらへ行きましょう。……アゼリア、グエスさん。先に戻っていますね。」

「はい、お母様」

「リアのことはお任せください」

「うふふ、じゃあね。おめでとう、幸せになるのよ」


 アガタはそう告げるとダライアスは寄り添いながら、公爵邸へと戻っていった。

 そうしてダーシ卿やベスティア卿をはじめとした面々に次々と祝福を貰い受け、最後はこのお二方である。


「アゼリア嬢、おめでとう」

「おめでとうございます、モルガン公爵令嬢。それからガフ補佐官も」

「レグザンスカ公爵令嬢、それにノアベルト殿下も。わざわざ足をお運びいただき、ありがとう存じます」


 ノアベルト王子殿下とレグザンスカ公爵令嬢だ。国王も参列したかったらしいのだけれど、政務があるから、と泣く泣く諦めたらしい。


 今度、グエスへの差し入れのついでに挨拶にでも行こうかしら、なんてアゼリアが考えていると、レグザンスカ公爵令嬢が静かで美しい微笑みを浮かべながら、


「とても綺麗ですね、美しく輝いていますよ」


 と。そんなことを言ってくれたから。アゼリアは途端に興奮して目をカッと見開き公爵令嬢との距離をひと息に詰めた。

 そして。


「公爵令嬢! そうなんです、そうなのです! わたくしのグエスの、この! 正装服の! 似合いよう!! グエスは常に輝いておりますが、今日はまた一段と素晴らしく——」

「リア、リア。殿下も公爵令嬢も驚いている、少し抑えたほうがいい」

「そんな!? グエスを褒めていただいたのに、抑えるなんてそんな失礼なこと、わたしにはできません!」


 思いの丈をすべて出し切った! というように、アゼリアは恍惚とした表情で、そう訴えていた。


 よくよく見ればアゼリアは、どこかおかしかった。熱に浮かされたような、ぼんやりとした目元。斜め上を飛んでいく突飛な思考。


 そんなおかしなアゼリアをはじめて目にした王子殿下と公爵令嬢は、その美しい目を見開いて、パチパチと何度もまばたきをしている。


 だからグエスは戸惑いながら、アゼリアに真実を指摘した。


「……あー、リア? 公爵令嬢が褒めたのは、リアのことではないか?」

「……え。……え? そんなまさか。モルガン公爵家の至宝となるべく婿入りしてくださるグエスへの賞賛の言葉ではない、と? そんなこと、あるはずがありませんわ!」


 グエスの突っ込みに納得できないアゼリアが、至極真面目で真剣な顔でそう言った。


 そのおかしなアゼリアには、グエスも少々、心当たりがある。あれはいつだったか。はじめてモルガン公爵邸に宿泊したときか。それとも、王城の庭園でアゼリアからの求婚プロポーズの返事をしたときか。


「……リア。まさか、また寝不足だなんてことは……」

「うっ……。……、……うふ?」

「リア……笑って誤魔化すのはよくない」

「だって、仕方がないの。また邪魔が入らないように、ありとあらゆる手段を講じなければ、と思って……」


 アゼリアは、気まずそうにモジモジとしながらグエスを上目遣いで見上げてそう告げた。


 台詞が効いたか、上目遣いが効いたのか。グエスはそれまで冷静で平静だった顔を急に真っ赤に染め上げて、口元を押さえている。あ、可愛い。だなんて思いながら、アゼリアはクリスティアナに目配せした。


 そう、婚姻の儀は、あとひとつプログラムを残しているから。これが終わらなければ、グエスとは正式に結ばれないのだ。


 また邪魔が入っては本当に本当に、本っっっ当に困るから、一刻も早く式典予定プログラムを進めたい。


「——確かにそうですね、アゼリア様。それではこれより、婚姻の儀の最後を飾る誓いの成約を執り行いましょう」


 アゼリアの無言の訴えが届いたのか。それとも異様な圧に負けたのか。クリスティアナがひとつ咳払いをしてから、アゼリアとグエスの元へゆく。


「新婦アゼリア・モルガン様と新郎グエス・ガフ様は、参列者様方の祝福を受けました。これにより新婦と新郎の婚姻は成立です。どうぞ、誓いの成約を」


 クリスティアナがそう言ってアゼリアとグエスの手を取り、2人の手を重ね合わせた。


 自然と向き合い見つめ合うアゼリアとグエス。深紅の瞳と琥珀の瞳が、歓喜に満ちて潤んでいる。重ね合わされた手はいつの間にか繋ぎ合い、指と指とが、もう決して離れないというかのように絡み合う。


 やがて、誓いの言葉がグエスから流れだした。


「健やかなるときも、病めるときも、困難も苦難も、ともに乗り越えると誓おう」

「ええ、ともに手を取り合い、支え合い、いつでも笑っていられるような家庭を築きましょう」


 ——そうして。


「愛している、リア」

「わたしも愛しているわ、グエス」


 多くの人に見守られ祝福される中、アゼリアとグエスは幸福に満ちた誓いくちづけを交わし、そして、歓声の嵐に揉みくちゃにされたのである。



end.

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