とある街の喫茶店で 🧙‍♀️

上月くるを

とある街の喫茶店で 🧙‍♀️




 音楽堂の公園の桜並木はとうに葉桜になり、藤棚の花簪はなかんざしもそがれてきたある朝。

 堂内の東端にある絵里香さんの喫茶店に、1羽の夏ツバメが飛びこんで来ました。



 ――たいへんたいへん、入り口の案内板が「準備中」のままですよ~!(≧▽≦)



 ピーピー鳴きながら、店内中を目にも止まらないスピードで飛びまわっています。

 窓ガラスへぶつかったり、お鍋に突っこんだりしないか、絵里香さんはハラハラ。



 ――わ、わかったから、そんなに興奮しないで。どおりで今日はお客さんが来ないと思ったのよ。駐車場の案内を「営業中」の表示に替えるの、うっかり忘れてたわ。



 急いで外へ出た絵里香さんの頭上スレスレに飛びながら、ツバメは満足そうです。

 大好きな人の役に立てたのですから、これほど冥利に尽きることはないと……。


 爽やかな快晴ですから、ガレットファンのお客さんがどっと来てくれるでしょう。

 絵里香さんの頭上を何度も旋回したツバメは、仲間のもとへもどって行きました。



      🍕     



 ちなみに、絵里香さん特製のガレットは、本場フランスはブルターニュ地方の郷土料理「そば粉のガレット」で、ハムやチーズ、サーモン、卵などを挟んで作ります。


 米粉のようにもっちりした食感が忘れられないと、口コミでファミリーやカップルの常連さんが増え、音楽堂のイベントがない日も、喫茶店だけはにぎわっています。



      ⛪

 


 都会で親譲りの喫茶店を営んでいた絵里香さんが地方都市への移住を決めたのは、世界的な感染症に収束の兆しが見えず困っているとき、店主募集を知ったから……。


 フランスの留学経験を活かし、縁もゆかりもない土地で一からやり直してみようと思い立ち、海より山派だったので、8つの海なし県のひとつを選んだというわけで。


 30代最後の恋がフェードアウトしていたときでもあり、単独で店を畳むのは大変でしたが、心機一転の移住先は古いものと新しいものが同居する魅力的な街でした。



 木花咲耶姫このはなさくやひめをご祭神にあがめる、古さびた神社。⛩️

 江戸時代に天領だった誇りを大事にしている里。👘

 隠れキリシタンの拠りどころだった聖十字教会。💒

 国際的なバレリーナを輩出するバレエスクール。🤸‍♂️

 縁起屋、大安売商店、ふぐ刺、三弦教授の看板。🤹

 タイ、ベトナム、インドなど異国の料理店……。🥑



 異次元の異文化が仲よく溶け合っているので、移住者にも居心地がよくて……。

 都会からの絵里香さんも、北国からのツバメも、たちまち親しくなったのです。


 

      🎺



 今夜は大ホールでジャズコンサートが開かれるので、宵からのお客さんも多そう。

 腕によりをかけて美味しいガレットをと、絵里香さんは大いに張りきっています。


 前触れもなくやって来た感染症は、いつかやはり前触れもなく退散するでしょう。

 そのときが来たらLiving things:生きとし生けるものがハッピーになるはずです。


 

 



 


 




 

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とある街の喫茶店で 🧙‍♀️ 上月くるを @kurutan

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