最終話 初めましてをもう一度
「なんで、私なの」
『彼女』はおびえた声で、そう言った。
「僕が逢いたいと思ったのが、君だったから」
僕は、『彼女』にそう答える
「なんで?君が逢いたいって願ったら!ただそれだけで、もう一度春野世奈に逢えたんだよ!?こんなチャンス二度とないのかもしれないのに!なんで私なんかのために!なんで・・・」
「君と」
『彼女』の声を僕は遮った。
「君と過ごした時間も、事実で、僕にとっては大切で」
僕は彼女の瞳を見つめる。
「奇跡だから」
「なん・・・で」
それでも、『彼女』は信じられないとでも言うかの如く体を震わせる。
僕はそんな彼女に近づいていく。
「私は、残りカスだって言ったでしょ!」
「関係ない」
「私は春野世奈じゃないの!」
「分かってる」
「君に嘘をついて、だましてたんだよ!」
「知ってるよ」
「なのになん・・・」
彼女の言葉は、僕の行動で遮られた。
僕は、『彼女』を抱きしめる。『彼女』の体は、震えていた。僕は、そんな彼女の体を抱きしめ続けた。
やがて、彼女の震えは止まった。
「・・・久しぶり」
僕は抱擁を解き、そう微笑みかける。
「私で、本当によかったの?」
『彼女』は訊ねた。僕は、首を縦に振る。
「君に伝えなきゃいけないことがあってさ」
僕は、手の中にあったプレゼントの包装を解く。
そこには、ネックレスが入っていた。ハートを象ったネックレス。
「これって・・・」
「そう、世奈さんに渡すはずだったプレゼント」
「なんでこれを・・・」
「君にもらってほしいんだ」
僕は、『彼女』にそう言って差し出した。
彼女は、それを手で抑えて拒否する。
「ダメだよ、何で私が」
「君に逢えたのは、このネックレスのおかげだ」
「それは・・・」
「これを君に渡して、この物語は完結するんだと思う」
僕の結論はそれだった。いわゆる、ケジメである。
「それに、君へのお礼だよ。僕の前に現れてくれてありがとう」
「そんな・・・」
「でもごめん、君に『愛している』とは言えない」
「・・・うん、わかってる」
「僕が愛したのは世奈さんであって、君じゃないから」
僕はそう言って、彼女の首にネックレスを付けた。
『彼女』は自分の首にかかったネックレスを一撫でして、少し寂しげにほほ笑んだ。
「傍から見ると、僕最低男だな」
「うん、きっとそうだと思う」
そう言って『彼女』は笑った。
それにつられて僕も笑う。
神社の境内に、二人の笑い声がこだましていた。
「まだあるんだ」
「まだ?」
「まだ、伝えたいことがあるんだ」
僕は、改めて『彼女』の方を向く。
僕がしなければいけないこと。それは『彼女』に「愛」を伝えずに。
「もし、この世界に『生まれ変わり』があるんだとしたら。君にもう一度逢いたい」
彼女に「愛」を伝えることを約束することだ。
僕の言葉に、『彼女』は驚かず微笑みながら聞いていた。
「そしてその時は、君に『愛している』と伝えられるようなそんな日々を君と過ごしたい」
「うん」
「いつになるかは分からない。本当に君に逢えるか自信もない。本当にくじけそうになる程、途方もないけれど」
「うん」
夏の夜空に赤みがかかっていく。東の空が赤からオレンジのグラデ―ションで彩られていく。タイムリミットが近づいているのだと、本能的に分かった。
「君が教えてくれたんだ。僕の強さと君のやさしさを。それで僕は頑張れるから。頑張ってみせるから」
「・・・うん」
世奈さんの瞳が潤んでいるのが分かった。僕もそれにつられて鼻の奥がツンとしてきた。
「だからさ、万歳して待っててよ。『私はここだよ』ってわかるように」
「っ・・・うん」
世奈さんが涙をこらえきれずに、その瞳からこぼした。
「もし出会えたらせーので言おう」
「・・・分かってる」
久しぶりでも、愛してるでも、さようならでもない。
ここから新しい物語を始めるんだって。そんな意味を込めて。
「「初めましてって」」
:::::::::::::::::::
気が付くと、そこに『彼女』はいなかった。
僕は、空を見上げた。星のかすかに見える暁の空がそこには広がっていた。
僕は、その空に向けて一言呟いた。
「奇跡をありがとう、神様」
それが神様に届いたのかは分からない、ただその言葉は。
僕が「奇跡」を信じた証明だった。
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冬の空特有の、少し灰色の淀んだ色。僕は、その空をいつかの夏の暁の空と重ねていた。
あれからの話は、いつもと変わらない日常だった。ただ少し変わったことと言えば、鈴木さんのところでのバイトを続けたことと、それに伴って香音と仲良くするようになったこと。
約束のデートももちろん果たした。香音はとても楽しそうにしていた。その吹っ切れたような笑顔は、今でも覚えている。
その笑顔に免じて、デートで発生した金額(7万8000円)は水に流しておくことにする。
「おいおい、なに物思いにふけってんだ」
後ろからバシンと力強く叩かれる。もちろん犯人は河合である。
「何がだよ」
「先行ってるぞ」
河合は、雪の道をズカズカと進んでいった。
僕はその背中を見て笑った。
あれから、あの夏の夜の奇跡からずっと、『彼女』と思えるような人物にはあっていない。というよりも半年もたたずに、生まれ変わりがあるなんて、そんなことがあるとも思えないのだが。
自分で言っておいて、途方もない旅路である。本当に何年かかるかもわからない。根拠も自信もない。しかし僕は約束した。
彼女に「愛」を約束したのだ。ならその旅路を、一歩ずつ進んでいくしかないのである。
僕はペシっと頬を叩いた。
「おーい、何してんだ行くぞ裕斗!」
「分かってる」
僕は、雪の道を転ぶことなど考えずに走りだす。
転んでも、倒れても、それでも立ち上がってみせると走り出す。
そんな僕を空だけが、何かを知っているように見ていた。
僕の知らないどこかで、君は生まれて。
僕の知らないどこかで、君は育って。
僕の知らないどこかに、君はいる。
僕を知る君を、僕はまだ知らない。
僕を知る君を、僕はまだ知らない~生き返った彼女が別人のようだった~ ハンズ @hanzu
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