深夜に『出る』コンビニ

卯月

第1話 コンビニ派遣のバイト

 街中にあふれているコンビニエンスストアー。

 ここではたらくアルバイトたちには、大まかにいって2種類の働き方がある。

 まずは一つのお店と契約して、決められたシフトの中で働くという定番のもの。

 そしてもう一つ。派遣会社に登録し、様々な店に呼ばれていくというスタイルの働き方がある。

 

 派遣のほうが時給は高く、また色々な場所に行けるというので好奇心の強い人には人気があるようだ。

 だけど嫌な思いをさせられることも少なからずあって、そういう嫌な店は常に募集がかかっているけど中々人が集まらないらしい。


 ……ここだけの話だけど、T大赤門前とか派遣から超評判が悪い。

 何人もの派遣さんから「あそこの店長は正気じゃない、行くのは何も知らない新人だけ」という評価を聞かされている。


 とはいえヤバいとかなんとかっていうのも、ほとんどは店舗てんぽスタッフにおかしな人間がいるとか、客層が悪いとかそういう内容だ。

 だけどそんな中で、一人の派遣さんから聞かせてもらった怪談話をしてみようと思う。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 場所は東京都某所。深夜の依頼である。

 労働時間はやや変則気味で、23時から朝の8時まで。


 かつて大流行したドラマの舞台になったこともある街だ。

 駅から徒歩十五分くらいの、絶妙な場所にその店はあった。


 なにが絶妙なのかというと、駅から遠すぎず近すぎずということだ。

 近すぎる店は仕事が忙しすぎてつらい。

 遠すぎる店はヒマだが、夜中に初めていく街というのは道に迷いやすくて行きにくい。

 だから徒歩十五分くらいの中途半端な場所が望ましいのである。


 仕事の忙しさははいたって普通であった。

 とりあえずレジで接客をやらされて、業者さんが商品を運んで来たら検品して出す。という基本的な役割をになう9時間の時間拘束だった。


 店員からいじめられることもなく、嫌な客にからまれることもなく、淡々たんたんと時間はすぎていく。

 休憩きゅうけい時間のほかにタバコタイムを追加でもらえたのはラッキーだった。


 そんなこんながあって良い店だな~なんて思いながら朝の七時をすぎ、そこの店員と「もうすぐ終わりですねー」なんてことをカウンターで軽く雑談していた時だ。




 突然、制服姿の警察官が二人、店に入ってきた。

 なんでも深夜のうちに「ひったくり事件」があったらしい。

 被害者のお婆さんはこの店で買い物をした直後、帰り道をねらわれたというのだ。

 もしかしたら何か分かるかもしれないので、店の防犯カメラを確認させてもらえないかという要請だった。


 店員は「いいですよ」と快諾かいだく

 事務所の奥に警察官たちを連れていった。

 そして15分か、20分くらいで警察官たちは帰っていく。


 実際にそのお婆さんはこの店で買い物をしていて、しかも店内にお婆さんの様子をチラチラとうかがう男の姿が確認できたというのにはビックリした。

 同時になんともいえない嫌な気持ちになる。

 犯罪者というのはなぜ弱者ばかり狙うのだろうか。


 お婆さんの接客をしたのは自分ではなく店員のほうだった。

 自分はちょうど事務所で休憩をとっていたタイミングである。


「ああ、でもカメラに証拠っぽいものがうつっていたなら不幸中の幸いですね」


 などという気休めを自分が言ったところ、店員は「ああ、うん……」なんて青い顔をしてボンヤリと答えた。


「どうかしました?」

「えっ、いや、いいんだ、いいんだうん」


 露骨ろこつに様子がおかしい店員を見て、「ああこの人、気が弱いんだな」と思ったんだ、その時は・・・・

 自分が犯罪にちょっと巻き込まれたことがショックなんだろうな。

 などと思ったのだ、その時は・・・・


 で、とうとう朝の八時、終了時刻が来て早番の人が「おはようございます~」なんて言いながらカウンターに入ってきた。

 本日の業務終了。


「お疲れさまでしたー!」

「はいお疲れさまでしたー」


 事務所の中でスマホを操作して派遣会社に業務終了の報告を送信。

 一緒に一晩働いた店員は、店長に警察が来たことを報告するための走り書きをしていた。

 防犯カメラには十二分割された静止画像がうつっている。

 カメラをいったん止めて、その瞬間の時間などを記録しているようだ。


 レジには目の前にいる店員と、お婆さんの姿が。

 そして後ろには黒いスウェット姿の男が立っている。


「ああ、こいつですね犯人。

 なんかいかにもって格好してますね」


 そんなことを言いながら同じ時間帯に自分が何をしていたか確認する。


「……あれ?」


 防犯カメラには、奇妙なものがうつっていた。

 イスに座りスマホを操作している自分。

 その後ろになにか黒いモヤのようなものがうつっている。

 人間のような大きさで、濃いきりのような何か。


「なんですかこれ」


 自分の目でその場所を見てみる。

 それらしきものは何もない。

 休憩中にもこんなものを見た記憶はなかった。


「ああ、うちの店、たまにあるんだよね」


 店員は言いづらそうに目をそらしながらつぶやいた。


「『出る』んだわ、この店。

 あなた幽霊とかって、興味ある?」

「は……?」


 もう一度画面を見る。

 静止画面にはイスに座る自分と、その後ろに立つ謎の黒い物体。


「いやいやいや、おかしいでしょ。

 こんなの自分見てないし」


 間違いなく、リアルタイムでこんな変なやつを見たりしていない。


「……興味ある?」

「ありますね、自分のことなんで」


 オカルトにはあまり興味がなかったが、何しろ自分のことなので知っておきたい。

 しかし結果として激しく後悔することになった。


「……ちょっと刺激が強いんだけどね」


 店員はそう言って防犯装置を操作してくれた。

 時間を少し戻して、画面を拡大、そして消音にしていた音量を上昇させる。


 黒い霧は、何かをずっとしゃべりつづけていた。


『……だけど…………だけど…………だけど』

「?」


 聞こえない。自分はもどかしさにイライラして音量をあげた。


『そこあたしの席なんだけど……! そこあたしの席なんだけど……! そこあたしの席なんだけど……!』


 背筋がゾーっとした。

 黒い霧は壊れたスピーカーのように同じセリフを何度も何度もつぶやいている。


『そこあたしの席なんだけど……! そこあたしの席なんだけど……! そこあたしの席なんだけど……!』


 画面の中の自分はずっとスマホを操作していて、至近距離で声をかけられているのにまったく気づいていない。

 それに腹を立てたのか、黒い霧はズズズッ! と前に出て自分におおいかぶさってきた!

 まずい、まずい、よく分かんないけど直感的にこれはヤバい!


『そこあたしの席なんだけど!』

 

 ガタッ!


 画面内の自分はなぜか突然立ち上がった。

 そして無表情のまま事務所を出ていく。

 ああそうだ、休憩が終わる前にタバコを吸っておこうと思って外に行ったんだった。

 どけと言われたから席を立ったわけではない。

 タバコを吸っておこうと思ったからだった。

 そのはずだ、こんな声を聞いた記憶はないのだから。


 席を離れた自分を、黒い霧は追ってこなかった。

 満足したのかフッと姿を消してしまう。


 それで異常な動画は終了だった。


「まあ滅多にこんなことは無いんだけどね……」


 店員は防犯装置を基本の状態に戻した。


「まあその、良かったらまたうちに来てください」


 そう言いながら店員は問題のイスに手をかける。

 瞬間。


『そこあたしの席なんだけど!!』


 女の声が事務所に響いた……気がした。

 防犯装置はもうありふれたリアルタイムの分割画面に戻っている。

 今のは録音された声では、ない。


 もちろんその店には二度と行かなかった。

 そして「行ってはいけないヤバい店」として派遣会社のなかでうわさが広まっている。



 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



 こんな話を聞きました。

 検索して見たところ、コロナ禍に負けることなく現在も営業中です。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜に『出る』コンビニ 卯月 @hirouzu3889

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画