眠れないのは君のせい
羽間慧
君があんな風に囁くからだ
土曜日の真夜中。あたしは、おととい録画したアニメを見ていた。
少年剣士が斬り倒す敵に、残業で疲れきった自分を重ねる。失敗を挽回できないまま死んでいく人生。なんて悲しい結末なんだ。
「純粋にバトルものを楽しめないなんて。深夜テンションのせいかな?」
エナジードリンクの過剰摂取が原因だろうか。朱音くんに癒されようと思ってテレビを付けたのに。王道ヒーローが悪に見えてしまうくらいには、認識がぶっ壊れているのかもしれない。シャカイジンコワイネ。エライヒトキライ。
『 お前に構っている暇はないんだ。通してくれよ。紺さんが死ぬ前に!』
闇堕ち間近のあたしを、
前話のラストは、朱音くんの兄弟子・紺が致命傷を負った。朱音くんは妖を斬りながら紺のもとへ向かっているのだ。あたしったら、敵を応援しちゃ駄目じゃない。推しカプを引き離す妖を。
「紺、供給を絶たないで!」
違った。紺、死なないで!
心の声が逆になっちゃった。てへっ☆
はあぁ……三十路女が「てへっ☆」とかないわ。焼酎を飲んでいないのに、何よこのテンション。自分が自分で嫌になる。
朱音くんも悲痛な声を上げた。倒れた紺の体から、水たまりが広がっていく。どうすることもできず、朱音くんは膝から崩れ落ちた。
『紺さん、ごめんなさい。俺が不甲斐ないせいで。紺さん一人なら下山できたのに』
『おいで。朱音』
やつれた顔に、甘いボイス。
あたしの脳は一時停止する。画面を停めて、正直な思いを吐き出した。
「閨の誘い文句にしか聞こえないんですけど!」
ううん、頭では分かっているの。
瀕死の紺と朱音くんが、いちゃいちゃできないことは。おそらく次の展開は、遺言を家族に伝えてほしいと頼むはずだ。
腐女子の魂よ、鎮まりたまえ。
あたしは再生ボタンを押した。
『駄目です紺さん。紺さんはまだ逝っちゃいけないんです』
朱音くんの頬に、大粒の涙がつたう。
ファンなら、思わずもらい泣きをする場面だ。純粋なファンなら。
「お前は総受けじゃなくてタチだったんかい!」
健気さを残した言葉責めもアリだ。どSは、オレ様キャラの特権じゃないしね。
「はぁ。あたしに画力があったら今のシーンを描いていたのに。涙ながらに見下ろす朱音くん。普段と異なるしおらしさに、紺はドキッとしてるはず!」
アニメでは描かれない紺の表情が知りたい。このままじゃ、冷静に続きが見られないよ!
あたしはスマホを手にとった。リアルタイムから数日経っている。妄想を形にした人は、一人くらいいるはずだ。原作でも同じシーンはあるだろうし。
朱紺、紺朱。どっちの解釈が多いかなぁ?
推しカプは紺朱だけど、愛が伝わるイラストなら朱紺でも拝む。
検索結果をスクロールしていくと、あたしの表情は凍りついた。
いない?
誰もいないの?
表示されるのは紺ではなく、師範、従兄、先輩。朱音くん大人気じゃん。
「どうして兄弟子との最後の絡みがないんですか。紺さんは、けしからんポニテなのに!」
むむぅと唇を尖らせて、続きを再生した。
もしかしたら、紺は一命を取り留めるのかもしれない。幸せに満ちた未来が待っているのなら、あたしが思い描いた景色は印象が薄くなるのだろう。
じぃーーー。
息を潜めて次回予告まで見届ける。
『紺さんの死を乗り越えて、俺はもっと強くなる。来週もお楽しみに!』
「楽しみじゃないよ。やっぱり供給が絶たれちゃったじゃん!」
あたしはベッドにダイブした。真夜中を過ぎても、全然眠くない。行き場のない嘆きをどうすればいい?
そういえば、さっきの検索結果に師範らが出てきたのは何故だろう。朱音くんと紺の聖域に、第三者が踏み入る理由は思い当たらない。
履歴をタップして、あたしは注意深く読み直した。
「紺の死を乗り越えられない朱音くんを、慰める輩が多すぎる!」
あんな優しい囁きを忘れさせようとするなんて。大人気ないったらありゃしない。
「どんな風に上書きするか、あなたの解釈を品定めしてやろうじゃない」
湧き上がった怒りは、一瞬で消えた。
「三角関係つらたん」
紺の面影を抱きしめる朱音くん、醜い感情と自覚しつつも朱音くんに触れたいタチ。心が結ばれることはない関係って、やばくないですか?
あまりに切なすぎて毛根が死滅しそうです。
「紺さん、最高かよ」
違うカプでも朱音くんの心を鷲掴みにしていて、罪深いわぁ。この感情を共有できる人はいないかしら。
あたしはスマホを握りしめる。
真夜中を過ぎても、布教の熱意は衰えなかった。
眠れないのは君のせい 羽間慧 @hazamakei
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