084:それから②


「あ、師匠」


 ギルドでの話を終えて外へ出ると、見知った黒猫がいた。


「んなー」


 相変わらず気配を感じさせない黒猫は手慣れた様子で俺の肩まで登って来る。


 口をモグモグと動かしていて、何か食べているようだ。


「また餌付けされてる……」


「失礼な。みつがせておるのだ」


 師匠は魔人との戦い以来、使い魔の姿が気に入ったらしい。

 黒猫の姿で町をウロウロしてはこうして餌……貢物みつぎものを得ているようだ。


「この姿だといろいろと便利でな」


 師匠は魔女としての姿を隠している。

 正体がバレればその力を頼ってくる者が後を絶たないからだ。


 前世での地位に疲れた師匠は、今世では隠居暮らしを望んでいた。

 だから寝床としているあの本屋すら人避けの結界をかけてあり、普通の人間が入って来ることはないらしい。


 だが魔人との戦いで俺と一緒にいるところを目撃されており、それがなぜか『町を救った英雄の使い魔』という便利なポジションとして広まったらしい。

 

「少しくらい魔術を行使してもワシには力を求められないのが実に都合良い。面倒ごとは全てお前に任せられるからな。これなら身を隠す必要もない」


 戦いで魔力を消耗しすぎたらしく、まだしばらくは眠りが続くらしいのだが本人は全く気にしていないようだ。

 使い魔のフリをしてスローライフを満喫しているらしい。


「ほれ、愛弟子への昇級祝いだ」


 師匠はどこからともなく小さな紙袋を出現させた。

 それはスーの手元に現れ、中身を覗くとパンが入っていた。


 巻貝のような甘めのパンにチョコが詰まっている。


 『チョココロネ』というらしい。

 ハイエアにはなかった菓子パンというモノだ。


 元々は別の世界の食べ物だったらしいが、師匠がこの世界に来た時に広めたらしい。

 それは転生前とも違う別の世界の話だと言うが、どこまでも得体が知れない人である。


「わぁ~! たべて良いのです?」


「うむ」


「ありがとうなのです! 本屋さん!」


 町の復興を手伝っているときに町の人からもらって以来、スーの大好物になっていた。


 スーが嬉しそうにかじりつく。


「あのー、ランクアップしたの俺なんだけど……」


 これスーへのプレゼントだよね?

 俺も師匠からプレゼント欲しいんだが?


「何を言う。この笑顔に勝る褒美があるか?」


 そう言う師匠がスーのほっぺを尻尾でぷにぷにする。


 おいしそうにパンを頬張る幸せそうなスーの笑顔には見ている方まで幸せにする力があると思う。

 守りたいこの笑顔である。


「……ないけど」


 異議なし。


 なんか手の平でもてあそばれている感じがするけど……悪くないな!

 さすが師匠だぜ!


「さて、ワシは忙しいからもう行く。お前も依頼を受けたんだろ。さっさとこなしてこい」


 ひとしきりスーのほっぺを堪能すると、そう言って師匠は町へと消えていった。

 気まぐれな所なんかは猫っぽいというより猫そのものだ。


 もしかして人間の姿の方が作り物だったり……しないよな?


「というか、いつから見てたんだ……?」


 情報収集能力が高すぎる。


 確かに「ついでに」という雑な振りでエナンから依頼を受けてきたところだ。


「Aランクですから……ふふ、今のルードさんにとっては格下の依頼になってしまいましたね」


 なんてからかわれたが、特に変わった実感もない。


「まぁ、今まで通りやるだけだな」


 Sランクになったからと言って俺のやる事は変わらない。


 相変わらずダンジョン攻略はお一人様ソロで進めている。


 その一方でスーの魔術の勉強はかなり進んでいるようだ。


 補助魔術には多属性の適正が必要だから、スーにはそれがあるのだろう。

 俺や師匠にすらない魔力をかぎ分ける嗅覚を持っている。


 俺たちよりもすごい冒険者になるかも知れないくらいだ。


 俺と並び立ち冒険に向かえる日もそんなに遠くないだろう。


 むしろ心配なのは俺の方で……


「さぁルード! 今日こそ一緒にパーティを組みますわよ!!」


 我が家である魔王城に戻ると、そこにはリリルルたちがいた。

 『勇猛なる猪牙』ラッシュタスクのメンバーもいる。


 復興も進み、リリルルたちが受けていた町の周辺での依頼に一段落がついたらしい。

 そして今日、彼女たちは久しぶりのダンジョン攻略に挑む予定になっている。


 俺をパーティに加えて。


 救世主なんて呼ばれるようになってから、パーティへの加入依頼はひっきりなしに届くらしい。


 俺のパーティ恐怖症の事はエナンやサヴィニア、リリルルたちしか知らないのだ。


 だがもし克服できたなら、加入する相手は決めていた。


 リリルルがいつかのように手を差し伸べる。


 真っすぐに俺を見つめるその紅の瞳を受け止めて、俺は一歩踏み出した。


 リリルルが差し出した手を取り、強く握る。

 これがSランク冒険者に認められた今の俺が踏み出すべき、次の一歩だ。


「オエエエエエエエ…………」


「ぎゃーーーーですわっ!!」


 その一歩まで、まだまだ遠いらしいけれど。

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『ゼロの魔術師』~Sランク勇者パーティを全力でサポートしていたのに追放された最強の魔術師はパーティ恐怖症になったので全力でお一人様無双を始める事にしました。~ ライキリト⚡ @raikirito

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