猫ちゃん部誌を捌く
葵月詞菜
猫ちゃん部誌を捌く
その日、文芸部活動日の水曜日でもないのに、部室にはかつてない程の部員の姿があった。
総勢十五名のうち、十人が集まっている。普段は三人いれば多い方なのに。
「来たわね、一年生。さあ中へどうぞ」
中からぬっと現れたのは、背が高く長い黒髪を背に垂らした女子生徒だった。部長の
すずめたちはそろそろと中へ踏み出した。
「よし、半分は揃った!先にこれ印刷して来て!」
二年の女子・
「あと半分!!」
そしてまた紙が溢れる机に向かう。
「……何かすごいね」
隣にいた
文芸部は年に三回、部誌を発行しているそうだ。その一回目の締め切りが数日前で、すずめたち一年生もページを割り当てられて何かしら書いて提出を求められた。――それに散々頭を悩ませてむりくり絞り出したのはまた別の話だ。
本当であれば今日には印刷をしなければならないスケジュールだったはずだが、原稿はスムーズに集まらなかったようだ。
「今朝提出して来たやつもいてさ。……まあまだ提出してないやつもいるんだけど」
副部長の
「最悪ページ数を減らすこともできるんだけど、でもレイアウトとか色々あるから難しいんだよね。……で、さっきから峯吉が鬼になって頑張ってくれてるってわけ」
今回の制作のとりまとめは、主に峯吉が担当しているそうだ。そういえば彼女から原稿依頼が回って来ていたか。
「お前らには、刷り上がったものの確認と、全て揃った後の綴じる作業をお願いしたいんだ」
とりあえず印刷室から帰ってくるのを待ってて、と言われ、すずめたちは作業用に準備された机の前に待機した。
「そういえばどれくらい作るんだろうね?」
「部員数と少しってとこじゃねえの?」
一年男子の
すずめもそんなものだろうと思っていたが、印刷室から戻って来た部員が段ボールを乗せた荷台を押しているのを見て驚いた。
部員は段ボールの中から紙の束を取り出し、いくつかの山に分けて机の上に並べていった。
(え? こんなに作るの?)
すずめが書いた物がこれだけ量産され、拡散されていくのか。
「え、ちょっとすずめちゃんどうしよう。私のあんな幼稚な文がこんなに……!」
美雛が手で顔を覆って呻く。すずめもまさに同じ気持ちだ。男子二人も「ウソだろ……?」と呆然とした顔で机の上の山を見つめていた。
「じゃあ一年生、これから作業を始めましょう。遅くても明日の午後四時までには仕上げなくてはなりません」
すずめはちらりと別の机に向かう峯吉の背を見遣った。まだ先輩は原稿を調整しているが、本当に間に合うのだろうか。
すずめの視線に気づいたのか、部長がどこか遠い目をして溜め息を吐いた。
「……毎度のことです。あなたたちもいずれ分かると思うわ」
分かりたくないんですけど。顔から血の気が引いたのはすずめだけではなかったはずだ。
そもそもこの週一回しか活動しないゆるゆるの部活が、どうして年に三回も部誌を出しているのか。無理な注文だったのではないだろうか。
(まあ文句を言っても仕方ない)
すずめは腹を括ると、刷り上がりの確認作業を始めた。
暫くして、後ろに人の気配がして振り向いたらそこに峯吉がいた。眼鏡の奥にある目は疲労の色が濃い。一度布団に入り込んだらぐっすりだろうなと思う。
「ど、どうしたんですか、先輩……」
「あと八ページ……誰か埋めてくれないかしら」
「え!?」
そんなことを言われても無理に決まっている。割り当てられたページでも苦労したというのに、むしろそれよりページ数が増えている。
「ああ、猫の手も借りたいくらいだわ……」
吉峰が頭を抱える。ふいに、雲雀が思い付いたように口を挟んだ。
「そうだ。鶫、挿絵描いてあげたら」
「え」
いきなり引き合いに出された鶫がびっくりして紙を摘まみ損ねる。ヒラリと床に落ちそうになった紙を雲雀が拾い、
「今から文章ってのは無理だけど、絵はお前なら描けるだろ?」
「ええええ……」
「名案! 寒河江君、今から描ける!?」
「ええ……本気ですか?」
もうページを埋めてくれるなら誰の手でも借りたい吉峰は、鶫にぐいと迫った。その勢いに負けて鶫は後ずさる。
「いいじゃん。私も鶫君の挿絵見たい」
「白鳥さんまで……」
美雛の声に背を押されたのか、鶫は小さく頷いた。
「……分かりました。僕の絵で良ければ」
鶫がスケッチブックを取りに向かい、部誌に掲載予定の内容を峯吉に訊ねる。
「そうねえ、今回は動物をテーマに書いてもらって……ペットの犬や猫が多かったかなあ」
「あ、私も近所の猫ちゃんのこと書いた。猫ちゃんかわいくて癒されるよねえ」
作業の手を休めずに美雛が頬を緩める。頭の中にはその近所の猫たちが思い浮かんでいるのだろう。
「猫か……こんなのはどうでしょう」
何かイメージが浮かんだのか、鶫がささっとスケッチブックに描き込む。そこにはリアルよりもう少しかわいい猫がいた。相変わらず上手い。
「めっちゃいいじゃん! よし、その調子でどんどん描いて!」
峯吉のゴーが出て、鶫はせっせと鉛筆を走らせ始めた。
残ったすずめたち三人は、ひたすらに作業に集中する。こんな作業をするのはいつ以来だろう……。
何とかその日のうちに全ての印刷までは終了し、残りの確認と製本作業は翌日に持ち越しとなった。
そして翌日、すずめたちはまた作業に没頭し、ようやく全てを綴じ終えた。
完成した部誌の山がどーんと三山机に並ぶ。
「今さらですけど、これどこに渡すんですか?」
一年全員の疑問を雲雀が代弁する。
「まず部員全員でしょ、それから図書委員でしょ、あとは図書館や他の施設に……」
部長が列挙してくれたが、しかしそれでもまだ多い気がする。
「まあ、最終的に残った分は文化祭まで置いとくんだけど」
文化祭。まだ数か月後だ。そのために昨日今日と苦労をしたのか……。
やはり年三回のペースを考え直した方が良いのではと思う。
「というわけで、あなたたちも友達に配りたかったらぜひ持って行ってちょうだい」
最後は人海戦術か。すずめは配る相手が数人しか思い浮かばなかったが、クラスで明るく友人の多い美雛は「了解です!」と笑顔だ。頼もしい。
すずめは自分の分の部誌をパラパラと捲った。手書き六割、パソコン四割と言ったところで、手書は個人の癖が濃く出ている。これは読むのに時間がかかりそうだ。
(お)
ところどころに挟まれた鶫の猫のイラストにほんわりと癒される。急遽思い付いたにしてはなかなか良い効果を出しているのではないだろうか。
「猫ちゃんかわいい~。私、このぶちが好き」
「わたしはこっちの茶トラかな」
美雛とすずめが感想を言い合っていると、近くにいた鶫は恥ずかしそうに俯いた。
しかし意外なことに、部誌は想像以上に捌けてしまった。
ずばり顔の広い美雛の口コミのおかげだったのだが、部誌の一番気に入られたポイントが鶫の描いた挿絵だった。目敏く見つけた美術部員がこぞって欲しいと言って来て、さらに動物好きな――猫好きたちがぽつぽつと部誌を求めて来たのである。
猫好きは多いとあらためて実感した。
猫の手も借りたいくらいの忙しさで、すずめたちが手伝った結果、捌けるのか不安なくらいの部誌の山ができた。
でもその山を大きく解消することができたのは、鶫が描いた猫のイラストのおかげだった。
「本当に猫ちゃん(イラスト)の手を借りちゃったわねー!」
峯吉が歓声を上げて、「私はしばらく休みます!」と宣言した。
――お疲れさまでした。
猫ちゃん部誌を捌く 葵月詞菜 @kotosa3
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