猫の騎士団

真朱マロ

第1話 猫の騎士団

 「王国の騎士たちよ、今こそ立ちあがる時だ!」


 突然現れた未知の魔物を討伐するために、国王の命で国境に精鋭たちが送り込まれた。

 死に一番近い山岳地帯であるタッキリ山脈に繋がっているが、人類到達可能な森の奥。

 問題の場所には毒々しい色の巨大キノコがニョキリと生えて、胞子を振りまいている。

 ビビッドな赤や紫のキノコの群れから噴き出す胞子も、親キノコに負けず劣らず凶悪な色をしていた。

 モウモウと濁った極彩色をした舞飛ぶ胞子は、辺り一面に立ち込めて視界を奪う。


 だが、魔物の一種でも、しょせんキノコ。

 移動能力もないし、胞子が拡散しないように結界を張れば問題ない。

 騎士たちは魔道具を使い胞子を封じ込め、キノコの群れを火炎で焼き払った。


 しかし、ほどなくして驚愕の姿で帰還する。

 そう、騎士たちは人の姿を失っていたのだ。

 かつて人だった騎士たちは、神妙な態度で王の前に進み出た。

 迎え入れた王は真顔を取り作ろおうとしたが、努力も虚しく小さく肩を震わせる。


 「いかん、なんという愛らしさだ」


 事態の報告を受けている最中なのに、王が思わずつぶやいた。

 頬がほのかに色づいて、年甲斐にもなく美姫を愛でるがごとく熱で瞳がうるんでいる。

 その熱を受けたことで、魂から極寒の冷気を発しながら、騎士たちは屈辱に身を震わせる。


 「騎士にあるまじき姿になるとは無念」


 くぅと男泣きに野太い人間の声で語るが、外見はキュートな猫の姿であった。

 ふわふわの毛並み、ピンとした立派なひげ、クルンと長い尻尾。

 なによりも剣を持つはずの手は、ぽよぽよと柔らかそうな肉球である。

 膝をつき騎士の衣をまとう一団は、礼を尽くしているものの、まぎれもなく猫の姿だ。

 姿は愛らしい猫であったが身体のサイズは人間サイズで、二足歩行する猫が人の声で言葉を語る図はお伽噺の一幕のようだった。


 恐るべき魔性のキノコの胞子パワー。

 武闘派のいかつい騎士たちを、禍々しい胞子の魔力で、猫獣人に変えたのである。


 しかし、本当に恐ろしいのは、その猫化した肉体にあるとのちに知る。

 騎士たちはモフモフと愛らしい姿をしていても、猫の能力も手に入れていた。


 猫の優れた身体能力は、人知を超える。

 闇を透かし見る瞳も、風のようにしなやかな肉体も、凄まじい戦闘能力も。

 音もたてず暗闇から獲物に忍びよる技術は、アサシンをも凌駕していた。


 しかし、凶悪なまでに高い戦闘力を持ち合わせているのに、猫なのだ。

 厳つい騎士の姿では適わなかった、敵を欺く愛らしい姿。

 キュルンと瞳を潤ませた上目遣いもマスターし、ハニートラップもお手の物。 猫騎士が守る王国が無敵の称号を得て繁栄するのも、遠くない未来の出来事である。


 そしてここまでは、猫騎士の純粋な能力の話。

 なんと、猫の王国として知名度が上がり、諸外国からの観光客が増えるという恩恵もあった。


 猫の王国として定着しつつあるが、レーヴェラント国という正式名称がある。

 自然豊かだと言えば聞こえも良いが、弱小ではないが強者になるのは不可能な中立の国だ。

 国土もそこそこ、人口もそこそこ、農耕もそこそこ、産業もそこそこ、魔法や知の普及も大陸平均の中の上といった感じで、取り立てて特記する特技のない国である。

 なにより、大国からは遠く、海からも遠く、辺境からも遠く、移動の中継地となるにはちょっぴり不便な位置にある。

 つまり、悪いところはほとんどないのに、良いところも取り立ててないので、大陸の中央に近い位置にあるのに、まるでチーズの穴のように素通りされていた国だった。

 

 それがどうだろう。

 王国の騎士団が猫の姿になったことで、観光地として脚光を浴びてしまった。

 なにより、レーヴェラント国はお伽噺のような建築物の多い、もとより美しい国でもあったのだ。

 

 赤いレンガ色の屋根に漆喰の壁、黒い窓枠がはまった絵本のような愛らしい住宅が立ち並んでいる。

 連なる石畳は緩やかな造りで、裏路地まで光が届き危険も少なく、白や黄色や水色といった明るい壁色そのままに、明るい街並みだった。

 石畳の広場には舞台もある。祭りの日にはそこで巫女たちの舞も披露されるが、騎士団の詰め所が近いので、猫騎士たちの姿を見る格好のスポットとなった。

 魔のキノコが発生したのは一か所ではなかったので、レーヴェラント国の猫巡り旅は一大ブームとなっていく。

 多少は立地の悪さも手伝っていたが、観光の目玉となる「何か」がないために、訪れるものが少なかっただけなのだ。 

 観光の目玉ができると、人が訪れるのは自明の理である。


 想像してみたまえ。

 気まぐれなはずの猫たちが、真剣な顔で警備のため巡回している姿を。

 襟元の詰まった騎士服をまとい、キリリとした表情で油断なく街の異常を感知しようと耳とヒゲをぴくぴくうごめかせ、事が起これば四足走行で壁も駆け上がり即座に駆け付けるその姿を。

 迅速に不埒者を捕獲し混乱を収束させながら、事が終わるとニャーンと伸びをするゆるかわな行動に、ハートを奪われる者が続出しても当然なのだ。

 

 ひとたび戦場へと向かえば一騎当千の彼らも、爪を隠してゴロゴロと喉を鳴らす。

 くつろいでいる猫騎士たちの、驚異の能力は誰も気付かない。

 隠していないのに、強靭な肉体も隠れてしまう、罪な愛らしさであった。


 初めの頃はその大きなサイズに圧倒され遠巻きにされていても、人間臭い衣服をまとって真顔をしても、しょせんは猫の姿である。

 中身が厳ついアニキやおっさんであることは、誰も気付かない。


 わざと迷子を装いその肉球に触れたいと願う者も多く、あまつさえ手をつないでもらって騎士団の詰め所に向かいたい不埒者が増えたので、入国時に猫騎士との握手会が定番となったのも仕方のない事なのである。


 そして、猫騎士の異様な人気にあやかった商売も、国を挙げて増えていく。

 キノコの発生地域も複数個所に及んだので、最終的には騎士団に属するのは王国のほぼすべての騎士が猫の姿に変化していた。

 王都に限らず各地で観光客用の「猫騎士とのふれあいコーナー」を巡る、猫騎士団のスタンプラリーまで用意されることとあいなった。

 すなわち、主要な市町村には多数の猫騎士が常駐しているので、国内の要所は観光で潤っていく。


 ふれあいコーナーで猫の騎士たちと握手を交わし、肉球スタンプを集めると出国時に猫騎士のアイテムがもらえるのが、特に人気を呼んだ。

 木彫りのペーパーナイフと、革製のしおりと、レターセットの中から一つ選べるから、観光客もすべての種類を集めようと再来者も多く、猫の手を借りたことで国も非常に潤っていく。

 不思議なほどにすべてが上手く転がっていくのだ。

 

 退屈そうにふれあいコーナーの猫騎士があくびをして、肉球で握手を交わした後で、陽だまりで丸くなってうつらうつらしているならば。

 今日もまた、猫の王国は平和なのである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の騎士団 真朱マロ @masyu-maro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ