手を借りる

キロール

刈り入れ時の村

 この時期の村は忙しい、それこそてんやわんやの騒動がいくつも巻き起こる。麦の刈り入れ時だ。麦はこの村の主要な農作物でありパンになりエールにもなる。村が食っていく分だけではなく、王都に収める分も収穫せねばならないとなると村総出で刈り入れを行わなくては間に合わない。


 そんな時はワシも手伝う。いかに普段は神の教えを説く神官と言えどもこの時ばかりは刈り入れを手伝わねばなならない。下手をすれば村の存続にも関わる事態に陥ると言うのもあるが、何より自分の手で自分の食べる麦くらいは確保せねば村人に申し訳が立たない。


 問題があるとすれば今、村では客人を迎え入れている事だ。収穫期の畑を狙う野盗どもから村を守るために雇われた数名の剣士たち。彼らは体つきも立派な男達だが村を守るために畑仕事は出来ないと言う。村長もワシもそれは仕方ない事と分かってはいたが彼らほどの労働力があれば収穫も手早く終わるとも思っておった。


 どうもそれが顔に出ていたのか、昼間から酒を飲んでいた剣士の一人が子連れの仲間に声を掛けた。


「あんた、子供なんざ連れてるくらいだ、畑仕事でもした方が良いんじゃないか?」

「子連れなんざいなくたって俺たちだけで村は守れるんだからよ」


 出来上がっている様子だ。昼間から酒を飲んで管を巻く。果たしてこんな連中で村を守れるのか、不安を覚えないでもない。


「そこまで言うのならば刈り入れを手伝おう。スラーニャ、参れ」

合意あい、親父様」


 子連れの黒髪の剣士は仲間の様子に怒るでもなく怯えるでもなく何事かを考えて五歳ばかりの娘を連れて刈り入れを手伝う事にした。


 父親の方には力仕事を任せていたが、案外器用に麦を刈るので大変重宝した。娘の方も最初の内はおぼつかない様子で危なっかしかったが、日が進めば村の子供並みには刈り入れを手伝てくれた。特に農具の整備には素晴らしい働きをしてくれた。鎌を研ぎ、フォークを使いやすい様に並べたりと。


 娘の研ぐ鎌の切れ味は大変良く、刈り入れがスムーズに進んでいく。ワシは思わず娘から鎌の研ぎ方を教わったくらいだ。それに農具用のフォークなど重たいだろうに懸命に立て掛けたりしておった。手のひらに血豆など出来ておらんか確認して驚いたのは、それこそ良く働く農村の子供の様にすでにもう手のひらの皮が厚みを持っていた事だ。一体、この親子連れはどんな旅路を進んできたのだろうか。


 ともあれ、僅かに二人の労働力が増えただけではあったが村は予定よりも早く刈り入れを終えることができた。王都に収める分やこの冬を乗り越えるための分は天日に乾かして乾燥する準備に入るだけだと安堵した時に、村を凶事が襲った。野盗の襲撃だ。


 ここ数日、ずっと酒を飲んでいた剣士たちは剣を抜いて立ち向かいはしたが、さほどの抵抗も出来ずに大地に横たわった。死んではおらん、殴られた拍子に胃の中の物をぶちまけておっただけだ。飲み過ぎだ。


 折角、収穫した麦をこのままではむざむざと奪われてしまう。そうなれば村を捨てるか死ぬかを選ばねばならないだろう。そんな事はごめんだと皆が農具を手に決死の覚悟を決めた矢先、黒髪の男がふらりと前に出た。武器も持たず農作業で汚れた姿は剣士と言うよりは農夫に見えた。


「命までは取ろうってんじゃねぇんだ、麦を寄越せ!」


 野盗の頭目が目の前に現れた黒髪の男にそう吼えたかと思えば、黒髪の男は娘に声を掛けた。


「スラーニャっ!」

合意あいっ!」


 娘の返事と共に黒髪の男に向かって剣がくるくると回転しながら飛び、男がそれを手にしたかと思った瞬間には野盗の頭目に剣を振り下ろしていた。


 血煙が吹き上がり野盗の頭目はもんどりうって倒れ込んだ。男はその間にも野盗に斬りかかった。意表を突かれた野盗は三人も斬られた頃には慌てふためいて逃げだしていた。


「良いかスラーニャ。兵法に曰く、己の意図手段は秘匿する事により敵に誤解を生じさせ事を有利に進めるとある。今、父が示したのはそれぞ」

会意あい、親父様」


 血刀をぶら下げて黒髪の剣士は娘にそう告げ、その返事を聞けばにこりと笑みを浮かべた。ワシらは子連れの剣士の手を借りたが、子連れの剣士もまたワシらに手を借りておったと言う事だと後になって悟った。娘に戦う術を教えるのに都合が良いと判断したのだろう。

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