ネコの手も借りたい

千石綾子

ネコの手を借りた男

 クロードは焦っていた。


「だめだ……このままじゃ間に合わない」

 

 商人の四男坊の彼は、血の滲むような努力の末に王国の役人に取立ててもらうことに成功した。その後も彼は一生懸命に仕事に打ち込み、あるプロジェクトチームのリーダーに任命された。のだが。


「リーダー、発注した材木が届きません!」

「リーダー、切り出した石のサイズが間違っています!」

「リーダー、作業員がストライキを起こして仕事に来ません!」


 部下は能力不足、作業員は賃金アップばかり口にして仕事をしない。クロードは追い詰められていた。


「これじゃあキトゥン王国の姫を迎えるなんて無理だ。俺は首になるか、下手をすれば責任を取らされて処刑されるかもしれない……」


 誰に言うともなく、そう呟いて頭を抱えた。


 クロードが住んでいるのはブロム王国。目前に控えた王族の婚礼に街中が沸いている。彼らはヒト族。今回王妃に迎えるのはネコ族の王女だ。


 ブロム王国が王妃に他民族を受け入れるのは史上初の出来事だ。国王はキトゥン王国に敬意を表して、姫のために離宮を建てることにした。そこで結婚式を執り行う。この離宮の建築のプロジェクトリーダーがクロードという訳だ。


 実に光栄なことだが、喜んでばかりもいられない。部下や作業員が先程のような状況で、全く作業が進まないまま5か月が過ぎてしまった。

 気が付けばあと2週間で離宮を完成させなければならない状況になっていた。



「どうしたニャ」


 石の上に座り込んで頭を抱えていたクロードに誰かが声をかけた。頭を上げると、そこには3人のネコ族の男が立っていた。

 

「姫が嫁いでくる離宮と聞いて見に来たが、まだ全然できていニャいじゃニャいか」

「ヒト族は仕事が遅いのだニャ」

「こんなことでは先が思いやられるニャ」


 ネコ族の男たちは言いたい放題だ。


「お、俺だって一生懸命計画を練ったんだが、人材に恵まれなくて……!」


 クロードは思わず泣き出してしまっていた。


「お、おい、泣くニャよ。ちょっとからかっただけニャ」

「そうだ、そうだ。そんなに困っているなら力になってやってもいいニャ」

「ネコ族の姫のためニャ。俺達がニャンとかしてやるニャ」


 ネコ族の男たちはニャアニャア言いながらクロードをなだめた。


「ほ、本当か? 助けてくれるか?」


 藁にもすがる思いで彼はネコ族の男たちに力添えを頼むことにした。

 

「まかせるニャ!」


 ネコ族の男たちはぽよん、と胸を肉球で叩き、ついでに顔を洗った。


 そこからはネコ族たちの快進撃だ。彼らはネコ族の男たちを何十人も集めて一気に作業に取り掛かった。夢中になると物凄い能力を見せるネコ族らしい働きだ。離宮は見る見るうちに完成に近づいて行った。


「これはすごい。やはりネコの手を借りるのが一番だったか」


 クロードは給料代わりの魚と休憩中に嗜むマタタビの手配だけをすれば良かった。ネコの手を借りるというのは何と素晴らしい事だろう。半ば放心状態で彼らの作業を見守った。


 そして遂に結婚式まであと1日。夜通し行われた作業で、真っ白な石を積み上げられた球体の美しい離宮が完成した。あとは残りの家具を運び込むだけだ。


「美しいニャ」

「これぞ我が姫にふさわしい建物ニャ」

「やはり我々ネコ族の仕事ぶりは素晴らしいニャ」


 建築に携わったネコ族たちが口々に己の功績を称え合った。


「良かった良かった」

「めでたしめでたし」

「お疲れお疲れニャ」


 するとネコ族の男たちはごろりと横になり、宮殿の芝生の上で眠ってしまった。


「お、おい! まだ家具の搬入が終わっていないぞ! 早く起きて運ぶんだ!」


 クロードが慌てて叩き起こそうとするが、男たちは喉をごろごろ言わせて伸びをするだけ。彼らは声を揃えてただ一言。


「飽きたニャ」


 ネコ族の習性をクロードは思い出した。彼らは夢中になるととんでもない力を発揮するが、一度飽きてしまうともうまるで見向きもしなくなってしまうことを。


「ああ、やっぱりネコの手なんて借りるんじゃなかったー!」


 しかし、ここで彼らを眺めて困惑している場合ではない。クロードは自分一人でも残りの作業を終わらせようと離宮の中に飛び込んだ。


 幸いほとんどの家具は運び込まれており、クローゼットには姫のために用意された豪華なドレスがずらりと並んでいる。クロードは火事場の馬鹿力で大きなソファやカップボードを一人で運び込んだ。


 これならなんとか間に合いそうだ。彼はほっとして家具の養生に使われていた段ボールを取り外し、まとめて運び出そうとした。

 すると、誰かが応接間に入ってくる気配がした。


「まあ、ここが私のための離宮ニャのね!」


 抱えた段ボールで前が見えないが、その言葉で大体想像はついた。


「姫様! いけません、まだ準備が整っておりません!」


 後ろから追いかけてくる足音と声もする。間違いない、この離宮の主であるネコ族の姫だ。

 大事な姫様にこんな裏方を見せるわけにはいかない。慌てて違う出口から出ていこうとした時。


「きゃぁ。こんニャ素敵なソファが!」


 どうやら先程必死で運んだソファは姫のお気に召したらしい。クロードは少しだけほっとした。

 しかし、その直後、誰かが彼の手から段ボールを奪い去った。阻まれていた視界が広がる。

 

「硬さも弾力も匂いも申し分ニャいわ!」


 姫が興奮気味に床に放り投げてそこにダイブしたのはソファではなく、さっきまでクロードが抱えていた段ボールの束だった。

 

「いけません、姫様! あーっ、困ります姫様! 姫様!」


 従者が止めようとするが、まるで耳に入らない。姫は段ボールにバリバリと爪を立てて研ぎ、そのままごろごろと寝そべって伸びをする。彼女の髪は乱れ、全身は段ボールのカスまみれ。


 クロードは蒼ざめた。

 とんでもないことになってしまった。あろうことか国の大事な客人にして未来の王妃を未完成の離宮に迎え入れてしまった。きっと彼は首になるか、下手をすると処刑されて──。


 一時は死をも覚悟したクロードだったが、それは杞憂に終わった。

 罰せられるどころか、『素敵なソファ』を用意してくれた彼には姫から多大なる褒美が贈られたのだ。そしてその後彼は一生生活に困る事はなかったという。


「いいかい、困ったときはネコの手を借りるのが一番だよ」


  晩年、彼はよく子や孫たちにそう言っていたという。



               了


(お題:猫の手を借りた結果)

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ネコの手も借りたい 千石綾子 @sengoku1111

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