『異世界ツアコンJKミスティーちゃん~織田信長を追いかけろ編~』

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第1話 『異世界ツアコンJKミスティーちゃん~織田信長を追いかけろ編~』

『異世界ツアコンJKミスティーちゃん~織田信長を追いかけろ編~』


「プロローグ 1585年末、パリ、シテ島」

 パリ中央部を東から西へと流れるセーヌ川。フランスではロワール川に続く、フランス第二位の長さを誇る河川である。海抜451メートルのディジョン北西30キロ地点を起点とし、パリを経由し、セーヌ湾に流れ込む全長780キロの大河川である。

 二十一世紀のパリでは、バトームーシュと呼ばれる観光船が、「エッフェル塔」、「自由の女神像」、「チェイルリー公園」、「オルセー美術館」、「ルーブル美術館」と遡り、シテ島の「ノートルダム大聖堂」、サンルイ島とパリ市の観光の中心であり、一部は1991年に「パリのセーヌ河岸」という名称でユネスコに世界遺産登録されている。

 映画「シャレード」では、オードリー・ヘップバーンとケリー・グラントが観光船上での夕食の舞台で河岸の恋人たちが映し出されるシーンが有名だ。2024年のパリオリンピックでは、夏季大会初となる競技場外であるセーヌ川で開会式が行われることが2021年12月に発表された。

 今では、世界の美しい街並みのひとつに上げられる街の代表格として、世界中の人々に知られている。


 1585年末、冬の肌寒さを感じるシテ島のノートルダム大聖堂の近くの公園に、場違いな六人組の姿があった。長身でイケメンの白人青年男性がふたり。やや小太りの中年東洋人男性がひとり。そして、碧眼にセミロングのブロンドヘアーの白人少女とふたりの東洋人の若い女の子だった。

「ミスティーちゃん、こんなところで信長さんたちに会えるの?」

東洋人の女の子でぽっちゃりした体形のショートカットの女の子の夏子が、白人少女に聞いた。

「うん、私、もう三回目やから大丈夫。もうちょっとしたら、信長さんたち五人がノートルダム大聖堂の正面に来るからな。ちょっと距離あるけど、なっちゃんお待ちかねの信長さんたちのお目見えやで。」

とミスティーと呼ばれる少女が返事をした。夏子は、目をキラキラさせて、大聖堂正面口に視線を向ける。

「それにしても、高校の時、短期留学で二週間パリに来たことあんねんけど、全然景色がちゃうねん。ほんまに、ここパリなん?ノートルダム大聖堂は、そのままやけど、エッフェル塔も無いし、ルーブル美術館も形ちゃうしなぁ。」

背が高く、やせ型でポニーテールにした、もうひとりの東洋人の女の子が呟いた。小太りの東洋人男性が、観光ガイドのように優しく丁寧に説明を始めた。

「陽菜(ひな)ちゃん、パリの街って歴史があるようですごく新しい街なんやで。ノートルダム大聖堂は、1163年にローマカトリックの司教モーリス・ド・シェリーによって着工され、1225年に完成したんや。1789年のフランス革命での一部彫像の破壊や2019年4月15日の大規模火災で尖塔が焼失したりといった事はあったんやけど、全長128メートル、幅48メートル、高さ91メートルの「白い貴婦人」って称されるこの美しい建物は、現在の大聖堂と基本的には一緒やねんで。」

「はい、好哉(すきや)さん。ここは、ええんですけど、他があまりに違ってて…。」

陽菜と呼ばれる子が聞き返した。中年男は解説を続けた。

「うん、陽菜ちゃん、正解。ルーブル美術館は、この時代では、まだ「要塞」のルーブル「城」から1546年にルーブル「宮殿」になってまだ40年弱やねん。「美術館」になったんは、1793年やねんな。

 北部のボンビドゥー・センターは1977年開館で、南のパンテオン霊廟は1792年竣工。カルチェラタンのパリ大学もまだ無いし、西のエッフェル塔は1889年完成やからシテ島からの景色は、現代と全然ちゃうわなぁ。来る途中に通った道やねんねんけど、現代そびえてる北西の凱旋門は、1805年にナポレオン・ボナパルトがオーストリア・ロシア連合軍に勝利したのを記念してできたんは1836年やし、北のモンマルトルの丘のサクレ・クール聖堂は1914年完成やからこの時代ではまだあれへんのや。もちろん、アメリカ建国前のこの時代なんで、アメリカから贈られた「パリの自由の女神像」もあれへんわなぁ。ここの時代で今のパリを感じられる建物は、ここくらいやねん。オッケー?」

「へーえ、好哉さん、さすがは歴オタですねぇ。海外ネタもばっちりなん、よお、わかりました。でも、メモも無しで、ぺらぺらと。ほんま、尊敬しますわ。」

陽菜が好哉に答えた。ミスティーが何かに気づいたようで声を出した。

「あっ、来たみたいやで。双眼鏡と集音マイク出すで。さっき説明した使い方は、なっちゃんも陽菜ちゃんも大丈夫?」

とミスティーが、ふたりにオペラグラスとヘッドホンと集音マイクを渡した。夏子と陽菜がヘッドホンをセットし、左手にオペラグラス、右手に集音マイクを持った。もう一人の白人は、周辺をきょろきょろと見回している。

「ありがとう、フリークさん。マイクの向きと距離ボリュームの調整やったよね?」

「そう。イタリア語は、僕が翻訳するからね。」

フリークと呼ばれた男が、ふたりにウインクして見せる。好哉が背後のもうひとりの白人に小さな声で指示を出した。

「メチャスキーは、周辺警護頼むで。」

「あいよ。」

フリークにメチャスキーと呼ばれた男が短く返事した。


 大聖堂の東側から、五人の男が現れた。三人の男はかなり大柄だ。ひとりは白人、ひとりは黒人、ひとりは東洋人のようだ。三人に前後を挟まれ、中肉中背の東洋人の男がふたり横並びで歩いている。

 通り一本挟んだ公園の垣根越しに、オペラグラスとマイクを向ける夏子と陽菜にミスティーが説明する。

「なっちゃん、陽菜ちゃん、中央の派手な帽子の人が信長さんね。横のおじいさんが光秀さん。前の東洋人が蘭丸さんで、白人がジョバンニ・ロルテスさん、あぁ、「山科勝成」さんって言う方がええのかな?そんで、いっちゃん後ろの黒人が弥助さんやね。みんな、前に安土で一回会ってるから覚えてるわな?」

夏子が、集音マイクを一行に向け、距離ボリュームを調整していく。緊張で、手が震えている。大きな羽飾りのついた帽子の男が隣の老人に話す声がヘッドホンに入ってきた。

「ジョルダーノ・ブルーノ殿との約束まで、あとどれぐらいじゃ?」

老人は、胸元から懐中時計を出して言った。

「殿、あと五分ほどでございます。」


 夏子が涙ぐんでいる。陽菜がわなわなと震えている。

「あぁ、信長様、無事にここまで来れたんや。大変やったなぁ…。光秀さんも蘭丸さんも弥助さんもジョバンニさんもみんな無事でよかった。信長様、あいかわらずええお声やなぁ。ちょんまげじゃないお顔も凛々しいわ。」

「蘭丸相変わらず「でかっ」!この二年で、またでかくなったんとちゃうか。185センチは越えたな。背がでかくなっただけやなしに、髭生やして、一段と濃い顔になってしもたんやなぁ。信長の方がよっぽど美男子やんか。カードの信長とは違うけど、西洋服の信長もなかなかのイケメンやわ!」

感動のふたりをミスティー、好哉、フリーク、メチャスキーが見守る。ヘッドホンの中では、信長と光秀のとりとめのない会話が続いている。蘭丸とジョバンニと弥助は黙ってついてきている。

「あっ、殿!あの方では?」

光秀が、聖堂の西側から歩いてくる修道衣の男を指さした。フードをかぶっているので顔は確認できない。

 ジョバンニが、さっと前に出て修道衣の男に話しかける。イタリア語なのか、夏子と陽菜には何を言っているのかわからない。イタリアンと日本人ハーフのフリークが、夏子と陽菜の間で小声で通訳する。

「ジョルダーノ・ブルーノ様ですか?ジョバンニ・ニコラオ宣教師からあなた様の紹介を受け、日本からマカオに異動になったフランシスコ・カブラル宣教師に連絡を入れてもらい、はるか東方のジパングからやってきました、織田信長様一行です。

私は、元マルタ騎士団員でジパングに行ってました、護衛兼通訳係のジョバンニ・ロルテスです。ローマ出身ですので、イタリア語で大丈夫です。」

「はい、ドミニコ会修道士のジョルダーノ・ブルーノです。極東の果てから、はるばるようこそ。第226代教皇のグレゴリオス13世様から織田殿の事は聞かせていただいております。ジパングの王になられる方だと。私の方の諸事情で、バチカンでお会いすることができず、パリにまでご足労いただき、まことにすみませんでした。」

「いえいえ、こちらこそ。ブルーノ様、まずは、我らが殿と家臣の者たちを紹介させていただきます。」

「まあ、立ち話もなんですから、教会内に席を設けておりますので、どうぞ、お入りください。」

ブルーノがフードを取ると、そこには信長と同じ顔があった。

「えぇぇぇぇ!ほんまに信長様と同じ顔や!」


夏子が声を上げた。同時に、ぽかんと口を開けた、光秀、蘭丸、弥助の顔がオペラグラスの向こうに見えた。「殿と同じ御顔じゃ。」、「殿の弟君の信包様じゃないのか?」、「上様にそっくりですね。」と三人の声がマイクに入る。

信長は、うっすらと笑みを浮かべ、ブルーノに右手を出し、西洋式の握手を交わした。ブルーノは、信長を抱き寄せ優しく抱擁した。ブルーノと信長一行は、大聖堂の正面口から、建物内に入っていった。集音マイクの音が途絶えた。

「あぁーん、もう!これからってとこやのに!」

夏子が垣根の向こうで地団駄を踏んだ。

「まあまあ、なっちゃん、落ち着いて。陽菜ちゃんもオカやん号に戻るよ。」

とミスティが夏子と陽菜に声をかけた。


「2021年春、大阪、オカやんツアーズ」

 桜、三月、花吹雪。やや早めに咲いた桜が散り始めた三月末、大阪の京橋のはずれにある小規模の倉庫長屋には不似合いな、ふたりの若い女の子が訪れた。大きな看板は出ておらず、ドアとシャッターに小さく「株式会社オカやんツアーズ」、「株式会社オカやん興業」と書かれたステッカーが貼ってある。その下に、「予約・ご紹介の無いお客様お断り」の表示がある。隣の建物には、〇〇鉄工所、(株)×××城東倉庫など看板や表示が出ている。機械油と鉄材と塗料等の匂いが周辺に漂っている。とても、旅行社が入る建物のイメージはなく、ましてや、若い女の子が来るような雰囲気の場所ではない。

 ぽっちゃりした体形のショートカットの女の子と長身やせ型でポニーテールの女の子は、シャッターの前に立つと、ふたり顔を見合わせ、大きく頷いた後、インターホンを押した。数秒待つとやや甲高い男の声で

「はーい、空いてますから入ってくださーい。」

との返事が来た。

「失礼しまーす。予約させてもらってる、菅野と山田です。」

ふたりがシャッターの左側のドアを開け、倉庫の中に入るとすぐに大きな車が停まっていた。正面に高級車でおなじみのベンツのマークと鉄製のカンガルーバーと呼ばれるバンパーが付き、車高は高く、市販車ではありえないトラックのような巨大なタイヤが目についた。前部はダブルキャビンで後部はさらに一段背の高いキャンピングカーのキャビンボックスが乗っている。白黒のツートンカラーのキャビンの壁面に「オカやんツアーズ」と朱書きされている。

「陽菜ちゃん、大きい車やねぇ!」

ぽっちゃり体形の女の子が思わず声を上げた。

「ほんま、大きいなぁ。それにしても大きいタイヤ。なっちゃんやったら乗り込むのに梯子いるなぁ…。」

背の高い女の子が答えた。


 奥の事務所から、小太りの中年男性と長身でイケメンの白人男性が出て来て、順に話した。

「いらっしゃい。車、でかいやろ。ドイツのダイムラー社がメルセデス・ベンツのブランドで製造販売してる「ウニモグ」っていう多目的作業自動車なんやで。日本では珍しい車種やねんけど、さらにうちのはオーストラリアのアース・クルーザー社のモーターホームのっけた「アース・クルーザー・エクスプローラーXPR440」言うモデルになるんや。うちのツアー用自動車ですわ。ホテルの無い所でもこの車やったら大丈夫やで。そんでもって…。」

「まあまあ好哉兄ちゃん、車の説明は後でさせてもらうとしてな。こんな若くてかわいい女の子が来ると思って無かったなぁ。汚いとこで申し訳ないけど、立ち話じゃゆっくりでけへんから、奥に入ってくださいな。」

「はい、お邪魔します。」

ふたりの女の子は、男たちの後を奥の事務所へついていった。


 席に着くと、男たちが名刺を差し出した。「株式会社オカやん興業 代表取締役 緒狩斗好哉」、「株式会社オカやんツアーズ 代表取締役 緒狩斗フリーク」とあった。長身の男から自己紹介に入った。

「今日は、遠いとこ来てくれはってありがとうございます。三十三歳、タバスコとかわいい女の子が大好きなオカやんツアーズ代表の「おかるとふりーく」といいます。おとんがイタリア人、おかんが日本人のハーフになります。ツアー中は主に運転手とメカニックを担当します。よろしゅうお願いします。」

と流暢な大阪弁であいさつし、ふたりにウインクして、握手をした。

「で、私は、フリークの兄でオタククラスの歴史マニアで「すきや」といいます。四十一になります。ツアー中、主にガイドをさせてもらいます。わからんことがあったら、何でも聞いてくださいな。よろしく。苗字が「おかると」って怪しい苗字やけど、これ本名ですねん。

こんな名字でおかんが「イタコ」やってて、あと弟と妹がいます。みんな、普通じゃない能力持ってんので、驚かんように。まあ、そんな家族なんで「緒狩斗」いう苗字も気に入ってますわ。おふたりをツアー中うちのメンバーみんなでお守りするんで安心してくださいな。」

 怪しさ満開の自己紹介にひるむことなく、ふたりの女の子は自己紹介で返した。

「私は、「かんのなつこ」。一般的には「すがの」と読む字で「かんの」、名前は春夏の夏に子で菅野夏子です。十九歳。いわゆる歴女です。知り合いから、オカやんツアーズさんのこと聞いて、必死でお金貯めてきました。よろしくお願いします。」

「私は、普通に山に田んぼで「やまだ」。名前は太陽の陽に菜っ葉の菜で「ひな」といいます。二十歳でなっちゃんとは幼馴染のマブダチです。戦国武将のイケメンゲームにはまってます。生キャラと会えるって聞いて参加することにしました。歴史自体は、あんまりやから、いろいろ教えてください。」

ふたりで好哉とフリークに頭を下げた。

「はい、なっちゃんに陽菜ちゃんね。じゃあまずは、希望カルテ書いてな。見たいもの、したいこと、自由に書いてもろてかめへんから。申し込むかどうかは、詳しい説明後でかめへんからな。」

フリークが夏子と陽菜にA4サイズの三枚つづりの紙とペンを渡した。


 ふたりが希望カルテを書き込んでいると、表のドアが開く音が響いた。

「好兄、フリーク兄、もうお客さん来てんの?遅くなってごめんやでー。」

白人の女の子が事務所に飛び込んできた。あまりの勢いに、夏子と陽菜のペンが止まった。ふたりの顔を見ると、「ペコン」と頭を下げ

「遅くなってごめん。緒狩斗ミスティーといいます。皆さんのボディーガード兼ガイドです。十七歳の高校生で大阪ニコニコプロレスの研修生です。お父ちゃんは、アメリカ人です。見た目、外人やけど、京橋生まれの京橋育ちのバリバリの大阪っ子なんで、気さくに付き合ったって下さい。久しぶりの若い女の子のお客さんやって聞いてたから、めちゃくちゃ楽しみにしててんよ。」

と一気に話し切った。ブロンドのセミロングの髪を束ねた顔は高校生そのものだが、体つきは、なかなかのダイナマイトボディだ。

「さすか、アメリカの血が入った本場もんのおっぱいは、ちゃうなぁ…。」

夏子がぽそっと呟いた。陽菜は自分の胸を上から覗き込みため息をついた。フリークが、ミスティーにふたりを紹介した。

「ショートカットの子がなっちゃん、十九歳。ポニーテールの子が陽菜ちゃん、二十歳。今、希望カルテ書いてもらってるから。お前、プロレスの練習帰りやろ。とりあえず、荷物おいて、着替えてこいや。」

「はいよー。なっちゃん、陽菜ちゃん、じゃあ十分後にね!」


 十五分かけてカルテを書き上げた夏子と陽菜は、用紙を好哉とフリークに渡した。そこに、ミスティーが私服に着替えて戻ってきた。

「カルテ書き終わった?えっ?どんな希望?」

好哉とフリークの間に首を突っ込み、ふたりのカルテを覗き込み、一分間、目を通した。

「ふーん、信長かぁ。やっぱり人気あるわなぁ。「本能寺の変」に「ジョルダーノ・ブルーノ」って、なっちゃん、歴史マニア?すごいツボ狙ってんなぁ!陽菜ちゃんは、「蘭丸」と「ジョバンニ・ロルテス」狙い?若いのにマニアスポットやなぁ。好兄、腕の見せ所やなぁ。」

「やっぱり、信長様、人気高いんですか?」

夏子が聞いた。

「せやね。「真相が知りたい日本史の謎アンケートランキング」では、ぶっちぎりトップの34.6%で「本能寺の変」やね。ちなみに二位は「邪馬台国と卑弥呼」で10.7%。三位は「坂本龍馬暗殺」9.4%。四位は「源義経伝説」5.1%、五位は「徳川埋蔵金」で3.1%。以下、「聖徳太子」、「西郷隆盛」、「明智光秀」、「大化の改新」ってとこやね。今回は、光秀もセットみたいなもんやから、お得コースやな。

 あと、陽菜ちゃんみたいに、「生キャラに会ってみたい」、「見てみたい」だと今は戦国武将が人気やね。信長、蘭丸はもちろん、伊達政宗、真田幸村、前田慶次なんかが上位かな。あとは、卑弥呼や聖徳太子や義経やな。

 うちのツアーも今言ったランキングに比例してるかな。」

好哉が答えると、陽菜から質問が出た。

「好哉さんは、みんな会ってるんですか?」

「まあ、今あげた、事件と人物は仕事柄、網羅してるわなぁ。先に言っとくけど、お客さんによっては思い入れが強すぎて、現実を受け入れられへん人が出てくることあんねん。たまにトラブルになるわ。陽菜ちゃんもあんまりイケメンイメージ持ってるとしんどいで…。」

「えっ?どういうことですか?」

「うーん、例えば、現代に伝わってるキャラのイメージと現物のギャップが大きいことがあるんやわ。陽菜ちゃんの会ってみたい人物に書いてある「森蘭丸」。いわゆる「森成利」は、女性客には、「細身で小柄」、「美少年」、「信長の小姓」っていうイメージ持ってる人多くて・・・。」

「えっ?そうじゃないんですか?」

「うん、実際の蘭丸は、本能寺の変の時点では、かなり「ごつい」!槍の名手で、めちゃくちゃマッチョででかいんよ。

個人的な俺の意見では、約三十五年前のアニメ映画で高校生がスクールバスでタイムスリップして過去を旅して、最後に主人公の高校生たちが「本能寺の変」の現場に出くわすんよな。原作も映画も面白かってんけど、キャラクターデザインが当時人気の女性漫画家がやってて、そこで描かれてる蘭丸がかっこいいわけよ。まさに「美少年」!ってな。

 俺に言わせりゃ、太平記英雄伝の浮世絵師の落合芳幾の絵の「ムキムキ」の槍使いのイメージが実物に近いねんけど…。あかんのは、京都の大石神社に置いてある蘭丸の子供の時の具足やな。それ見て、「小柄やろう」とか信長の寵愛を受けてたんやから「美少年やろう」と想像すんのは勝手やけどな。そりゃ、十二歳で小姓になったころは、かわいかったかもしれへんけど、本能寺の変の時は十八歳。そりゃ、信長よりでかいし、いかついで。

ゲーム世界の蘭丸ファンの女性客に「そんなん蘭丸様と違う!」っていうて、返金を求められたこともあったわなぁ。あと、卑弥呼も勝手に「弥生顔」を想像してて、実際に会った卑弥呼が「南方顔」って文句言いよる客がおんねん。陽菜ちゃんは大丈夫か?」

「うん、太平記英雄伝の絵は見たことあるから…。ゲームの中の蘭丸は、めちゃくちゃイケメンやねんけど、別にそこに変な夢は見いひんように考えてるから、大丈夫やと思うわ。」

「そっか、それならええんやけどな。ちなみに、信長は、教科書に載ってる肖像画と違ってなかなかのイケメンやで。」

 好哉と陽菜のやり取りを聞きながら、スマホをググっていた夏子が、画面を出して好哉に突き付けた。

「好哉さん、信長様って、この肖像画どおりなんですか?」

「ほっほー、天童市の三宝院の肖像画やな。「本能寺の変」の二年後に、宣教師で画家のジョバンニ・ニコラオが描いたっていうやつやな。おれは、似てると思うで。よお、こんな肖像画知ってたなぁ。なっちゃんは、筋金入りの歴女やなぁ。それとも「信長マニア」か?」

「はい、中学二年で日本史を勉強してから、五年のばりばりの「信長様マニア」なんよ。もちろん、歴女でもあるしな。もともとのミステリー好きと歴史オタが合体して、周りからは「面倒な奴」扱いされてんねん。ニコラオが描いたっていう肖像画もそうやねんけど、他にも信長様由縁のものやったらなんにでも興味があります。今回は、いくつか持っている疑問をこの目で確認したいなと思ってます。」

「信長由来のもんやったら、あと有名なんが、自称「信長の四十三代目の子孫」いう館長さんが保有してる、西山自然歴史博物館のデスマスクかな。あれは、黒人家臣の弥助が本能寺から信長の首を持ち出して、岐阜の崇福寺の五斗薪粘土でデスマスクとったって話があるわなぁ。2014年にテレビのバラエティー番組で取り上げられて、ネット上では画像も見れるしな。

そのデスマスクのレプリカが、2019年2月に名古屋で展示されたときには、ラジオ中部の「つボイノリオ」さんの番組でも取り上げられてたよなぁ。番組でパーソナリティの女の子がそのマスクに崇福寺でしか出ない特殊な土がついてたことと、展示会の主催者からライフマスクの可能性も指摘されとったわなぁ。まあ、本能寺の火事の現場から、首だけ持って出て、最低馬で二日、歩いて四日かかって、寺に持ち込んで作ったにしては、ひげや眉毛がはっきりしすぎとるってな。まあ、あのマスクもニコラオの肖像画と同じで鼻筋の通った男前やったわなぁ。」

 夏子がスマホで「信長 デスマスク」と急いで検索をして、画像を出した。

「こ、これですよねぇ。かっこいいですよね。本当に、ライフマスクの可能性があるんですか?「つボイノリオ」さんって「金太のなんとか」っていうちょっとエッチな歌うたってる人ですよね?そんな人が歴史詳しいんですか?」

「あぁ、ライフマスクの話は後でするとして、「つボイノリオ」さんは、歴史を取り上げた歌、多いねんで。まあ、売れた曲は、なっちゃん、陽菜ちゃんの前では話しにくい下ネタ中心やけどな。つボイさんが、学生時代に作った「本能寺ぶるーす」は民放連から「要注意歌謡曲」扱い受けてるしなぁ。」

「えっ、まさに信長様の「本能寺」の歌ですか?」

「いやいや、信長はちょびっとも出てけえへんねんけどな。歌詞の内容は、自己判断で調べて。他にも、放送から二十日で放送禁止になった「金太の大冒険」の後、その記録を大幅に短縮して六日で禁止された「極付け!お万の方」から「吉田松陰物語」、「解決黒頭巾」って続いてな。その四曲の入ってるアルバムは、最高におもろかったなぁ。あと、2006年の鎌倉武士が帝王やったっていう都市伝説のあるインカ帝国を題材にした「インカ帝国の成立」っていう歌もあったなぁ。あぁ、思い出したら笑けてくるわ。」

「えぇーっと、本能寺ぶるーすと極付け・・・。」

夏子がカバンから手帳を取り出し、メモを取り始める。ミスティーがすかさず、ストップをかけた。

「あぁ、なっちゃん、メモなんか取らんでええで。好兄、話が横道逸れすぎやで。なっちゃんの興味がおかしい方向に行ってしもたらどうすんの。今は、肖像画とデスマスクの話やろ。」

好哉がバツの悪そうな顔をして、頭を掻き、夏子に詫びた。


 好哉の説明によると、本能寺で信長が生きながらえていたなら、肖像画もライフマスクも実物としてあり得る可能性とエビデンスを示した。エビデンスは、どれも科学的物証や明治維新の三十三年前の崇福寺の肖像画所蔵の記録文書や、天童藩の織田家に代々伝えられた逸話、作家「遠藤周作」が1992年の「たかが信長されど信長」で取り上げられたことが肖像画の真実性を裏付けた。もちろん、否定派の意見のモデルは、信長の次男の信雄が信長の兄弟四男の叔父の信包に頼んだ可能性も付け加えた。1584年時点で信包が41歳ということもあり、その説もなんとなく説得力があると夏子は感じた。

 崇福寺のデスマスクで使われた柔らかく、窯に入れなくてもすぐに乾燥する五斗薪粘土が、ちょうど本能寺の変があった1982年から使い始められ、約300年で枯渇し、現在でっち上げでマスクを作ろうとしても同じ素材は存在しないことと、西山館長の家系がしっかりと追跡できることと、信長の次男信雄が徳川家康と良好な関係を江戸時代の260年の間保ち、秀吉の死去後、織田家が信長由来のものを保持するには十分な余裕があったことも分かった。

 ひとつひとつ、夏子は頷きながら、メモを取っては好哉の言葉に集中した。一息ついたところで夏子が質問した。

「今の、好哉さんの話って、どちらも信長様が本能寺で死ななかった前提じゃないですか。私、もう一つ見てみたい事があって…。ばかばかしい話やと思われてしまうかわからへんのですけど…。」

「なっちゃん、信長がバチカンに行って、宣教師ジョルダーノ・ブルーノになって、バチカン内で法皇になろうとしたっていう話やね。」

「は、はい…。あまりに唐突な話なんですけど、ユーチューブの世界では、結構有名な説になってて…。」

夏子は、顔を真っ赤にして、もじもじとしながら言った。フリークとミスティーは、(やれやれ)という表情が露骨に出た。(あぁ、このネタはやっぱり出さへん方が良かったんやろか。ただの都市伝説マニアって思われてしもたかな。失敗やったかな?)夏子の動きが完全に止まった。フリークが優しくフォローした。

「なっちゃん、そんな心配せんでええよ。なっちゃんがきちんと歴史を勉強してることは、わかってる。ただの都市伝説マニアでないことも。だから、安心して…。

ここに来る客の多くは、その話に期待してやってくるからな。信長がジョルダーノ・ブルーノと入れ替わって、枢機卿にまで上がるって話しやね?」

(えっ?フリークさん、なんで私の考えがわかってんの?)夏子は驚いた。口をぽかんと開けて固まった夏子にミスティーが語り掛けた。

「細かい話は、後にして、フリーク兄について説明しとくとな、信じてもらえるかどうかわからへんけどフリーク兄は、「テレパシスト」やねん。だから、感情が極端に動いてる人の気持ちがわかるねん。うちら兄弟、みんな何らかの特殊能力持ってんねん。大阪版X―MENちゅうとこやねん。ちょっと一服入れよか。コーヒーと紅茶どっちがええ?」


「緒狩斗家兄妹の秘密」

 ミスティーが紅茶のポットとクッキーをお盆に乗せて持ってきた。

「フリーク兄のハーブティーのコレクションの中から、今回はカモミールティーを選んできたでー。うちの話は、ぶっ飛んだ話ばっかしやから、ちょっと頭休めてんか。」

ミスティーがティーカップに紅茶を注ぎ、砂糖とミルクポットを夏子と陽菜の前に出した。好哉とフリークはエスプレッソを準備した。ミスティーも、自らカモミールティーを入れ、ストレートで飲んだ。夏子は、未だに混乱が解けていないようである。陽菜は、紅茶のかおりを楽しんで、ミスティーにゆっくりと聞いた。

「ミスティーちゃん、さっき、兄妹みんな特殊能力持ってるって言ってたけど、どういうことなん?みんな超能力者ってこと?」

「うん、陽菜ちゃんの今の話で八割は正解。緒狩斗家は、基本的にお父ちゃんは別々の異父兄妹の母子家庭家族やねんな。お母ちゃんは、オカやんツアーズには、関わってないけど、大阪で結構有名なイタコやねん。イタコってわかる?青森の恐山のイタコが有名やね。

 うちのお母ちゃん、田舎暮らしが嫌で中学校出てすぐにこっちの叔父さん頼って大阪に出て来てんな。ここまでオッケー?」

夏子と陽菜が頷いた。

「イタコっていうのは、女系女性の仕事で、血で引き継がれるもんらしいねんな。だから、お母ちゃん、大阪出て来てから、「これは!」っていう普通の人の持たへん能力を感じた男の人と関係持って、イタコを継ぐ女の子を産む使命があってんて。ここにいる、長男の好兄、次男のフリーク兄と私の間にもうひとり、今ここに居れへんけど、一緒にツアーの仕事してるメチャスキーっていうお兄ちゃんがおんねんな。そんで私の四人兄妹やねん。」

ミスティーが緒狩斗家について説明を始めた。


 母親は、緒多(おた)といい、九代目緒狩斗家イタコで、大阪で弁護士と組んで、相続案件でややこしい話があると、「死者の霊」、つまり被相続人を呼び出していろいろ聞きだす仕事をやっている。「隠し子」のことや「隠し資産」や「隠し口座」、「愛人の有無」等、生存時に相続人が聞いてなかった秘密を霊を呼び出して明らかにしていく仕事で、アングラな世界だが結構ニーズがあり、五十八歳で現役バリバリでやってるとの事だ。

 能力の高い血を求め、人種問わず、能力を感じた男性と関係を持ち、四人の子供を産んできた。女の子を産んで、イタコを継がすことが使命なので、ミスティーが生まれた後は、ずっと独身で過ごしている。


 長男の好哉は、父は明治時代の超能力者でホラー映画「リング」の主人公「貞子」のモデルになったという「三船千津子」のライバルの「鷹橋貞子」の玄孫。映画の主人公「貞子」と同じ名前であるにもかかわらず、明治終盤、当時、千里眼と言われた透視術超能力者を研究対象として取り上げた東京帝国大学助教授の副来友吉が先に見出した「三船千津子」と「永尾郁子」と比べて知名度が低いことをいまだに残念がっている。

父親の四代前の貞子の血と緒多の血のおかげか、「幽体離脱」、「憑依」、「心霊治療能力」を持つ。若い時に高野山や比叡山で修業し、式神を使うこともできる。得意技は自称「塗り壁バリヤー」という見えない壁を作り出すこと。

 オカやんツアーズとは別に、オカやん興業という会社名で、別に異世界から生キャラを現代世界に呼び出して、三男メチャスキーの経営する会員制バーでトークショーなどを行っている。元々の人懐っこい性格と、相手と心の距離を一気に詰める会話力を生かし、異世界からいろいろな偉人やタレントを現代世界に召還した。先日開催した、「マリリン・モンロー」と「オードリー・ヘップバーン」と「イングリット・バーグマン」を連れて来ての映画界を代表する三人の美女による女子会トークショーは、往年の洋画ファンに大好評を得たとの事だった。

 中年太りの始まった、四十一歳で、極度の歴史オタク。その半端でない知識と人懐っこい性格でツアーのメインガイドを務めている。


 次男のフリークの父親は、イタリア人の女性超能力者「アリア・ローザ・ブージ」の甥っ子のイタリア人。タバスコと女が大好きの長身、美男子の三十三歳。「テレパシー」、「リモートビューイング(遠隔透視)」、「ポストコグニション(過去透視)」の特殊能力を持っている。

 2012年、石川県羽咋市の千里浜に旅行中、UFOの墜落現場に遭遇。UFO自体は、海に沈んでしまったようだが、砂浜に残ったUFOのものと思われる、厚さ1センチ、一辺20センチほどで持つとずっしりと重たい感触を持つ三角形の物体と見たことのないパッケージのノートパソコンのようなものを拾った。日ごろのチャラチャラした性格とは別で変に生真面目なところがあり。羽咋警察に取得物として届け出た。三カ月の保管期間中に持ち主が出てくることは無かったので再び、羽咋市まで赴き、ふたつの部品を受け取ってきた。

 受け取った部品に手を添え、ポストコグニション能力で過去透視に入ると、人間並みの背丈のグレイタイプの宇宙人と歯の欠けた眼鏡の白髪の男性の姿が脳裏に浮かんだ。白髪の男性の姿にかすかに記憶があるような気がしたが、それが誰なのか思い出すことはできなかった。

 大阪に帰り、地元の古本屋をプラプラとしていると、ふと頭の奥に響く感覚が湧いた。古本屋の書籍棚に正面置きにされている本の表紙に写る男性があの羽咋で拾った部品の過去透視した時に見えた男性であることはすぐにわかった。

「すべてのことは宇宙の采配だ」というタイトルの本をその場で買った。無農薬リンゴ栽培で有名になったその筆者の本の中には、著者自身が宇宙人に誘拐され,UFO内での第三種接近遭遇のシーンが書かれていた。(うん、これや!これに間違いない!)

 UFOの動力源兼操縦装置の三角形の「物質K」といわれるものと、運航ナビやデータベースとして使う量子コンピュータであることが想像できた。自分の車に設置して、本に書かれているように操作してみた。フリークの車は、フリークの思う異次元、異世界を自由に行き来し、思う世界に自由に行けることが分かった。好哉を誘い、何度かの異世界旅行を楽しみ、歴史の謎を生で見ていくうちに、新事業を思いついた。


 三男のメチャスキーは、アルコール度数96度のウォッカをビールのように飲んでもへっちゃらな色白な「ゲイ」で二十六歳。ロシアの怪僧ゴレグリー・ラスブーチンの末裔を父親とするロシア人ハーフだ。

 ロシア柔術のサンボやシステマを習得した肉体は、色白で彫りの深い整った顔立ちと合わせて、街の女性たちの目を引く外見であったが、本人は、「男」と「ウォッカ」しか興味が無い。日ごろは、京橋のはずれで会員制のバーを営んでいる。恵まれた体格と身につけた格闘技でツアーには護衛係として参加することが多い。

 格闘技以外の特殊能力としては、一般的には「ワープ」と称されることの多い「テレポーテーション能力」。手にした物体を思ったところへ瞬間移動させる「アスポート能力」。そして、身体の好きなところを発火させられる「パイロキネス能力」を乗っている。それらの能力を、日ごろの買い物や、ごみ捨て、ライター無しでの喫煙と無駄に使用していると兄妹からは文句を言われている。他の三人と違い、あまり人と話すのは好きでないし、得意ではないらしい。


 最後に、末っ子のミスティーは、日本では、行方不明や誘拐被害者探しの特別捜査番組で有名になった、アメリカの超能力FBI捜査官ジョージ・アコモニーグルを従兄にもつアメリカ人を父とする、見た目はアメリカンガールそのものだ。しかし、中身はこてこての大阪っ子の十七歳の女子高校生だ。将来はイタコになることを母の緒多に約束させられているが、緒多の引退までは、好きなようにしていいという条件で自由を楽しんでいる。

 高校に入ってからは、それまで習っていた空手を辞めて、大阪の女子プロレスインディーズ団体の大阪ニコニコプロレスの研修生としてジムに通っている。可愛いらしいルックスと顔に合わないボリューミーな体つきで、デビュー前にもかかわらずファンクラブがあるくらい、街の人気者である。空手仕込みの技を基本として、中学生の時からぐんぐん伸びた長身から、高さのある「かかと落とし」や「後ろまわし蹴り」を中心とした派手な技だけでなく、「下段蹴り」や「ストンピング」といった地味な技や「関節技」、「飛び技」まで一通りをこなせるレスラーだ。

 特殊能力としては、念動力と言われる「サイコキネシス」、未来透視の「プレコグニション」。そして離れたところの物品の瞬間取り寄せの「アポート能力」がある。未来透視能力は、音声は得られず、画像情報だけしかわからないが、「プロレスの時、相手の出す技が事前に見えるメリットがあるからええやないか。」とメチャスキーとの格闘技談義では言われるが、未来透視に集中すると動きが止まる弱点があり、実戦ではいまいち機能していない。自宅では、冷蔵庫からデザートやジュースをアポートしたり、サイコキネシスでテレビやエアコンを操作するのでよく緒多からは怒られている。

 そんなミスティーも昨年からオカやんツアーズの仕事にも参加している。最初は、メチャスキーが「添乗できないとき」のボディーガード兼ガイド役だったが、元々都市伝説マニアだったこともあり、最近は好哉と色々な歴史の謎や都市伝説の解明に夢中で、サブガイドとしてもレベルアップを果たしている。基本女性客のツアーに関しては、ホスピタリティの面から参加することが多くなっている。今後は、「警護」だけでなく「敬語」が使えるようになるのが目標だ。


 約十五分かけて、オカやんツアーズメンバーの紹介が終わった。ミスティーは、定番のスプーン曲げやティーカップを宙に浮かせる技を見せ、好哉は、卓上のメモ帳をはさみで切り、小さな式神を動かせて見せた。夏子と陽菜からいくつか質問が出た。三人は、その疑問、質問に丁寧に答えていった。

「ほんと、すごーい。なぁ、陽菜ちゃん、超能力ってほんまに有るんやね。そんな能力で守ってもらえるなら、安心やな。人から聞いたときは、半信半疑やってんけど、今はもう、皆さんの事、全面的に信じます。」

「ほんまやね、なっちゃんの持ってる謎も解決できる感じがしてきたわ。」

と、ふたりはキャーキャー言いながら騒いでいる。フリークが、事務所の奥から何枚かの書面を持って来て、夏子と陽菜の前に置いた。

「じゃあ、ここから、オカやんツアーズのルールについて説明させてもらうわな。」

 オカやんツアーズでは、「現在のモノを旅先に持ち込まない」、「旅先から現在の世界にモノを持って帰らない」、「旅先で人に過度な干渉をしない」というものであった。

フリークの話によると、物質Kと量子コンピューターで、極力お客の望む世界をパラレルワールドの中から選んで、時間と空間を移動するとの事だった。量子コンピューター内のデータベースから検索するので、個人的な想像や希望の世界には行けないと説明された。歴史書や映画や小説の世界を選択することはできるのだが、必ずしもひとつの事象、事案が元ネタと同じ結果にならないことがあるという。よくあるタイムスリップ物の映画や小説であるように、現代のモノが過去のモノに干渉することで歴史が変わってしまうことを避ける必要があるとの事だった。また、ツアーで見聞きしたことは、不特定多数に公開することは禁止することと写真、ムービー、レコーダーでの「録画」、「録音」は基本的に禁止。だから、スマホやデジカメ、ビデオは持ち込み禁止。ましてや、SNS等での公開は、絶対禁止。「それでも良い」という条件でツアー参加を認めているとの事だった。

「思うような結果にならないことがあるってどういうことですか?」

夏子が聞いた。好哉がフリークに変わって答えた。

「なっちゃんも陽菜ちゃんもちょっと長くなるけど聞いてほしいねん。さっきの「信長がジョルダーノ・ブルーノになってバチカンで枢機卿までのし上る」って話や「源義経がチンギス・ハーンになった」いう話なんかが、よくトラブってしまうんやな。

僕もユーチューブはよく見んねんけど、あまりに裏取りや調査不足のまま、他のユーチューバーが言ってることを丸パクリしたり、内容まで歪曲させて作られてる番組が多いと思うんやわ。確かに再生回数稼ぐには、その方が楽やからな。

最初は、信長がバチカンに行ったっていうのを臨死体験中に見てきたっていう有名な日本人コメットハンターの男の人の体験談が元になってるんやと思うねん。僕はその人の本や講演会が大好きで、異世界旅行始めるにあたってその人の説をいくつも検証してきたんや。臨死体験中に、その人が見てきた世界は現在歴史に残ってる世界とはかけ離れてるものもたくさんあった。歴史研究家の多くは否定する。けど、オカやん号で行ける世界でその人が見てきた世界に近いものがたくさん存在すんねん。そりゃワクワクしたな。

ただ某有名ユーチューブ番組が、「枢機卿までのし上った。」って言うてんねんな。それを二次利用、三次利用したユーチューバーがめちゃくちゃ増えた。

でも、もしそうやったら、めちゃくちゃおもろいなって、こんどは信長やなくて、ジョルダーノ・ブルーノを調べたんや。ドミニコ会の修道士で異端の宣教師扱いを受けて1592年に悪名高い教皇クレメンス8世によって逮捕されて、ろくに裁判もされんと1600年2月17日に火あぶりで死んでんねんな。実際の信長の歴史はともかく、バチカンの記録でブルーノなり信長が枢機卿に上がった世界は無かったんや。ブルーノは、1979年に教皇ヨハネパウロ二世によってようやく名誉回復されたけどな。

それでも、信長がバチカンで枢機卿まで上がって、世界相手に「天下布武」の一歩手前まで行ったいう結末を見たい人は、ブルーノが火あぶりの刑に処されるとこ見ても、「信長とブルーノは途中で再度入れ替わった。」とか「信長は、バチカンの中で影の教皇として生き残ったはずや。」とか言うねんな。いっちゃん困った客は、「信長は、七十三歳まで生きてたってアカシックに書いてあるって聞いたことがある。」って言うんよ。僕は、宇宙の図書館や人生の書といわれるアカシックは読んでない。それを信じてるって言われたら、僕らでは、「あぁ、そうですか」としか言われへん。

僕の考えは、さっき話したコメットハンターさんと一緒で、人が言うことより自分で見たものを信じる方やから。お客さんにもイレギュラーや必ずしもお客さんの見たい世界じゃないことを事前に理解しといて欲しいねん。

まあ、ネタバレになるから、軽くだけ話しておくけど、僕らもバチカンで信長と光秀は見てるんや。まあ、結果は違ってたけどな。だから、なっちゃんの希望する「本能寺」で死んでない「生きた信長」の姿は見れると思うで。」

夏子が難しい顔をして好哉に言った。

「すみません。私も、その困った客と一緒でした。ろくに自分で調べんと、人から聞いた話で、私にとって面白いものばっかり信じてました。

 けど、今、好哉さんの話聞いて、オカやんツアーズで、いろんな世界連れて行ってもらって、好哉さんやミスティーちゃんのガイドでいろいろ聞かせてもらいたいと思い直しました。是非とも、連れて行ってください。」

「せやな。私も、いろんな可能性をこの旅で体験したいと思うんで、申し込みます。写真撮影やSNS公開があかんのは残念ですけど…。でも、あとで文句を言うようなことはありません。よろしくお願いします。」

と陽菜も続いた。


 ツアーに関する説明が一息ついて、夏子と陽菜が見たいシーンが絞られた。まずは、「桶狭間の戦い」。「信長公記」と「信長記」でも記録が違う有名な戦いを見てみたいとの事だった。そして、「長篠の合戦図」の屏風図で信長の横にいる背中にダビデの星の紋がある三人組の正体を確認し、その真実を知りたい。そして、当時の京の都と安土の街を体感したい。そして、「本能寺の変」の事実と信長が生き残った世界を見る事がメインとなった。

 フリークから、リスク無しでオカやん号の中から世界を見つめるコースと、リスクは有るが、その世界を自分の足で歩いて体験するコースのどちらを選ぶか聞かれた。前者であれば、警護の必要性が下がるので、最小の人数で行くのでコスト的に安く上がる。後者であれば、三男のメチャスキーも参加でオカやんツアーズの四人と夏子と陽菜の合計六人の旅になり、コストは上がると説明された。

 見積もりを聞いて、一瞬悩んだが、ふたりで揃って言った。

「せっかくの異世界旅行なんで、全部体験したいです。後者で行きます。よろしくお願いします。」

 ふたりは、申込書にサインした。


「事前レクチャー」

 申込書をフリークが受け取り、クレジットカードで精算手続きを取った。決して安い価格ではなかったが、ふたりは、写真館と提携した、レンタル衣装もやる古着屋の経営とブルーバックを使ったスタジオでの合成写真や屋外撮影を斡旋して、そこそこ稼いでるという話だったので、彼女たちの希望をフルに入れて、旅行行程を作成することになった。

好哉がツアー計画を立てるために事務所の奥に引っ込むと、ミスティとフリークに連れられて、夏子と陽菜は、オカやん号の前に来た。

「さっき、好哉兄ちゃんが簡単に説明したけど、改めて説明させてもらうわな。この車は、旅の間の移動手段であると同時に、ホテルや食堂になる、ダイムラーベンツのウニモグをベースにしたキャンピングカーで、うちでは単純に「オカやん号」って呼んでんねんな。

 有名なパリ・ダカールラリーのカミオンっていうトラック部門で活躍したり、2020年1月に自動車走行の最高高度の海抜6694メートル、チリの最高峰の活火山ホス・デル・サラードを登頂して世界記録を作った車やねん。うちのは、そのウルトラマシンのキャンピング仕様やな。

 室町時代から安土桃山時代は、白人は宣教師くらいしかおれへん時代で、見た目イタリア人の俺も、ましてやミスティーなんかは普通の宿は泊まられへんから基本的にキャンプになるねんな。

 まあ、後部のキャビンの中は、エアコンもあるし、トイレもシャワーもキッチンもあるから、ちょっと狭いホテルやと思ってくれたらええかな。なっちゃんと陽菜ちゃんはシャワーでも大丈夫派かな?あの時代の公衆浴場は、まだ数が少ない上に基本的に混浴やからなぁ。」

「うーん、やっぱりお風呂はあったほうがええかな。でも混浴は…。」

と陽菜が髪を触りながら言った。

「フリーク兄、この間のツアーで見つけた山ん中の温泉寄ってあげたらええやん。フリーク兄が「覗き」さえせえへんかったら、問題無しやんか。」

ミスティが困った顔の陽菜をフォローするように言った。

「あほっ、お客さんの前で何言うねん。ただ、自然の露天風呂はありやな。」

「えっ?フリークさん「覗き」しはるんですか?それは…、ちょっと…。」

陽菜が真っ赤になった。

「大丈夫。私も一緒に入るから、フリーク兄が覗いたら、私がぶっとばしたるわ。フリーク兄は頭は良くて、技術もすごいけど、格闘は、私と今居れへん三男のメチャ兄の方が強いから安心して。メチャ兄はゲイやから覗きとか関係ないし、好兄は熟女好みやから大丈夫。フリーク兄は、リモートビューイングも禁止やで。」

ミスティーがフリークの股間に蹴りを寸止めで入れると、慌てて

「お客さんにそんなことせえへんわ!この間のお前の「金蹴り」でもう懲りたわ。あの時は、三日間まともに歩かれへんようになったんやからな!」

と股間を両手でカバーした。

「えーっ、やっぱり覗いたんやないですか。」

と夏子が言った。陽菜とミスティーが一緒に笑った。


 四人は運転席のある、前キャビンに乗り込んだ。背の低い夏子はよじ登るように助手席に着いた。フリークは、運転席に入り、「物質K」と「量子コンピュータ」について説明した。

「さっきも言ったけど、石川県の羽咋で拾った「UFOの航行装置」。このコンピューターで時間と座標を指定して、「物質K」でコントロールすんねん。これは、危ないから、絶対触らん事。どこの世界に行くかわからへんからな。基本的に、男三人は、こっちのキャビンで寝るんで、後ろのキャビンは、寝る時は女の子だけやから安心してな。」

「よかった。私、寝るときは下着つけへん派やから、一緒やったらどうしよかって思っててん。」

と夏子が言った。フリークの顔が一瞬、エロくなったのをミスティーは見逃さず注意した。

「フリーク兄!お客さんやで。変な想像も禁止!」

 

続いて後部キャビンに夏子と陽菜は移った。後部キャビンは中央ドアに小さな折り畳み階段があったので夏子も問題なく乗り込めた。室内設備の説明を聞き、通常のホテルと変わらない設備があることがふたりを安心させた。ミニシンクや調理台に電子レンジ、冷蔵庫がある。ベッドをたためば十人程が座れるスペースがあった。ミスティーが夏子と陽菜に畳んだベットの下から買い物かごくらいの箱を二つ出して言った。

「嗜好品やおやつはひとり三百円もとい、ふたかごまでな。バナナは含みません。旅先は、今のスイーツはまず手に入れへんから、お気に入りのお菓子は必須やね。お酒は、ウォッカは調理器具の燃料用も含めてメチャ兄の分が、たくさんあるけど、96度のお酒やから、普通の人はよっぽどでないと飲まれへんな。ビールはかさばるからあんまり持って行かれへんねん。氷と水はいくらでも作れるから、紅茶やコーヒーは自前で用意してな。」

「私は、まだ十九歳やしお酒は飲めへんから、お菓子と紅茶は持っていかせてもらおかな。ちなみに着替えとかはどれくらい持って来ていいの?」

夏子が聞いた。それにフリークが返答した。

「スーツケースひとつに纏めて欲しいかなぁ。今回、六人のフル乗車やからなぁ。ランドリー機能はあれへんから、大きい洗濯物は、桃太郎やないけど川で洗濯やし、靴下や下着の類は、車内で自分で洗ってもらう流れかな。」

「なっちゃんと陽菜ちゃん、レンタル衣装の店やってんねんやったら、町娘が着るような簡単な着物とバチカンで着れるような中世ヨーロッパっぽい服と金髪のかつら持って来たらええんちゃう。せっかくやから、散歩しようや。」

「えー、うれしい。陽菜ちゃん、私、この間仕入れた、マリーアントワネットみたいなかつらとドレス持って行こかな?陽菜ちゃんは、オスカル様風のかっこいいやつな。」

「なっちゃん、さっきのフリークさんのスーツケースひとつって聞いてへんかったん?さすがにドレスは、無理やろう。かつらとカラコンは、男用も女用も店にあるんで、ミスティーちゃんも一緒に散歩行けたらええなぁ。」

「えっ、ほんまに?私も街に出たかってんけど、中世国内は、好兄に絶対あかんって言われて、いっつも留守番やってん。陽菜ちゃん、お願いするわー。」

「じゃあ、かさばらんように、無敵の防寒下着と薄めの着物用意しとくわ。かわいいのいっぱいあんねん。」

すっかり女子会トークに入ってしまい、フリークは会話に入れず、ぼーっと三人を見つめていた。(あぁ、賑やかなツアーになりそうやなぁ…。)


 最後に、夏子からフリークに質問が出た。

「フリークさん、こんな大きい車で中世の街に行ったら目立ってしゃあないと思うねんけど、そこは大丈夫なん?まだ、国内では、「大八車」、ヨーロッパでもせいぜい「馬車」やろ?さすがに「オカやん号」見られたら、すぐにお役人や警察に通報されてしまうんとちゃうの?」

「それは、大丈夫。降りて、オカやん号を見てごらん。」

フリークがノートパソコンのキーボードを操作すると「しゅいーん」という音が倉庫に響いた。

「えっ?えぇぇぇぇぇーっ!」

夏子と陽菜の驚きの声が倉庫に響いた。白黒のツートンカラーのオカやん号の車体が徐々に透けていく。ものの一分で、オカやん号は見えなくなり、奥の壁が見えるだけになった。

「何?何なのこれ?」

ふたりが固まってると、ミスティーが笑顔で言った。

「光学迷彩っていうねんて。オカやん号は、ここにあんねんけど、光学的に背景を車体表面に映し出して、一見なにも無いように見えてるようにする機能って言うてたわ。難しすぎて、私には説明でけへんけど、「UFOが、突然消えてしまう。」っていう仕組みみたい。ほらね。」

と本来ボディーがあるべきところを、拳の甲でコンコンと叩いて見せた。驚いた、陽菜も両手を添えると

「ほんまや、なんもない空間に壁がある。これやったら、ぶつかられへん限り見つかれへんわなぁ。UFOの機能すごい!すごすぎるよ!」

と興奮気味に言った。

 事務所の奥から、好哉の声がかかった。

「ほったらかしでごめんなー。なっちゃん、陽菜ちゃん、時間あんねんやったら、飯行こか。近くに、三男のメチャスキーの店あるから。あとは、食べながら話しょうかー。」


「ツアー事例」

 オカやんツアーズの倉庫から、歩いて約十分のところに、メチャスキーの店はあった。小さな看板にはロシア語なのか、何と書いてあるのか全く読めない文字が並んでいた。看板の横には、「会員制」、「いちげんさんお断り」と書かれている。ドアノブには、「本日貸し切り」の札がかかっている。

 好哉に続いて、夏子と陽菜が店内に入った。小さな声で、白いカッターシャツに黒の蝶ネクタイの背の高い男が

「いらっしゃい。」

と声をかけた。店内にひとりしかいなかったことと、聞いていた風貌から、その男が緒狩斗家の三男メチャスキーであることはすぐにわかった。

 店の内部は、間接照明でうっすらと照らされ、インストゥルメンタルのロシア民謡ぽい音楽が静かに流れている。間口を考えると中は結構広く、カウンター席が八席。二人掛けのテーブル席が三組、奥にソファーのボックス席が見えた。五人は、ボックス席に着き、フリークがカウンター内のメチャスキーに

「今度のお客さんの夏子ちゃんと陽菜ちゃん。十九と二十歳やて。めちゃくちゃかわいいねんけど、お前には関係ないわな。おすすめの食事を出したってんか。」

と声をかけた。メチャスキーは、黙ってうなずき、バックヤードに入っていった。

 約二分で、湯気を立てた深めの皿が五つ、お盆にのって出てきた。

「初めまして。メチャスキーです。よろしく。最初の料理は、ペリメニです。極東ロシアの料理で、水餃子のコンソメスープ煮みたいなもんです。温かいうちにどうぞ。お飲み物は、何にしますか。」

と小さな声で言った。

「わたし、できるだけ薄いカクテルで。こっちの女の子は、ジンジャーエールでお願いします。」

とメチャスキーにつられるように、陽菜が小さな声で答えた。

「僕らは、いつもと一緒で。ミスティーは、配膳終わるまで手伝わせたって。」

好哉が言うと、ミスティーがさっと立ってメチャスキーと一緒にカウンターに入って、すぐにお盆を持って出てきた。夏子のジンジャーエール、陽菜にはスクリュードライバー、好哉には瓶ビール、フリークには、白ワインのボトルを配膳した。

「陽菜ちゃん、ウォッカ半分の量にしたから、5%くらいやろうってメチャ兄言ってたけど、それくらいで大丈夫?もうちょっと薄いほうが良かったら、オレンジジュースと氷持ってくるけど。」

「ミスティーちゃん、ありがとう。それくらいやったら大丈夫。先にいただくわな。」

フリークの声掛けで四人で乾杯の発声がなされ、皆、食事をとり始めた。

「この水餃子っぽいやつ、すごく美味しい!中華より断然こっちやわ!」

夏子の声が響いた。


 続いて、ミスティーが料理を持ってきた。

「これがレモン風味のシャシリックでーす。ロシア風バーベキューっていうかシシカバブーの野菜サンドっていうのか、豚の串焼きに焼き野菜挟んだやつでーす。そんで、こっちがサーロでーす。豚の塩漬けやったかな?生でのそのまま食べてもええし、ペリメニのスープに浸して食べてもおいしいで。あと、黒パンくるんで。」

ミスティーがカウンターに戻ると

「あー、このサーロってやつ、ビール飲みたくなってまうやつやん。あかんわーこれ。深みにはまってまうーっ!」

今度は、陽菜が叫んでいた。

 次の二分でミスティーとメチャスキーが自分達の料理と合わせて黒パンとバターを持ってきた。ミスティーは、女性側の席に着き、メチャスキーは男性側の席に着いた。ミスティーは、ペリメニとシャシリックを交互に口に運んだ。メチャスキーは、ウオッカのボトルをショットグラスでなく、普通のウイスキーグラスに注いだ。ボトルの三分の一が空いた。ラベルにはスピリタス、96%とある。一息でグラスを空けると、サーロを一口つまみ、再びグラスになみなみとウオッカを注いだ。

「メチャスキーさん、聞いてましたけど、すごい飲みっぷりですねぇ。大丈夫なんですか?」

夏子がメチャスキーの顔を覗き込んで聞いた。その問いにぽそっと答えた。

「あぁ、二十本までなら、酔うことは無い。」


 一通りの食事が終わり、テーブルには、サーロの残りと、サワークリームがのせられたクラッカーと酒のあてとしてのひまわりの種、女性陣にはデザートのコーン入りアイスのナロージナエが出されていた。ほろ酔いの、陽菜が陽気に聞いてきた。

「オカやんツアーズで今までやったツアーで面白かったツアーとかとんでもないことになったっていうツアーがあったら、その話を聞きたいでーす。」

「はいはーい」とミスティーが手を挙げた。

「私のデビュー戦、「人類の初期、巨人族ネフェリムを見たい!できれば、人類と恐竜との共生の世界見たい!」っていうやつはめちゃくちゃ大変やった!デビュー戦で初めてやったっていうのもあったんやけど、もう好き勝手やらはるお客さんで、振り回されたなぁ。オカやん号から降りて、巨人や恐竜さわりに行くし、そこらに生えてるもん食べてお腹壊すし。まあ、なんちゅっても、巨人も恐竜も言葉通じへんから、トラブった後、フリーク兄のテレパシーしか相手と話されへんねんもん。巨人が暴れだしたら、私はともかく、メチャ兄でもかなわへんわな。」

 そこから、メチャスキー以外の三人が事件を思い出しながら、夏子と陽菜にその顛末を語っていった。


 その時のお客は、関西にある某大学の文化人類学を研究している教授とその助手ふたりの三人がお客だった。わがままな教授に命令されるままに調査を行う神風助手のトリオに、最初から最後まで振り回された。

 事務所に来たときは、そんなに変な雰囲気は無かったのだが、理系研究者の「ものを知りたい欲求」を現場に行ってから、いやという程知ることになった。二言目には「金はいくらでも払う。」で、いくら危険を伝えても言うことを聞かない。

 旧約聖書の「創世記」、「民数記」に記されている「ネフェリム」と呼ばれる巨人は、世界各国で骨が発見されている。全長10メートルを超えるものもいる大型人間である。ノルウェー神話の「ユミール」、ドイツの「ユーベンツァール」、アメリカインディアンの人食い巨人、ギリシャ神話の「キュロプス」、日本の神話の「ダイダラボッチ」と、その存在は世界中で聞くことができる。

 創世記では、ノアの箱舟以前の神の子と人間のこの間に生まれた種族とされていて、旧約聖書での名前の由来は、「(天から)落ちてきた者たち」とされ、一部のオカルトマニアの間では、「宇宙人種族」と言われている。

 2008年6月14日の震度6強の岩手・宮城内陸地震で崩れた崖の空撮映像に、推定身長10メートルを超える巨大な人骨に見える骨が映ったニュースを教授は見ていた。その骨は、その現場が映った二回目のニュースではブルーシートがかけられ、三度目には、骨が全く写っていない風景になっていた。ネットの世界では、フェイクニュースとの噂がほとんどだが、ニュースのライブ中継で気が付いたというその教授は、巨人族の骨であることを確信していた。

 二十世紀初頭、アメリカのスミソニアン博物館で巨人の骨格標本数万点を廃棄したという事件があった。アメリカ最高裁判所が証拠の公開の決定を下した事を延々と好哉とフリークに演説し続けた。アメリカでの裁判で、スミソニアン博物館は、全面否定し続けたが、元職員が廃棄せず保管していた1.3メートルの大腿骨が証拠として提出された話を根拠としていた。

 また、新しい事例では、2002年、アフガニスタン駐留のアメリカ陸軍が山岳地帯の洞窟から現れた身長4メートルの巨人を銃撃し殺害した事件も根拠としていた。手足とも指が六本ある巨人のヘリコプターでの搬送は、軍によりかん口令が敷かれていたが、この時のパイロットが後に「Coast to Coast AM」でオルタナティブ研究家のL・A・マズーリのインタビューに応じた。「身長5,3メートル以上、体重は500キロはあった。」という証言の録音も残っていた。

 他にも、1902年と1916年のニューヨークタイムスの「巨人の骸骨発見」の記事や、アメリカの人気テレビ番組の「ヒストリーチャンネル」ホストのジム・ヴィエイラがいくつもの巨人に関する著書を発行していることを熱く語った。

 助手のひとりは、教授の巨人族の存在の立証以外にも、ライフワークとして空飛ぶ翼竜「プテラノドン」の存在を信じていた。生物学上、始祖鳥以前の翼竜は科学的に飛ぶことはできないと言われていた時期であったため、教授の研究費で経費が出るこの研究ツアーに自主的に参加したとの事だった。

 教授の研究結果からはじき出した訪問先の年代は、ノアの箱舟以前の世界だった。大洪水以前の地球は、まだ海が小さく、地球全体の質量が軽いため、重力は軽く、気圧は非常に高かった。確かに、その世界では、4メートルを超える巨人が多数存在し、体長10メートルほどのティラノサウルスの背中に乗って走り回っていた。低い重力と高い気圧のため、翼竜が飛んでいたことも確認できた。

 教授は、巨人を間近で見たいといい、助手に至っては、プテラノドンの翼の骨格を触って確認したいと勝手にオカやん号を飛び降りて行ってしまった。今では20センチほど伸びれば大きいシダが、その時代では10メートルを超え、現在の地球では森林でない限り、50%の地表を走行可能と噂されるウニモグベースのオカやん号の行く手を阻んだ。

 必死の思いで、好哉とメチャスキーとミスティーがジャングルの中を探し回り、ふたりを回収してなんとか現世界に戻った。それ以降も、何度もオカやんツアーズに札束を持って訪れ、再度のツアー実施を申し込んできたが、全員一致の意見で、「出入り禁止」とこの先の「プロの研究者」の受け入れの拒否を決めたという話で終わった。

夏子は、興味深げにおとなしく聞いていたが、「ぎゃははははーっ!」と途中何度も陽菜は笑い転げていた。(こいつは、飲ますと危ないタイプかも知れへんな。ツアー中、要注意やな。)好哉とフリークは、アイサインを送りあった。

「今の話、最高やったわ!次無いの次!フリークさんの最高か最悪の話聞かせてよ!」

陽菜のテンションが上がりまくる。


 「俺は、邪馬台国と卑弥呼やなぁ。さっきの教授と比べたら、大分ましやったけど、邪馬台国が九州なんか奈良なんかっていう東京と京都の国立大学の先生二人ずつ連れてのツアーやったかな。ミスティーが入る前で、現地の地面に足をつくことなくオカやん号の車内からだけの現地調査ってことで、俺と好哉兄ちゃんのふたりで連れて行ってんな。

 最初は、和気あいあいで行っててん。まず、卑弥呼見つけて、ドローンのカメラでズームして車内モニターで見せてやってんな。司祭行事や周りの扱いや、扱われ方見ても、弟らしき者、日食の予言含めても、まず99%卑弥呼で間違いないやろうって話やってん。ただ、四人とも、アコモニーグルの「邪馬台国、大発見!」読んでなかったんや。

 アコモニーグルが遠隔透視で描いた、卑弥呼の似顔絵見てなかったから、南方系の分厚めの唇の顔した卑弥呼見て、「これは違う。」って譲れへんねん。やってる事見たら、状況証拠的に卑弥呼に間違いないねんけど、とにかく勝手に描いた「弥生顔」でない卑弥呼を認めへんねんな。」

「せやったなぁ、あの先生らも大変やったなぁ。まあ何とか、僕からも説明して、紛失したといわれる金印まで確認して、ようやく卑弥呼やって認めさせたんやったかなぁ。

僕に言わせたら、「魏志倭人伝」なんか東スポや大スポ以上のファンタジーな歴史書やねんけど、先生らは魏字倭人伝ありきで南へ何里、東に何里って言い張って、都の位置と合えへんっていうねんな。先生にとっては魏志倭人伝は絶対の一次証拠やから、僕が何言っても通じへん。あの時は困ったなぁ…。」

 魏志倭人伝通りだと好哉の計算では、邪馬台国は八重山諸島の海底回廊と呼ばれる謎の海底回廊遺跡になる。そうしたら、どちらの大学もいい恥さらしになると説明し、九州に邪馬台国があった時代と場所を追っかけてタイムリープを繰り返した。

九州の鹿児島から割と短い期間で遷都を繰り返し北上し、中国地方に渡り、最終的には奈良の鳥見山で固定。ただし、卑弥呼の冬の居城は山口にあるというアコモニーグルの説も見せて回った。結局、卑弥呼の死後、次の女王の壱与の姿まで確認させた。

最終的に大和朝廷に滅ぼされるとこまで、タイムリープを繰り返したダイジェストで邪馬台国の変遷を確認したのだが、帰りの工程で、「先に都を開いたのは九州だ!」、「長く都があったのは奈良だ!」と子供のような喧嘩が続いてうんざりしたとの話だった。当然、この有名国立大学のふたつの研究室も出入り禁止となったのは言うまでも無い。

「ぎゃはははは、そりゃ超災難でしたねー!さー、次の話は、好哉さんご指名!」

陽菜の笑いが止まらなくなっている。知らない間に陽菜の前に空のグラスが溜まっていた。


 好哉がすくっと立ち上がり、ミスティーに耳打ちをした。ミスティーは、カウンターに戻り、すぐにお盆に大きめのグラスをひとつ載せて戻ってきた。

「陽菜ちゃん、次のカクテルは、ちょっとハーブの香りが強いから、ゆっくり飲んでね。がばがばいったらあかんで。」

「うん、わかった。さあ、好哉さんのナンバーワンネタ、行ってみよー!」

すっかりノリが京橋のおやじになっている。好哉が満を持して話し出した。

「人類初期、日本国初期と学者絡みで、かなり昔の話が続いたんで、いっちょ架空戦記マニアの小説家の依頼で行った近代日本の異世界の話をしようかな。後半は結構おもろいと思うから期待してや!」

「おー、ええなぁ!よろしくー!期待してんで―!」

陽菜が大きな拍手を送り、好哉をはやし立てる。

「僕がみんなに話したいのは、ついこの間行ってきた、昭和から令和の初めまでの別世界の話やねん。クライアントの依頼は、「大東亜戦争」、まあ、なっちゃんと陽菜ちゃんには、「太平洋戦争」って言った方が分かりやすいのかな。昭和の前半に日本がアメリカを筆頭とする連合国と世界規模の戦争をして「負けなかった世界」を見てみたい。っていう事やってん。

 まあよくある「架空戦記」ものみたいなもんやなぁ。直木賞作家の大御所なんかが「日本が三国同盟組んでなかったら」とか「日露戦争の後、日英同盟組んでたら」っていう世界規模のものから、「ミッドウェイ海戦で負けていなかったら」とか「レイテ湾に戦艦大和を中心とする栗田艦隊が突入してたら」なんて局地戦のIF小説って平成の時代には流行ったんよね。

クライアントは、海軍航空隊推しのマニア小説家で、自分が描いた小説の世界とその後を見てみたいっていうねんな。残念ながら、二、三冊発行して打ち切りになってしもて、自分の書いてた世界の結末を客観的に知りたいってことやったわ。

その人、「偵察の神様」って呼ばれた千早猛彦海軍大佐が主人公の話を書いてはってな。その小説の打ち切り直前の話が、大戦末期に出来上がった二種類の軍用機があと五年早く実用化されてたら、戦局は大きく変わっていたやろうって話やってんな。」

好哉がビールで一息ついた。突然、「はい、はい、はーい」と夏子が手を挙げて好哉に言った。

「橘花と震電ですか?いや、それじゃあ逆転まではいかないか…。じゃあ、ミッドウェイで四隻の空母が沈まなかった前提で烈風と富岳でガツンとアメリカ本土攻撃って話ですか?それか、マニアなところで零戦54型と五式戦の早期開発?いや、五式戦は陸軍か…。」

「おぉっ、なっちゃん、この世界でもコアやなぁ。普通の女の子の口からその六機が出てくるとは思えへんかったわ。零戦54型は男のマニアでもまず出てけえへんで。確かに、IF小説では他の五機はよう取り上げられるな。」

「うん、高校の時の彼氏がそんなん好きで、よお話聞かされててん。F6Fヘルキャットが出てきた時に零戦が52型やなくて54型やったら負けへんかったってな。で、答えは何なんですか?」

「ヒントは、なっちゃんが最初に言った橘花と震電のメーカーやな。」

「うーん、中島飛行機と九州飛行機か渡辺鉄工所ですよね。実用化された機体ですか?」

「あぁ、二機とも「十七試」名デビューで、それなりには活躍したんやけど、わかるかな?さらにヒント出すと戦闘機や爆撃機とはちゃうで。」

「えーっと…、ん!彩雲と東海ですか?」

「おおーっ!あたると思えへんかった。僕もそのクライアントの本読んで、その二機が開戦時にあれば、日本は、負けへんかったんとちゃうかって気になってん。それにしてもこのジャンルでもマニア感がすごいな、なっちゃん!」

 ふたりは盛り上がりまくっているが、後の四人は、「訳が分からん」とぽかんとしてるので、好哉が解説に入った。その作家の書いた小説では、日本が遅れていたレーダー等の索敵能力がもっと良ければ、制海権、制空権が維持され、味方の被害が少なく済み、消耗戦に巻き込まれることは無かったという話だった。しかし、その小説の中では、史実と同様に日本はレーダー開発に失敗し、その代わりに偵察機と哨戒機の開発にシフトしたという話だった。

現実世界の歴史では、千早大佐は、海軍兵学校出身のたたき上げの航空機乗りで、本来は1913(大正2)年台湾で生まれ、1934(昭和9)年に第62期海軍兵学校卒、1937(昭和12)年霞ヶ浦海軍航空隊に入隊。当初から操縦でなく偵察要員だった。1940(昭和15)年に日中戦争に参加し、後の松山343空の源田実や特攻攻撃の父と呼ばれる大西瀧治郎の信頼を得た。

1941(昭和16)年12月の真珠湾攻撃に空母赤城の第二次攻撃隊に参加し、アメリカ戦艦に250キロ爆弾を命中させている。もちろん、戦局の転機となったミッドウェイ海戦にも参戦している。

1944(昭和19)年5月29日に「あ」号作戦実行前調査で、メジェロ環礁へ長距離強行偵察が計画され、新鋭機の彩雲で途中アメリカ海軍のF6F戦闘機の追撃を振り切って、二日で5000キロを超える飛行を成し遂げている。6月11日に単機で敵機動部隊の偵察に出て、未帰還戦死による二階級特進で日本軍最年少の大佐になった。

 そんな、千早大佐が、大戦開戦前に源田や大西に偵察に97艦上攻撃機を流用するのではなく、航続距離もスピードも上位の専用艦上偵察機の彩雲の早期採用を意見具申して通っていれば、ミッドウェイ海戦で四隻の虎の子の主力空母をむざむざと失うことはなかったことは容易に予想できる。

また、対潜水艦哨戒機の東海も艦上型が早くに実戦配備ができていれば、南洋諸島からの輸送船団を守れたはずだ。ドイツ海軍潜水艦隊指令カール・デーニッツ元帥考案の三隻以上の潜水艦で輸送船を攻撃し、必要物資や輸送兵員を目的地に送らせない「通商破壊作戦」を真似たアメリカ潜水艦隊による「ウルフパック攻撃」で千隻とも二千隻沈んだとされる輸送船被害も最小限に抑えられたとされる。

 太平洋戦争での日本の敗北の原因は、東南アジア諸国から石油や工業主原料が輸入できなくなったことによる国内工業力の衰退が主要因だ。膨大な資源を持ち、国内が戦災にほぼ遭うことのなかったアメリカの製造力に負けたのも、輸入が止まり戦争維持に必要な輸入物資が欠乏したことが根本原因と考えられている。

 今ではどの国でも使用している航空機による潜水艦探知するための磁気探査機を日本海軍が世界に先んじて実用化した三式一号潜水艦磁気探査機を積載した東海が東南アジアの海上輸送路をカバーしていれば、アメリカの潜水艦を撃滅していただろう。東海は、ドイツのユンカースJu88爆撃機をお手本に250キロ爆弾を二発積載し、降下爆撃を行うことができた。

日本の駆逐艦が装備する三式爆雷の最大深度200メートルに対し、アメリカの潜水艦のガトー級は潜水可能深度は200メートル以上、パラオ級においては300メートル以上と日本海軍艦艇では撃沈不可能だったアメリカ軍の潜水艦も250キロ爆弾を改良した新型爆雷であれば、深度的にも破壊力的にも従来の爆雷とは比べ物にならず、撃沈が可能だったはずである。

東海が潜水艦隊を撃滅していれば、日本への工業物資の輸入は継続されていただろう。実際の太平洋戦争のような惨敗にはならず、追って起こったロシア、中国の共産化に対抗するためにアメリカと講和ができていたであろうという話だった。

かなり簡潔に好哉は説明した。夏子は感心しまくりの顔をしている。しかし夏子以外は、やっぱりよくわかっていないようだ。好哉は気を取り直して話を続けた。

「で、そこまでの世界をクライアントとオカやん号で見てきたんよ。クライアントの望む、アメリカとの講和が実現し、ポツダム宣言を受諾することも無く、天皇陛下の人間宣言も無かった。その作家はそれなりにその結果に満足してくれたんや。

しかし、僕の興味は次に進んで、軍による政治支配が続いたその後の日本の将来を見てみたくなったんやな。そっからは、料金メーター倒してやなぁ、一応平和になった異世界の大阪の街を作家と実際に歩いて、街を散策して、しばらく暮らしてみたんや。


まずおもろかったんがテレビやな。こっからは、みんな興味持って聞いてもらえると思うで。

「まずは、アイドル。これはめちゃくちゃおもろかったなぁ。その世界の昭和の終わりに「たのこん三勇士」って三人のアイドルの名字の名前の頭文字取ったトリオが流行したんや。「軍靴哀歌」は蓄音盤記録新人大賞とってたなぁ。その男の子が所属するプロダクション、それでブレイクしてんな。「銭銭団」って事務所で、その後もどんどん男性グループで「干し柿隊」、「少年兵分隊」と続けて、運動と音楽を融合する人の頭文字とって「動音融人」。で最後は令和の最初に「台風」いうグループが惜しまれつつ活動休止になってたなぁ…。」

「なにそれ!ここの世界のどっかの事務所に似てて笑えるなぁ。」

「ないわそれ、メチャウケ!好兄、で、それ以外には?」

「好哉兄ちゃん作ってんのとちゃうやろな。」

それまで、興味なさそうだった陽菜とミスティーとフリークが前のめりになってきた。メチャスキーはマイペースで飲んでいる。(おっ、引っ掛かってきたかな。)好哉は、さらに話にブーストをかけた。

「次に、僕がはまってしまった、おもろいドラマがあってな、現世の「花よりお饅頭」みたいな話で、軍人や財閥のエリートの子が通う名門校に庶民の子の親が娘の「玉の輿」狙って入学させてくんねんな。その学校は、今でいう「学校カースト」で「華の四英傑」って呼ばれる、陸軍大臣の孫をトップに軍事産業、財閥系金融機関、大手マスコミの四人のボンがおんねん。このトップの子がさっき言ったアイドルグループ「台風」のイケメンの男の子やねん。

そんで、その「華の四英傑」が学校を好き勝手に仕切ってんねんな。主人公の庶民の家出身の「麦ちゃん」いう女の子をハブったり、クラスメイトもいじめたりすんねんけど「何べん踏まれても負けへんで!」って雑草魂で頑張んねん。

そんでそのうち、そのトップの陸軍大臣の孫と庶民出身の麦ちゃんが付き合い始めんねんな。そしたら、そのエリートの孫のおかんが、陸軍中野学校使って女の子の素性探ったり、でっち上げの情報流したり、時には特高警察使って無実の罪で投監したり邪魔すんねん。

令和、平成のこの世界のドラマと比べても見ごたえある内容やったなぁ。お隣の国のドラマの百倍おもろかったで。

他にも予科練のダメ学生を、任侠家業の娘が予科練の指導官になってたたき直す「任侠先生」みたいな話があったわ。」

「それから僕が、ドボンしたんが、軍部に取り入る財閥系金融機関の中間管理職が上司や役員にかみつく「半沢土下座男」みたいに主人公の名前がタイトルになってるなやつ。

陸軍中野学校のエリートとたたき上げの憲兵がぶつかりながらも犯罪に対して正義感で共闘する「ダンシング大捜査線」ぽいやつ。

エリートばっかりの海軍士官学校に、あかんたれの不良兵が教師として、どんな問題にも体当たりしてやんちゃ士官候補生を導いていく「偉大教師鬼山」の頭文字つなげた横文字タイトルのドラマみたいなやつ。

軍の上位将軍の家、軍部と癒着する財閥の家、大手マスコミ役員の家、政治家の家に家政婦として入り、いろいろ見てしまう「家政婦のサンダー杉山さん」みたいなドラマもよかった。 

あと「同情するなら金をくれ―!」って戦災孤児が叫ぶドラマもあったなぁ。どれもおもろかったわ。」

「うんうん、私も見てみたいわ。それから?ほかになにがあったん?」

陽菜がめちゃくちゃ食いついてきた。


「マンガ雑誌は、「少年跳躍」がぶっちぎり。「軍神王」を目指す兵隊の弱小小隊が仲間増やして、いろんな敵と戦いながら伝説の最終兵器を見つけに旅に出るマンガが一番人気やったな。

女の子マンガでは、さっきドラマで話した「花より何某」みたいな話が「小春菊」って雑誌で連載されてて人気あったわ。

まあ、個人的には、「暇工作」シリーズゆうのがあってんな。この世界では大手家電メーカーの中間管理職がどんどん出世していく話で俺も好きな話やねんけどな。その話みたいに女にモテモテの下級将校が軍需産業の製造メーカーに出向して、任務も女もがんばって、軍隊で出世していく話が良かったかな。その世界の世界経済もよおわかったし。

なっちゃんや陽菜ちゃんは、わからんかもしれんけど、昭和の子供向け番組で、身近にあるもので何でも作る「背高さん」みたいなキャラで、陸軍で新兵器をどんどん開発していって昇進しよんねんな。まあ俺は、「少尉暇工作」から「大佐暇工作」までしか読んでないけどな。「中将暇工作」まで出たと思ったら、兵学校時代の話や、学生時代の話もでてたなぁ。階級ごとに十冊以上で全部で百冊以上あるからとても読み切れへんかったわ。」

「へーえ、わたしも読んでみたいわぁ。ほかにも面白いのあった?」

「せやな、陽菜ちゃんやなっちゃんみたいな若い子には、「イモノキ乳入り紅茶」いうのが一時、めちゃくちゃ流行ってたみたいやで。」

「イモノキ?「乳入り紅茶」ってミルクティー?」

「そうそう、この世界では「タピオカミルクティー」ってやつやな。世界が変わっても同じ日本人。流行りは似てるってこっちゃ。あと女の子には、「三十一氷菓」っていう持ち帰りのアイスクリン屋さんが人気やったで。陽菜ちゃん、これくらいでええかな?」

「了解了解!好哉さんの話で、お腹いっぱいになりました。ありがとうございました。」

と敬礼して見せた。

「そうそう、さっきの世界では、男の子も女の子も挨拶はそれ!ピースは禁止!」

と好哉が陽菜に敬礼で返すとみんなが笑った。陽菜、好哉が話し出す前にミスティーが出した、「液体胃腸薬入りカクテル」ですっかり悪酔いではなく、純粋に笑ってくれていたのでほっとした。

そこから、夏子と陽菜の感想と旅の希望を聞いて、その日の会はお開きになった。


「1560年、尾張~桶狭間」

 2021年4月1日午前九時、オカやんツアーズの倉庫は、荷物の積み込みにバタバタとしていた。好哉とメチャスキーが後ろのキャビンやその下部のトランクに次々とケースや段ボール箱を運び込んでいる。フリークは、運転席で、量子コンピューターとにらめっこをしている。ミスティーはキャビンの中で、ミニキッチンやトイレ、シャワーの稼働確認と冷蔵庫の中身をチェック表に書き込んでいる。冷蔵庫のチェックが終わったミスティーがキャビンの中から大きな声で聞いた。

「好兄、今回六人で二週間分で良かったんやな?予備は、積んどくの?」

「せやな、何があるかわからんから、入るだけ積んどいてくれるか。あの子ら、変に、はまったら延長の可能性大やからなぁ。なんやかんやで、よお稼いでるみたいやから、俺の頭の中では二週間では、終わらへんと思うわ。特に、なっちゃんは怖いとこあるよなぁ。」

「えー、何が怖いんですか?好哉さん、十九の乙女に対して失礼ですよーっ!」

ガレージの前に夏子と陽菜がキャリーバックを持って立っていた。

「あれー、なっちゃん、陽菜ちゃん、出発までまだ二時間以上あるで。ちょっと早すぎやで。」

ふたりともジーンズにブルゾンのスポーティーな恰好でニコニコ笑っている。

「いやー、楽しみすぎて、夜中に目が覚めたらもう寝られへんかって、陽菜ちゃんに連絡して、はよ来させてもらいました。」

「そうなんですよー。なっちゃん、朝の五時に電話してきて、私は眠たいですー。でも来た以上は、お手伝いできることあったら何でもやりますよ。」

「じゃあ、なっちゃんと陽菜ちゃんの個人のモノ、先に荷物チェックさせてもろて、キャビン内にしまうから入ってきてくれる。」

とミスティーから声がかかった。ミスティーがキャビンでふたりのスマホを預かり、カメラやレコーダーの持ち込みが無いことを確認した。夏子の記録用のノートパソコンは、カメラやマイクが無い機種であることを確認して返した。事前に渡していたA4サイズ裏表十枚の行程表は、赤ボールペンで隙間が無いほど、いろいろと書き込みがなされていた。独自に作ったであろう、「質問表」と「やってみたい事表」が別に二十枚ほど用意されていた。(あぁ、好兄言ってたみたいに延長戦の可能性大やな…。)陽菜の荷物には、これでもかといわんばかりに大量のお菓子が入っていた。(陽菜ちゃんもすごいなぁ。このお菓子の量は、一カ月分以上あるんとちゃうか…。)ふたりとも金髪のかつらとブルーのカラコンが入っていることで、彼女たちの気合を感じた。別パッケージで、ミスティー用の黒髪のかつらと茶色のカラコン、そして町娘風の着物も持って来てくれていたのがうれしかった。ふたりの荷物をベッド下の収納にしまったが、まだスペースに余裕があったので、ふたりはお菓子の追加を買いに出かけて行った。


 出発予定時間の二十分前に、夏子と陽菜は帰ってきた。オカやんツアーズの四人にも差し入れの飲み物を買って来てくれていた。すっかり、準備は終わっていたので全員前部のキャビンに乗り込み出発することにした。前席には、運転席にフリーク、中央席に好哉、助手席にメチャスキーが乗った。後部席には、右から夏子、陽菜、ミスティーが座った。

「アテーションプリーズ、本日は、オカやんツアーズをご利用いただき誠にありがとうございます。オカやん号は、今から2021年4月1日十一時の大阪京橋から、永禄3年5月19日、グレゴリオ暦1560年6月12日午前三時に清須城、八時に熱田神宮を経由いたしまして十二時半に桶狭間に向かいます。本日のコースは、多くの危険を伴いますのでオカやん号から出ることはご遠慮いただけますようよろしくお願いいたします。現地滞在換算時間は十四日間。車内の日時表示はグレゴリオ暦で表示されています。その下段の経過時間は一日二十四時間換算となっております。なお現地での解説では、グレゴリオ暦の日時と旧暦の日時が混在することが多々ございます。便宜的に使い分けていきますのでご了承いただけますようよろしくお願いいたします。この世界の帰着予定は2021年4月1日十二時となっております。それでは、皆さま、ボン・ボヤージュ。」

好哉のマイクアナウンスが終わると、シートベルト着用のランプが点灯し、「ひゅいーん」という音が高まってきた。約三十秒ほどのアイドリングを経て、窓の外が真っ白になり、重力感が無くなった。


 「ひゅーん」、「ドスン」。重力感が戻った。車内の日時表記は、1560年6月12日午前二時五十分、経過時間は零分三秒を示している。窓の外は真っ暗だ。フリークが運転席のドアを開け、ドローンを発進させた。車内のモニターにドローンからの赤外線映像が映し出されている。正面の清須城が近づいてくる。

「好哉さん、この時間ってことは、信長の「敦盛」の舞が見れるんですか?」

「おっ、さすがなっちゃん!もうすぐ、今川に丸根砦と鷲津砦が攻撃を受けた旨の連絡が入るから、信長の舞をライブで見て、熱田神宮に移動するで。フリークの操縦するドローンが変に見つかったら、ミスティーがすぐアポートせなあかんから、その時はライブは中止な。そうなったらごめんやで。」

夏子と陽菜は両手を膝の上で握りしめ、モニターに注目している。

ドローンの送信画面が城の小窓から入り込み、蝋燭でうっすらと照らされた白い着物の男が映し出された。斜め前で画像は固定し、音声が入ってきた。何やら、家臣が今川の襲撃について伝えているようだ。

「フリークさん、ズームってできるんですか?できるなら、お願いします。」

夏子が言った。「あいよ」とフリークはコントローラーを操作した。徐々にモニターのちょん髷頭の若い男の表情がモニターに大映しになった。

「きゃーっ!若き信長様―っ!超かっこいいーっ!」

夏子が叫んだ。陽菜は手持ちのカードと見比べて、好哉に尋ねた。

「好哉さん、この時の信長、いくつですか?髭無いし、めちゃくちゃ若いですやん。なかなかのイケメンですねー。で、どの人が蘭丸ですか?」

「この時は、二十六歳の誕生日の十一日前。満二十五歳やから、まだまだ若いな。三宝院の肖像画は五十一歳やったからね。蘭丸はまだ生まれていませーん。さあ、ここから、敦盛舞い始めるで。注目―っ!」

モニターから「思へばこの世は常のすみかにあらず…」と信長の歌が聞こえてきた。夏子はうっとりとして見入っている。(あぁ、声も素敵…。)「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり…」夏子が泣き出した。(このフレーズ、心に染みるわ…。)陽菜がそっとハンカチを渡してやる。「これを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき次第ぞ…。急ぎ具足と甲冑を持てい!出陣じゃーっ!!」信長の歌が終わると、「出陣」の雄たけびと法螺貝の音が車内のスピーカーから響いた。家臣が持ってきた陣羽織を羽織り、帷子、甲冑と家臣が信長に着付けていく。「馬を用意せーい。出るぞーっ!」モニターに映った部屋から信長の姿が消えた。

「あぁぁぁぁぁぁ。幸せ…。凛々しゅうございました、信長様…。好き…、大好きです…。」

夏子が泣きながら呟いた。モニターは、ドローンが窓から飛び出し、馬小屋へと移った。小姓が忙しく動き回り、六頭の馬が鞍を載せ、鐙がセットされていった。車内の日時モニターが午前四時を過ぎた時、城の一階の扉が開き、きらびやかな鎧兜を身に着けた信長が、五人の小姓とともに現れ、「我に続けーっ、熱田神宮で集合じゃーっ!」と叫び六人の騎馬武者が城門をかけ出て行った。 

信長を先頭に六人の若武者を乗せた騎馬が城門を出て行く。その後、半刻ほどで家臣たちがバタバタと出て行った。陽菜が不思議そうに聞いた。

「たった、六人で行っちゃって信長大丈夫なん?ほかの部下の人達は、なんでこんなにのんびりしてんの?準備悪すぎやん。私が、信長やったら、そんなのろまな部下は後でしばきやなぁ。」

「えっとね、陽菜ちゃん、信長は、この出陣に対する会議も打ち合わせも今の今までまったくしてへんかってん。だから、身の回りの小姓以外は、こんな明け方に出陣するとは思ってもなかってんな。そんな話やったやんなぁ、なっちゃん。」

「そう、ミスティーちゃんが今言ったように、今川の軍勢の方が圧倒的に有利やったから、前もって、出陣時間とか言ってると、負けることを予想してた家臣が裏切って、今川方に情報を漏らす可能性があったから、信長の頭の中にしか作戦はあれへんかってんよ。だから、出だしが悪い家臣を非難したったらちょっと可哀そうやなぁ。わかった?陽菜ちゃん。」

「ふーん、そうやったんや。解説ありがとう、ミスティーちゃん、なっちゃん。これからも解説たのむわな。あと、なんで熱田神宮なん?戦いの前に戦勝祈願のお参り?」

ちょっと考え込むミスティーと夏子をフォローするように好哉が助け舟を出した。

「それはやなぁ、諸説あんねんけど、俺が思う話をすると、なっちゃんからの希望で「長篠の戦の図」で信長の横の六芒星の三人組の男を確認したいっていうのがあったけど、それにつながる話やから、ネタバレ半分で言うとくと、神社の神さんをお参りするいうんじゃなくて、元々の織田家先祖の宝物、「草薙剣」が熱田神宮に奉納されてるんで、その剣のご利益にあずかって戦場に赴いたって話と、清須城の周りには、今川側のスパイが潜んでるから、軍勢の詳細を知られたくなかったんで別の場所で集まったって話やな。

今川側のスパイは、信長が六人で出て行ったっていう情報を持って本陣に走っていくやろうから、そいつがどこに行くんか追跡することで本陣が分かるってなとこで、信長の賢さが出てるってところやな。」

「へーえ、さすが好哉さんやなぁ。私も勉強になったわ。草薙の剣の話も楽しみにしてるわな。じゃあ、熱田神宮へ向けてレッツゴー!」

夏子がノートにメモを取りながら、好哉に尊敬のまなざしを向けた。


 オカやん号は、熱田神宮の裏の空き地に移動した。ワープしてるので、信長より先に着き再びドローンを飛ばしている。六人の騎馬武者が正門の前の広場に到着した。次々と、旗物を背負った家臣や、足軽兵が集まってきて、モニターには信長が映し出されている。好哉が何やら黒いちょっと大きめのサイコロのようなものをカバンから取り出し、メチャスキーに渡した。

「メチャスキー、ここからでいけるか?」

「あいよ。任せといて。左の袂でええやんな。」

メチャスキーが目をつぶり、ぎゅっと右手を握りこんだ。「ふん!」といきんで手を開くとそこには何も入ってなかった。

「えっ?こんな時にマジック?ミスティーちゃん、メチャスキーさん、何してたん?」

「うん、なっちゃん、これから先は、屋外の戦いで、もうちょっとしたらすごい大雨になるねん。そしたら、ドローンのカメラもマイクも役に立てへんようになるから、メチャ兄が盗聴器を信長さんの左の袂…、うーん、袖袋言うた方が分かりやすいかな?そこにさっき好兄が出した1.5センチ角くらいの小型盗聴器をメチャ兄がアスポート能力っていって、好きなところに物体をテレポートできる力で送ったんや。これで、信長さんの周辺の会話はこっちに筒抜けや。ばっちり、歴史の真実を聞いたってや!」

フリークが、車内のスピーカーに盗聴器の音声を流した。

「何人集まりそうじゃ?」

「ここには、三千でございます。追って三千が追加の予定でございます。

「先に、中島砦に二千送れ。義元を「おけはざま山」に誘い出すぞ。」

「?」

「重休、いいから、いわれたとおりにやれ!」

「御意。」

信長の小姓、赤母衣の岩室重休が二千を率いて先に出発した。隊を率いて東へ進む重休を信長は見送り、信長のもとに駆け付ける伝令に大高城寄りの砦が苦戦中、今川本陣はおけはざま山北部に移動中との情報を受け取る。「思いのままじゃ。後は、幾ばくかの運…。劔神社の氏神に願うのみじゃ。」信長のひとりごとまで盗聴器は拾ってくる。

夏子が必死にメモを取っている。「中島砦、重休、つるぎ神社?」モニターの信長を見ながら、真剣な表情でメモを再確認する。モニターに映る信長軍の軍勢がどんどんと増えてくる。


「これより、全軍善照寺砦に向かう。熱田神宮の氏神は、我らの勝利を信じてくれておるようじゃ。皆の者、わしと熱田の氏神を信じてくれ。では、全軍、進軍開始!」

信長の号令と共に、約三千の信長軍が、善照寺砦が包囲している鳴海城方面に進軍を開始した。オカやん号は再びワープした。

再び、着地したのは遠方に善照寺砦、その奥に中島砦が見えるポイントだった。これからの合戦の混乱に巻き込まれないよう、若干距離を取ったポイントに停車した。ドローンのモニターと信長の左袂の盗聴器は、随時ライブで情報をオカやん号に送り続けている。オカやん号の時間モニターは昼の十二時を示している。

ここからの史実は、信長公記では、家臣の反対を押し切り、中嶋砦に信長本隊は移動し、正面攻撃をかける。信長記や明治時代の陸軍参謀本部が編纂した「日本戦史」では、本隊は、迂回して義元本陣の裏手に回ることになっている。そのいずれも決戦の地は、丘に挟まれ狭路となった地である、現在の「桶狭間古戦場伝説地」となっている。善照寺砦で、本隊を中島砦に移動させようとする信長に対して多くの家臣が反対をしている様子が伝わってくる。

 夏子は、正面攻撃なのか、迂回攻撃なのか手に汗を握ってその時を待った。西から低く分厚い黒い雲が近づきつつあった。陽菜は、横の席でポッキーを食べている。

「中島砦に本隊移動じゃ!」

信長の号令で本隊約三千が中嶋砦にむかい移動を始めた。(いよいよ、合戦の大詰め。後三十分ほどで雨が降り始めるはず…。)夏子の口の中にすっぱいものがこみ上げてきた。


 信長本隊が中嶋砦に着いてまもなく雨が降り始めた。雨は徐々にきつくなり、一時前には土砂降りとなった。信長は、重休とその陣で頑張ってきた佐々成久の兄である政次と熱田大宮司家の千秋秀忠を呼び寄せ、命令を下した。本隊は約三千を率い正面路から少し外れた小道へと入っていった。重休は、政次と秀忠と一緒に約千五百の軍をまとめた。(ここは、信長公記では、三十騎が独断で出て行ったとされてるけど、違うんや…。本隊の取ったコースも信長記の記載とも違う小道を入っていった。いったいどうなるの?)夏子は緊張した。重休たちが義元前衛隊に正面攻撃をかけた。激しい戦いの中、政次、秀忠が討ち死にした。何とか持ちこたえているが寡兵の織田軍の旗色が悪い。今川軍の武者が秀忠の首を取り、今川本陣へ持ち運ぶのが見えた。豪雨で画面がはっきりととらえられない状態の中、ドローンがその武者を追跡する。遠くの小山の中腹に今川の旗が見えた。(えっ?窪地に本陣じゃないの?これじゃあ、山上からの奇襲にならへんやん。それに、信長軍本隊はどこに行ってしもたん。)夏子は、信長の身を案じた。ドローンからの音声は雨音しか聞こえない中、信長の盗聴器からと思われる声が車内に響いた。「もう少し、待つのじゃ…。今に好機がくる。」

大雨の中、おけはざま山中腹に設置された今川軍本陣に届けられた、千秋秀忠の首を見て今川義元はおおいに喜んでいるのがモニター越しに見えた。中島砦制圧に追加の軍を出し、続いて大高城を囲む砦の掃討戦へ追加を送った。大雨の中、義元は浮かれ、勝利を確信していた。

本陣にいた多数の旗本は、戦功を一つでもあげようと、優勢に戦いが進む織田軍の砦壊滅に次々と出て行った。今川本陣の人員は元の三分の一に減っていた。

「人数はこれで五分。今川の軍勢の半分は、農民の雑兵じゃ。我らが、正規兵の敵ではない。ましてや、おけはざま山の周辺は泥田。畔の幅は馬一頭分しかない。千秋や佐々の犠牲とこの雨のおかげでここまで接敵することなく来れた。これを天佑と言わずなんという。今じゃ、全軍かかれーっ!」

信長の号令と共に、一斉に一直線に騎馬兵が今川本陣に突撃する。今川本陣では、本陣下から響く声を、雑兵の喧嘩か何かと判断していた。その隙を突き、信長軍一番槍が雑兵を蹴散らし、義元本陣に飛び込んだ。不意の奇襲に雑兵は戦わず周辺の泥田に逃げ回った。信長本隊の精鋭は強く、残った正規兵、旗本たちを次々となぎ倒していく。

「義元の首だけでよい!本家の旗物を狙えー!」

再び信長の声が車内に響いた。ドローンは、本家の旗を目指し移動していく。モニターに義元らしき派手な陣羽織の男を捉えた。血しぶきが飛び、首や腕が地面に落ちていくシーンが続く。圧倒的な勢いの信長軍に押され、義元は輿を放棄し数百にまで減った侍たちと本陣を捨てて、おけはざま山を下り逃げていく。好哉が車内で叫ぶ。

「さあ、なっちゃん、よお見ときや!まずは、服部小平太が行くで!」

信長軍の侍が義元に切りかかる。寸手のところで、護衛の旗本に邪魔され、足もとに返り討ちにあってしまう。

「次、毛利新介や。なっちゃん!新介の槍に注目やで!さあ、ここや!」

モニターの中で、毛利新介の槍が逃げる義元の背を貫いた。護衛の兵をさらになぎ倒し、新介は義元に馬乗りになると、義元の首を落とした。自分の槍に首をかざし、勝どきを上げた。

「よし、よくやったぞ。これで勝ちは決まりじゃ。戻るとするか…。」

信長の声が入った。モニターの中では、敗走する今川軍を信長軍が背後から切りまくる一方的な勝負が映っていた。モニターの前で夏子はプルプルと震え興奮が隠せない様子だった。陽菜は、青い顔をして夏子とは違う震えでがちがちと歯を鳴らしていた。「陽菜ちゃん、大丈夫?」とミスティーが気遣う。その様子を見て、フリークはコントローラーを操作した。

ドローンは一気に上昇し、各砦の状況をズームして全容を映した。今川の紋を付けた旗が一方的に敗走するシーンが続いた。次々と切り倒されていくが、その画面からは、人がただ倒れているだけに見える。史実上、今川軍の戦没者二千七百五十三人に対し、寡兵で圧倒的不利と言われた織田軍の戦没者は千人未満と義元を打ち取った後の戦いがいかに一方的になったものであったかを物語っている。

 ドローンは、中嶋砦に戻る信長を捉えた。戦勝に湧く信長本隊と家臣たちの前に、新介一同が義元の首を持って戻ってきた。信長は、首が義元のものと確認すると、

「よくやった。先に清州に帰るぞ。後は、任せた。」

と言い残し、五百の兵を連れて西へと向かった。

「よっしゃ、ミスティー、マイク回収してくれ。」

「了解、好兄!うーん、えいっ!」

ミスティーの右手に黒い四角い物体が戻ってきた。オカやん号の車内の日時モニターは午後二時三十分を示していた。


 夕日が水平線の上に浮かび、西の空を赤く染めている。砂浜を歩く三人の影が東に長く伸びる。オカやん号は、無人の海沿いの砂浜に停まっていた。砂浜に小さな波が何度も打ち寄せては引いていく。ミスティーが最初に切り出した。

「陽菜ちゃん、気分どう?いくらか、ましになった?今日は、いきなり刺激が強すぎてごめんな。好兄も気にしてたんで…。」

「私からも、ごめん。陽菜ちゃんの事、ろくに考えんと、自分の趣味の世界に没頭してしもて…。夢中になりすぎて、陽菜ちゃんの事まで頭が回らへんようになってしもてて…。ほんま、陽菜ちゃん、ごめんな…。」

陽菜は、黙ったまま歩き続けている。夏子とミスティーが顔を合わせ、うなだれる。黙って、三人で五分ほど歩いただろうか、夏子が陽菜に言った。

「陽菜ちゃん、元の世界に戻る?今日で嫌になったんやったらそれでええんよ。そりゃ、私は、陽菜ちゃんと一緒にいろいろ見て回りたかったけど、私のわがままに付き合わせて、陽菜ちゃんがしんどくなってまうんやったら、無理は言われへんから…。」

「・・・・・・。」

「それか、明日からも一緒に居ってくれるんやったら、好哉さんに言うて、「長篠の合戦」や「本能寺の変」外してもらって、この時代の観光だけにしてもらうとか…。」

「・・・・・・。」

桶狭間の合戦の現場を去った後、陽菜は貧血を起こし、オカやん号の中で倒れてしまっていた。好哉が言うには、モニター越しとはいえ、実際に人が死ぬシーンを目の当たりにして極度に高まった緊張が、一気に解けた際によくあることだということだった。メチャスキーが後部キャビンのベットに陽菜を連れて行き、ミスティーがつきっきりで様子を見ていた。清州に戻った信長一行をモニターする予定を急遽キャンセルし、静かな海辺で休憩をとっていたのだった。

約三時間ほどで、陽菜は目を覚ましたのだが、目の焦点が合わず、言葉が出なくなっていた。見かねたミスティーが夏子と一緒に散歩に連れ出したのだった。陽菜がふと足を止めた。

「し、心配かけてごめんなさい…。わ、私、怖かってん…。映画じゃ人が切られるシーンなんか、何度も見てんのに、ほんまにあれで人が死んでんねんやと思ったら、お金出して安全なところでそれを見てる私自身が怖くなって…。」

「うんうん。」

「なっちゃん、すごく楽しみにしてこの世界に来てんのに、私のせいで中止や変更になるのも申し訳なくって…。」

「うん…。」

「せやから、私これからどうしたらええのかわからへんねん…。どうしたらええねやろ…。」

ふたりは、立ち止まって、動かない。陽菜の頬に涙がつたっている。

「えとね、陽菜ちゃん、なっちゃん。私、このツアーのガイド始めて一年やねんけど、今の陽菜ちゃんの気持ちすごくわかるねん。私も最初の頃、やっぱり同じこと考えたから…。お金払って、人が死ぬとこ見てキャーキャー喜んでる人や、陽菜ちゃんみたいになってしまう人。いろいろ見て来てん。

 でもね、ガイドになって一ケ月くらいのときやったかな。えらいお坊さんの希望で比叡山の焼き討ちの現場に行ったことがあんねんな。そりゃ、阿鼻叫喚のすごい絵図が目の前で起こって、私も頭おかしくなるかと思ったわ。

でもね、お坊さんの話を聞いて意識が変わったんよ。「人の歴史に死は避けて通られない。人生においても、必ず身の回りで誰かが亡くなる。だから、人の死を避けて通るんじゃなく、受け入れる気持ちを持っておかないといけない。死を理解した人は、理解していない人より優しくなれるはずです。人の死を理解していない人ほど残虐になる。皆が人の死を理解すれば、無駄な殺生や虐待は無くなる。」ってね。

 最初は、何を言ってんのかわからへんかったんやけど、別のお客さんで、「亡くなった息子さんが生きてた頃の世界を見たい。」っていうお母さんの依頼があってんね。最初、涙流しながら、ずっと息子さんの姿を追いかけててんけど、息子さんが飼っていたいた犬が死んだときに、そのお坊さんと同じようなことを言ったんよ。

そこで、予定にはなかったんやけど、お母さんの希望で、息子さんが死ぬところまで見ることになってん。お母さんは覚えてはらへんかったみたいやねんけど、その息子さん、病気で亡くなる直前に、「俺自身が死ぬことは怖くない。ただ、母さんが俺の死に捕らわれてしまって、この先の母さんの人生の価値を落としてしまうことが怖いんや。だから、俺が死んだら、それを受け入れて、俺と同じように病気を患った人がおったら、優しくしてあげてほしいねん。そうしてくれたら成仏できるわ。」って言わはってな、臨終の瞬間まで見守って、そこでお客さん、吹っ切れたんやな。息子さんの死を受け入れられたって。今は福祉の仕事してはるって…。この間元気な顔して店に来てくれはってん。上手に言われへんけど…、この今の仕事で、人生観変わって生き方変えた人や、人生そのものを切り替えた人を見て来てん。その多くは、喜んでくれてると思ってるし、信じてる…。だから、私は、陽菜ちゃんと、この先も一緒に旅を続けたいな。

 まあ、人が死ぬところ見るのは、この先極力避けていくのがええと思うけど。今日、亡くなった人たちもきっと何かを守るために闘って、死んでいったんやと思うようにしてんねん。無駄な死はひとつも無いって信じてる。返事は急がんでもいいから、今晩はゆっくり考えてみて。」

「うん、ミスティーちゃん、ありがとう。気遣わせてごめんね。なっちゃんもごめんね。今日は、ゆっくり休ませてもらうわ。ほんまにごめんな…。」


 次の日の朝、後部キャビンでは、陽菜が一番最初に目を覚ました。現地時間では朝五時半だった。ミスティーと夏子は良く寝ている。陽菜は着替えて、オカやん号のキャビンを出た。

ひとりで海岸を散歩していると、泣きじゃくる幼い妹を連れた十歳くらいの男の子が目に入った。

「どうしたの?」

陽菜が声をかけた。見慣れぬ格好の陽菜に一瞬男の子は驚いたが、

「昨日の戦で織田の殿様の軍におった、お父ちゃんが死んだんだがや。お母ちゃんはその前に死んでしもとる。妹が「お父ちゃんが帰って来ない。寂しい。」って泣き止まなくて困ってるんだぎゃぁ。」

「あなた、いくつ?妹さんは?」

「俺は来月で十二、妹は今四つ。お父ちゃんから、俺は来月から大人の仲間入りって言われてただがや。だから俺は泣かん。お父ちゃんがいつも言ってたがや。戦は、人を殺すためにするもんじゃにゃぁ。俺ら家族を守るために闘うんだぎゃぁ、って。だから、俺はお父ちゃんに代わって、これから妹を守るためにも、泣いとる時間は無いがや…。」

(こんな小さい男の子が…。私よりずっと達観してる…。十二歳を前にすっかり大人だ…。)陽菜は、男の子と女の子を抱きしめ、女の子に囁いた。

「うん、お父さんは、あなたやお兄ちゃんの為にきっと立派に戦ったんやと思う。お父さんは、あなたたちのために死んじゃったかもしれへん。けど、あなたには、優しいお兄ちゃんが残ってるからええやないの。あなたはひとりやない。あなたが泣いてたら、お父さん、安心して天国に行かれへんで。さあ、これでも食べて元気出して。」

とポケットから、ふたつキャンディーを出して、ひとつを男の子に、もう一つを女の子の口の中に入れてやった。

「お父ちゃん、戻ってこないの?」

女の子が言った。

「うん。でもあなたが泣くのを止めたら、空の上から、お母さんと一緒にあなたたちをずっと見守ってくれるわ。泣いてたら、安心できないからね。きっとあなたたちのお父さんは、お殿様のためじゃなくって、あなたたちのために闘ってたんやと思うで。あなたたちがずっと泣いてることをお父さんは、望んでないと思うわ。だから、元気出していこな。お兄ちゃんは、妹さんの事しっかり守ってあげてな。」

女の子は、泣き止んだ。男の子が

「お姉ちゃん、ありがとう。死んだお父ちゃんに代わって僕が妹を守っていくがや。がんばってみる!」

と陽菜に笑顔を見せて歩いていった。(あんな、小さい子でも死を受け入れてんねんな。私も甘いこと言ってられへんわ。さあ、朝一に、なっちゃんとみんなに謝ろ!)陽菜は、オカやん号へ踵を返した。


 陽菜が戻ると、ちょうどフリークが起きてキャビンから降りてくるところだった。

「陽菜ちゃん、おはよう。気持ちは落ち着いた?昨日は、ショックなシーンばっかしのカメラワークでごめんな。今度から気を付けるわな。」

と申し訳なさそうに、陽菜に頭を下げた。

「いや、フリークさん気にせんとってください。もう大丈夫ですから。まあ、合戦の現場は、モニターから目をそらさせてもらおうとは思いますけど、これからの旅も楽しませてください。」

と笑顔で答えた。好哉とメチャスキーもキャビンから降りてきた。

「おーっ、陽菜ちゃん元気でたんか。そりゃよかった。なっちゃんもミスティーも喜ぶわ。」

「陽菜さん、今日はいい顔ですね。」

好哉とメチャスキーが歯ブラシを咥えたまま言った。陽菜はぴょこんと頭を下げ

「もう大丈夫です。昨日はごめんなさい。どうもご心配おかけしました。朝ごはんの準備手伝いますよ。」

と笑って見せた。

「じゃあ、今から一緒にハマグリ掘りに行こか。ここのハマグリが旨いねん。現世では、埋め立てられてしまってる場所やから「鳴海」って地名でも全然波の音聞こえへんけど、今は天然の砂浜やからな。朝からリッチにハマグリパーティーや!そうとなったら、ミスティーとなっちゃん起こしてきたってんか。」

好哉が優しく言った。


 ハマグリ漁は大漁だった。浜焼き、酒蒸し、味噌汁と十二分に自然の恵みを楽しんだ。一通り食べると、夏子がメモ用のノートを取り出し、好哉にいろいろと質問をした。陽菜とメチャスキーは海に洗い物に行った。フリークは、量子コンピューターのセッティングに入っている。残されたミスティーは夏子と好哉に同席した。

「昨日の話ですけど、私の見た映画やドラマでは、狭路に挟まれた窪地に設営された義元の本陣に信長軍が斜面を駆け下りて奇襲をかけるってシーンやったんですけど、昨日は山の中腹に義元の陣があって駆けあがっての奇襲でしたよね。信長公記も信長記も違いますよね?」

「うん、まず、僕からなっちゃんへの一言は、「歴史書を全面的に信じんな。」ちゅうこっちゃな。極端な話やけど、魏志倭人伝も日本書紀も平家物語も吾妻鏡も天正記も徳川実記も自分らに都合よく書き換えてることは否めへんな。マルコポーロの東方見聞録なんかめちゃくちゃや。ありとあらゆる歴史書と言われるものはほぼ全部や。

まずは、本人が直接見て書いたっていう第一次資料になる歴史文書といわれる信長公記やけど、昨日のあの現場に筆者の太田牛一が居れへんしなぁ。笑えるやろ。結局は、伝聞や創作もよおけ入ってんねん。そんで、弟子たちによって、江戸時代に写本がいっぱい作られるねんな。

 よお考えてみぃ。初期の写本は手書きやからな。手間かけたら、やっぱ高値で買ってもらいたいわな。そしたら、ありのまま書くより、読み手が喜ぶストーリーの方が高く売れるしたくさん売れるわな。極端な例やけど、三国志や水滸伝なんかがその代表やな。

きのうの事例やと、泥田の中の畦道でのまさにドロドロの戦いより、源義経の一の谷の戦いの「鵯越の逆落とし」みたいな方が客受けがええわな。だから、信長公記のタイトルでも「信長自ら先頭きって。山の上から急勾配を馬で駆け下り、谷下の義元本陣を急襲!」みたいなもんまであるそうや。どこにそんな急斜面があるっちゅうねん!

おまけに義元軍は四万五千人で信長軍は一万人や。義元軍、そんなん、国中の兵隊集めたっておれへんわなぁ。さらに、中島砦から、飛び出した重休、政次、秀忠ら、たった三十人で二千人の前衛隊に攻めたってか。宇宙戦艦ヤマトやデビルマンの最終回やあるまいし。普通に考えたらわかるやろってなもんやなぁ。でもそれがうけるんやなぁ…。まあ、中島砦の戦いは、三十人から三千人まで諸説あるけどな。その差百倍や。腹の中よじれまくるわ。

 ましてや、江戸時代はテレビもネットもあれへんから、現地まで行けへん限り嘘を書いてもばれへんわな。江戸後期の信長公記のなかには、その時点で存在せえへん東海道を義元が通ったちゅうエピソードが出てくるもんもあるくらいや。もう異世界ファンタジーやな。ラノベにしてもええくらいやなぁ。

 日本の歴史小説家トップファイブの作家でも信長はよく取り上げられてるけど、それらがいつの時代の信長公記かわからんもんを現代語訳したものをベースに書きよるし、それをもとに演出家が脚本作って、更に監督の意思が入ったら、もう無茶苦茶で当たり前や。そやから、僕は今の仕事が好きやねん。」

「あぁ、そうですよね。私も、信長好きですけど、三河まで来たんも初めてやし、今の第何次資料なんて気にせんと調べてましたから。なんとなく、「桶狭間古戦場伝説地」のほうが「桶狭間古戦場公園」より正しいかなって思ってました。ましてや「桶狭間」やから桶状の狭間で谷間の狭い道って勝手に思ってました。「おけはざま山」って初めて知りましたよ。それもひらがななんですね。もう信長ファン失格ですよね…。」

「いや、気にせえへんでええよ。さっき言った、偉大な歴史小説家かて間違えてんねんから。吉川英治、山本周五郎、司馬遼太郎、永井路子、塩野七生はすごいと思うよ。それこそ、ネットの無い時代に、国立図書館や全国の寺や博物館周って資料探してんねんもんな。そこは、尊敬してんねんで。その資料の中に、竹内文書(たけうちもんじょ)みたいなとんでもない歴史書があったりするからしゃあないわなぁ。ただ、ほとんどのユーチューバーはもうちょっと頑張ってほしいわな。まあ、これからは、なっちゃんも資料を目利きする能力を持つことは必要やで。」

「そうですよねぇ、信長公記も信長記も正面攻撃説と迂回説の違いはあっても、決戦場所は「桶狭間古戦場伝説地」でしたもんね。結果は、信長軍の一部が正面攻撃をかけて、本隊主力が雨に紛れてちょっと迂回して、おけはざま山の義元の本陣奇襲して、桶狭間古戦場公園で首を取ったってオチですよね。」

「そうそう、好兄、私もそこがようわからんかってん。なんで、義元はあそこに本陣設営したん?なんで、いざ奇襲って時に本陣の人数あんなに減ってたん?あとなんで熱田神宮集合やったん?」

ミスティーが口をはさんだ。横で、夏子も前のめりになって頷いている。

「そこはやなぁ、すべて信長の作戦勝ちや。決戦前に軍議を一切開けへんかった情報統制も、たった六騎で清州を飛び出したのも、義元前衛隊に千五百で挑んだんも、もしかしたら周りの砦での苦戦も信長の中では、義元軍おびき出して、おけはざま山に本陣ひかせて、その後、分散させるための撒き餌やったんかもしれんなぁ。

 もしかしたら、劔神社の裏陰陽師がついてて、あの大雨も知ってたか、降らせたかしたんかもしれん。熱田神宮の件は、また後でな。」

「えっ?好兄、劔神社の裏陰陽師って、例の話?」

「例の話って?私も聞いたこと無いです。好哉さん、そこも教えてくださいよ。」

「あぁ、そこはぼちぼちな。さあ、日も十分上って、人も出てくるから、今日はここまで、なっちゃんは、陽菜ちゃんとメチャスキーの洗い物手伝ってあげて。八時には出発するで。」

「了解!劔神社の話は、結構勉強したから、私からなっちゃんと陽菜ちゃんに説明させてや。」

「ミスティーちゃん、好哉さん、絶対あとで教えてくださいよ!約束ですからね!」

夏子は、ブウたれながらも海で洗い物をしている陽菜とメチャスキーの元に走っていった。好哉とミスティーはキャンプ用の折り畳みいすとテーブルを片付け始めた。(ふう、これから先、もっと驚くことあんのに…。どうなることやら…。)ミスティーは、走っていく夏子の背中を見て呟いた。


「1800年前、越前、劔神社」

 全員がオカやん号に戻ってきた。フリークとメチャスキーは運転席のキャビンに、ミスティーと好哉、夏子と陽菜は、後部キャビンに乗り込んだ。好哉が夏子と陽菜に言った。

「今日は、元々の予定では、なっちゃん希望の六芒星の男を確認しに一気に十五年飛ばして「長篠の戦いの屏風絵」の世界へ行く予定やったんやけど、ミスティーとも話して、ちょっと一服しようと思てんねや。」

「一服って何ですか?」

夏子が聞いた。ミスティーが会話に割って入ってきた。

「まあ、昨日、結構ショッキングなシーンでスタートしてしもたし、二日続けて戦場よりかは、まずは信長のルーツについて知っておくと、後の旅がより一層楽しめるかな。って思って。この間、高校の日本史の授業で習って、興味湧いたから結構、信長について勉強してん。今日は、好兄に代わって、私が千八百年前の世界から解説させてもらおうと思ってんねん。ええかなぁ?」

「なんか、面白そう。ミスティーちゃんにお任せするわ。陽菜ちゃんもかめへんやんなぁ。」

「私は、よおわからへんから、なっちゃんがそれでええんやったらノープロやで。で、1800年前って、えらい飛ぶねんなぁ。どこ行くの?」

と夏子と陽菜。

「じゃあ、今日はオプショナルツアーで、寄り道決定な。フリーク兄、越前町織田113番地の1号で1800年前にゴーで頼むわ。」

と車内モニターでフリークに伝えた。「了解」の返事と共に「ひゅーん」という音を立てて、オカやん号は海岸から消えた。


 移動した先は、畑と集落を見下ろす高台だった。あたりに人影はない。

「さあ、ここは、1800年前の今でいう福井の越前織田でーす。」

「ミスティーちゃん、織田って地名ついてんの?」

「なっちゃん、いいところに気がついたなぁ。まあ、今のこの時代では、まだ織田やないけどな。ところで、なっちゃんの知ってる織田信長ってどんな人?」

「うーん、私の知ってるとこでは、もちろん後の徳川家康の日本統一の基礎を作った戦国武将で、結構変わり者だったってところかな。戦国武将としては、珍しく神道を信じてないとか…。」

「えっ、でも昨日は熱田神宮にお参りしてはったやん。なっちゃん、それ矛盾してんのとちゃう?」

と陽菜がつっこむ。

「陽菜ちゃん、ナイスつっこみ。でも、なっちゃんが言ってんので、基礎は十分やねんで。戦国武将は、不動明王や毘沙門天を旗印にしてる人が結構おるしな。「毘沙門天の化身」と言われた上杉謙信なんかは、幼少期から信仰心が強くて、春日山上の中に毘沙門堂を建立して読経を欠かせへんかったちゅうくらいやからねぇ。」

「あぁ、泥足毘沙門天像の話聞いたことあるわ。イケメン戦国では、「上杉謙信」って人気者でいろんなエピソードあんねんけど、戦を終えて春日山城に戻ってきて毘沙門堂に戻ってきたら、毘沙門天像まで泥の足跡が続いてて、謙信が毘沙門天像に「一緒に戦ってくれていたのですね。」っていう話やんなぁ。

 私もこの話結構好きやねん。京都の鞍馬寺に、同じ姿勢で鬼を踏んづけてる毘沙門天像見に行ったわ。」

「おっ!陽菜ちゃん、なかなかのツボをついてくるやん。信長と同じ四十九歳で死んだ謙信は、多くの名言を残して、社会人の社員研修で使われたり、歴女の人気も高いし、私も「大事なのは義理の二文字である。」って部下に言うんやなくて自分に向かって言うたっていう話が好きやな。「やるべきことをきちんとやり切ることが義理であり、それが死であっても生であっても武士の本意だ。」って意味なんよね。」

「うん、私もそのセリフ好き。あと「一生女にもてんでもええから、次の戦に勝たせてくれ。」って言うのも、「男」を感じさせてくれるわなぁ。まあ、このセリフを持って「謙信女説」言うやつは、しばいてやりたいわな。」

「陽菜ちゃんの「謙信愛」が伝わってくるなぁ。」

夏子も珍しく熱く語る陽菜に感心した。ミスティーが大きく頷き、話を続けた。

「そうやねん、戦国武将って、結構、神道の戦神や軍神に心底はまってる人多いから、なかなかの名言が出てくんねんけど、信長には、それが無いんよ。神仏を蔑ろにするって言うか、全然尊敬せえへんって言うのか…。神仏を敬う気が無いから、比叡山延暦寺の焼き討ちは言うまでもなく、安土城の石段からは、お地蔵さんや石仏使ってるのが見つかったりしてるしな。ほんま、ばちあたりやねん。うちの高校の歴史の先生、実家が寺やから、めっちゃ怒ってたわ。」

「そりゃ、罰当たりやわ。そんなんやから、早死にすんねん。私、なんか信長嫌いになってきたわ。なっちゃんもそんな信長あかんやろ。」

「いやいや、延暦寺は、風紀の乱れた坊主への粛清やし、石段は、城職人のやったことやから…。まあ、褒められたことやないのはわかってるけど…。」

と夏子はへこんだ。ミスティーがあわててとりなした。

「まあまあ、なっちゃん、そんなに落ちこまんと。そんな信長は、自ら「六大天魔王」って名乗ったように、鬼神信仰って言うか、悪魔信仰みたいなところがあって、それまでの日本の神様や仏さまに対しての信仰心は薄かったって言われてんねんな。」

好哉が感心した表情で話に割って入った。

「おっ、ミスティー、なかなか勉強してるやないか。室町時代から安土桃山時代までの日本語を採録した「日葡(にっぽ)辞書」では、「鬼神」はいわゆる「鬼」ではなく、「悪魔」という意味やと記載されてるんで、なかなかいい点ついてんで。」

「好哉さん、ミスティーちゃん、「悪魔信仰」ってことは、やっぱり日本的やないところ感じんねんけど、信長が「フリーメイソン」や「イルミナティ」やったって話に繋がんの?」

「えー、陽菜ちゃん、いきなり百万光年くらいワープしたなぁ。なっちゃんが興味を持ってた、長篠の戦屏風図の六芒星の三人組と併せて、「信長フリーメイソン説」を話す人おるけど、時代的にちょっとあり得へんよな…。まあ、その話は、おって好兄にしてもらうよう後回しにさせてもらうわな。本題に戻って、なっちゃん、陽菜ちゃん、信長の先祖ってなんやと思う?」

「信長はいろんな史書の中で「平家の血筋」やって、自分で謳ってたって聞いてるけど、違うん?私も含めて、信長ファンはそう思ってる人多いと思うけど。」

夏子が自信満々に答えた。陽菜は、首をかしげている。

「えー、平家の子孫やったん、なっちゃん?私が見たユーチューブでは、福井の越前の神社の子孫って言ってたけど。それで、越前に来たんとちゃうの?」

「陽菜ちゃんの情報源ってユーチューブ多すぎやで。まあ、私もその説聞いたことはあるけど…。」

「だって、なっちゃんと違って、私、本読むとすぐに眠くなる体質やから…。」

みんなが笑った。


 ミスティーが、紅茶を入れ、みんなに配った。ほっと一息つきミスティーが仕切り直した。

「私の意見では、なっちゃん説より陽菜ちゃん説かな?いろんな史書に出てくる、織田家の始祖と言われる人物に信長の十七代前の「親真(ちかざね)」いう人がおんねんな。その親真が平清盛の子孫いう説があんねん。事実、なっちゃんが言うように、信長は天皇の前で「平家の血引いてる。」って自分で言うてるからなぁ。けど、それは、源氏の血を引く将軍義昭に対抗して言うてるような気がすんねんな。」

「じゃあ、ミスティーちゃんが平家の血筋やないっていう根拠は何なん?」

夏子が問う。

「まあ、現代の越前町織田文化歴史館でも、平家の子孫なのか神社の子孫なのか、あと藤原氏説っていうのもあって…、結論はお茶を濁してんねんけど。それは、陽菜ちゃんが見たっていう信長が越前の神社の子孫やっていう説やねんけど、その神社の近くに法楽寺っていうお寺があんねんな。そこで発見された石造物いうのが親真のお墓やねん。

それに彫られてる文字や石材の種類、置き方の特徴からすると、鎌倉時代の後期に親真の息子によって建てられたものっていうのが分かってんな。そこに刻まれた年に親真が無くなったとして系図に照らし合わすと親真は百歳以上になんねんな。光秀の空海説の百八歳と近いものがあるわな。ただ、あの時代にそれは無いわなぁ。古事記に出てくる天皇は百二十五歳とかあるけど、おへそで紅茶が沸くわな。」

「じゃあ、平家の血筋でないなら、何なん?」

「それが、陽菜ちゃんの言う越前町の劔(つるぎ)神社の「忌部(いんべ)氏」や。代々伝わる家系図からやと親真は忌部親澄の実子に当たるねんな。墓の日付もばっちりや。で、歴史の教科書にはまず出てけえへん忌部氏やねんけど、大和王朝時代に勢力を誇った豪族の物部氏から派生してんねんな。五から六世紀くらいには主に祭祀を行ってんねん。その影にはオカルト歴史書やユーチューブの人気者の秦氏と関わりがあんのよ。

 秦氏については、興味あったら、後で好兄に聞いてもらったらええねんけど、謎の多い血筋で、ユダヤの失われた十支族の中のひとつとか秦の始皇帝の末裔とか諸説ある一族で、歴史ミステリーものには必ず名前が出てくる有名人やな。」

「じゃあ、私が見たいって言ってた、長篠の戦の六芒星の三人組は忌部氏…、つまりユダヤの紋章ってこと?」

と夏子が食い気味に質問する。返答に詰まったミスティーに好哉が優しく助け船を出す。

「うーん、ネタバレになるから、置いとこうと思ってたんやけど、話がそっちに逸れたんで、先に言っとこか。ダビデの星といわれる六芒星デザインのマークが、ユダヤ人の象徴になったんは1648年。三十年戦争で神聖ローマ帝国側で武勲を立てたユダヤ人部隊の旗印としてイエズス会が考案して、ローマ皇帝から与えられたものやから、この時代の六芒星はユダヤの紋章ではあれへんねや。」

「好哉さん。じゃあ伊勢神宮や本伊勢の籠神社奥の院のダビデの星もユダヤに関わることじゃないってこと?」

夏子が質問する。

「また、これは、コアなネタ知ってんねんなぁ。日ユ同祖論を全否定する気は毛頭ない。事実として、みんなもよく知ってるCMのホテルニュー淡路で掘り出された二千年以上前のものと言われるヘブライ語の文字が刻まれた石には先端が飛び出ていない六芒星によく似た紋章が刻まれていたし…、ほんまに日ユ同祖論は奥が深くて、はまり込むとなんでもそう思えてしまう底なし沼やからなぁ…。まあ、信長の先祖がユダヤ人っていう話がほんまにあったとしても、血が薄まってるし、本人はその認識は全くなかったと思うで。まあ、ジョバンニ・ニコラオの信長の肖像画やデスマスクの信長の鼻を見てるとあり得るような気はしてまうけどな。」

「じゃあ、先走っちゃいますけど、長篠の戦の屏風図の六芒星の男たちは何者なんですか?」

「ちょっと、そこからは、好兄に代わって、再び、私、ミスティーから。あの六芒星は、陰陽師の…。」

と話を始めると陽菜がストップをかけた。

「えっ、ミスティーちゃん、陰陽師って安倍晴明の?それって五芒星とちゃうの?」

「はい、陽菜ちゃん、良いところに気がつきました。安倍晴明に代表される陰陽師、いわゆる「表陰陽師」は言われるように五芒星やわな。陰陽師の中にもいろんな派があって、安倍晴明に敵対する蘆屋道満(あしやどうまん)。いわゆる「裏陰陽師」の紋章が六芒星やねん。

 蘆屋道満は、「裏神道の陰陽師」って呼ばれてて、忌部氏が祭祀を業としていた劔神社にも関わり合いがあったってことなんよ。蘆屋道満率いる裏陰陽師は、「呪術」だけでなく、当時の「科学者」集団でもあってん。その中の大事な仕事のひとつが、「気象」を読むことやってんな。」

「あっ!わかった!わかったでー!」

陽菜が素っ頓狂な声をあげた。

「陽菜ちゃん、何が分かったん?」

夏子が陽菜に聞いた。

「なっちゃん、あれやんか。なっちゃんが知りたがった、長篠の戦の六芒星の三人組やん。信長の先祖が裏陰陽師やったら、そりゃ、信長も戦に連れていくやろ!」

「えっ?武田勝頼を呪い殺すとか?」

「ちゃうちゃう、「長篠の戦い」言うたら、鉄砲やん。火縄銃やんか。」

「?」

「だーかーらー、晴れの日に戦わんと、信長の三千丁の鉄砲もただの筒になってしまうやん。だから、さっきミスティーちゃんが言った大事な仕事のひとつが「気象」を読むことやって。信長の近くに居って、天気予報をしてたんとちゃうの?ねえ、ミスティーちゃん、好哉さん、どう?私の推理は?」

「うん、すごいよ陽菜ちゃん!私も同じ考えやねん!桶狭間とちがって、信長にとっては、長篠は晴れが絶対条件やったからな。好兄、それであってるやんなぁ。」

「せやな、僕も陽菜ちゃん説であってると思うで。ただ、鉄砲三千丁は、「信長記」で後日、話を面白くさせるために「三」が付け加えられたものと言われてるから、事実は千丁かな。ちなみに、劔神社は名前からも想像できると思うけど、素戔嗚尊(スサノオ)を祀ってんねんな。スサノオと言えば、「草薙剣」やん。」

「うん、「刀剣乱舞」や「刀剣ワールド」でも人気の剣やね。で、それが何?」

「草薙剣が収められてるのが、熱田神宮や。だから、昨日からの宿題やけど、神仏に頼らない信長が桶狭間の決戦の前に熱田神宮を参ったのは、自分の先祖の劔神社の祭祀の素戔嗚尊の草薙剣に「必勝祈念」に行ったっていうのが、背景にあったんやと思うで。」

「あー、全部つながった!ほんまや、その話、面白すぎる。信長の先祖が、平家やなくて、忌部氏で、熱田神宮お参りして、長篠の六芒星の三人組は裏陰陽師でって!凄い!凄すぎるわ!好哉さん、ミスティーちゃんありがとう!」

夏子が飛び上がった。

「じゃあ、今から、劔神社見に行こうか?裏陰陽師の修行や作業が見られるとええなぁ。おーい、フリーク、ドローン飛ばしてくれや!」

「あいよー。そっちのモニター入れてゆっくり見ててや。」

フリークは、カメラ付きドローンを窓から外に飛ばした。


 カメラの映像をモニターしていく中で、神社本殿に織田木瓜紋らしきものも確認でき、裏陰陽師のシャーマンの儀式のようなものも見られた。好哉から、第14代仲衰天皇(※日本書紀では「足仲彦天皇」)年間に創建されたことが説明され、今の劔神社には、信長、家康、柴田勝家の書状が保管されているとの事だった。仲衰天皇は、日本武尊(ヤマトタケル)の子で神功皇后の夫と話してくれた。

 柴田勝家が越前国支配の際、織田荘の一部が劔神社に寄贈された事、織田家の先祖が岐阜、三河に出てくるまで、越前織田荘の荘官であると同時に劔神社の神官であったことと織田軍に呪術師(科学者)が常時同行していたことなど、モニターを見ながら解説があった。

 夏子も陽菜も大満足で、モニターの映像と好哉の解説に酔いしれ、その日の活動は終わった。


「1567年から1573年、京」

 越前町から戻り、オカやん号で夕食をとりながら、明日の予定を話し合った。夏子と陽菜は、好哉に、「モニターで事実を知るのもよいが、街を歩いてみたい。」との希望を伝えた。「現代世界から、町娘風の着物とかつらと草履を持って来ている。ミスティーのためにカラーコンタクトも持って来ている。」と言うので翌日は、京の町に行くことにした。年代は、信長が「天下布武」の印を作り、足利義昭と上洛し、光秀と合流する1567年、ルイス・フロイスと二条城の建築現場で会う1569年、義昭を追放し、元号を「天正」と改元した1573年と当時の京の都の変遷を楽しむことと、当時の京の町で庶民の食事をとることとした。

フリークとメチャスキーは、目立ちすぎるのでオカやん号で待機することになったが、慣れているのか、ふたりは気にする様子もなく、フリークは量子コンピュータの設定、メチャスキーは、ウォッカ片手に、車内の金属粉体用3Dプリンターで、この時代の貨幣を作っていた。

「あんまり、やりすぎるとあかんから、お団子代とお昼のそば代くらいな。お土産は無しな。好兄ちゃんの指示には絶対従う事。たとえ、店の売り子だとしても、必要以上にこの時代の人と干渉しないようにな。あと、お侍さんには絶対ぶつからんようにな。この時代は「切り捨て御免」があるから、絶対注意しいや。」

とフリークは、できたばかりの貨幣を赤い金魚柄のきんちゃく袋に入れて、夏子と陽菜に渡した。「切り捨て御免」の言葉に、ふたりは身震いした。


 男性陣は、運転席側のキャビンに移り、リビングのキャビンはベッドをセッティングして布団の中でのピロートークが始まった。ミスティーから、

「遠目からやけど、信長と義昭の上洛のシーンで御所の前で生信長と生光秀見れるで。あと、二条城のとこでフロイスと会うときも多分見れるわ。その時は、秀吉もおるで。」

と聞かされた。

「蘭丸様は?」

とワクワクしながら陽菜が聞くが、

「まだ蘭丸は外出時の従者になる前やなぁ。城ができた後の安土では、見られるで。楽市楽座の視察で信長が街に出た時は、間近で見られるから楽しみにしとって。」

と言われた。夏子がぽそっと呟いた。

「ミスティーちゃんも京の街に出るのは初めてなんやろ。緊張せえへんの?」

「うん、ワクワクの方が大きいかな。まあ、私は、ふたりのボディーガードっちゅう立場やから、「はしゃぎすぎんなよ。」ってメチャ兄には言われてんねん。でも、なっちゃんと陽菜ちゃんが、着物とかつらとカラコン持って来てくれたから、役得やな。まあ、プロレス技と超能力は使わんですむに越したことはないから大人しくしとくわ。私と陽菜ちゃんは、この時代の女としては、相当でかい方やから、目立ってしまうからなぁ。

「この仕事で危険な目に遭ったこととかあれへんの?」

「うん、あるよ…。結構やばいのもあった。けど、上杉謙信やないけど「大事なのは義理」やから。精一杯やることやって、お客さんが安心して旅を楽しんでもらうようにもてなすのが、私の仕事やねん。三人の兄ちゃんたちも見ていてくれるしな。もし、万一のことがあった時は、私が身体を張ってなっちゃんと陽菜ちゃんの事を守るからそこは安心してな。」

「その覚悟、とても現役JKとは思われへんなぁ。まさに武士そのものやん。」

「いやいや、そんなええもんとちゃうよ。ただのJKレスラーのツアコンやから。ちなみに、なっちゃんと陽菜ちゃんってどういう関係なん?何がきっかけで知り合ったん?」


陽菜が先に話し始めた。

「私ら、中学校一年の時から、ずっと一緒やねん。私がいじめにあってて、それを庇ってくれたなっちゃんもハブられて、そこから、ずっと二人一緒やねん。「ハブられガールズ」って、クラスで口きくのは、なっちゃんだけ。

 いじめが嫌で、ふたりで中学校の校区からは誰も行かない、離れた校区の女子高行って、卒業と同時に一緒に古着屋始めてで、もう七年近い腐れ縁やねん。

 なっちゃん、おれへんかったら、とうの昔に自殺してたわ。」

ミスティーは黙って聞いている。続いて夏子が言った。

「陽菜ちゃんといっしょに居たことで私も助けられてん。うちは、問題ありありの家庭やったから、学校どころか家にも居場所が無くて、陽菜ちゃんだけが心の支えやってん。

 今回は、歴オタの私に付き合ってくれて、こんな素敵な旅ができてることに感謝してるねん。なんか、辛気臭い話になってまうから、ミスティーちゃん、なんか面白かった旅の話してや。」

「うん、それがええ。私もミスティーちゃんの話を聞きたいわ。」

ミスティーは、少し考えこんで、努めて明るく切り出した。

「じゃあ、有名どころで、光源氏の世界に行った時の話ね。「モテモテ光源氏の私生活追跡レポート」の始まり始まり―!結構、下ネタ入るけど大丈夫?」

「えっ?ミスティーちゃん、十七歳やろ?そんな刺激的な話なん?私、男性経験ないから、あんまり強烈なんは…。陽菜ちゃんは?」

「なっちゃんもわかってるやろ。私もバリバリの処女やで。男おったら、美少年ゲームになんかはまらへんわ。ミスティーちゃん、柔らかめに頼むで。」

「もちろん、私も十七の未経験の乙女やから。ただ、一緒に行った女のお客さんが言う一言一言が面白いねん。まあ、あかんかったら、「ストップ」って言うてや。」

「うん、じゃあお願いね。」

ふたりして、ミスティーがどんな話をするのか、ワクワクしつつも、とんでもない話だったらどうしようという不安感を持って聞き入った。

「まずは、何でもことわざに例える、古文の女教師編からね。光源氏、モテモテで「朝一発」そんで「夕に一発」って生活を見て、言うんよ。「一朝一夕」って。」

「ぷ、ぷぷーっ!何それ!うける―っ!」

「ほんまに女の人?言うことオヤジ過ぎ!」

(おっ、意外とふたりもオヤジ入ってんな。じゃあ、この路線で行こか。)ミスティーも調子に乗って

「そんでな、光源氏の相手が、朝と夕で違うんよ。盗聴器セットしてるから、光源氏のピロートークは丸聞こえやねんな。朝は「〇〇の君、愛してる」って言うてたのに。夕は別の女に「××の君、愛してる」っていうねんな。そこでぽそっと言うんよ。「朝令暮改」って。」

「ぎゃはははは。」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ。」

笑い方もオヤジが入ってきた。

「そんで、光源氏が、「〇〇の君」に間違って「××の君」って言うと、「弘法も筆の誤り」ってね。」

「ぷっ!ぷぷぷぷぷーっ!」

ミスティーのエンジンがかかってきた。

「また、別の「ひかるマニア」の女の人は、二股かけてんのがばれて、女二人が鉢合わせ。でも、丸く収めた光源氏見て、「二兎を追うものは一兎を得ずのはずだけど二兎とも得ちゃったよーん」やて。」

「光源氏が上になったり、下になったりして子作りに励むのを見て、「人は人の上に人を乗せて作る、人の下に人を入れて作る」ってそれはアレンジ入りすぎやろって。」

「遊びの関係だよって話で始まったのに、四回目くらいから、女房面の女との時は、「セフレの顔も三度まで」って、もう原型が何かわからん。」

「光源氏がひっかけた子と布団に入ったら、股間に見慣れたものが…。「性豪も筆の誤り」…。まあ、こんなところで、明日も早いから、もう寝よっか?」

大声で笑いすぎて、隣のキャビンに響いてる可能性に気付いて、ふたりがぽそっと言った。

「えー、もう、お終い?めちゃくちゃおもろかったわ。現役JKのミスティーちゃんが言うってのが、またいいなぁ。」

「もう、まともな目で光源氏見られへんわ。イメージめちゃくちゃ変わってしもた。ありがとう、じゃあ、明日もよろしくね。

三人は、笑い疲れたこともあり、すぐに眠りに落ちた。」


 翌朝、朝食を済ませると、ミスティーは、夏子と陽菜が持ち込んだ着物に着替え、かつらをかぶり、濃い茶色のカラーコンタクトを入れた。少し背が高めの色白な町娘の出来上がりだ。夏子と陽菜と三人でお互いを褒め合い、スマホが無いことを残念がった。フリークが、オカやん号を1567年の京の町、清水寺の東の山中にワープさせた。

「ん?なんか、臭い…。」

「なに、この臭い…。」

と夏子と陽菜は鼻をつまんだ。好哉が申し訳なさそうに説明した。

「さすがに、都の真ん中にオカやん号を停めるわけにいかんから、清水寺の奥の山に来たんや。今でこそ、清水寺はキレイな観光地になってんねんけど、この時代では、この辺から鳥辺野山のあたりまでは、五山の送り火で有名な衣笠山と並んで、大きな鳥葬場なんや。この時代の京は、日本では一番人口が多いもんやから、墓が足りへんねんな。高貴な人や金持ちは荼毘に付したり、土葬できんねんけど、庶民は、鳥葬なんや。まあ、近くに死体はなさそうやから、臭いだけは我慢したって。」

「えっ?「チョウソウ」、「死体」って何ですか?」

不安な顔をして夏子が聞いた。ミスティーが答えた。

「この、清水寺っていうのは、778年に大和国の興福寺の修行僧「賢人」が、夢で見たお告げで、北へと向かい、この音羽山まで来たんや。そこで滝行をして千手観音を読み続ける行叡居士(ぎょうえいこじ)いう二百歳のお坊さんに会ってんな。二百歳やで、二百歳!大げさにもほどがあるわなぁ。まあ、そこは置いといて、その二百歳のお坊さんは「あなたが来るのを待っていました。後をお願いします。」って言い残して、旅に出てしまうねんな。ええ迷惑やけど、賢人は引き継いでここで修業を始めるねん。

 二年後の780年、鹿狩りに来た、後の征夷大将軍の坂上田村麻呂に賢人は殺生の罪を説くねん。田村麻呂は、その説得で観音様に帰依してここにお堂を立てるんよ。征夷大将軍になった後、東国の平定を命じられて、清水寺に平定参拝してん。

 そしたら、若武者と老僧が現れんねん。若武者は観音様の使者の毘沙門天、老僧は地蔵菩薩の化身で、そのふたりの加勢を得て、田村麻呂は勝利すんねん。帰ってきた田村麻呂は、賢人と協力して、本堂を改築して、観音様の脇侍に毘沙門天と地蔵菩薩の像を作って祀るねん。

 そんなことで行叡を元祖、賢人を開山、田村麻呂を本願って呼ぶねんな。

 で、さっきの「チョウソウ」いうのは、「鳥」に葬式の「葬」で「鳥葬」って書くねんけど、昔の京の町では、庶民は死んだら、この山や衣笠山にほったらかされて、鳥や犬が食べて仏さんになった場所になんねん。だから、その臭いやな。

 ちなみに、藤原道長はここで荼毘に付されてるし、源氏物語の桐壺の更衣や葵の上、夕顔もここで葬送されてんねんで。鳥葬も含めて正規の墓扱いってな。」

「えー、でも、なんか怖い…。」 

陽菜が露骨に嫌な顔をした。ミスティーが悪ノリして続けた。

「まあ、田村麻呂が立てた清水寺は、応仁の乱で焼かれたから。今のは新しい清水寺やねん。ちなみに、まだ舞台はあれへんねん。なんやかんやで清水寺、九回燃えてんねんけど、最後に燃えたんが1629年やってん。三代将軍徳川家光が四年で再建して、その時に舞台は作られてん。よう「清水の舞台から飛び降りる」っていうやん。あれは、江戸時代の文化やってんけど、1990年に発見された「清水寺成就院日記」によると1694年から1864年までの間に、十二歳から八十歳まで235人が飛び降りた記録が残ってんねん。」

「みんな、死んでしもたん…?」

夏子が不安げに聞く。

「いや、死んだんは34人。「観音様に命を預けて飛び降りたら、命は助かり願いはかなう。」って誰が言い始めたんか知らんけど、結構、死ねへんねんな。六十歳以上はみんな死んだんやけど、若い子を中心に八割以上は死ねへんかったみたい。昔は、下に木が生えてて、地面も柔らかかったみたいやねん。まあ、高さ12メートルあるから、無事では済んでないと思うけどな。

直近では、1995年の八十歳の男の人と2006年の三、四十代の男の人は、あかんかったみたい。最新は2009年の18歳の男子学生で、死なへんかったみたいやけど、なっちゃんも陽菜ちゃんも危ないから飛び降りたらあかんで。まあ、1872年、明治5年に京都府が「舞台飛び落ち」禁止の布令出したから「飛び落ち」は違反やけどな。」

「ミスティーちゃん、怖いこと言わんといてよ。絶対飛び降りたりせえへんわ。なぁ、なっちゃん。」

「まぁ、そりゃそうやわな。ちなみに余談やけど、火曜サスペンスご用達の「東尋坊」やけど、あそこの自殺成功率は、70%。ドラマで飛び降りた犯人の3割はぐじゃぐじゃになりつつも死なれへんねんて。そっちの方が怖いよなぁ…。」

「もうやめて、ミスティーちゃん。私も陽菜ちゃんもその手の話あかんから…。」

「ごめんごめん、ちょっと悪ノリがすぎたかな。じゃあ、街に降りようか。あっ、陽菜ちゃんの足元に腐りかけの死体!」

「きゃーっ!」

陽菜はしゃがみこんで泣き始めてしまった。ミスティーは、バツの悪い顔をして謝った。

「ごめん、ごめん、もう言わへんから…。」

と陽菜に手を差し出した。


 寺を迂回し、清水坂から五条坂をおり、東大路五条に降り立った。当然、今の土産物屋やバス停は無く、古い街並みと若宮八幡宮が見えた。京都タワーも無い京都の町で東寺の五重塔が遠くに見えた。ミスティーが、現在の五重塔も1644年に家光が立て直した五代目の物で、これは四代目の塔になると教えてくれた。この時点では、二条城もまだ存在しない。五条通りを西へ進み、河原町通りを四条通、三条通とあがっていった。舗装されていない、京都の町は想像以上に埃っぽく、飲食店の前や呉服屋の前では打ち水をする光景がよく見られた。

「御所まで歩けそう?」

好哉が三人に聞いた。ミスティーは、履きなれない草履で「指の股が痛い」と言っていた。陽菜が自分のハンカチを破って、鼻緒に巻き付け太目にしてくれたので、いくらか痛みは減った。(陽菜ちゃん、こんなに優しいのに、さっきはイケズしてごめんな…。)ミスティーは清水寺裏での自分の行動を反省した。

 好哉が着物の懐から、懐中時計を出し、時間を確認した。

「ちょっと、急ごうか。うまくいけば、御所の前で信長と光秀と義昭が見れるで。」

四人は、速足で西へと急いだ。

 京都御所の正門である建礼門から少し離れたところで四人は信長たちが現れるのを待っていた。夏子が、通りの南向こうを指さし好哉に言った。

「好哉さん、向こうに見える纏と牛車、両隣の馬の上の人って!」

「あぁ、なっちゃんお待ちかねの三十三歳の生信長と五十一歳の生光秀やで。義昭は車の中やから見えへんけどな。ぜったいに、声掛けとかしたらあかんで。黙ってみるようにな。陽菜ちゃんもやで。」

とふたりに念を押した。ふたりは緊張した面持ちで頷いた。牛車と四騎の騎馬と馬上の武者が近づいてきた。前後左右に五十名ほどの武者たちが護衛についている。

「後ろの騎馬の手前側が信長で、牛車の奥側が光秀やで。ナイスポジションや。しっかり、ここからやったら顔まで見えるやん。よかったな、なっちゃん、陽菜ちゃん。」

「おい、ミスティー、お前も黙っとけよ。」


好哉に注意され、三人はお辞儀のポーズをとり、上目遣いで目の前を通り過ぎる行列を見送った。(わーっ、信長様、凛々しいわぁ。ジョバンニ・ロルテスの肖像画そのものや。光秀は、思ったより地味な顔やなぁ…。あー、スマホがあれば、写真撮りまくるのになぁ…。あー、でも幸せ…。)、(なっちゃん、喜んでるわ。思ったより、ふたりとも小さいねんな。まあ、周りの護衛の男の人も馬も、みんな小さいから、この時代ではこんなもんなんかなぁ。)ふたりは、顔がにやけ切っている。行列が通り過ぎるまでの数分間、夏子と陽菜は至極の時間を過ごした。

好哉が、うっとりし恍惚としているふたりに声をかけたが、気が付かない。

「なっちゃん、陽菜ちゃん、もう行ってしもたで。これ以上待ってても、御所の中までは入られへんから、木屋町で軽く食べて戻ろうか。明日は、二条城でフロイスも見れるしな。」

木屋町まで戻り、「甘味屋」の暖簾にひかれて、陽菜の希望で団子を注文した。

「うーん、思ってる品ぞろえと違うなぁ…。お茶と焼き団子のあんこ添えとところてんだけなんや。」

陽菜は、壁にかかった商品札を見て不満を漏らした。ミスティーも

「あー、みたらし団子食べたかったのになぁ。」

と愚痴が出た。好哉が笑いながら三人に説明をした。

「この時代は、白糖がオランダから入ってくるようになったばっかりで、高価で貴重なもんやから、公家とお殿様くらいでないと口には入れへんもんやったんや。醤油が普及するのももうちょっと先やから、あんこがついてるだけましやと思って食べや。まあ、お茶は、宇治茶やから旨いと思うで。」


 翌日は、1569年、二条城の建築現場に移動し、信長と光秀とルイス・フロイスを見て、翌々日は、1573年に「天正」に信長が元号を変える際、御所に訪れる信長を見た。離れてみるだけであったが、夏子は、それだけで大満足していた。オカやん号は、場所を現代で言うところの、堺市の「大浜海水浴場」に移り、夕食を取っていた。みんなで潮干狩りをして取ったアサリでフリークがボンゴレ・ビアンコを作った。

「さて、三十三歳から三十九歳までの信長を見たわけやけど、なっちゃん、それだけでよかったか?メチャスキーがおったら、盗聴器とかセットできたんやけどなぁ。」

好哉が聞くと、夏子が、赤い顔をして照れながら返答した。

「いやいや、全然満足ですよ。満足度500%ですよ。信長様、たった六年の間に、天下人としての風格が出て来てましたよねぇ。その差を三日間で早回しで確認できて幸せですよ。三十三の信長様は、髭が無かったっていうのはありますけど、まだまだ若々しい青年って感じでした。それがたった六年で、三十九歳の信長様は、すごい貫禄出てましたね。あと、光秀さんの信長様を見る目が随分と変わっていたような気がしました。」

「せやな、義昭と上洛してから、三年後の1570年には、姉川の戦いで朝倉、浅井を破るも、三好三人衆と比叡山延暦寺に追い詰められて、結構やばい時を過ごしたし、その翌年に比叡山は焼き討ちしたけど、三方ヶ原で信玄に負けて、順風満帆とはいけへんかったからなぁ。まあ、1973年の槙島城の戦いで信長と敵対した義昭を京から追放して、朝倉、浅井、三好を滅ぼすまでは、激動の人生やったわなぁ。もちろん、この先も、1575年の長篠の戦から1582年の武田滅亡、長曾我部討伐の四国攻め、毛利討伐の中国攻めまで戦続きや。まあ、その途中で「本能寺の変」があんねんけどな。」

「そうですよね、ずっと戦ってばっかりですよね。でも、天下統一ってそういうことですよね。まわり全部を屈服させなきゃいけないんですから…。」

「なっちゃん、それが信長の言う「天下布武」っていうやつなん?私、そこらへんがあやふややねんけど。何をもって「天下統一」なん?だって、関東から東北の方まで信長は行ってへんねんやろ?」

陽菜が好哉と夏子の会話に割って入ってきた。ミスティーが、

「陽菜ちゃん、「天下布武」って「天下に武を布(し)く」って読むから「武力を持って天下を取る」って解釈されがちやねんけど、信長は、中国の史書の「七徳の武」っていう為政者の徳を説く内容の「武」という意味で、必ずしも「戦」でやっつけるんやなくて、「徳」をもって国をまとめようとしたんやなぁ。」

と、どや顔で説明した。

「ふーん、じゃあ、関東から東北を無視してなんで「天下統一」なん?「中部・西日本統一」とちゃうの?」

陽菜が、素朴にミスティーに質問すると、ミスティーは返事に窮してしまった。

「ごめん、好兄、助けて…。」

「ほら、調子に乗って偉そうにするからや。もうちょっとお前は勉強せなあかんな。まあ、不肖の妹に代わって僕から説明させてもらうと、この時代の「天下」っていうのは、天皇がいる京都を中心として、京を含む「山城」、「摂津」、「和泉」、「河内」、「大和」の五つの国をまとめて「畿内」っていうねんな。もちろん、義昭追放後の信長はもう少し先を見て、東は鎌倉から、西は福岡。北は新潟から南は和歌山までを治めるつもりやったけどな。

 義昭と一緒に上洛した、1567年時点での「天下」は、イコール「畿内」やから、正確に言うと、最初に天下統一した戦国武将は、信長やなくて「三好長慶(ながよし)」になるけどな。」

「三好長慶って、三好三人衆の人なんですか?」

夏子が聞いた。

「いや、長慶は、1522年阿波田の生まれで1564年に四十三歳の若さで死んでんねん。細川晴元に実の父を殺されながらも、晴元の家臣として勤め、1553年、三十一歳の時に、当時の将軍「足利義輝」と組んで主君の晴元を京から追放して、畿内の領地と幕府の実権を手に入れ、「日本の副王」と呼ばれた、元祖「下剋上」の武人やな。全盛期は1559年位やってんけど、その時は信長がわずかな供を連れて上洛したんやけど、面会もさせてもらわれへんかったって話やな。

なっちゃんの言う三好三人衆っていうのは、1560年に病死した長慶の家督を継いだ義継が若年のため、後に信長に反旗をあげる松永久秀と一緒に後見人になったんが「三好三人衆」ってやつやな。

まあ、最終的には義昭と組んで、信長と対立して1573年に信長に滅ぼされてしまうねんけどな。こんなところでなっちゃんええかな?ミスティーもわかったか?」

夏子とミスティーが大きく頷いた。


 パスタを食べ終わり、男組はワインを飲んでいる。堺の街は、南蛮人も多く、フリークとメチャスキーで買い物に出たのだった。買ってきたワインは、当時、鉄砲と一緒にポルトガルから入ってきたもので、堺の街では「高級品」として木樽からの量り売りで売られていた。大きな陶器の五号酒徳利で二本、メチャスキーが3Dプリンターで作ったお金で買ってきたとの事だった。

 このころのワインは、ガラス瓶が普及しておらず、木樽でポルトガルから、喜望峰周りでインド、マニラを経由して日本に運ばれていた。酸化防止剤など存在していない時代、途中の赤道直下の高温多湿の気候と長時間の揺れと時間に耐えられるように、酒精強化ワインとでもいうべきシェリーやポートワインに近い酒類にブランデーを添加して、アルコール度数を20%程度まで高めた赤の甘口ワインとの事だった。

 堺の街では、「ワイン」という名称ではなく「珍駝(チンダ)酒」と呼ばれていた。「チンダ」というのは、ポルトガル語で「赤」を意味する「ティント」がなまったとも、「ワイナリー」を意味する「キンタ」がなまったものだろうとフリークがほろ酔いで説明してくれた。メチャスキーは、20%では、物足りないのか、ウオッカをドバドバと足して飲んでいる。現代の世界では、近い味のものとして「長期熟成タイプのトゥニー・ポートワイン」の「ポート・メッシアス・トゥニーカーヴェス・メッシアス」という銘柄があると説明してくれた。夏子は、しっかりとメモを取った。

 その後のフリークのワインに対するうんちくで夏子の触手が動いた。

「なっちゃん、日本で最初にワインを飲んだ人って誰かわかる?まあ、諸説あんねんけど。」

「えっ、やっぱり珍しいもの好きで好奇心旺盛な信長様ですか?」

「たぶんな。ちなみに日本でコーヒーを最初に飲んだんも信長やって言われてるな。まあ、ワインについては、信長が飲んだというんやったら、今、俺たちが飲んでる「珍駝酒」なんやろうなぁ。」

「私、お酒飲んだこと無いんですけど、飲めますか?」

「えっ?なっちゃん十九歳やろ。陽菜ちゃんは二十歳やから問題あれへんけど…。」

「信長様が飲んだんやったら、私も、その味を共有したいんです。ダメですか?」

夏子が横を見ると、陽菜は真っ赤な顔をして、隣でメチャスキーと差しつ差されつ、珍駝酒を飲んでいる。すっかりスイッチが入っている。フリークは、「なっちゃんに飲ませてええか?」と好哉に尋ねた。好哉は、「ダメ」と両手でバツ印を示している。残念な顔をする夏子は、一瞬の隙をつき、陽菜のグラスを奪って、ぐいっと飲み干した。グラス半分の珍駝が夏子の喉に流し込まれた。

「あっ、結構甘くておいしい。信長様も甘いもの好きやから、きっと…、美味しく…、飲まはったん…、や、ろ、な…。」

夏子は、キャンプチェアーから後ろにひっくり返った。

「あーあ、なっちゃん撃沈!十秒かからんかったな。」

ミスティーが笑いながら、夏子を抱き起こし、キャビンのベッドに連れて行った。陽菜は、その姿を目で追いながら、ずっとゲラゲラ笑っていた。大浜に陽菜の笑い声が響き続けた。

 

 翌日の朝、酷い頭痛で夏子は目が覚めた。タオルケットの下は素っ裸だった。

「あいたたたた…。昨日の晩御飯の後の記憶がない…。それにしてもなんで裸…?」

横では、陽菜が大いびきをかいて寝ている。ミスティーの姿はベッドには無い。

 よれよれとキャビンを出ていくと、タイヤの空気圧を測っていたメチャスキーが珍しく声をかけてきた。

「夏子さん、大丈夫でしたか?昨晩、ゲロゲロやったって、ミスティーから聞いてんけど。」

「えっ?そんなに私、酷かったんですか?全然記憶が無いんですけど…。なにか、恥ずかしいことしちゃいました?」

と顔を赤らめてメチャスキーに聞いたところ、洗濯籠を抱えて、ミスティーが浜から戻ってきた。洗濯籠には白いシーツと夏子の服が詰め込まれている。

「あっ、なっちゃんおはよう!昨日の裸踊り、おもろかったで!またしてな。」

と笑いながら、夏子に言った。

「えっ?裸踊りってなに?」

「なっちゃん、なんも覚えてへんの?ワイン飲んだ後、素っ裸で浜を走り回ってそりゃ大変やったんやから。まあ、なっちゃんのかわいいおっぱい見れて私は楽しかったけどな。」

「えー、全然覚えてへん。そんな恥ずかしいことしてたん。わー、もう、みんなの顔見られへんやんか…。」

と泣き出してしまった。メチャスキーが見るに見かねてフォローした。

「夏子さん、ミスティー言うてんのみんな嘘やから。大丈夫、裸踊りなんかしてないですよ。安心してください。」

「えっ、メチャスキーさん、それほんま?」

「はい、ただ、ベッドでゲロゲロして大変やったんはミスティーから聞いてます。今も、ミスティーは、浜に夏子さんの寝巻とシーツ洗いに行ってましたから。」

「えっ、やっぱり迷惑かけてしもたんや。すみませんでした。ミスティーちゃんもごめんね。何も覚えてないねんけど…。」

「まあ、なっちゃんは、飲まれへん体質みたいやからこれからは、「酒禁止」やな。ほんまに大変やったんは、酒癖悪い陽菜ちゃんやったけどな。あの酒癖の悪さは、メチャ兄の店でも経験済みやったけど、まあ、京橋のオヤジギャルいうか、まさに京橋の酔いどれオヤジそのもんやったなぁ。そん時は、なっちゃん寝ててよかったなぁ。」

夏子は、黙り込んでしまった。再び、メチャスキーが二度目のフォローに入る。

「夏子さん、酔い覚ましは、コーヒーがいい?それとも濃い目の緑茶にしましょか?」


 朝、八時、遅めの朝食となった。昨日のアサリを使って、好哉が味噌汁を作った。優しい味のみそ汁で、夏子の二日酔いは幾分ましになった。食事をしながら、好哉が言った。

「さて、今日は、信長が千利休を訪ねて、堺の街来るんで見に行こか。ちなみに、利休はでかいぞ。」

「えっ?でかいってどれくらいなんですか?」

陽菜が興味津々に尋ねた。

「180はあるからなぁ。170弱の信長より10センチほど背高いからなぁ。この先、会える武将で、大きいのは、勝家の185センチと蘭丸の180センチ弱くらいやな。」

「へーえ、昔の日本人の中にも大きい人っていてたんですね。」

「せやなぁ、今回は見る予定ないけど、信長に「六尺五寸殿」と呼ばれとった、斎藤義龍は197センチあったし、秀吉の息子の秀頼は195センチあるねんな。秀吉は150センチほどやから、絶対、親父は秀吉とちゃうわな。後は、前田慶次や本田忠勝もでかいな。

 時代は変わるけど、石川五右衛門は207センチ、宮本武蔵は188センチでかなり大きかったなぁ。ジャイアント馬場が209センチやから、五右衛門のでかさが際立つなぁ。俺の見た中では、大塩平八郎の217センチが最大やわ。あるホームページでは、217メートルって書いてあって、爆笑やったなぁ。あべのハルカスよりでかいでなぁ。」

「石川五右衛門って207センチもあったんですか?それに大塩平八郎の217センチって…。そんな人いたら、びっくりしますよね。」

「まあ、講談師たちが話しをおもろくしようと思って、多少の誇張はあるやろうけど、ほんまにでかいのは間違いないわ。」

 利休の話から、「とんでも日本人大記録」のような話になり、盛り上がったので、夏子のゲロゲロと陽菜の酒癖の話題が出ることはなかった。

朝食後、オカやん号を光学迷彩で隠し、六人で堺の街に出かけた。メチャスキーは、早速酒屋に入り、フリークは珍しい食材を仕入れに別行動になった。

 

利休の茶室の前の団子屋に腰掛け、信長や利休が来るのを待った。堺は京と違い、いろいろなものが揃っているからか、女性陣が期待する甘い団子や、カステイラや信長も好きだったと言われるコンフェートがあり、この時代の甘味を十分に楽しんだ。お土産に、信長も好んだ「コンフェート(金平糖)」を好哉が買い、夏子を喜ばせた。

 しばらくすると、十数人のお供を連れて、信長一行がやってきた。今日は、派手な羽飾りのついた洋風の帽子をかぶっている。着衣も洋風の物であり、なかなかのおしゃれさをかもし出していた。小姓が門をくぐり声をかけると、利休が信長を迎えに表に出てきた。確かに、信長より頭半分大きく、信長の帽子の羽飾りと同じくらいの背丈だった。

「じゃあ、利休にちなんで、お茶をいただいたら、街の散策でも行こっか。」

ミスティーが夏子と陽菜に声をかけ、ふたりは頷いた。


「1575年、長篠・設楽原の戦い」

 旅に出て、現地滞在時間で八日目を迎えた。今日は、「長篠・設楽原の戦い」が行われた場所に行く予定だ。ミスティーが言うには、「長篠の戦絵図」の屏風画の影響で、ひとまとめにして「長篠の戦い」とされているが、内容的には、「長篠城の戦い」と鉄砲を使った決戦の地「設楽原の戦い」に分かれるということだった。

 元々、夏子が見たかった「信長の近くにいる六芒星の上着の三人の男」については、劔神社に行った際、一通りの好哉の考えを聞いていたので、「ダビデの星」、「信長フリーメイソン」等の都市伝説は夏子の頭から消えていたので、裏陰陽師と思われる三人が信長にどのような話をしているのか、メチャスキーがアスポート能力で盗聴器を信長の懐に忍ばせ、その会話を盗み聞きすることと、「鉄砲三段撃ち」の事実を確認するために、ドローンを飛ばすプランで行くことにした。

 天正三年5月18日。新暦で言うと1575年6月26日、さすがに、決戦の場なので、今日からは、オカやん号の中で観戦の予定だ。信長が陣の宿泊所を出て、設楽原の現場に行くまでの街道沿いで光学迷彩機能を使ってオカやん号を隠し、通りすがりの信長の懐にメチャスキーが盗聴器をアスポートで送り込んだ。


 オカやん号は、設楽原を見下ろす高台の上に移動し、ドローンを飛ばした。車内のモニターには、ドローンの画像と信長の会話がリアルタイムで入ってきている。基礎知識の薄い陽菜の為に、好哉から、長篠・設楽原の戦いについて説明があった。

基本的には、織田・徳川連合軍三万八千と武田軍一万五千の決戦と言われているこの戦いでは、歴史の授業で教わらない、いくつもの謎が現在でも語られ続けている。「織田・徳川連合軍の三千丁の火縄銃による武田騎馬隊への三段撃ち戦法」、「長篠城での徳川五百対武田一万五千での不戦」、「5月18日の織田・徳川連合軍の着陣と設営と5月20日の軍議と酒井忠次の夜襲成功の秘密」、「現代の暦で6月29日にあたる日に「梅雨将軍」と揶揄される大きな戦では必ず雨に見舞われる信長が戦いを挑み、その日は武田の本陣以外は雨が降らなかった」等、現在の歴史家でも意見が分かれることが多いことで有名な戦いだ。

 まずは、無敵の武田騎馬隊に対して、織田・徳川連合軍は、三千丁の火縄銃を用意し、射撃、筒清掃、弾込めの三分割の作業で、千人の鉄砲撃ちの一斉射撃で武田騎馬隊を次々となぎ倒したという話は、中学、高校の歴史の教科書には必ず出てくる、信長の新戦法として有名な逸話である。陽菜も「長篠の戦」とはそういった戦いだったという認識だった。

 長篠城を包囲した戦力差三十倍の武田軍が城を落とさなかったことと、決戦の5月21日に無敵と言われた武田騎馬隊が無謀ともいえる突撃を繰り返し、一万人以上の犠牲を出し惨敗したのかについては、20日の夜襲の件と併せて、教科書にはほとんど語られていない。

 ましてや、「梅雨時の雨のやみ間」については、語られることはまずないと好哉は前振りをした。

「まあ、これから4日間は、信長についてる、例の「裏陰陽師の術者」と説明した三人の「漢波羅(かんばら)衆」のアドバイスには注目しておいてな。彼らが、この戦いのキーマンであることは間違いないからな。

あと、やっぱり戦やから、たくさんの人が死ぬ。陽菜ちゃんは、「あかん」思ったら、目をそらすようにしてな。五年前の姉川の合戦では、五万二千が戦って、死者は二千六百人。まあ、5%や。三年前の浅井・朝倉連合軍と織田・徳川連合軍の戦いは、三万八千の戦で、千五百人。4%いうとこやね。

今日の戦は、鉄砲が本格的に採用され、双方合わせて五万三千に対して一万八千人が死ぬ。34%や。それも死者の三分の二は武田側っていうワンサイドゲームや。如何に鉄砲が、戦で効果的で冷酷な武器かということが証明される。まあ、刀で切り合う接近戦と違って、見た目の残虐さは薄れるけど、最後は、やっぱり刀と槍やから…。フリークには、あんまりズームにせんようには言うてるけど、モニター注視は自己責任で頼むわな。」

夏子が好哉の解説を一言一句聞き逃さまいと、忙しくメモを取る。陽菜は、不安そうな表情を浮かべた。

「じゃあ、漢波羅衆と信長の会話から聞いて行こか。一応、録画録音もしてるから、わからんことあれば、後で聞いてな。ミスティー、モニターの音量上げて。」


 モニターから、信長の声と思しき声が聞こえてきた。ドローンの映像は、小雨の中、織田軍の本陣の陣幕を少し離れたところから映し出しているカメラがズームすると、陣幕の中には、信長、光秀、六芒星の白羽織の三人に一人の小男が、大きな地図を広げて駒を並べている。

「この本陣は、長篠城からどれくらいの距離じゃ?」

「殿、約半里、つまり十八町でございます。」(※一町は109.08メートル。半里は1963メートル。)

「武田本陣の予想地はどこじゃ。」

「我が陣の先頭の約二町先になると思われます。」

「うむ、鉄砲と弓の射程外になるか…。当然じゃな。」

「猿、この地の状況と陣組の策はどうなってるのじゃ。」

(猿?あの小さい人、秀吉さん?)夏子は、小雨ではっきりしない画面に目を凝らした。

「連吾川と小川とを堀に見立てて、川を挟む台地の両方の斜面に土木班が手を入れ、騎馬がすんなりと入れぬように加工中でございます。その前後に三重に土塁と馬防柵を設置いたします。

 あとは、もう少し雨が降り続き、ぬかるんでくれればよいのですが…。」

「猿、お前の作戦は、桶狭間の時にしても、水とぬかるみと田んぼばかりじゃのう。」

「信長様、そこは農民出身ならではの知恵とお考え下さい。馬は牛と違って、ぬかるみに入れば、足は落ちまする。速度の無い騎馬など、鉄砲のいい的でございますから。」

「漢波羅衆や宣教師の連れてきた伴天連の軍事顧問が進める騎馬向けの戦略「伊太利亜戦役」の野戦築城がこの地であれば可能という事じゃな。光秀、鉄砲の準備は済んでおるのか。」

「はい、殿の申された、一千丁を五百ずつに分け出陣の準備は済んでおります。この戦に向け、各陣相当な訓練をしてきたのと新型の銃のおかげで、一町以内の敵は撃ち漏らしません。馬防柵、連吾川と小川の堀、これに一両日雨が降り続けば、武田騎馬隊など畏るるに足りません。」

「漢波羅衆、今から、20日までの雨乞いの準備はできておるのか?

(あっ、今、信長様、「雨乞い」って言った。「多聞院日記」にあった「18日布陣、「雨乞い祈祷」ってほんまやったんや。漢波羅衆ってやっぱり裏陰陽師の呪術者なんや。それもただの「軍配者」やなくてシャーマン的な力を持ってんねんな。

もしかして「村木砦の戦い」の時の伊勢湾横断の時の暴風雨もそれやったんかな?暴風に乗っかって、知多半島まで船でスピード上陸して、その後、急に晴れて、信長様自ら鉄砲撃ちまくってたしなぁ。桶狭間の時もゲリラ豪雨を呼び込んで義元本陣に雨の中、ばれずに飛び込んで、攻め入る直前に晴れたのも…。あの時の「伊束法師」ってこの人らの仲間?自由に雨降らすことも、雨をやませることもできるんや。凄いな劔神社。)夏子は身震いした。

「はい、大丈夫です。21日には、武田本陣を除いて雨をやませるよう準備できております。」

「よし、今回も村木砦、桶狭間の時のように頼むぞ。」

「御意。」

 戦議は終わり、信長と光秀は陣幕を後にし、秀吉と思われる小男と三人の漢波羅衆が残り引き続き地図上の駒を動かし続けていた。

戦国時代には、天文を読み、戦機を測る専門職や呪術者が多数存在していた。武田の駒井高白斎や島津義久の川口義朗が有名であるが、信長に関しては、一級史料の「信長公記」などにそういった「軍配者」の記載はないが、この「長篠の戦いの図」の屏風絵に描かれている信長の側近の六芒星の三人の男が、その役目をおっていたと推測するものは多いが、歴史研究家からは、否定され気味である。

 ドローンは、織田軍の本陣を離れ、川沿いの河岸工事と馬防柵の設置現場を移し、上空へ上がった。連吾川の西の弾正台地に陣を設置した信長軍は、川を天然の防壁とし、最前線から本陣の間まで三段構えの馬防柵が見てとれた。武田本陣設置予定場所からは、狭くくねった水田に囲まれた狭い空間が、折から強まった雨でどんどんとぬかるんでいくのが見てとれた。


 ドローンがオカやん号に帰還した。ミスティーは、夏子と陽菜に紅茶を入れ、キャビンで撮影開始時からモニターに再生を始めた。夏子と陽菜の質問に好哉が次々と答えていく。

 夏子は、漢波羅衆に関する質問を連発し、陽菜は、秀吉の容姿と指六本説について聞いていた。一通り、質問に答えると、一服して好哉はゆっくりと話し出した。

「今日の設楽原は、もう設営だけやから、ちょっと長篠城の話をしておこうかな。徳川派の五百人で籠城して、一万五千の武田軍に囲まれた中、14日の夜に城の厠の排泄溝から川へ抜け、15日に60キロ以上先の岡崎城の徳川軍まで救援を求めに走った鳥居強右衛門(とりいすねえもん)が有名やけど、自分の命をかけて味方を勇気づけた後の死にざまが強烈すぎるから、画像は無しにしておくわな。

 勝頼がたった五百人を一万五千で落とせへんかったのは、城の堅城さと二百の鉄砲と言われている。実際に城攻めは、二倍の損害が出るっていう事やから、一千人の損害を嫌った勝頼が戦力を温存したちゅうのがほんまのところやろな。

武田一万五千に対して、織田・徳川連合軍は三万八千でも、勝頼は騎馬隊で勝てると思っとったんやなぁ。そこでの味方戦力千人の温存やったんやろなぁ。織田・徳川軍の陣地も十分に把握せんと、その感覚は21日の開戦前まで変わることなく、家臣だけが敗戦を予想してたんや。

 確かに、武田の四男坊で本来家督を継ぐべきもんやなかったなか、継ぐ羽目になった勝頼もちょっと可哀そうなところあんねんけど、まあ、無茶苦茶な上司を持つとみんなが大変な思いをするちゅう事例のひとつやな。まあ、なっちゃんと陽菜ちゃんは、今のお店が大きくなっても、勝頼みたいにならんようにな。」

と笑った。


「好兄、今日は時間たくさんあるから、「ひらゆの森」行こうや。なっちゃんも陽菜ちゃんも露天風呂入りたいやんなぁ。」

「えっ?お風呂入れんの?「ひらゆの森」って銭湯?んなわけないか。でも、うれしい!陽菜ちゃんとも、「そろそろお風呂入りたいなぁ。」って話しててん。どこなん、それ?」

「露天風呂って、この時代やから、ほんまの自然の温泉なんやろな。そりゃ、行きたいよな、なっちゃん!」

ふたりは、ミスティーの誘いにノリノリだ。

「私らの世界では、「平湯温泉」っていう再開発された岐阜県高山市奥飛騨温泉郷にある、自然の中で解放感抜群の露天風呂なんよ。まあ、この時代では、炭焼きの人くらいしか居れへんところやから、ゆっくりできるで。20日の夜から21日の昼までは徹夜やろ。英気を養うためにもなぁ、好兄行こ、行こ!」

ミスティーの後ろで夏子と陽菜も無言の圧力をかけてくる。

「しゃあないな。じゃあ、早めに行って山菜の天ぷらでもしよか。」

「あと、源泉で温泉卵も作ってな。」


 設楽原から一気に山深い奥飛騨に飛んだ。オカやん号は、道なき道を走り、湯気がもうもうと沸き立つ露天風呂に到着した。「きゃー、素敵!」、「温泉浴と森林浴、両方楽しめるな!」と夏子と陽菜は、キャビンを飛び出した。まさに源泉かけ流しの濁り湯で、やや熱めの良いお湯が目の前にある。焦る気持ちを抑えつつ、バスタオルと着替えをバッグから出し、入浴準備を整えた。

「じゃあ、好兄ちゃんとメチャスキーと山菜採りに行ってくるから、一時間はゆっくり入れるで。まあ、ここの温泉いいのは経験済みやから、くつろいでな。ミスティー、「アレ」だけは気をつけろや。」

とフリークは言い残すと三人で山の中に入っていった。

「ミスティーちゃん、「アレ」って何?」

陽菜が心配そうに聞いてきたが、

「この時期やったら、大丈夫やと思うから、気にせんといて。さあ、入ろ、入ろ!」

と一番に露天風呂に飛び込んだ。

「あー、ミスティーちゃんずるーい!」

ふたりもミスティーに続いて温泉に飛び込んだ。

 周りは背の高い木々に囲まれ、湯のちゃぽちゃぽいう音と、鳥の鳴き声と、葉のこすれる音以外は、三人のしゃべり声しか聞こえない。ミスティーは、巻いていたバスタオルを外し、解放感満開で湯船の縁に腰掛けた。

「やっぱり、ミスティーちゃんはアメリカ人の血が入ってるから、すごいおっぱいやねんなぁ。半分、いや20%でも分けてほしいわ。」

とぽっちゃり体形をしているが胸はぺったんこの夏子が言いながら、ミスティーのおっぱいを両手でもんだ。

「あっ、なっちゃんずるーい。私ももむーっ!」

と長身やせ型の陽菜も一緒になってもみ始めた。

「ミスティーちゃん、いつからこんな「けしからん」おっぱいになったん?」

もみながら夏子が聞いた。

「うん、高校入る前くらいかな。でも、こんなに大きくなって要らんかってんけどな。プロレスしてても邪魔になるし。」

「それは、持ってる人の贅沢っていうもんやで。私らからしたら、色白でかわいくて巨乳でJKって、ミスティーちゃん最強やん!ほんまうらやましいわ。」

と陽菜もミスティーのおっぱいをもみながら続けた。

「あぁーん、いつまでもんでんの。なっちゃんと陽菜ちゃんまさか「レズ」ちゃうやろなぁ?」

ミスティーは、夏子と陽菜の両手を払いのけ温泉中央に移動した。

「知りたい?」

とふたりは不気味な笑みを浮かべて、ミスティーに近づいてくる。「バキッ、バキバキッ」林の奥から音が聞こえた。ふたりは気付いてないようだ

 再び、夏子と陽菜がミスティーの両乳房に手をかけた。「バキバキバキ」、明らかに木の折れる音が近づいてきている。(これは、もしかして…。)ミスティーは、両眼を閉じた。意識を集中して、十秒の沈黙で未来透視プレコグニションに入った。

「あれ、ミスティーちゃん、抵抗しないの?」

「じゃあ、いただいちゃおうか?」

夏子と陽菜が呟くと、同時にミスティーが叫んだ。

「アカン!なっちゃん、陽菜ちゃん、今すぐ温泉出てオカやん号の中に逃げて!」

「バキバキバキバキーッ!」っと温泉の奥で大きな音がすると同時に、巨大な黒い塊が夏子と陽菜の目の前に飛び出してきた。ザバーン!湯船に巨大な水しぶきが上がった。

 ミスティーは振り向きざまに両手を前に突き出した。温泉から起き上がった巨大なクマが目の前に現れた。(サイコキネシス!間に合って!)ミスティーの左右で腰を抜かしている夏子と陽菜に

「なっちゃん、陽菜ちゃん、クマや。クマが出た!私が念動力「サイコキネシス」でクマの動きを封じてる間に、早く逃げて!」

ミスティーの背筋に温泉で温もって出る汗と明らかに質が違う「冷や汗」がどっと流れた。慌てて、夏子と陽菜が湯船から這い上がる。(オカやん号へ!早く!)一瞬、ミスティーの集中力が途切れ、クマの右手が夏子と陽菜を襲った。間一髪、紙一重で夏子と陽菜のバスタオルを剥ぎ取り、クマはバランスを崩して、再び湯船に沈んだ。再び、クマが湯面に体を現すとミスティーは両手のひらを前の熊に向けて突き出した。

「なっちゃん、陽菜ちゃん、もう長いこと持たへん…。三十秒がええとこや。すぐに逃げてキャビンの鍵をかけて!」

 湯船を出たところで、夏子と陽菜は顔を突き合わせ、オカやん号と反対の熊が飛び出してきた林の方に走り出した。(どこ行くの!反対や!オカやん号に逃げ込んで!)思ったことを声に出すとサイコキネシスが解けてしまうことを感じたミスティーは、何もできず夏子と陽菜の姿を目で追った。夏子と陽菜は、林の入り口で、折れた木の枝を拾うと、走って戻ってきて、

「えーい!」

「やーっ!」

とクマの両目を枝で突き刺した。クマの顔に二本の枝が突き刺さり、視界を塞がれたクマは両手を振り回した。(もうアカン、集中力が…。)ミスティーは、やっとのことでクマの爪はかわしたものの、左のラリアットを頭にくらい湯船に沈んだ。

「ミスティーちゃんっ!」

同時に夏子と陽菜が叫んで、湯船に飛び込み、そこに沈んだミスティーを抱き上げた。夏子の目の前に、クマの右手が近づいてきた。(もうアカン!)夏子がミスティーを抱き寄せ目をつぶった瞬間、クマと三人の間にメチャスキーが現れた。

 テレポーテーションで現れた、メチャスキーは腰のホルダーからウォッカのボトルを右手でぬきだすと器用に親指でキャップを回した。キャップは、クルクルと回転しながら、弧を描いて宙に飛んだ。メチャスキーは、ボトルを口に含みと「プファーッ!」とクマの顔全体に吹きかけ、」左手の人差し指をクマの額に押し付けると

「プラーミャ(※ロシア語で「炎」の意)!」

と低い声で呟いた。その瞬間、メチャスキーの発火能力のパイロキネシスが発動し、「ギャアアアアアッ!」クマは叫び声をあげ、顔全体が青い炎に包まれた。クマは、慌てて湯船から這い出した。メチャスキーは、再びウォッカを口に大きく含むと、炎に包まれるクマの全身に吹きかけ、炎が全身に広がり、毛が燃える独特の悪臭があたりに漂った。素っ裸で立ちすくむ夏子は、湯船の中で、気を失ったミスティーを抱えるメチャスキーから視線が外せなかった。

 湯船の横で、あおむけになってもがき苦しむクマに、メチャスキーは湯船の横に落ちていた、夏子と陽菜のバスタオルを湯船にどっぷりと浸け、二枚重ねてクマの顔にかけた。青い炎はまだプスプスと燃え続けている。とどめとばかりに、三回目のウォッカ噴射を行うとクマの全身を青い炎が美しく飾った。約三分でクマは全く動かなくなった。ミスティーが夏子の腕の中で意識を取り戻し、

「メチャ兄が助けてくれたん…。ありがとう…。今晩はクマ鍋やな…。」

と言うと再び意識を失った。メチャスキーは、ミスティーをお姫様抱っこすると、オカやん号のキャビンのベッドに連れて行った。ミスティーを寝かせ、タオルケットをかけると、二枚のバスタオルを持って来て、素っ裸の夏子と陽菜に渡し、ゆっくりとウォッカを口にした。

「あぁ、ボトル半分無駄にしちまったな…。」

(あー、つまらんことに使っちまった…。)少し、メチャスキーの目が潤んでいた。

「メチャスキーさん、ありがとうございました。」

「ほんと、もうだめやと思いました。命の恩人です。」

バスタオルを巻くのも忘れ、メチャスキーに深くお辞儀をしたふたりに、

「夏子さんも陽菜さんも着替えてきてください。もうすぐ、好哉兄さんとフリーク兄さん帰ってきますんで。僕は、ゲイですけど兄ふたりはノーマルですから、今のおふたりの姿は刺激が強すぎますので…。あと、ミスティーを身体を張って助けてくれて、こちらこそありがとうです…。兄として感謝します。」

とふたりに丁寧に頭を下げた。

「おーい、何かあったんか?」

好哉とフリークの声が林の奥から聞こえた。夏子と陽菜は慌てて、バスタオルを身体に巻きキャビンに入った。

 戻ってきたフリークが湯船の横に仰向けに倒れた毛がちりちりに焼け焦げたクマを見て、メチャスキーに言った。

「これ、お前がやったんか。超お手柄やないか。ミスティーのテレパシー受信して慌てて戻ってきたんやけど、お前が居ってくれて良かったわ。じゃあ、クマさばくから、手伝ってくれるか。」

「うん、ええよ。ミスティー、力使い果たしてると思うから、「クマの手」食べさせてやってよ。」

 好哉は、先にクマの味噌鍋の準備に入っていた。


 5月20日夕方、設楽原織田軍本陣。ミスティーたちは、一昨日と同じ場所でオカやん号の中からモニターを見ている。

「ミスティーちゃん、もう体調は大丈夫なん?まあ、あの日の起きた後は、クマの食べっぷり見てたら大丈夫やと思ったけど、その日の晩も大変やったやん。なっちゃんとめっちゃ心配しててんで。」

「うん、陽菜ちゃん、心配かけてごめんな。晩は、クマの食べ過ぎでお腹痛かったんと、陽菜ちゃんとなっちゃんにベッドで襲われる夢ばっかり見て、良く寝られへんかっただけ…。」

「えーっ?何それ?なんで私らがミスティーちゃん襲うんよ。」

「だって、クマと会う前、ふたりで私のおっぱいもんで陽菜ちゃんとなっちゃんに「まさかレズちゃうやろな?」って聞いたら「知りたい?」って思わせぶりに言って私に寄ってきたやん…。

その後クマ出て来て、うやむやになったけど、私、まだ男の経験も無ければ女の経験も無いし…。で、ふたりが本気やったら「どうしよか」って思っててん。お客さんやから殴り倒すわけに行けへんし、ただ言いなりになって好きにされるのもどうかと…。」

「ひゃひゃひゃひゃひゃ!」

夏子が大声で笑った。

「それはな、前に私が酔っ払ったときに、ミスティーちゃん、私が「裸踊りした。」って騙したやん。それの仕返しのつもりで、陽菜ちゃんとどっきりしかけてん。」

「えーっ、まじで心配してたんやで!まあ、そんな関係にならんで済んだんはほっとしたけど…。もう、なっちゃん、酷いなぁ…。」

「まあ、それはお互い様やん。でも、クマが出た時、ミスティーちゃんが身体を張って私ら助けてくれたんは、ほんまに感謝してる。ミスティーちゃん、めちゃくちゃ好きよ!」

「私もミスティーちゃん、大好きよ。なんてったって、私となっちゃんの命の恩人やからなぁ。あの時は、ミスティーちゃんがウルトラマンに見えたわ。」

「いや、結果的には、私はクマの動きを止めるのが精いっぱいで、ふたりが素っ裸やのに折れた枝拾って、クマの目を「ぐしゃっ!」って!あれで、時間稼いでくれてなかったら、メチャ兄も間に合わへんかったし…。ふたりこそ、私の命の恩人やわ。「レズ」は困るけど、「クマ殺し三人娘プラスワン」でこれからもよろしくな。」

三人は笑顔でハグしあった。(「レズ」?なんの話や)好哉がよくわからないといった顔で時計を確認して、声をかけた。

「さぁ、設楽原の戦いのキーポイントの軍議が始まるで。信長の盗聴器の音声に注目や!今から、明日の昼過ぎまで二十時間耐久やで。途中、しんどくなったら、仮眠はとってな。」

全員、お茶のペットボトルを片手にソファーに座り、モニターに集中した。


 ドローンが小雨の降り続く武田軍の本陣から織田・徳川の連合軍の本陣まで空撮をしていく。一昨日の雨乞いの効果が出たのか、雨は降り続き、連吾川ともう一本の小川は増水し、地面がぬかるんでいるのがモニター越しにもよくわかった。

「この雨でぬかるんだ地面と川が、武田騎馬隊にとっては、鉄砲隊と馬防柵の前にはだかる敵やわなぁ…。」

夏子が呟いた。織田・徳川軍の陣は縦に長く、三段に渡り大きな馬防柵が設置され、その間にも騎馬がまっすぐ走れないように、複数の中小規模の馬防柵が点在していた。武田本陣からは、織田・徳川連合軍の本陣は全く見えそうにないくらい奥に向かって蛇行している。夏子は、一生懸命にメモを取っている。

ドローンが織田・徳川連合軍の本陣の陣幕の上に来て、ズームした。信長たちの声がスピーカーから流れる。

「光秀、猿、陣地構成は予定通り完成しておるのだな。」

「はい、各鉄砲隊の射撃陣地、その後ろの弓隊、そして長槍隊の配置および各部隊の指揮官は予定通りです。」

「殿、馬防柵、仮堀の設営も万全でございます。武田の騎馬隊が、第二陣を突破することはできないと思います。」

「よし、漢波羅衆、明日の天気はどうじゃ。」

「昨日の予想通り、夜半には雨は上げます。地面は十二分にぬかるんでおりますので、騎馬の脚を抑え、鉄砲隊、弓隊、長槍隊の三段構えで武田騎馬隊を撃滅できます。こちらが思うように、武田軍は本陣を敷いておりますし、殿が求める「伊太利亜戦役」を活かした戦いになろうかと。」

「家康殿、長篠城はどんな状況じゃ。」

「長篠城、五百の兵は健在。鳥居強右衛門の尊い犠牲はありましたが、城周囲に武田三千を釘づけにしております。」

「では、武田本陣は一万二千と言う事じゃな。城の三千を撃滅せしば、武田の背後を押さえることができるのじゃな?」

「はい、その通りでございます。」

「よし、では、軍議に入るぞ。」

「はっ!」、「わかりました、殿」、「御意!」


 夏子がお茶をググっと飲み、好哉に話しかけた。

「好哉さん、ここまでは信長の作戦通りってことですよね。」

「せやな、なっちゃんの言う通りや。でもここからが、信長の頭のええところや。織田・徳川の三万八千の中に「草の物」、つまり武田のスパイがいるかもしれないと細心の注意を払って、軍議に入るんや。聞き漏らさんように、見逃さんようにここからの一時間集中しいや。」

「えっ?何があるんですか?」

陽菜が尋ねた。

「まあ、そこは見てのお楽しみや。さて、みんな、全集中やで。」


 軍議の音声は白熱した。我先に手柄をあげたいという家臣が前方陣地との入れ替えを望んだり、信長の近くで護衛を申し出たり、自分のPRに注力するものや、「万一、雨で鉄砲隊が機能しない場合に備えての次善策」を提案するもの、次から次へと意見を述べ、信長はその意見に対し、てきぱきと対応し、軍議に参加する家臣は次々と入れ替わっていった。信長の周りで入れ替わらないメンバーは、武田の宿敵で本来の主役である家康、参謀としての光秀、秀吉、そして漢波羅衆の裏陰陽師の三人だった。

 昼過ぎに始まった軍議は、すっかり夜に入っていた。そんな中、家康の重臣「酒井忠次」が意見を述べた。

「信長様、夜半には雨が上がるというのであれば、我が軍精鋭で鉄砲、弓に長けた物中心の二千にて雨と暗闇を利用し、武田本陣を迂回し、長篠城の三千に奇襲をかけたいと思います。長篠城を押さえれば、武田の退路は無く、騎馬隊は前に出るしかありません。いかがでしょうか?」

この意見に、信長は烈火のごとく怒った。

「この戦は、家康殿においては、先の戦の雪辱戦。そのような小細工は用いるにあらず!戦の開始は予定通り、明日の昼前じゃ。」

酒井は、本陣軍議の場から、退場を命じられた。夏子は、ドローンのモニターに映る、陣幕の外の影がひとつ、暗闇の中で動くのを見逃さなかった。

 そこで、軍議は小休止に入った。オカやん号の中で好哉はモニターに集中したままだが、小休止に入った軍議に引きずられるように夏子と陽菜とミスティーは息を抜いた。ここでも夏子が、先頭を切って話し始めた。

「信長様の決断力って凄いですね。「熟考」って言葉が無いみたいに、何でもてきぱき指示出していきますよね。それにしても、戦国武将の自己主張って強すぎますよね。軍の勝ち負けより、自分の「手柄」が一番大事みたいな…。最後の酒井っていう家康の重臣なんか「一番槍」欲しいって気持ちバリバリですよね。ちなみに「小休止に入る。」って信長様が言った後、陣幕の外で走っていく影見えましたけど、あれってなんやったんやろか…。」

「おっと、なっちゃん、息抜きはまだやで。」

好哉は隣のキャビンとつながる回線で「フリーク、信長ズームで追ってくれ。」と指示を出した。モニターに信長がズームされる。陣幕を出て、隣の小さめの控室のような陣幕に家康と光秀を連れて行った。

「家康殿、今すぐ酒井忠次を呼び寄せてくださらぬか。」

「信長様、なぜでございますか?」

「良いから、呼んできてくださらぬか。」

家康が自軍の重臣、家臣が待機する離れた陣幕へ出て行った。

「殿、いかがなされました?」

「光秀、陣幕の外に、「草」らしきものがおったのに気づいておったか?小休止の後、速足の足音が遠ざかって行ったから、間違いないと思うのじゃが。」

「あっ、そうでございますか。殿のご意向、よくわかりましたでございます。」

「ならば、光秀、我が軍からも鉄砲隊五百を含め、金森長近を検使として二千の兵を準備せい。忠次に援軍じゃ。」

「御意。」

ひとり陣幕に残った信長の元に家康が酒井を連れて戻ってきた。

「信長様、先ほどは、拙者の薄っぺらな策でお耳を汚しまして申し訳ございませんでした。明日の戦では、先ほどの欠点を取り返しますよう粉骨砕身努力いたします。」

と酒井が信長の前で片膝をつき頭を深々と下げた。

「いや、忠次、あの場ではああ言ったが、主の発案は、実に理にかなった最善の作戦じゃ。先ほどは、陣幕の外に「草」を感じたのでああ言ったまでじゃ。主の先ほどの策で出陣の準備をせい。この度の戦は、家康殿が主戦、わしら織田は援軍じゃ。一番槍は、家康殿の重臣のお主が最適じゃ。

先ほどわしが感じたものが武田の草なら、篠山城の鳶ケ巣山砦の明朝の奇襲は無いと安堵しておることじゃろう。武田本陣を迂回し、豊川を渡り、南から尾根に沿って進み、夜明けに雨が上がり次第、長篠城の包囲の要所である鳶ケ巣山砦を後方から急襲し、その周りの四つの砦も併せて壊滅してきてくだされ。篠山城の包囲が解ければ、籠城中の奥平軍と共に、武田の背後に圧力をかけてくだされ。敵の主将は勝頼の叔父の河窪信実じゃ。河窪を早々に討てば、武田の士気にも関わろう。今度は三方ヶ原の戦の時の「酒井の太鼓」ではなく、「酒井の刀」で武田を追い回してやってくれ。

攻撃にあたっては、わしのところからも、鉄砲隊五百を含む精鋭二千に金森長近を検使につける。今、光秀に段取りをさせておる。早速、動いてくれぬか。」

酒井は、家康の顔を見た。家康は黙って頷いた。

「はっ、必ずや、徳川軍一番槍として、篠山城を包囲する武田軍を殲滅してまいります。では。」

と酒井は、陣幕を出て、駆け足で自軍の幕に戻った。

「相変わらず、信長様の感の良さには感服いたしますな。桶狭間の時も今川に情報が漏れるのを避けるために軍議を開かなかったと伺っておりましたが、今回は、偽の情報を持ち帰らせるとは…。」

「これからの戦の武器は、鉄砲だけじゃない。情報が一番の武器じゃ。桶狭間の時も「おけはざま山」に義元に陣を引かせた時点で、わしの勝ちは決まったも同然じゃった。なんせ、わしには天候を操る「龍神」がついておるからのう。

 酒井が、武田の後方を討てば、武田騎馬隊は前に出るしかない。この設楽原の築陣は城で迎え撃つが有利と同様に、守りが圧倒的に有利な造りになっておる。これで、雨が上がれば、わしらの勝利じゃ。」

「ほんに、信長様は、「雨を味方にされる梅雨将軍」ですからな。この雨が上がれば、我々の勝ちは間違いないですな。」


 オカやん号の中では、夏子がメモを読み返していた。

「信長様の情報戦か…。桶狭間の時といい、漏れる情報を意図的にコントロールするって、天才ですよね。単純な武将には思いもつかない作戦ですね。それに天気を自由にあやつって、三国志の話中の諸葛亮孔明みたいですね。本当にそんな力ってあるんですね。」

夏子が言うと、ミスティーが返した。

「まあ、天気を操るっていうのはどうかわからんけど、そう思えるくらい突拍子もない天候の変化を読みきってるのは凄いわなぁ。そういう力があるっていうのは、うちら緒狩斗家のみんなも何某らの能力持ちやから、もしかしたら劔神社の裏陰陽師にはそういう能力を持った術者がいてもおかしないわな。」

ミスティーの「緒狩斗家のみんなも何某らの能力持ち」の一言で夏子と陽菜は納得した。

「じゃあ、ここからの軍議は歴史書にあることの段取り通りやから、酒井にメインのドローンを向けて行こか。信長のいい所は音声だけになるけど、雨が上がって明るくなったら、メチャスキーに二号機飛ばさせるから、なっちゃんも陽菜ちゃんもそれでええかな?」

ふたりは頷いた。ミスティーは、その旨をフリークに伝えると、ドローンは闇夜を上昇していき、赤外線モードに切り替わった。


 酒井の徳川精鋭二千と織田軍の二千、合わせて四千は闇に乗じて、大きく武田本陣を迂回して豊川を渡河し、鳶ケ巣山砦の裏に布陣した。月は出ていないものの雨はすっかりあがっていた。(信長様が言ったように、本当に雨があがった。まさに、天候を操る「龍神」だ。これなら、預かりの鉄砲隊五百で三千の武田軍を抜けるぞ。)酒井は思った。すっかり夜討ち朝駆けは無いと緩んだ武田軍に五百の火縄銃が火を噴いた。パンパンパンと暗闇の中で鉄砲の発射音がこだまするたびに、武田の兵は倒れ、混乱し、隊形が大きく崩れた。ここでも、戦闘のプロである織田・徳川軍の兵と日ごろは田畑で働いている武田の雑兵の差が大きく出た。

 武田の隊長たちが、大声で指示するも、雑兵たちは右往左往するばかりで、鉄砲の前に次々倒れていった。一瞬、雲が切れ、武田の陣が明確にとらえられた。

 その次の鉄砲の一斉射で家紋が大きく入った陣羽織を着た、将たちが狙い撃ちとなった。将を失った武田軍は敗走し、同じことが日が登るまでに四つの拠点で繰り返された。包囲を解かれた奥平軍の鉄砲二百を含む五百人も隊に加わり、休む間もなく有海村駐留の武田の支隊軍まで、酒井は壊滅させ、織田・徳川の本陣に早馬を走らせ、信長より預かった五百の鉄砲隊を設楽原に返した。(この戦、我々の勝ちじゃ。後は家康様、頼みますぞ。)酒井は2キロ先の徳川の陣に念を送った。


「まるで、日本海海戦か真珠湾攻撃みたいなワンサイドゲームやったなぁ。桶狭間で千秋季忠の首とって喜んで酒飲んでた義元よりは、ましやけど…。情報戦と鉄砲か…。明らかに信長様は時代を先取りしてるわなぁ…。」

夏子はモニターの前で呟いた。

「さあ、初戦を奇襲で勝って、退路を断ったことで武田軍にすごいプレッシャーをかけられたわけやねんけど、武田本陣でこの情報が入って家臣たちがもめだすんよ。「とりあえず、甲斐の国まで引いて、再起の機会を待つべきだ。」っていう意見が多かったんやけど、織田・徳川軍の陣地に敷かれた罠を知らん勝頼は、自軍の騎馬隊の力を信じて一万二千で三万八千に勝つ気でおってんな。重臣、家臣も観念して水杯を交わして、夜明けとともに戦に入るんよ。

 そこからは、「鉄砲三千丁の一斉射撃の三交代」以外は、今まで見て来た秀吉の陣組、光秀の人員配置、信長の指揮で圧倒的な信長・家康の勝利に繋がんねんな。

 信長が城攻めの守りに例えたように「キルレシオ」は信長・家康軍の損害六千人に対して秀頼軍の一万二千人の一対二となって、無敵の武田騎馬隊の惨敗やね。

 まあ、見どころとしては、屏風絵に書かれているように、「主戦の徳川が織田に後れをとっては恥」と柵の前に出て戦う大久保忠世、忠佐兄弟が確認できるで。それから武田軍の中で背中に太鼓背負って「スコットランドのバグパイプ兵」や「オスマントルコ軍の軍楽隊」みたいに自軍の味方の兵を鼓舞する太鼓兵がいたり、鉄砲で真田昌輝と信綱が打たれるところや、討ち死にした山縣昌景の首を織田軍に取られないように武田の兵が自軍に持って逃げるシーンもあるわ。最後に、勝頼がわずか数百人の旗本に守られて逃げ落ちるシーンまでが昼まで続くんやったかな。」

 ミスティーが歴史の先生が生徒に教えるかのように夏子と陽菜に説明した。夏子は、引き続き「昼過ぎの武田軍敗走まで見る。」と言い、陽菜はあくびをしながら「私は、人が死ぬとこ見たくないから、ちょっと寝させてもらうわ。」とソファーに寝そべった。

 前のキャビンでは、アイカメラモニターを顔に付けたメチャスキーがフリークに教えてもらいながら、ドローンのコントローラーを操縦していた。ミスティーは、カップラーメンにお湯を注ぎ、「はい、徹夜お疲れ様。リッチな朝食でごめんね。」と笑いながら夏子に渡してあげた。


 昼過ぎ、八時間以上続いた決戦は織田・徳川連合軍の圧倒的勝利に終わった。武田の名だたる将の首が信長と家康の前に並べられ、戦の記録員と打ち取った将兵の証言を照らし合わしている。戦の間、戦闘員でない記録員は、お互いに殺さないという暗黙の了解があると好哉から説明があった。例外として、源義経が平家との戦いで戦闘員でない船の船頭や舵取りを矢で射たことをあげていた。

 また、この戦いで真田昌輝と信綱が討たれたことで、真田家を守るために真田幸村の父である真田昌幸が武田の配下に戻ることとなり、真田の徳川に対する深い恨みは大坂夏の陣まで続いたという閑話もあった。

 信長の音声モニターは、終始、伝令からの報告と光秀への援軍、配置転換の指示と漢波羅の裏陰陽師に対するこの先の天候の話がほとんどだった。

「うーん、今まで聞いてきた史実や歴史ドラマとはだいぶ違ってたなぁ…。好哉さん、昨晩からの映像ってまた見せてもらえるんですか?頭の中が整理しきれへんかったから、もう一回みたいんですけど。」

夏子が聞いた。

「うん、このツアー中やったら、何回でも見れるよ。元の世界に帰還したら、全部消してまうから、見たいところあったらいつでも言ってな。」

「えー、消しちゃうんですか?もったいないですよ、好哉さん!」

「まあ、それが僕らの仕事のルールやから、そこは納得してや。持ち帰るのは「思い出」と「記憶」だけっていうルールやから、この旅はスリリングで面白いねん。スマホの無い旅もええもんやろ?」

「うーん、でもスマホやカメラはやっぱり欲しかったなぁ…。」

 夏子はひとり残念がった。陽菜は、ソファーでずっと寝たままだ。


「1581年、安土の街」

 長篠・設楽原の戦いが終わったその日の夕食は、先日のクマを圧縮鍋でデミグラスソースと煮込んだシチューと今回の戦闘中に食べられていたであろう陣中食の五平餅と味噌玉と芋がら縄がでた。山でフリークとメチャスキーが採ってきたマクワウリとスモモが夕食後のフルーツに出た。

 結局明け方から夕食まで寝ていた陽菜は元気で、すべて「旨い!旨い!」とビールを飲みながら食べていたが、前日の朝から三十六時間以上寝ていない夏子はシチューだけ食べて、五平餅と味噌玉と芋がら縄は食べずにベッドに入った。

「さすがのなっちゃんも沈没か。まあ、ゆっくり寝ておいで。いくら十代とはいえ、寝不足はお肌の大敵やからなぁ。」

とフリークが笑いながら見送った。

「なっちゃん、ずっと仮眠取らんとモニター見続けてたん?なんか、メモのノート五冊目に入ってたみたいやけど、そんなに集中してメモとってたん?」

「せやねん、陽菜ちゃん寝てる横で、モニターに集中してるか、好兄に質問しっぱなし。朝にカップラーメン一つ食べて、後はチョコボール口に入れてたくらいかな。まあ、ほんまもんの歴女を証明したわなぁ。私も今日は、一回寝たら朝まで絶対起きへん自信あるわ。」

「じゃあ、ミスティーちゃん、襲っちゃおうかな!」

「私寝ぼけて、プロレス技出すから、陽菜ちゃん死にたくなかったらやめといたほうがええよ。寝てる時までは責任取られへんから。」

「ほんま、こいつ寝相と寝ぐせ悪いからなぁ。」

と好哉が突っ込むとみんなが笑った。ビールを一杯空けて好哉が陽菜に尋ねた。

「まあ、なっちゃん寝てるときに先に決めてしまうのはどうかと思うんやけど、元々の予定より、かれこれ四日ほど圧してんねんけど、陽菜ちゃんはどうしたい?

なっちゃんの希望全部叶えようとすると「建築中の安土城」、「完成後の安土の街散策」、「光秀「接待叱責」事件」、「本能寺の変」、「秀吉の中国大返し」、「家康伊賀抜け」、「大徳寺の信長の葬儀」、「岐阜の崇福寺のデスマスクづくり」、「小浜出港」、「ローマ着」、「パリでブルーノと面会」、最後に「バチカン」ってなってんねんけど。

 僕らはツアー会社やから、希望があれば延長は受け付けるけど費用はかかるからなぁ。旅が伸びても、元の世界には出発した4月1日の十一時の一時間後の十二時には戻れるからそこは心配せんでええけど。」

「私は、なっちゃんの希望に合わせようと思ってる。お金じゃ絶対買えへん経験させてもろてるし、使う予定の無い貯金もまだあるし、幸いふたりでやってる店も好調やから、借金にならへんかったらええねんけど。

 それ、今決めなあきませんか?」

「いや、なっちゃんが希望言い出したら、陽菜ちゃんが言いたいこと言われへんかったら嫌やなってことからのお節介やから。まあ、明日の朝ごはんの時にふたりに聞き直すことにするわな。」

「あーぁ、でもいつかはこの旅は終わってしまうねんな…。」

陽菜が寂しくため息をついた。


 翌日、夏子が起きてきたのは朝九時を回っていた。約十四時間寝ていたことになる。六人で後部キャビンに集まり、夏子と陽菜の希望を聞いた。フリークが量子コンピューターをたたいて、追加の旅費等を計算していく。

 最低限、夏子が見たいものとして、「安土城完成後の安土の街」、「光秀叱責の現場」、「本能寺の変」、「岐阜、崇福寺」、「パリでのブルーノ」、「バチカン」に絞り、そこに陽菜が見てみたいとする「弥助」と「ジョバンニ・ロルテス」を含めた最大公約数の旅プランをフリークは立て、ふたりに提示した。

 かなり、予定を詰めたがこれでも予定を五日オーバーしており、多額の追加費用が出ることが伝えられたが、ふたりはそれを了承した。

 予定が決まったことで、今から、オカやん号は、1581年の安土の街に飛ぶことになった。夏子と陽菜とミスティーは、京の町で着た町娘風の着物に着替えかつらを用意した。ミスティーは、濃い茶色のカラーコンタクトを入れ、ふたりと後部キャビンで出発を待った。


 「ひゅいーん」いつもの出発の音がすると同時に景色が溶けていった。「ガクン」とオカやん号が着地した先に朝日と反対側に広い琵琶湖畔の景色が広がる。この時代で既に港になっている「西の湖すてーしょん」を外し、北へ約500メートルの半島にあたる現在の「B&G海洋センター」のあたりにオカやん号は出現した。フリークはすぐに光学迷彩のスイッチを入れた。

 湖を背に振り返ると安土山の上に最上階が金色で下階は朱色の五重六階の八角堂が目の前にそびえていた。現代社会で発表された再現予想図より、朱色が強い。現世界の歴史では、1582年に光秀が山崎の戦で敗北した後、諸説はあるが、原因不明の火災により焼失し1585年に廃城の後は立て直されることなく、現代に至っている。何度かの現地調査により、数多くの遺跡が発見されたが、当時の高層建物の城には必ずある中央の心柱の礎石が無いことが分かっている。当時としては、信長の意向を十二分に取り込んで、総普請奉行の丹羽長秀が1576年1月から築城を開始し、1579年5月に完成した画期的かつ、日本最大の建築物であった。

 ミスティーと夏子、陽菜は、好哉と共に、街の中央部に向かった。安土は、東西に2.2キロ、南北に4キロの約7.7平方キロの城下町で、今でも「鉄砲町」、「鍛冶の浦」の地名が残っている。この時代には神学校のセミナリオもあり、その周辺には今でいう商店街のように庶民のための食品や生活品を扱う店や、舶来品を扱う店がいくつも並んでいる。

 四人でいろんな店をいくつもまわり、今でいうウインドウショッピングを楽しんだ。新しい街と言うこともあり、いろんな国からの商人が集まっているからか、聞きなれない訛りが飛び交っている。店の前では、店の女の子が打ち水を丁寧にしている。

 いささかはしゃぎ過ぎで緊張が緩んでしまっていたことが災いし、陽菜が夏子とおしゃべりしながら、後ろ向きに店を出た時に、入れ違いに入ってきた侍とぶつかってしまった。侍は、当時の男としては平均的な身長だったが、やせ型ではあるが165センチある陽菜より小さく、店の前で尻もちをついた。店の前を歩いていた母親に手を引かれていた五歳くらいの女の子が、侍を指さし大きな声で笑った。

「お母さま、このお侍さん、女の人に吹っ飛ばされて尻もちついちゃってますよ。こんな弱いお侍さんでこの国を守れるのでしょうか?」

と遠慮なく大声で母親に話した。周辺にいた町民や商人もつられて大笑いしてしまった。

 侍は、真っ赤になり立ち上がり、尻をはたこうとしたが、打ち水のせいで灰色の袴のお尻の部分は黒くぐっしょりと濡れている。先ほどの小さな女の子が、

「お侍さん、お漏らししてしまってますわ、お母さま。いい大人がお漏らしって駄目ですよね。」

と大声で言い、再び大笑いした。周りの人たちは、顔を赤くして慌てる侍を前に笑いをこらえるのに必死だ。逆上した侍は、

「この女、無礼であるぞ!表に出ろ!」

と叫び陽菜の右手首を左手で掴み、陽菜を店の外に引きずり出そうとした。好哉が「お侍様、堪忍してください。この娘も悪気があってのことではありませんので。」と侍の左腕を押さえると、「貴様も無礼を働くか!」と陽菜の手を放し、好哉を払いのけた。好哉ははね飛ばされ、店の陳列台と一緒にひっくり返り、商品があたりに散らばった。「なんだ、なんだ」と野次馬が次々と集まりだし、店の入り口に半円型の人の壁ができた。

 再び、侍が陽菜の腕を掴もうとしたとき、ミスティーが陽菜と侍の間に割って入り、両手で侍の腕を掴みリストロックの体勢に入った。ブラジリアン柔術では「モンジバカ」、日本名では「手首固め」と言われるこの技は、地味な見た目に反して掛けられた側はひどい痛みを感じる。

「ぐわっ!」

大きなうめき声を出した侍に、小さな女の子が追い打ちをかけた。

「このお侍さん、こっちのお姉さんにもやられちゃってますわ。いい大人が「ぐわっ」ですって。弱すぎますね。」

と言って無邪気にけらけら笑っている。侍は茹蛸の様に真っ赤になり、むりやりミスティーの腕を振りほどくと三歩下がり道に出た。野次馬の人垣もそれにあわせて三歩下がる。この数十秒で三十人を超えるやじ馬が集まっている。

「この女、妙な技使いやがって!無礼千万、成敗してやる!」

左腰の打刀の柄に右手を掛けようとするビジョンがミスティーの脳裏に浮かんだ。(アソート!)思ったとたん侍の右手は、空をきった。瞬間的に侍の左腰から鞘ごと打刀はミスティーの右手にうつっていた。一瞬の出来事に、手品を見る観客のように野次馬の輪から「おおーっ!」っと歓声が上がった。収まりがつかなくなった侍は「畜生!」と脇差を抜きミスティーに切りかかった。ミスティーはサイコキネシスで侍の動きを金縛りで止め、右手首の関節を逆水平チョップで打った。侍はなすすべもなく脇差を地面に落とした。

 野次馬は皆、ミスティーに拍手を送った。侍は、懐に手を入れると短刀を取り出し、鞘を抜き横に投げると右で短刀をまっすぐ突き出してきた。野次馬の皆は、(これは逃げられない!)と目をつぶった。侍の攻撃を予知していたミスティーは、侍の突き出した右手を顔の直前で右に半回転してかわし、やや腰をかがめると、男の右腕を自分の肩を通し、侍の右肘が肩にあたるところで両手首を掴むと腰を伸ばした。侍より背が高いミスティーが侍の腕を両手で決めたまままっすぐ立ち上がったことでショルダー・アームブリーカーの体勢となった。ミスティーの肩の上で侍の右肩が「ボグッ!」と鈍い音を響かせ同時に侍は短刀を落とした。

ミスティーは、侍の腕を離し、振り返って言った。侍の右肩はぶらりと垂れ下がり、明らかに脱臼しているのが見てとれる。

「お侍さん、もう、これぐらいにしておいたらどないや。」

「くそっ!恥かかせやがって!」

と左腕でミスティーに殴りかかってきたが、ミスティーは落ち着いて右腕のパーリングで侍をいなした。侍は勢い余って、ミスティーの前で半回転し背を向けた体勢になった。ミスティーは侍の背につき、両腕を侍の胸の前に回し、両手のひらを組みがっちりと体を固めると背後に反り返った。「ビリビリビリ!」と言う音とともに、ミスティーと侍は、美しい円弧を描きジャーマン・スープレックス・ホールドが決まった。侍の両肩は土の路面に平行に叩き付けられ、ミスティーは桃割れのかつらの先端が路面につくかつかないかのところできれいにブリッジが決まった。野次馬から、大きな歓声と拍手が湧いた。

「おいおい、なんの騒ぎじゃ。殿のお通りであるぞ。皆の者控えい。」

との声と共にミスティーの上下ひっくり返った視界にふたりの大男と馬に乗った武将が入ってきた。大男のひとりは金髪で火縄銃を肩にかけている。もうひとりは、かなりマッチョだが顔は若々しい青年だ。馬にまたがる武将は、鼻の下に両サイドがピンと上がったひげを蓄えた凛々しい顔立ちで、派手な洋服風の着物だった。

 侍をロックしていた腕を緩めるとずるずると侍は横に崩れ落ちた。意識を失っていた。ミスティーは、かつらの先端が地面につくと両腕で勢いをつけ「えいっ!」の掛け声とともに、ネックブリッジの状態から「ひょいっ」と起き上がった。かつらが脱げ落ち、金髪があらわになった。再び、野次馬から歓声と拍手が起きた。ミスティーは正面に立つふたりの大男と馬上の武将を見て思わず叫んだ。

「ええーっ!信長さんと蘭丸さんとジョバンニさん?」


 大男の若い方が、つかつかと近づいてきて聞いた。

「そなた、南蛮のおなごなのか?言葉は理解できるか?ここで何をしておった。何で、我々の名を知っておるのじゃ。」

と蘭丸が聞いてきた。ミスティーは、とっさに口から出まかせを言った。

「先日、セミナリオでお見かけして、伝道師から三人のお名前をうかがいました。」

(我ながら、ナイス言い訳!)と思った。信長の後ろに光秀と黒人の家臣「弥助」がいるのも確認した。足元を見るとかつらが落ちていることに気づき、慌てて拾って被ったので前後が逆になった。信長が興味深そうに、馬を降り、蘭丸の制止を振り切り、ミスティーに近づき、前に立ち、かつらをひょいと持ち上げ正面に向けてかぶせ直した。

「お主、なかなか大きいのう。さっきの技は何じゃ?見たことのない柔術じゃが、やはり南蛮の技なのか?瞳の色もジョバンニと同じ碧眼じゃな。」

と信長が興味津々に顔を覗き込んできた。(あれ、コンタクトも落ちちゃった?こりゃ、南蛮娘で通すしかない!)ミスティーの後ろで夏子と陽菜が手を取り合って緊張の面持ちでこちらを見ているのが分かる。好哉が(余計なことは言うなよ!)とアイサインを送ってきている。


 信長から矢継ぎ早にいくつも質問を受けた。侍の打刀を一瞬で奪ったのは「大道芸のひとつ」と説明した。いま一度見てみたいというので、信長の懐刀を大げさに「ウン、ドイス、トレス(※ポルトガル語の「1、2、3」)」と言い、アポートで取り寄せて見せた。信長が求めるので三度繰り返した。信長は、よくわからないまま、何度も懐深くしまった短刀が一瞬でミスティーの手にあるのが不思議で面白がった。

ショルダー・アームブリーカーとジャーマンスープレックス・ホールドは、ポルトガルの柔術ということにした。イタリア人のジョバンニがいるからには、余りいい加減なことは言えない。いろいろと聞かれ答えを繰り返しているうちに、蘭丸と光秀が店の主人から事情を聞いたらしく、倒れたままの侍は、「ヒラ」っぽい侍に連れていかれた。

野次馬は、光秀とジョバンニに追い払われ、店の前には信長と蘭丸、そしてミスティーと夏子、陽菜と好哉と店の者だけが残った。信長は、ミスティーの仲間の三人を紹介してくれと言うので三人の方を振り返り声をかけた時、信長の眼前でミスティーの破れた着物のお尻から猫柄がいっぱい入った派手なピンク色のショーツが丸見えになった。信長は、興味深げにミスティーのお尻をがっちり両手で掴み

「これはまた、珍しい下履きじゃのう。ミスティーとやら、これも南蛮の下履きか?何故猫?。」

とのぞき込む信長の頬を

「きゃー、何すんの変態!」

と叫ぶと同時に条件反射で平手打ちを入れてしまった。瞬間的に蘭丸とジョバンニに羽交い絞めにされた。(しもた、思わず信長しばいてしもた。打ち首になってしまうんやろか…。)瞬時にミスティーは反省したが、もう遅い。しかし、

「すまんすまん、伴天連の淑女にいささか失礼してしもうたのう。お詫びに着物を贈らせてはくれぬか。そのままでは、お主も街を歩けまい。蘭丸もジョバンニも失礼は、よすのじゃ。非は我にありじゃ。」

と信長は怒ることもなく、二軒先の反物屋にミスティーを連れて行くと、光秀を呼び、「この娘に着物を一着見繕ってやってくれ。」と言って、店を出て行った。

光秀が店の主人とおもわれる男に何やら言うと、店の奥から何種類かの着物が出てきた。どれも素晴らしい柄だったが、ミスティーの丈には足りなかった。仕方なく、姫様が引きずって着るような着物を裾上げすることになった。光秀はミスティーのかつらを取るとしげしげと眺めていた。(光秀もキンカ頭(※禿頭)って言われてるから、かつら欲しいんやろか?)と思っている間に、着物が揃えられ、女将と思われる女性に奥の部屋で着替えさせられた。女将は、ブラジャーとショーツに非常に興味を持ち、いろいろと質問してきた。着替えが終わると、それに見合ったかんざしと櫛も揃えられた。金色に輝く小判を光秀が店主に渡すのが見えたので、ミスティーは、相当高いものだろうと思った。

約三十分ほどたったであろうか、トラブルのあった店に戻ると、信長と蘭丸、そしてジョバンニと弥助が、夏子、陽菜と好哉と団子を食べていた。信長の手元には、夏子と陽菜が渡したのであろう板チョコとミルクキャンディーの袋がある。(えーっ、好兄ついててそれ有りなん?)夏子は、生信長と会話を交わし、「満悦至極」の表情をしているし、陽菜はやたらとカードゲームで推しの蘭丸にもチョコレートを勧めていた。

「おう、ミスティー殿、戻り申したか。なかなかお似合いじゃぞ。それにしても、先ほどは、失礼した。あまりに変わった下履きじゃったのでつい…。それにしても、お仲間も相当変わった者たちじゃのう。特に陽菜殿からもらった、これは気に入ったぞ。」

とチョコとキャンディーを目の前に突き出した。陽菜が丁寧に、「これは「ちょこれいと」、こっちは「きゃんでー」と店の主人にもらった紙に筆でひらがなで書いて説明していた。

 その後、半刻ほど信長たちと店でおしゃべりをした。信長は、光秀に「ミスティー殿たちを城に招待したい。」と言い張ったが、光秀が「今日は、ヴァリニャーノ宣教師が来るのでダメです。」と止めていた。弥助とジョバンニは無駄なおしゃべりには加わらず、店の前を常に警戒していた。

 信長は残念がったが、暫しの現代人と安土桃山の武将の交流会は終了し、解散となった。何度も後ろを振り返り去っていく信長一行を見送り、見えなくなったところで好哉が大きなため息をついた。

「あー、ミスティーが信長の頬をひっぱたいたときは、「全員打ち首」を覚悟したで。この間のクマ以上の修羅場やったなぁ。」

「でも、信長様、想像以上にいい人やったやん。陽菜ちゃんのお菓子もえらい気に入ってたみたいやし。私は、生で直接話せたし、結果オーライで、大満足やわミスティーちゃんには大感謝や。」

「うん、私も、生蘭丸様見て、おしゃべりできたし。カードと違ってかなりマッチョやったけど、それはそれでありやったわ。だから、好哉さんもミスティーちゃんを怒らんといたってね。」

「まあ、信長にパンティー見られた女は世界広しと言えど私だけやろうし。パンティー見て、お尻わしづかみにして平手一発で済んだだけで良しとしてもらわなな。あほ侍は腕一本もらったしな、信長はあれですんでラッキーやで。私は、ツアコンの立場として、なっちゃんと陽菜ちゃんが満足してんねんやったら、結果オーライやわ!」

と女性三人は大笑いする中、好哉だけが難しい顔をしていた。


「1582年5月15日、安土城内」

 朝食時、好哉は、昨日からの難しい顔を崩してはいなかった。

「なっちゃん、陽菜ちゃん、そしてミスティー。今日は、一日車内でモニターやで。ええな。」

と、念を押された。夏子と陽菜はともかく、ミスティーは昨晩遅くまで説教されたので従うしかなかった。今日は、家康が信長に安土城に招かれ、光秀が家康の接待を任された日であった。


 朝食が終わると、オカやん号の後部キャビンで、見学をはしょった安土城の建築開始から今日までの重要な事項を簡単な市販ビデオや映画やドラマのシーンを交えて好哉から夏子と陽菜に解説があった。ミスティーもその場に同席していた。

 1576年1月の丹羽長秀による築城開始の話で始まった。続いて昨日会った、信長の護衛であるイタリア人戦士であり、戦術技術者であり、銃の名手の日本名「山科勝成」ことジョバンニ・ロルテスが1577年にバチカンの宣教師の紹介状を持って蒲生氏郷に召し抱えを申し出て、小銃、大砲制作に従事し、後に信長の家臣になったとのことだった。この世界では、宣教師ソルド・オルガンティーノが連れてきた元マルタ騎士団員のローマ出身の者として現世界ではジョバンニを主人公としてコミックス化されていることなどを聞いた。戦国時代に名前が残る異人家臣としては、信長の家臣「弥助」と「三浦按針(みうらあんじん)」ことウイリアム・アダムスという家康に仕えたイングランド出身者の航海士であり貿易屋がいることも付け加えられた。

 1578年に荒木村重が信長に謀反を企て、毛利に寝返り石山本願寺側についた際、村重の家臣の高山右近がキリシタンであったことから、オルガンティーノ等の宣教師を呼び出し「右近が味方になるようにお前らでとりなせ。成功すれば、教会の建設を全国で認めるが、失敗すれば断絶させる。」と信長が脅迫したとフランシスコ・カリヤンの報告書にあることが話された。また、オルガンティーノにより純粋な信仰心から改宗したものは少なく、改宗したものの多くは南蛮貿易での利益確保を策したものだったことが付け加えられた。

 1580年には、安土でヴァリニャーノがフロイスを通訳係として信長と面会し、その後、ヴァリニャーノは五ケ月に渡り安土に滞在したこと、そして1581年に弥助を譲り受けたエピソードと京の馬揃えにヴァリニャーノを招き、ユリウス暦をグレゴリウス暦に変えた、第226代ローマ教皇のグレゴリウス13世に狩野永徳作の「安土図」の屏風絵を贈り、1585年に日本人初のローマ教皇への献上物として記録に残っていることも説明を受けた。

ヴァリニャーノは、信長に積極的に当時の中国を支配する「明」国への出兵を勧めたが、それは1582年にヴァリニャーノがマニラのスペイン提督に当てた書状に「将兵の強い日本の征服は難しいが、「明」国征服には役に立つだろう」と出兵の本意がスペインのためにあることが記されているとの事だった。そのヴァリニャーノからの申し立てに信長は反発し、それから信長はイエズス会と距離をとるようになったことと、そのころから「明」出兵を反対する光秀と、隠れてそれを推し、日本史上の信長の死後に三度にわたる朝鮮出兵を計画し実行した秀吉との敵対が激化してきたことが語られた。

ただ、秀吉の「朝鮮出兵」は、秀吉の私案で、「絹織物」を明を征服することで安価で日本に持ち込むことが目的であった可能性も付け加えられていた。好哉の私感としては、信長と光秀の関係は良好であって、これからライブで聞く信長による「光秀𠮟責事件」の真実を自分たちで判断してほしいとの事だった。

 そして、信長が会って話したとされる主たる四人の宣教師としてあげられる、フロイス、オルガンティーノ、ヴァリニャーノ以外の第四の男「フランシスコ・カフラル」は、ヴァリニャーノと布教方法を巡って対立し、信長が亡くなったとされる翌年の1583年にヴァリニャーノに日本を追放されマカオに異動したことを覚えておくように念を押された。

 思わせぶりなところで、話を止めるところは、夏子と陽菜も慣れつつあり、好哉の立てたフラグを聞き逃さないようにしっかりと聞き込んだ。ミスティーは、「はいはい。」とわかった顔をして聞いている。

 他にもフランシスコ会のジェロニモ・デ・ジェスス、ルイス・ソテロや、1577年に十六歳で来日し、日本語に長け、1580年にイエズス会に入会し、会計責任者にまでなったジョアン・ロドリゲスは1610年に陰謀に会い、マカオに追放されたなど、宣教師の中でもヴァリニャーノの手にかかり日本を離れざるを得なくなったと噂されるものが多数いる可能性があると教えられた。夏子と陽菜は、イエズス会の宣教師に対するイメージがこの数十分で相当変わった。

 1576年1月の安土城建築開始から、1582年5月15日の家康安土訪問までの間に、2月から3月にかけての甲州征伐があり、長年の敵であった武田一族を滅亡させ関東を信長が平定したと判断した朝廷から、1577年に源頼朝以来となる右大臣推任を受けていた信長に、「太政大臣」、「関白」、「征夷大将軍」の三職推任があったとされる。それが朝廷側からの者だったのか信長側からの者だったのかは、現在でも諸説わかれるが、信長が武家の頂点に立ったことは間違いなかった。信長の当面の敵は中国の毛利と四国の長曾我部になっていたことも、歴史に疎い陽菜にも優しく、丁寧に説明をした。


 昼前、フリークがいつも通り、ドローンを飛ばした。今日は、信長や光秀に会う機会は無いうえ、家康は馬でなく、駕籠で来城するとの事なので、メチャスキーのアスポートで盗聴器の仕掛けができない。代案として三機のドローンを家康の到着前に、「家康が接待の昼食をとったとされる部屋」、「信長が光秀を叱責し、坂本・丹波の領地を取り上げ出雲・石見への藩替えを命じたとされる会議の間」の天井裏に着陸させマイクを作動させ、最後の一機は、自由に動かせるように城の屋根の上に待機させていた。

 夏子、陽菜とミスティー、好哉は、後部キャビンのソファーに腰掛け、家康の到着を待った。まだ到着に時間があるので、待っている間、光秀の長篠の戦い以降の活動についてミスティーがふたりに解説をしていった。

「まずは、この間見た西暦1575年の長篠・設楽原の戦いの後やねんけど、この時光秀は五十九歳で…。」

とミスティーが光秀の行動年表のプリントに沿って話し始めた。1575年は、長篠・設楽原の戦いの勝利の後、越前一向一揆殲滅戦を行い、その後、丹波国攻略を申し付けられた。当時の丹波国周辺は、反信長の武将も多く、いくつかの裏切りもあり、現在では雲上の城として有名観光地になっている竹田城の攻略に失敗し出直しすることになった。翌年1576年、光秀は今の世界で言う「還暦」。石山本願寺との天王寺の戦いで司令官だった塙直政の戦死で、明智軍は苦戦し、光秀も危うい状況になったところ、信長自ら出陣しての支援で助けられた。4月23日には、光秀は過労で倒れた。

「そりゃ、電車も飛行機も無い時代に、還暦のおっさんが馬と徒歩であっち行ってこっち行ってってしてたら倒れるわな。今やったら、労働基準監督署に言ったら信長には即、是正勧告出るわな。「あなたの軍は超ブラックです。」ってな。」

 夏子と陽菜は笑った。ミスティーは、話が硬くなり過ぎないように冗談を交えながら、進めていった。好哉は、上司の立場でミスティーの説明に耳を傾けている。

 1577年、紀州雑賀攻め、信長に反旗を翻した松永久秀の居城である信貴山城の戦い、10月には丹波攻めの再開、光秀は丹波の各地を転戦往復を繰り返す長期戦になった。

「信長、敵が多いから、しょっちゅう裏切り者が出てくんねんな。で、その裏切り者をとことんやっつけるから、また反感を買って、新たな裏切り者が出るの繰り返しや。秀吉は、面倒なこと避けて、信長の目が届けへんよう、京、近江から離れた戦を旨い事引き受けるもんやから、みんな光秀に近隣の戦やもめ事が来てまうねんな。まあ、それだけ、信長の信用が厚かった言う事やねんけどな。うちも、好兄が、信長みたいになったら、その時は「本能寺の変」やってまうわな。」

と茶化した。

 1578年3月、ようやく難儀してた園部城の荒木氏綱を降伏させたと思ったら、休む間もなく4月29日には毛利攻め中の秀吉の援軍へ行かされ、9月に大規模な反乱発生で再び丹波へ。10月には、信長に背いた荒木村重の有岡城攻めで摂津へ。

「これ、関東の人に言ってもピンとこおへんけど、大阪人からしたら、どんだけ移動してんねん!ってなるわな。私らは、オカやん号でぴゅーっとどこでもワープできるけど、雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も、馬にまたがって歩兵を連れて時速4キロで動くねんから、そりゃ大変や。でも、そんな、光秀の頑張りに対し、8月11日の「細川家記」には、「信長は光秀の軍功を激賛」とあんねんけど真偽がはっきりせえへん古文書やって言われてんねんな。私は、光秀がやりきれへん気持ちで書かせたんとちゃうかって思ってんねんけど、なっちゃんと陽菜ちゃんはどう思う?」

「うん、光秀の気持ちわかるわ。」

「自分で書いたとしても、許してしまうわ。」

と光秀に同情的な返事が返ってきた。(おっしゃ、思った通りの反応になってきた。)ミスティーは心の中で小さくガッツポーズを決めた。

 1579年に丹波の八上城、8月に黒井城を落とし、ついに丹波国を平定。1580年、信長は光秀に感状を出し褒め称え、丹波一国二十九万石を加増し、光秀の領地は合計三十四万石となった。現在の京都府亀岡市に亀山城を築城し、続いて周山城を建て、福知山市の横山城を修築し福知山城と改名して、「ほっ」とできるかと思ったら、10月には信長より、「大和検地奉行」として奈良に派遣された。

「1581年には、信長の家臣で帯刀を許され、本能寺の変を生き延び、信長の首を崇福寺に持ち込みデスマスクをとったと言われる、日本初の外国人侍の「弥助」を使用人として雇っていたヴァリニャーノも招かれた、天皇も参席する「京都御馬揃え」の運営責任者を任されるねんな。そこで天皇に出される最高級の「京料理」を目にするねん。上品な数々の料理を見てしまったことが、後々の悲劇に繋がってしまう原因と言う説もあんねん。

 余談やけど、私の好きなドラマCDに「注文の多い第六天魔王」っていう信長と光秀と秀吉が出てくる宮沢賢治の「注文の多い料理店」のオマージュがあんねんけど、「京」風の家康接待の料理を秀吉が「味が薄い」とか「量が少ない」って文句言うねんな。光秀が、「田舎もんのお前には「京」風の味はわからん!」って喧嘩になるねんけど、結局、信長にも同じこと言われて「信長様も田舎者やった!」ってオチやねんけど、結構笑えるねんな。

信長って、今の岐阜、愛知地区出身やから、「赤味噌大好きの高血圧」、「甘いもんメチャ好きな濃い味信者」やったからな。この間、陽菜ちゃんがあげてたチョコとキャンディーもえらい喜んでたもんな。まあ、家康接待の話は、後においとくわ。

ちなみに弥助は、2019年にハリウッドでチャドウィック・ボーズマン主演で「Yasuke」ってタイトルで映画化されるって発表あったんやけど、その後どうなったんやろね?少なくとも、日本では公開されてないみたいやねんけど…。何か情報あったらちょうだいな。」

と続けた。夏子と陽菜は、

「なにそのCD!聞いてみたい!」

「ネットフリックスで弥助のアニメの予告編は見たけど、ハリウッドの実写版ってあるの?」

とふたりも乗ってきた。家康到着まであと三十分。ミスティーは、きりのいいところまで続きを話し始めた。 

 その年に「明智家法」の後書きに「一族家臣は子孫に至るまで信長様への奉公を忘れてはならぬ。」って光秀は残した。その翌年1月の茶会では「床の間に信長自筆の書を掛ける」と「宗及他会記」に残されている程、光秀の信長への忠誠は深いものであったとされていた。しかし、俗説では、8月に信長お気に入りの側室で光秀の妹(※諸説あり)とされる「御ツマキ」が亡くなり、そこから光秀の孤立が始まり、本能寺の変へと繋がったとする説が多い。

 1582年3月、武田との最終戦である甲州征伐で信長に従軍し、主力である信忠軍を見届け4月21日に帰還したところである。そして、今日、5月15日、家康を安土城に招いての食事会での饗応役を光秀が信長に命じられたというところまでを急ぎ足ではあるが、一通り夏子と陽菜に説明を済ませた。(好兄、どうやった?)、(まぁまぁやな)とアイサインを交わした。


 フリークから、「家康来たよー。ドローンの画像モニターに出すわな。」と車内スピーカーが鳴った。ミスティーがモニターの電源を入れると、たくさんの供を連れた籠の一団が映し出された。

「わー、すごい人数。家康さん、すごいなぁ。この人数で三河から来たんやろ。新幹線や観光バスちゃうから大変やなぁ。旅費は本人持ちなんやろか?」

「派手な籠!二台あるのは、ひとつはダミー?担ぐもんとしたらたまらんなぁ。まあ、エアコンなしで揺れる籠を考えたら、座って乗ってる家康も大変やろうけど。私やったら、寝そべれる籠で寝ながら運んでもらうけどな。」

と夏子と陽菜は好き勝手言ってモニターを見ている。


 家康一行が、安土城の大きな門を通ったところでドローンは二階から天守閣へと上昇していく。上から二番目の西向きフロアーの開かれた窓から、宴の準備で事前に座布団が部屋の両サイドに敷かれた大広間が映った。(この部屋で昼のもてなしの会があるのは間違いないやろ。琵琶湖の景色もばっちりで、夕日も楽しめ坂本城も見えるしな。よし、二号機はこの部屋の屋根裏に移動や。)一号機をメチャスキーに任せ、フリークは、二号機を宴会が行われるであろう部屋の天井裏に着陸させ、マイクのスイッチを入れた。神経を集中し、遠隔透視リモートビューイングの体勢に入った。

 フリークの脳裏に、天守閣一階に着いた家康を光秀が迎え、天守閣最上階に案内して上がっていく状況が脳裏に浮かんだ。脳裏に浮かんだ情景をマイクで後部キャビンに伝えていく。

「ミスティーちゃん、今回は盗聴機を信長様には付けられへんの?メチャスキーさんのアスポートやったっけ?物質搬送で前みたいに懐に仕組めばええんとちゃうの?それか、メチャスキーさんが、パッっとテレポートして信長様の懐に入れて、パッッと帰ってくるとかあかんの?」

夏子が聞いた。

「うん、それができればええねんけど、メチャ兄のアスポートも私の物品取り寄せのアポートもあんまり離れるとあかんねん。ましてやテレポートは思いっきり不審者扱いになるやろ。それはないわ。私のサイコキネシスもあんまり距離飛べへんから、盗聴器を宙に浮かして運ぶも無いわな。やから、フリーク兄のドローンがベストやねん。部屋が賑やかやと、信長の声聞きにくいかわからんけどそこはごめんやで。今回は、フリーク兄が遠隔透視で状況は見れてるから、どの部屋に行くかは把握できるから空振りはないと思うし、これからを期待して。」

とミスティーは夏子に説明した。

 フリークが、「家康が光秀に連れられて、天守閣最上階の信長の応接の間に上がったぞ。部屋の中は壁中金ぴかや。これが狩野永徳の描いた壁絵か。みんなに見せてやられへんのが申し訳ない。絵心ない俺でも凄いと思う迫力と絢爛さや。信長が上座。下がって両サイドに信忠と信雄。下がって蘭丸と長秀と客人の穴山梅雪が座ってる。あっ、光秀と家康が入ってきた。信長の前に家康座って、深々とお辞儀中。光秀は蘭丸の上へ。信長立ち上がって、家康の肩をポンポン叩いてねぎらってる感じ。読唇すると…、「遠い所、お疲れじゃろう。今日は、光秀が最高のもてなしをするんで、ゆっくりしてくだされ…。」かな?笑顔で迎えてる。

ふたり立ち上がって西側の窓からの景色見てる。後ろからやから、何話してるかはわからん。信長が、正面から、南に向けて指さして、都度、家康がなんか頷いてる。見えるものについて説明してんねやろうな。

 あっ、誰か来た。みんな順番に部屋を出ていくわ。料理の準備ができたって呼びに来たんかな?信長が光秀を呼び止めた。部屋の中には、信長と光秀だけや。ちょっと待ってや、視野を信長に集中するわ。「…、予定通りに頼むぞ、光秀。仕上げじゃ…。」かな?光秀頷いてる。一緒に部屋出ていくわ。廊下に出て、階段下りてる。廊下、階段の壁もピカピカや。すげえなぁ。金かかってんなぁ。これが、もうじき燃えてしまうんか…。もったいなさすぎやな。あっ、大きい部屋に入っていった。ビンゴ!西向きの大広間や、すごい料理並んでんで!上座に二席。多分、信長と家康の席やな。おつ、信長も家康も席に着いたで。じゃあ、後の音声は、ドローンのマイクに切り替えるわな。なっちゃんも陽菜ちゃんも楽しんでな。オーバー。」と言い残し、キャビンのスピーカーの音声は、マイクに切り替わったのか、騒めいた部屋の会話が乱雑に入ってくる。

 誰の声かわからないが、開会の辞のような挨拶が聞こえる。続いて、家康だろうか。この席に関する謝辞が述べられていると同時に安土城のすばらしさに感嘆したと言っている。そこで、聞き覚えのある信長の声が入った。

「この3月に家康殿の宿敵、甲斐の武田も滅び、畿内だけではなく、相模までの関東も我らが支配下に入った。当面、残すは中国の毛利と四国の長曾我部じゃ。この宴をもって、関東は家康殿に任せ、我々織田軍で、毛利、長曾我部を討ち、新たな天下を統一しようぞ!今日は、光秀が先の京での馬揃え以上の料理を用意しておる。みな、十二分に飲んで食して、後の天下統一に向けて鋭気を養ってくれ。では、乾杯じゃ。」

「おおーっ!」

多くの男たちの歓声が聞こえた。

「わぁ、どんな料理なんやろ。見られへんのが残念やわ。なあ、陽菜ちゃん!」

「せやな、それこそ、メチャスキーさんにテレポートかアスポートで一膳パクってきて欲しいよな!」

夏子と陽菜がよだれを垂らしながら、想像を掻き立てていた。ふと、テレビモニターに宴会場の風景が映り、列席者の肩越しに料理の膳がズームされた。気を利かせて、メチャスキーがドローン一号機を開いた西側の窓から近づけ、ズームで撮ってくれてたのだった。

襖の死角になるよう、斜めに撮っているのでお膳の半分しか確認できないが、中央に大きな鯛。そして、その周りに香の物、炊き物、煮物、汁物に加え、家康好物の天ぷららしきものが確認できた。どれも、綺麗な器に美しく盛り付けられており、香りと味はわからずとも「最高のもてなし」であることが想像できた。スピーカーからは、「こんなうまいもの食ったことが無いわい」、「さすが、光秀殿じゃ。御馬揃えにも参席したが、その時以上じゃ」、「これなら、美食家の家康殿も満足なされるじゃろう」と料理を称賛する声が次々と入ってきた。

 そんな時、信長の怒りに満ちた声がスピーカーから響いた。

「何じゃ、この鯛は!腐りかけではないか!光秀、この宴になんというものを出すんじゃ!貴様、この信長の顔に泥を塗るのか!」


 「えっ?なになになに?何が起こってんの?信長様、めちゃくちゃ怒ってるやん。「タイ」が腐ってるって聞こえたけど、「タイ」ってメインディッシュの「鯛」のこと?あの几帳面な光秀さんにそんなことありえるの?」

夏子が悲鳴に近い叫びをあげた。引き続き、モニターからは信長の怒った声で光秀への罵倒が続いた。ドローンのモニターが角度を変え、信長が膳を蹴り飛ばし、立ち上がり上座から広間の光秀らしき禿げあがった頭の武将に近づき、二度蹴りを入れるのが見えた。さらに、扇で頭を打ち据えるシーンに続いた。

「このキンカ頭、わしに恥をかかせやがって、今すぐ饗応役は解任じゃ!お前の持つ坂本と丹波も取り上げじゃ。まぁ、石高無しも困るであろうから、猿の毛利攻めの下請けに行き、中国を治めたあかつきには出雲、石見をくれてやるわ。今すぐ、この場を出ていけ!」

と信長の声がモニターから流れると、テレビモニターではキンカ頭の光秀が、そそくさと部屋を出ていくのが映っていた。周りの家臣や、上座に残された家康は、1ミリも動けず固まっていた。


 オカやん号の中では、夏子はモニターにかじりつき、陽菜は何が起こったのか理解できずに夏子と好哉に交互に視線を向けおろおろしている。

「あーあ、光秀やっちゃった!こりゃ、アウトやな…。」

ミスティーが呟いた。

「えっ?アウトって?これが、本能寺の変の要因になったっていう、怨恨説の「みんなの前での叱責」と「領土召し上げ」ってやつなん?」

陽菜がミスティーに尋ねた。夏子もその一言に食いついてくる。

「本能寺の変に繋がる要因っていうのは、いろんな歴史家が独自の説を謳ってて、今、陽菜ちゃんが言った「怨恨説」では、多くの家臣や客人の前で信長に叱責された事と領地を取り上げられた事だけじゃなく、過去に下戸の光秀がみんなの前で酒を飲まさせられたことや母親を殺されてさらされたなんてことがあげられるな。まあ、「母親が…」っていうのは、完全に創作やろうけどな。

 それ以外にも、「明智軍記」にかかれてる、甲州征伐の際、信濃の反武田派を集結させ「我々も骨を折った甲斐がありましたな。」って光秀が言ったら「お前ごときが何をしたのだ。」って信長が怒って、蘭丸に鉄扇で叩かれ恥をかいたって話もあったわな。

 後は、自分が天下を取りたかったっていう「野望説」、重臣が信長に次々と更迭や追放されていくのを見て、いずれは自分も…。っていう「恐怖心説」、オルガンティーに勧められた「明への出兵、征服」を画策する信長と、後の江戸幕府のように国内を安定して「安寧な世」を考えていた光秀の「理想相違説」。それ以外では「将軍指令説」、「朝廷指令説」、「四国征伐反対説」、「イエズス会陰謀説」なんていうのがあるわな。

 まあ、どれもそれらしく書かれてるねんけど、後付けの創作感は否めへんなぁ…。あっ、家康のための宴、グダグダでお開きになったみたいやで。」

 テレビモニターでは、大広間から皆ぞろぞろと出て行く姿が映っていた。信長の姿はもうそこにはない。


「本能寺の変」

 天正10年6月1日(1582年6月20日)、本能寺の変の前々日の深夜午前一時、オカやん号は京の都にある無人の廃寺に停まっていた。もちろん光学迷彩を施しているので姿は見えない。フリークと好哉が全身黒タイツに着替えて何やらごそごそとしている。

「じゃあ、行ってくるわ。何かあったら、明日の朝、衣笠山北側で集合な。まあ、先に寝といてもろてかめへんからな。」

と言ってふたりで出て行った。

 ふたりを見送った後、

「ミスティーちゃん、好哉さんとフリークさんどこに行ったん?なんか、変なかっこしてたなぁ。」

陽菜が聞いてきた。

「うん、明日の6月2日の早朝が本能寺の変やろ。明日はバタバタやろうから、今晩、本能寺に隠しカメラと盗聴器を仕掛けに行ってん。この旅も明日がクライマックスやろ。音声だけとかドローンのロング撮影ではちょっと物足らんやろうからな。なっちゃんもリアルタイムで見たいやろ?」

「うん、そりゃそうやねんけど…。昼に見させてもろた亀山城の映像では、歴史どおり、明智軍は中国行きを前提にしてたけど、一万五千の軍勢が集まってんのも見たし、明日、「本能寺の変」が起こってしまうの?安土で光秀さん、信長様に多くの家臣や客人の前でめちゃくちゃされてたやん。本気で信長様を殺ってしまうんやろか…。ミスティーちゃんは、この後のこと知ってんねんやろ?」

「まあ、それは見てのお楽しみやなぁ。」

と含み笑いをしてミスティーはベッドにもぐりこんだ。

「えー、なんかいやらしいなぁ。もったいつけて。」

陽菜が不満そうにミスティーに文句を言った。

「そんなん言うても、最初に犯人わかったら、「火サス」もおもろないやん。せやから、今日は、早よ寝てしまお。好兄とフリーク兄、帰ってくるの待ってたら朝になってまうで。寝不足は、お肌の大敵や。じゃあ、お休み。」

と布団を頭まで被った。夏子と陽菜も仕方なくベッドに横になったが、なかなか寝つけなかった。


 6月1日、朝食の後、オカやん号のキャビンのモニターで本能寺の室内のカメラの動作を確認した。メインの部屋のカメラはズームや上下左右に動く機能がついているので、部屋のどこにいても映すことができそうだ。それ以外の部屋にも固定カメラをセットしてきているので、メインモニターの半分に小さいウインドウで八つの画面が防犯カメラのように映し出されている。

「歴史の上では、信長の命もあと二十時間くらいやな。なっちゃん、信長死んだら、旅終わって帰るか?」

フリークが軽く夏子に聞いた。

「うん、明日、信長様が死んだらそこでお終いやな。ただ、死なないことを期待してるけどね。あえて結果を聞かんと、明日の早朝を待つことにするわ。それにしても、今回は、あれだけカメラ残してきて大丈夫なん?固定してたら、ミスティーちゃんのアポートじゃ回収できへんのでしょ?」

「あぁ、大丈夫。どうせ全部燃えてまうから。」

しれっと答えられ、(あぁ、本能寺はやっぱり燃えてしまうんや…。昨日、明智軍一万五千も見たし、そんな中、信長様が百とも三十ともいわれる少数のお供の兵だけで、生き延びる手が残されてんねんやろか?)夏子は不安になった。


 明日は、早朝からの視聴になるので早めの夕食となった。午後六時。史実では、蘭丸からの早馬で中国に向かう前に、信長に本能寺で軍の確認してもらうという建前で、光秀軍一万五千人が亀山城を出て、山陰道を京に向けて進軍を始めた時間だ。

「明日は午前三時起きやから、はよ寝なあかんで。なっちゃんはどきどきして寝られへんかわからんけど、明日の早朝、寝ぼけとったら、ええとこ見逃してまうよ。」

とミスティーにせかされ、夜の九時にはベッドに入ったが、夏子はなかなか寝つけなかった。(あぁ、信長様が焼け死ぬとこなんか見たないなぁ…。ミスティーちゃんも好哉さんもなんか今日はよそよそしかったし、もしかして生き延びる世界なんかあれへんのやろか…。)思いもよらず涙が溢れてきた。


 ピピピピピピ。目覚ましのアラームが鳴った。午前三時。信長の命もあと残すところ二時間余り…。夏子は結局一睡もできなかった。横のベッドでミスティーと陽菜が起き上がった。陽菜が顔を合わすなり、

「なっちゃん、えらい目腫れてるやん。寝んとずっと泣いとったみたいな顔になってんで。大丈夫か?」

「うん、やっぱり寝られへんかった。信長様が死んでしまうと思ったら…。こんなことなら、安土で話したりせんほうが良かった…。いろいろ話して、優しくしてもらって、もう他人や歴史上の人じゃなくて「知り合い」やんか。その「知り合い」が死ぬとこなんか見たないって思ったら、涙が止まらへんようになって…。」

と再び泣き出してしまった。陽菜は黙ったまま、優しく夏子を抱きしめた。

「もうみんな起きたか?そっちのキャビン入ってええかな?」

とスピーカーから好哉の声が聞こえた。

 好哉は入ってきて真面目な顔で夏子と陽菜に呟いた。

「あと二時間後、どういう結果になっても、それがこのパラレルワールドの結果や。もちろん、なっちゃんの希望で信長が死なへん世界を選んでこの旅の設計図は描いてきた。ただ、パラレルワールドは時として予想外の結果を出す時がある。

今回の旅で信長たちと話す機会があるなんて想像もしてなかった。きっと、どの歴史を見てもそんな事実は存在せえへんはずや。だから、二時間後、何があっても受け入れてほしい。僕からは以上や。

 後は、ミスティーに任すから、ふたりの事頼むわな。今日は、僕は前のキャビンに居るから、万一何かあったら呼んでくれ。」

と言うとモニターのスイッチを入れてキャビンを出て行った。

「じゃあ、とりあえず、お茶渡しておくわな。女三人やから、泣こうとわめこうと自由やで。」

と努めて明るく、ミスティーは振舞い、モニターの前のソファーに腰掛けた。


 一台のモニターは、ドローンの空撮画面。もう一台は、本能寺内の固定カメラからの分割画像になっている。徐々に東の空が白んできた。120メートル四方で堀まである本能寺はかなりの大きさだが、その周りを完全に騎馬兵と歩兵が何重にも囲んでいるのが見てとれた。(中の信長様の手勢は多くても百。女や僧を除けば、兵は数十…。これでは、敵うわけがない…。逃げて、信長様…。)夏子は心拍数が上がるのを感じた。正門から、ふたりの騎馬武者が馬を降り中へと入っていく。ひとりはキンカ頭がよく目立つ。もう一人は兜をかぶったままである。

 寺の中のモニターに映し出されたキンカ頭は光秀だった。信長たちの特段反撃はない。自然に中へと入っていく。広くきれいな部屋に入ると、そこには、信長と蘭丸、弥助がいた。

「よう、光秀。朝早くから、すまんのう。まあ、茶でも飲め。」

「いえ、殿、直ぐに日が登ります。もう準備はできておられますか?急ぎましょう。」

(ん?なんか、変な会話やな。今から戦闘が始まんのちゃうの?なんか、のんびりしてるけど…。)夏子は画面に集中し、モニターのボリュームを上げた。

「光秀、その隣の者が荒木か?」

「はい、荒木山城守行信でございます。ただ今より、「明智光秀」を名乗りますが。」

「信長様、荒木山城守行信と申します。立った今より、光秀様の影武者として軍を率いさせていただきます。」

と兜を脱いだ。

「おう、「年恰好」と言い、「頭のてかり具合」と言い光秀の影武者としてはよくできておる。猿は強いぞ。覚悟してあたれ。明日からの日本は、お主と秀光の明智軍、猿、家康殿で好きにすればよい。誰が勝ってわしの天下を引き継ぐのかは、お主たち次第じゃ。ただ、乱れた十年前の状態にならぬようにだけ頼むぞ。」

「御意にございます。」

荒木は信長に頭を下げた。光秀は桔梗紋の入った自分の陣羽織と鎧を脱ぐと荒木に渡した。

「では、信長様、供の者たちを早く裏から出し、信忠殿の居られる二条御新造へ。あと半刻で火を掛けますので、お急ぎを。我々は、馬を用意しておりますので、まずは坂本へ急ぎましょう。」

「うむ、蘭丸、皆の脱出の準備はできておろうな。表でひと騒ぎ起こすので、すぐに裏から二条へ向かわせよ。わしと蘭丸と弥助は、光秀と一緒に坂本に向かうぞ。」

「はい、わかりました。」

蘭丸は廊下を走って「敵襲!敵襲!」と大声で走って回った。

「では、荒木殿、お先に失礼する。武運を祈っておるぞ。では、光秀、弥助、行くぞ。」

荒木は鎧を光秀のものと取り換え、来た廊下を戻っていき正門で軍に時の声をあげさせた。信長は、弥助と光秀と廊下に消えていった。

「えっ?何これ…。私の知ってる本能寺の変と違う…。荒木行信って何…?光秀の影武者って…。ミスティーちゃん、いったいこれ何なん?」

夏子がミスティーの肩をゆする。ミスティーは、必死で笑いをこらえ、夏子をなだめる。

「これはね…。」


「1584年、岐阜崇福寺」

 本能寺の変から二年の時が過ぎた、1584年の岐阜、崇福寺の裏の山にオカやん号は停まっていた。後部のリビングでフリークの飛ばすドローンのモニターを夏子と陽菜、そしてミスティーと好哉がソファーで座って見ていた。

「あっ、信長様と蘭丸様や!元気そうやなぁ。弥助さんとジョバンニさんと光秀さんもおる。あの、信長様にちょっと似てるんが次男の信雄さんやな。そんで、もう一人の外人が、ジョバンニ・ニコラオ宣教師やな。」

夏子が元気にモニターの画面を指さした。

「せやな、宣教師のジョバンニは、去年長崎に着いて高山右近のおる大阪の高槻に来たんや。そこで信雄と合流して、ここに来たっちゅう訳やな。まだ24歳で日本まで来て布教するって凄いなぁ。イエズス会のキリスト教布教だけやなくて、西洋絵画の技術で油彩画、フレスコ画、テンペラ画、銅版画の指導もするってさ。例の三宝院の男前の信長の肖像画見ても、なかなかの腕やっちゅうのが分かるわな。

 まあ、それが明治時代に三枚の写真にとられて宮内庁と天童織田家とその菩提寺の三宝院に収められて、その複写が安土城郭資料館で見られるようになったんやね。」

ミスティーが得意げに夏子と陽菜に解説した。陽菜が、ミスティーに尋ねた。

「私らが見た、「本能寺の変」の後の二年間、世の中はどうなったん?」

「あぁ、それを説明しとかなあかんな。結局、歴史は私らが居った世界と同じやで。1582年の6月2日に信長は本能寺、6月13日に光秀は山崎の戦いで死んだことになってるからな。まあ、もともと本能寺の変では寺が全焼して、信長の遺体が見つからへんのは一緒で、山崎の戦いでは、光秀の影武者の荒木行信が代わりに殺されてしもて、秀吉は、それが光秀やないって薄々判ってたやろうけど、荒木を光秀としといたほうが、自分にとって有利やから、そのままやな。

 6月27日には、映画にもなった世紀の茶番劇の「清須会議」で秀吉は、信長の家督を次男の信雄、三男の信孝に渡さへんよう画策しよんねん。死んだ信忠の嫡男で三歳の「三法師」に家督を継がしよんねんな。「三法師」いうのは、後のキリシタン大名の秀信になるねんな。秀吉もしれっと自分の「秀」の字入れたりしよんねん。悪知恵働かせたら日本一や。

 10月11日から一週間、京都の大徳寺で信長の葬式を秀吉が行うねんな。15日の本葬は、三千人の参列者で、そりゃ豪華絢爛な葬式や。ただ、この時代の10月15日は、新暦の11月末や。福井の柴田勝家が豪雪で来られへん日を秀吉が選んだって言われてるな。なかなか狡いやろ。

 まぁ、この先の話もしておくと、誰もが実質的に秀吉が天下を引き継いだとして、去年から大阪本願寺後に大坂城を建て始めたってとこやな。この先、1585年に関白になって、1586年に豊臣姓もらって太政大臣になって、1587年にポルトガルが九州で四十万人以上の日本人を奴隷として売買してたことが発覚して、「伴天連追放令」を発布。日本人としたら当たり前のことで「秀吉グッジョブ!」やな。

ただ、絹織物が欲しかったからなんか、貿易はそのままで、布教活動だけ中止っていう中、「十六・十七世紀イエズス会日本報告書」で「この暴君はいとも強大化し、全日本の比類ない絶対君主となった」って書かれとったわ。

1588年には小田原征伐、奥羽仕置きで実質的に天下統一完成。1591年に弟の秀長、後継者の鶴松が死んで甥の秀次を家督相続の養子として「関白」を譲って「太閤」になるねんけど、実権は譲れへん。

1591年に「唐入り決行」を全国発布して、1592年3月に最初の朝鮮出兵。漢城、平壌まで占領すんねんけど、明が出て来てグダグダに。1593年には秀次に謀反の疑いをでっちあげて切腹させんねん。1596年に明との講和交渉が決裂して再出兵。小早川秀秋が頑張って、京畿道まで占領して、防衛戦も勝ち続けんねんけど、1599年に再出兵の準備中に秀吉は死ぬねん。明の使節の沈惟敬(しんいけい)による毒殺説から、脳梅毒、大腸がん、尿毒症、脚気から腎虚までいろんな死因が言われてるけど、ほんまのところはわからへんってな。でも六十二歳で「腎虚」って笑うよなぁ。」

「へーえ、大阪の太閤さんっていうくらいしか知らんかったわ。秀吉って結構いろいろとあんねんな。ところで最後の「腎虚」って何?」

陽菜が聞いた。ミスティーが耳打ちすると、真っ赤になって俯き、何も言わなくなった。

「まあ、信長や光秀が生きてることわかったら、絶対に秀吉は消しに来るから、本能寺の変の後、出身地の岐阜で二年間身を隠してたってことや。信雄も清須会議で秀吉と敵対してしもたから、家康の所に身を寄せてんねんけど、裏で信長とは連絡取り合ってたから。

 そんで絵描きのジョバンニ・ニコラオと知り合ったことで、織田家の記録として、信長の肖像画とヨーロッパで流行ってるデスマスク、まあ、今回の場合はライフマスクを作ってもらうために、一緒に崇福寺まで来たってことやねん。」

「ふーん、信雄さんやるやん。これで、1584年に肖像画やライフマスクができた理由が分かったわ。まあ、どの歴史書にも出てけえへんのが残念やけどな。」

と夏子が感心していた。

「で、ミスティーちゃん、本能寺の変の「からくり」はどうやったん?」

「うん、あれは、信長と光秀の間で話がついてたんやな。安土城ができて、いろんな宣教師と信長は話をする機会ができたし。まあ、メインは信長にスペインの為に「明」攻めをやたら勧めてたヴァレニャーノやねんけどな。こいつがとにかくめちゃくちゃ裏があるやつやってん。  

信長と複数回謁見した四人の宣教師でヴァレニャーノ、フロイス、オルガンティーノと違ってフランシスコ・カブラルは、信長に心酔してて、信長のバチカン行きを熱心に勧めたんやな。1581年にヴァリニャーノを通じて、日本人最初のバチカンへの親書と併せて、狩野永徳の「安土城図」の屏風画を時のローマ教皇グレゴリウス13世に送ってんけど、その時に「世界の中心はバチカン」って教えられんねんな。

 ヴァリニャーノは、信長へプレゼントの地球儀を渡して、「日本なんか小さい小さい」って煽りよんねん。その裏は、さっき言ったスペインのためやねんけどな。そのヴァリニャーノの裏の顔を、布教方針で対立してたフランシスコ・カブラルが信長にチクりよってん。カブラルは、結果的に1583年に日本を去ってマカオに異動されんねんけどな。

 そんなこんなで、信長は、もう日本の統一への興味が薄れてて、バチカン行きを決めてたんや。そんで、光秀はそれに賛成して、芝居を打ったっちゅう訳や。家康接待の信長の叱責事件から「本能寺の変」までの伏線を張って、自分らを死んだことにしたんやな。こんなところでわかった?」

「へーぇ、そんなことがあったんや。もっと早く教えてくれたらよかったのに…。もう、ミスティーちゃんの意地悪!」

夏子がミスティーに絡んだ。

「まあ、なっちゃんが望んだ、信長が生きてる世界が見れて、結果オーライやろ!さぁ、明日は、福井で信長さんたち見送って、そっからはバチカンやで!」


「1585年末、パリ」

 1585年末、オカやん号は、パリの街にいた。1584年に福井から日本を出た、信長たち五人を追って、バチカンに行ったのだ。ジョバンニ・ニコラオが日本に来る前に過ごしていたナポリで知り合ったジョルダーノ・ブルーノとの対面シーンに立ち会うつもりだった。

ニコラオによると、ジョルダーノ・ブルーノは1548年から1575年までナポリにいて、幼少期のニコラオに強い影響を与えていた。異端のドミニコ会の宣教師で、当時タブーとされていた地動説や地球外生命体の存在の可能性などを研究していて、バチカンからは目をつけられているが、新しい物好きな信長には最適な宣教師だとニコラオは強調した。何よりも、「見た目が信長に瓜二つ」と言うところに興味を持った。

福井を出てマニラへ。そこからインドに渡りシルクロードを通ってバチカンに来た信長一行は、バチカンにジョルダーノ・ブルーノが居ないことを知ることになった。バチカン本部の反感を買い、ローマに居られなくなったということで、放浪の旅に出て、パリに移ったとの情報を得た。また、フランシスコ・カブラルより面会の紹介状をもらっていたグレゴリウス13世の崩御もありバチカンに滞在する意味も薄まり、信長一行はブルーノを追いかけパリに来たということだった。

パリの中央部、シテ島のノートルダム大聖堂の前で、信長一行とブルーノが来るのを夏子と陽菜、オカやんツアーズの四人は待っていた。信長、光秀、蘭丸、弥助、ジョバンニの五人とブルーノが会ったとき、ブルーノがコートのフードを外すと、全員が信長と同じ顔のブルーノに驚いた。信長たちがブルーノに導かれ大聖堂に入る瞬間、メチャスキーが盗聴器を信長の上着のポケットにアスポート能力で送り込んだ。

夏子と陽菜はダッシュでオカやん号に戻り、スピーカーのボリュームを上げた。ジョバンニを通訳として、信長とブルーノの話は弾んだ。ブルーノ自身も自分と同じ顔の信長に驚いていた。ブルーノの口から語られるバチカンの状況は、グレゴリウス13世が亡くなった後、シクトゥス5世が就任したばかりで、今しばらくは、異端児扱いされているブルーノは、放浪生活が続く見込みだということだった。

次の教皇候補として名前が挙がっている、ウルバヌス7世とグレゴリウス14世のうち、コンクラーベでグレゴリウス14世が選ばれれば、ブルーノのことを受け入れてくれた先代と同じように、宗教と科学をバランスよく見てもらえるようになるであろうバチカンに戻るつもりだという。ここ、パリでも数学者のファブリツィオ・モルデンテの裁判に巻き込まれたので、近くドイツのマールブルク大学へ移る予定だとの事だった。

ブルーノの生きざまに共感した信長と同様に、信長の考え方を自分に重ねたブルーノは、この先、一緒にドイツに行くことにした。

「へーえ、顔が同じやと、考え方や気構えも似てるんかな?あんなに楽しそうに話す信長様、想像できへんかったわ。陽菜ちゃんは、ごっつくなって髭面の蘭丸さんの方が気になってるんかな?」

「いや、なっちゃんと一緒で、信長さんの性格が柔らかくなってるのを感じたわ。ブルーノさんとうまくいったらええのにな。」

「じゃあ、なっちゃん、陽菜ちゃん、次は1591年にブルーノたちがローマに戻ってくるから、そっちに行こか!」

「うん!でも、ちょっとだけパリの街散策したいな。」

夏子と陽菜が楽しそうに二人揃って言った。


「1591年,ローマ」

 1590年8月27日のシクストゥス5世が崩御した後の教皇に選ばれた、ウルバヌス7世は、わずか13日の在位でマラリアで倒れ、ローマ教皇最短の記録を残した。12月のコンクラーベでグレゴリウス14世が新教皇に選出された報がブルーノや信長たちに入ったのは、1591年に入ってからだった。フランクフルトから、パドヴァに移り空席となっていたパドヴァ大学の数学教授の席をガリレオ・ガリレイと争うも惜敗し、ベネチアに移ってきていた。すっかり、親友となった信長とブルーノは、行く先々で「そっくりな兄弟」を名乗りあっていた。

 グレゴリウス14世は、1591年10月16日に急死し、続いて就任したインノケンティウス9世も就任二カ月で、12月30日に崩御した。次に、231代ローマ教皇に選ばれたのは、悪名高きクレメンス8世であり、それは、ブルーノにとっての不幸の始まりだった。ブルーノと信長たちは、「ここ数人続いた短期での教皇の崩御に、毎回立候補者に上がるも落選し続けていたクレメンス8世に怪しいものを感じている。」と言ったことが、ふとしたことでバチカンの耳に入ることとなった。

 ブルーノは、ベネチアでの家庭教師先で、「不実の罪」で訴えられベネチア官憲により逮捕された。その場をオカやん号から見ていた夏子や陽菜にはどうしようもなかった。信長たちは、官憲に不当逮捕を訴え、ブルーノの釈放を申し立てたが、相手にされず、ブルーノの身柄は異端審問所が介入しローマへと送られてしまった。

 信長たちも仲間の宣教師たちと、ブルーノの釈放の署名や申請を繰り返したが、バチカンに受け入れられることはなかった。1593年にローマに送られてから、なかなか裁判は実施されず、信長たちが弁明をする場は与えられなかった。

 「神への冒涜」、「不道徳な行為」、「教義神学に反するブルーノの哲学と宇宙論」が問題視され、不当拘留ともいえる獄中生活は七年以上に及んだ。ブルーノは、クレメンス8世に直接面会して一部の撤回を申し出れば、嫌疑は晴れると考えていたが、クレメンス8世は面談を拒絶し、異端審問の開始を命令した。審問は、非公開で行われ、信長たちがブルーノの顔を見られる場はなかった。

 1600年1月8日、異端審問所の責任者の枢機卿ロベルト・ベラルミーノにより、「異端」を理由とした死刑判決を受けた。ブルーノの火刑は公表され、2月17日、ローマ市内のカンポ・デ・フィオーリ広場に引き出され、ブルーノは七年ぶりに顔を見た信長に強い目力で目配せした。ブルーノは、火刑を宣告する執行官に対し強い口調で言い放った。

「私より、宣告したあなたたちの方が、「真理」を前に「恐怖」で震えているではないか。」

 司祭の差し出した十字架を侮蔑し、顔を背けた。火刑の死の際には、ひとつの声も発することはなく、信長たちの目の前で五十二年の人生を閉じた。遺灰は、テヴェリ川に捨てられた。見送った信長の頬に一筋の涙がつたった。

「ブルーノ殿、お主こそ「侍」じゃった…。」


「1600年春、バチカン」

 1600年2月に、クレメンス8世によって、ブルーノが火刑に処されたのち、グレゴリオス派の有力な宣教師に信長と光秀たちは、ブルーノの名誉回復を訴えた。しかし、バチカンの中枢を八年間にわたり支配してきたクレメンス8世により、グレゴリウス派は排除され、枢機卿も全てクレメンス派に入れ替わり、その声は取り上げられることは無かった。

 それどころか、逆に信長たちに不慮の事故を装った危険が複数回に渡り降りかかった。懇意にしている宣教師たちからは、「おそらくクレメンス派は、ブルーノにそっくりな信長がバチカンで、ブルーノの無実を訴えることが現教皇サイドには邪魔で仕方ないと考えているのだろう。」とバチカンを離れることを勧められる始末だった。

 4月のある日、蘭丸とジョバンニが、夜間に暴漢に襲われ重傷を負うことがあり、信長は、光秀からもバチカンを出ることを上申された。バチカン内の味方から、秀吉が昨年、三度目の朝鮮出兵の準備中に他界したとの情報が入ってきていた。信長の次男、信雄は家康側につき、豊臣側と争うことになるであろうということも耳に入ってきた。関ケ原の戦いの五カ月ほど前の事であった。


 ミスティのアポート(物体取り寄せ能力)で信長の懐刀を取り寄せ、フリークがオカやんツアーズの高性能盗聴器を仕込み、メチャスキーのアスポート(物体送信能力)で送り返したことで、日々の信長たちの会話を確認することはできていた。

 夏子と陽菜が後部のキャンパーで寝入った後、運転席キャビンで今後の事を四人で話した。ミスティーが最初に切り出した。

「信長さんたち、どうすんねんやろか?私、この先知らんねんなぁ。好兄は、この後のこと知ってんの?」

「まあな。ただ、必ずしも同じ流れになるとは決まってへんのが、このパラレルワールドなんや。なっちゃんと陽菜ちゃんがうちの会社に来た時の希望は、「本能寺の変で信長が死なない世界」で「できれば、ハッピーエンド」ということやったからなぁ。

あわよくば、グレゴリウス14世が「先住民の権利と自由への配慮」をうたった際、信長とブルーノの「奴隷制度の廃止」の意見を取り上げ、結果的に、バチカンで影のシンクタンクとしてでも信長の「天下布武」が実現できたらなぁ、と期待したんやけどなぁ…。

ただ、歴史通り、グレゴリウス14世は一年弱で死去し、次代のインノケンティオス9世も二カ月で病死した。もちろん、証拠はないが、コンクラーベ期間中のクレメンスの動きにかなり怪しい部分はあったわなぁ。三代前のウルバヌス7世から、十三日、十カ月半、二カ月と続いた教皇の就任からすぐの病死に対して、信長やブルーノも仲間を集めて、よく動いたとは思うけど、最終的にはすべて潰されてしもた。バチカンの闇は深かったちゅうこっちゃ。せやろ、フリーク。」

「そうやね。好兄ちゃんに言う事は無いけど、ミスティーとメチャスキーは、バチカンの影の部分って、ダン・ブラウン原作の映画「天使と悪魔」くらいでしか、知らんやろうけど、キリスト教の歴史は結構えぐいもんあるからなぁ。夏子ちゃんと陽菜ちゃんの意見聞かなわからへんけど、もう潮時とちゃうかな。メチャスキーは、どないや?」

「俺は、この中世は、「ゲイは絶対悪」やから、はよ元の世界に戻りたいけどなぁ。」

「メチャ兄は、いっつも自分のことばっかりやん。一番下の妹が偉そうに言うのはおかしいかもしれへんけど、うちら、「オカやんツアーズ」は仕事で異世界旅行やってんねんから、お客さんのなっちゃんと陽菜ちゃんの意見が一番ちゃうの?」

「せやな、ミスティー、よう言うた。明日、フリークとメチャスキーで蘭丸かジョバンニにでも早めにバチカン出るよう、状況だけうまく話してやってくれや。ちなみに、俺が前回見たこの先はやなぁ…。」

好哉が自分の見たこの世界の将来を語り、三人は黙ってその結末を聞いた。好哉は、話しを取りまとめ、明日の朝、夏子と陽菜にはミスティーが希望を聞くことになった。


 翌朝、ミスティーは、夏子と陽菜が用意した金髪のかつらをかぶせて、バチカン庭園を歩いた。幸い、周りの人も黒い瞳と眉毛のふたりに興味を持ちながらも、声をかけてくる者はいない。

庭園の奥に、バチカンの図書館が見える。この図書館には、羊皮紙にかかれた古文書から、信長がヴァリニャーノを通じて、グレゴリウス13世に送った狩野永徳作の安土城の屏風絵「安土図」や信長の親書も保管されているはずである。二十一世紀の現在でも八万点の古文書があり、未整理のものが多く、NTTデータがデジタルアーカイブ整理に協力している。

その昔、フリークが「自分の国の資料くらい自分の国でやれや。」とバチカンの特番を見ながら文句を言っていたのを思い出した。

ミスティーは、歩きながらふたりに聞いた。

「なっちゃん、陽菜ちゃん、この旅も体験時間換算すると一ケ月を迎えるとこまで来てるねんけど、どうしたい?」

「えっ?ミスティーちゃん、それってどういうこと?もう帰るってこと?」

夏子が聞いた。

「うん、昨晩、三人の兄ちゃんたちと話したんやけど、「信長さんが生きてるとこ見たい」と「ハッピーエンド」が希望やったやんか。好兄は、この後の流れ知ってるみたいやねんけど、パラレルワールドのこの異世界では、必ずしもその通りになれへんこともあんねんて。

 この間、蘭丸さんとジョバンニさんが襲われたやん。それは、好兄の経験には無かったことやねんて。今のままやと、バチカンから、信長さんたちに、更なる害が加えられる可能性があるかもしれへんって…。そしたら、ハッピーエンドでも何でもなくなってしまう可能性が出てくるかもしれへんねんて。最悪、ブルーノさんの二の舞もありえるって…。

 けど、私たち、大きくは、歴史に干渉でけへんから、もし、ふたりが「もう帰る」って言うなら、ここで元の世界に戻るのも一つの手やし、最悪、フリーク兄とメチャ兄が、蘭丸さんとジョバンニさんにバチカンを離れるように言ってみよかって…。」

 ミスティーは、あえて夏子と陽菜と目を合わさずに話した。

「ミスティーちゃんの言うことはようわかる。なっちゃんの希望を優先してほしいねんけど、私はここ一カ月近く信長さんや光秀さん見てきて、もう家族みたいな気になってるから、信長さんたちがバチカンに捕まったり、殺されちゃったりって言うのはいややなぁ。なっちゃんはどうなん?」

「うん、そこは、陽菜ちゃんといっしょ。バッドエンドは見たくない。ただ、信長さんの夢がこれで終わりって言うのもちょっと違うような…。でも、ミスティーちゃんたちが動いてくれることで、信長さんたちに災難が降りかかることが無いなら、そっちの方がええかな。」

「なっちゃん、陽菜ちゃん、それでええかな?

信長さんたちが、バチカン離れないってことになったら、旅はお終い。離れるってことになったら、好兄が見たエンディングはなかなかのもんやったらしいから…。ちょっと、覗いて帰るってことでね。じゃあ、それで、兄ちゃん達には話をするわな。」

ふたりは、同時に頷いた。


 ミスティーは、オカやん号に戻ると、三人の兄に夏子と陽菜の意向を伝え、好哉がふたりの意思確認をとった。朝食を済ませた後、最後の思い出作りに、フリークがバチカンとローマの街へ夏子と陽菜を観光に連れて行くことになった。

 残った三人で、作戦を練った。何パターンか案を作り、午後から蘭丸とジョバンニの療養している教会を訪れ、話をすることになった。蘭丸が、安土の街で出会ったことを覚えていてくれたこともあり、話の途中で、信長と光秀と弥助も加わった。

 好哉が、現在の日本の状況を伝えた。信長と光秀はイエズス会、ドミニコ会の修道士から聞いている情報と一致していることを確認した。信長は、元来の珍しいもの好きが発揮されたのか、未来から三人が来たという話も問題なく受け入れてくれていた。光秀も当初、戸惑いはあったものの、自分たちしか知りえないことを好哉が次々と話すので、すぐに信用してくれたようだ。

 信長からの申し出で、その日の夜、夏子、陽菜も招いての食事会を開いてくれることになった。教会での食事会ということで話は進んだが、途中、好哉が口を滑らせた「オカやん号」の話から、信長が「どうしても二十一世紀の技術を見てみたい。」と言い出し、オカやん号に五人を招待することになった。夕食は、久しぶりに和食が食べたいとの事だったので、好哉が腕を振るうことになった。


そんな話が進められている中、フリークと夏子と陽菜は、生の中世バチカンとローマを楽しんでいた。サン・ピエトロ大聖堂からサンタンジェロ城へ。その後、映画「ローマの休日」で主人公の王女がジェラートを食べながら、階段を下りてくるシーンで有名なスペイン広場にきた。もっとも、この時点では、南側のスペイン大使館は無い。

「まだ、今の時点では「スペイン広場」の名称やないんやで。」

とフリークから説明を受け、ジェラート代わりのぶどうジュースと甘めのワインを楽しんだ。

 そこから、サンタンドレア・デッレ・フラッテ教会を回った。ここでもフリークからの豆知識が出た。

「現実の時代では、ベルニーニの手がけた「カルツゥーシュを持つ天使」と「いばらの冠を持つ天使」の二体の彫刻が有名やねんけど、完成から1729年まで、サンタンジェロ橋の欄干に吹きっさらしになってんねんで。」

「えっ?ずっと雨ざらし?日本では考えられへんよねぇ。そこらのお地蔵さんと同じ扱いやもんな。で、サンタンジェロ橋行ったら見れんの?」

陽菜が聞いた。

「いや、残念やけど、ベルニーニ、この時代では、まだ二歳か三歳やから、家で粘土人形作ってるくらいとちゃうかな。」

「なに、それ。ベルニーニの家行って、その粘土人形買い取ったら、将来、ベルニーニの処女作いうことで売って大金持ちになれるかもな。」

夏子が大笑いした。

 教会を出て、トレビの泉に着いた。夏子と陽菜の知っている噴水のある人口の泉と違い、ただの古代ローマから続く十一本の水道の末端でしかなかった。フリークの小ネタでは、1762年に改修され、現在の姿になり、コインの投げ入れの風習が始まったとの事だった。

「あー、せっかく恋愛成就のお願いしようと思ってたのに、ただの水くみ場でコイン投げてたら、「あほ」がおるって思われて逮捕されてまうなぁ。」

陽菜が残念がった。

 それから、ローマに入り、サンタ・マリア・イン・コスメディン教会で「真実の口」を見た。教会正面柱廊の奥に飾られていた。お決まりだが、夏子と陽菜は真実の口に手を突っ込んでキャーキャー言ってはしゃいでいた。

楽しむふたりに水をかけるようにフリークが笑いながらふたりに言った。

「夏子ちゃん、陽菜ちゃん、喜んで手入れてるけど、それ、いわゆる下水道のマンホールやからな。」

「もう、フリークさんの意地悪!嫌い!」

夏子と陽菜はふくれっ面を見せ、あっかんべーとして見せた。

 最後にローマで1,2を争う名観光地のコロッセオにふたりを連れてきた。

「あー、スマホ出してええねやったら、今日一日で3ギガは写真撮って、インスタ100件くらいあげてるわなぁ。」

「せやね、ほんと、スマホがマストの街やったなぁ。トレビの泉だけは、残念やったけど、後は満足度1万パーセントやったわ。半日間、フリークさんありがとう。いい思い出ができたわ。ありがとね。」

ふたりが、フリークに頭を下げた。

「じゃあ、最後に、コロッセオの超恐ろしい都市伝説を…。と思ったけど、余りにひどい話やから、元の時代に帰ってからにしよか。」

「えっ?なになに?今さらビビれへんから、教えてよー。なあ、陽菜ちゃん!」

「そりゃ、そうやわ、なっちゃん。フリークさんの落とし方にも慣れたし、教えてぇなぁ。」

「ほんまに後悔せえへんか?」

「うん、大丈夫。」

ふたりは元気に答えた。

 しかし、フリークから約10分の話を聞いた後、帰り道の小一時間、何の会話もできない重い雰囲気に包まれた。夏子と陽菜は、安易にフリークに聞き、奥深いローマの闇を知ったことを後悔した。黙って帰る途中、フリークのトランシーバーの呼び出しが鳴った。


 オカやん号に三人が戻ると、思いもよらないサプライズが夏子と陽菜を迎えた。

後部のリビングに好哉、ミスティといっしょにワインを楽しむ、信長と光秀と蘭丸が居たのだ。運転席では、弥助とジョバンニがメチャスキーにいろいろと機械の説明を受けている。

「えっ?これってどういうことなん?私らの存在って絶対内緒やなかったん?」

夏子がミスティーに言った。ミスティーが答える前に、信長が夏子と陽菜の顔を見て言った。

「おお、そなたたちは、安土で「ちよこれいと」と「きゃんでー」とかいう菓子をくれた町娘じゃったな。今日は、西洋着で頭は金髪になっておるじゃないか。その節は、ごちそうになったのう。あれ以来、「金平糖」では物足りなくなってしもうて困ったもんじゃわい。まあ、こちらに寄られい。」

「まあ、信長さんも光秀さんもいいってことなんで、事の流れのサプライズってやつやね。なっちゃんも陽菜ちゃんも良かったやん、ほんまもんの信長さんと話せるって、こんな機会、この先千年あれへんで。」

夏子と陽菜は完全に固まっている。好哉とミスティーに促され、極度の緊張で両手、両足を同時に出しながら、夏子と陽菜は、信長、光秀、蘭丸の前の席に進んだ。

「おっ?ナンバ歩き?その変装といい、そなたらクノイチか?」

ほろ酔いの信長がふたりに問いかけた。みんな笑った。


徐々に緊張も解け夏子と陽菜は、めちゃくちゃ喜んだ。夏子は本来飲めない年齢だが、信長から、「十九歳といえば、立派な大人じゃ。」とワインを勧められるままに飲んだ。好哉は、女性陣が三人と話している間、ミニキッチンで、酒のあてを作った。(安土桃山時代は、まだ醤油はあまり普及して無かったはずやから、ここはみそ味中心やな…。)現地で手に入れた魚や野菜を味噌仕立てで調理した。魚は西京焼きに、豚の塩漬けハムは、薄くスライスし豚汁にした。食卓に並ぶ数々の和食で、久しぶりの「味噌」の味を楽しみ、信長も光秀も非常に喜んだ。それ以上に、オカやん号に積んでいた、二十一世紀の白米で作る飯は非常に喜ばれた。信長は、好物の湯漬けを三杯食べた。約二時間の宴は、あっという間に時間が過ぎて行った。

慣れないお酒と半日のバチカン、ローマ散策に疲れた夏子と陽菜は、奥のソファーで沈没し、寝息を立てている。ジョバンニ、弥助も加わり、オカやんツアーズの四人と合わせて九人での打ち合わせが始まった。

ふと、にわかに陽菜が立ち上がった。

「ちょっとすみません。はばかりに…。」

とトイレに向かう途中で足がもつれ、リビングのデスクに置いてあった量子コンピューターにぶつかった。「ひゅいーん」という音とともに、画面に「システムダウン」と赤い画面が出た。

「やべえ、光学迷彩復旧までに三十分はかかるぞ。オカやん号が見えるようになってしもてるわ。」

フリークが慌てて、量子コンピューターを再起動させる。

「えっ?私なんかしてしもた?」

陽菜は、わけもわからずおろおろしてる。シャッターを上げたキャンパー部分のリビングの室内が外から丸見えになっている。


(んっ!!!)ミスティの脳裏に約十人のナイフを持った黒装束の男の姿が浮かんだ。

「兄ちゃんたち、敵が来るよ。東の方から。約十人、黒装束、みんなナイフを持ってる。あとボウガン持ってるやつも。」

「ミスティ、プレコグニション(未来透視)か?」

「うん、好兄、あと五分で何か来るよ。フリーク兄もメチャ兄も気を付けて。」

信長が、不思議な顔をして聞いた。

「ぷれこぐ…なんじゃそれ?」

「プレコグンニション。未来透視の能力です。ナイフ…、もとい短刀と洋弓を持った男たちが、ここを襲いに来るビジョン…、あー、予知映像が見えました。何か、武器は持ってはりますか?」

「いや、丸腰じゃ。バチカンでは、屋外での帯刀は許されておらぬからなぁ。」

光秀も蘭丸も同様のようだ。真っ先に、ジョバンニと弥助がオカやん号の表に飛びだした。

メチャスキーがそれに続いた。好哉は、信長と光秀に

「こんなものしかないですが、無いよりはましでしょう。」

とさっきまで調理に使っていた万能包丁を一本ずつ渡した。ケガの酷い、蘭丸にはスタンガンを渡した。

「蘭丸さんは、動けないと思いますので、室内で夏子ちゃんと陽菜ちゃんの護衛お願いします。さすがに槍の代わりになるものは無いんで、これを渡しておきます。敵の身体に押し付けて、このスイッチを押すと、相手は痙攣しますから。くれぐれも、相手と密着する前に使ってください。」

と蘭丸の目の前で、バチバチバチとスタンガンを稼働させて見せた。


 ガン!ガンッ!と室内に外から金属物があたる音が響いた。

「兄ちゃん、ボウガンで撃たれてる。私も出るわ。好兄は、信長さんと光秀さん頼むね。陽菜ちゃんは、とりあえずトイレに隠れてて!」

「あぁ、分かった。ミスティー、こんな状況やけど、仮に殺し屋やったとしても、相手を傷つけすぎんようにな!」

「はいっ。ミスティーちゃんも気をつけてね。」

と好哉はキッチンペーパーを半折にしてはさみを入れ式神を作り始め、陽菜はトイレに駆け込んだ。夏子は、ソファーで相変わらず寝ている。蘭丸がソファーと入り口の間の席に足を引きずりながら移動した。


 ミスティーが表に出ると、左頬をボウガンの矢がかすめた。(こいつが一番の厄介ものね。まずは、こいつの矢からね!)

「メチャ兄、好兄がやりすぎへんようにってさ!今から、敵のボウガンの矢、アポートするから、できるだけ遠くにアスポートしちゃって!」

「わかった、殺さへん程度にってことやな。面倒やけどしゃあないな。今から、そっちに行く。」

(「ボウガンの矢」、アポート!)瞬間的に十数本の矢がミスティーの両手いっぱいに現れた。メチャスキーは、それを受け取り、(「遠くにとんでけ!」と一気にアスポートかけた。

 数十メートル先で、バラバラバラと矢が路面に落ちる音がした。バチカンの刺客は、突然腰に付けた矢籠が空になったことに気づき、ボウガンをナイフに持ちかえた。ミスティは、飛んでくる矢が無くなったことを確認すると、瞼を閉じ集中した。

「弥助さん、右からふたり。短刀持ってるから気を付けて!ジョバンニさんの方は、左から三人。メチャ兄、ジョバンニさんの応援に入って!好兄、式神準備できたら、正面から五人来る。右の弥助さんの応援と二枚、左のジョバンニさんとメチャ兄に二枚、合わせていける?」

「ああ、五人とふたりと三人やな。任せとけ!行け、式神!」

と十枚の人形に切られた、キッチンペーパーを宙に投げた。二枚の紙が実体化し右の弥助を追いかけ、二枚が左へ。六枚の紙が正面へ進んだ。

オカやん号の中から、フリークの声がした。

「ミスティー!西側から、更に二十人来るで!東からは追加で二十人程!このままやとここが本能寺になってまうで!」

車内の信長と光秀にも緊張が走った。

「光秀、わしらも出るぞ!」

「御意!お供仕ります。」

車内は、寝ている夏子とトイレから出てきた陽菜、護衛の蘭丸。そして、量子コンピュータの再起動復旧作業に集中するフリークだけになった。


オカやん号の外では、ミスティー、メチャスキーと弥助、ジョバンニが次々来る刺客との戦いを続けている。オカやん号の間近で好哉がキッチンペーパーを切りまくり、信長と光秀をフォローしている。敵の総数は五十人を超えている。

ケガを負っているジョバンニが格闘中に叫んだ。

「こいつら、ナイト・オブ・オヴィディエンス(忠誠の騎士)だ!上級騎士で戦闘のプロだぞ!みんな気をつけろ!」

十倍以上の敵に対し、ミスティーは必死にナイフをアポートで取り上げ、メチャスキーが遠くにアスポートを繰り返し、なんとか格闘戦に持ち込んでいるが、多勢に無勢で敵の包囲網はどんどんと縮まり、オカやん号に近づいてきている。

 キッチンペーパーが尽き、好哉が最後の二十体の式神を放った。メチャスキーは、両手に持ったウォッカのボトルを武器にして、ロシア武術のサンボとシステマをベースに、相手の膝の皿を狙って砕く方法で闘っている。ミスティーはサイコキネシスで相手を金縛りにし、ブーツをアポートすると相手の足の親指にストンピングを落とし、足の指を折る。またプロレス技を活用した踵蹴りで騎士団の膝関節を粉砕しまくる。徐々に動けなくなった相手が周辺に増えていく。

弥助は、敵から奪った長棒を使い、次々と相手をなぎ倒している。ジョバンニも相手から奪った武器で反撃しているが、昨日の傷が開き出血が目立ってきている。各自、必死の格闘中だが、必要以上に相手を傷つけない戦闘を続ける信長一行とオカやんツアーズメンバーは、全く遠慮のない刺客の攻撃に徐々に消耗していった。

 約半数の敵を、再起不能状態にしてきたが、ジョバンニが深手を負い、オカやん号に戻ってきた。陽菜が車内から飛び出してきて、治療にあたった。

 ふたりの敵がナイフを持って、オカやん号の屋根から信長に突然飛びかかってきた。ひとりは、好哉の塗り壁バリアーで防いだ。もうひとりは、バリアーを避け、信長に切りかかった。すんでのところで信長はかわし、持っていた包丁の柄で相手の後頭部を打った。陽菜が急所を蹴り上げ、男は卒倒した。倒れたふたりを光秀が捕縛した。

 

 約二十分、戦闘が続いた。狭まる包囲網の中、信長、光秀にも敵は掴みかかってくる。片っ端から、信長、光秀は体術を使い、投げ倒す。倒れた敵をケガをおして蘭丸がスタンガンでとどめを刺していく。オカやん号の周りに十数体の敵が倒れている。夏子は、相変わらず車内で寝ている。

仲間たちも疲労の色が濃くなり、無傷の十二名の騎士に囲まれ、じわじわと輪が狭まる。(もはやこれまでか…。)好哉が思った瞬間、オカやん号の下から、ナイフを持った刺客が信長の背後に切りかかった。とっさのことに、オカやんツアーズのメンバーは対応できなかった。

「殿!危ない!」

と光秀が間に身体を張って、壁となる。光秀の腹部から鮮血が飛び散る。ミスティのサイコキネシスで相手を金縛りにしたところ、蘭丸がスタンガンを押し当てる。

「光秀!大丈夫か!」

信長が倒れた光秀を抱き起し、叫んだ。

「殿…、ご無事でしたか。良かった…。」

と蚊の鳴くような声で答え、ガクッとうなだれた。白い洋シャツがみるみる赤く染まっていく。

「光秀、死ぬな!」

信長は、光秀を抱きしめ、涙を流しながら声をかけ続けるが、光秀は微動だにしない。陽菜が車内からシーツを持ち出し、何本か引き裂き、光秀の腹に巻き強く縛ったがどんどんと血が滲み出てくる。

 車内からフリークの声が響いた。

「おい、みんな、復旧が終わった。急いで、オカやん号に乗り込め!すぐに移動するぞ!」


 好哉が塗り壁バリアーでオカやん号を包囲し、敵の侵入を食い止める。メチャスキーがアスポートでウォッカのボトルをバリアと敵の間に落とした。次々と割れるウォッカのボトルから路面にウォッカが拡がり、強いアルコール臭が漂う。そこにパイロキネシスで火をつけたウォッカボトルをアスポートした。一気に炎が巻き起こり、刺客は一歩後ずさりした。

 その間に、重傷を負い意識の無い光秀を弥助とジョバンニが後部リビングに連れ込み、信長、蘭丸、陽菜が続いた。通りに立ち上る炎と騒ぎに、周辺の家々から人が飛び出てきた。

「よし、フリーク出発させろ!」

メチャスキーが叫ぶと同時に、ミスティーと好哉がオカやん号に飛び乗った。メチャスキーは、後部トランクから、二ケースのウォッカを取り出し、アスポートさせた。オカやん号は、メチャスキーを残し、東へと走り出した。二秒後、次々とボトルが空中10メートルの高さから現れ、路面に落ちては割れていく。メチャスキーは、オカやん号が通りの角を曲がったのを確認すると、ポケットからウォッカのボトルを取り出し、口に含むと人差し指を口の前に突き出し、「ぷふぁーっ!」と吹き出し、パイロキネシスで火をつけた。あたり一面が火の海となった。その炎の向こうからふたりの騎士団が「×××!」と何か叫びながら、メチャスキーに飛びかかってきた。敵の指があと数センチでメチャスキーの身体にかかる瞬間、メチャスキーの身体はその場から消えた。


 バチカン公園から、ローマ方面へ、約5キロ。アベンティーノの丘でオカやん号は停まった。運転席にはフリーク、助手席には、バチカンの騒動の現場からテレポーテーションしてきたメチャスキーが乗っていた。後部リビングでは、真っ赤な血に染まったシャツをたくし上げられた光秀がソファーに横たわっている。腹部に約7センチの切創が見える。好哉が右手を光秀の切創部に添え何やら呪文のようなものを呟き続けている。ミスティがその横で目を閉じ意識を黙って集中している。その状況を信長以下三人の部下と胸の前で手を組み「光秀さん、死なないで」と繰り返し呟き続ける陽菜がのぞき込んでいる。重苦しい空気がリビングに漂っている。

 停車してから、十分ほどたったであろうか、光秀の瞼がぴくぴくと小さく動いた。

「光秀!」

信長が光秀の右手をぎゅっと握りしめる。

「信長さん、もう少し、静かにしとってください。好兄の心霊治療、もうすぐ終わりますから。私のサイコキネシスでの止血は終わりましたから、治療もあと数分で終わると思います。」

ミスティーが、表情を緩めて信長に囁いた。好哉は呪文を唱えながら額に汗を浮かべ、光秀の腹部に手をかざし続けている。

 それから五分、光秀が目をゆっくりとあけた。

「殿…。三途の川の手前の花畑で、殿やみんなの声が聞こえて、戻ってまいりました。また、死に損ねてしまいました・・・。」

と笑みを浮かべた。皆から歓声が上がった。信長も涙を流して喜んでいる。

「えっ、みんな何泣きながら喜んでんの?」

と夏子が不思議な顔をして、一度目を覚ましたが、再び「コテン」と寝てしまった。


 翌日、ローマを囲った七つの丘のひとつアベンティーノの丘で十一人は、朝を迎えた。北にフォロ・ロマーノやコロッセオといった世界遺産が見える。陽菜が、光秀とジョバンニの包帯を取り換えている。瀕死だった、光秀は、好哉とミスティの治療のおかげですっかり元気を取り戻している。治療を済ませたジョバンニは、弥助と共にオカやん号の周りで警護に当たっている。オカやん号は、光学迷彩機能が復活しているので、周りの人達からは、ふたりがただプラプラしているようにしか見えないだろう。

 リビングでは、好哉が作った湯漬けと握り飯、そして味噌汁をみんなで食べた。夏子が、昨晩の事件を信長と蘭丸に聞いている。

「えー、そんなことがあったんですか?私、そんな中、ずっと寝てたんですね。信長様、光秀さん、蘭丸さん、何もお手伝いできずにすみませんでした。」

と信長に謝った夏子に

「無理して飲ませたわしのせいじゃ。夏子殿は気にすることは無いぞ。」

と優しい言葉をかけてくれた。


 そこに、フリークとメチャスキーが帰ってきた。

「バチカンの様子見てきたんやけど、結構な騒ぎになってたから、ちょっと戻られそうにあれへんわ。かなりの人が、オカやん号見てしもてたしなぁ。あと、昨晩見た騎士団の奴らが何人か市民に交じって、俺らや信長さんたちの事を探ってたわ。」

「うわさによると、騎士団の方に死者や重体者が出てないことが幸いやったな。ウォッカの炎は、オカルト現象扱いされてて笑ろたわ。オカやん号は、地獄から来た鉄の馬車扱いや。ただ噂の中に具体的な証言もあったから気をつけなあかんな。

俺的には、そんなことより、勢いで、ウォッカ全部燃やしてしもたから、俺の飲むもんが無くなってしもたんが問題やな。もうはよ帰りたいわ。」

とふたりは皆に、朝一に見てきたバチカン市内の様子と状況を伝えた。

 好哉が腕を組んでしばらく考え込み、弥助とジョバンニを呼び戻すようにミスティーに言った。

 全員が揃ったリビングで、好哉が信長たちに話し始めた。

「まずは、昨晩の刺客やけど、ジョバンニさんの話やと、バチカンなりローマから騎士団が送り込まれたっちゅう話やから、信長さんたちも僕たちも、この場にいることは危ないと思う。最後の判断は、信長さんたちに任せるとして、僕たちは元の時代に戻ろうと思う。そこで、僕の考えだが…」

皆が、真剣な顔をして好哉の話に耳を傾けた。信長たちが日本を離れた天正十二年(1584年)から1600年までの日本の歴史について、好哉はあえて話した。

 秀吉が、信長、光秀が居ない世界で、自分に都合の良いように情報を操作し、政治を行ってきたこと。結果的に、昨年死去し、今年9月に起こるであろう「関ケ原の戦い」で徳川側が勝利すること。三年後には、徳川幕府が始まること。大坂冬の陣、夏の陣は起こるものの民衆を巻き込んだ戦乱の時代は終わりを迎え、二百六十五年間におよぶ徳川幕府の元、平和な時代が続くこと。明治維新以降の歴史…。そして、弥助の故郷、モザンビークの事。

「信長さんのご子息信雄さんは家康側についています。光秀さんの娘婿の左馬之助さんは、天海と名を変えて徳川の知恵袋として徳川三代将軍まで、あと四十三年働くことを前提に考えましょう。」

しばらくの沈黙の後、信長が手を挙げた。


 皆が注目する中、信長は緑茶をくいっと一杯あおった後、ゆっくりと話し出した。

「好哉殿の話から、「猿」ではなく、家康殿が全国を平定したというのであれば、わしの目指した「天下布武」も達成されたことになる。国に争いが無くなり、民が平安に過ごせるのであれば、そこには、もうわしの求めるものは何もない。

 ブルーノ殿やこちらでの仲間たちとバチカンで描いた夢も、どうやら限界のようじゃ。

 ただ、光秀は、国に帰って、働くべき仕事が残っておろう。信雄と左馬之助殿に手を貸して、再び戦乱の世にならぬよう、家康殿を支えてやってほしい。ローマから、船に乗るのが難しいなら、弥助と一緒に弥助の故郷のモザンビークに行き、そこから国に戻ることが良いと思う。

政宗殿の天正遣欧少年使節がモザンピークに半年滞在して、国に帰ったのと同じルートで国に帰れるよう考えてみてくれんか。できれば、蘭丸を連れて帰ってやってくれ。蘭丸は、まだ三十五歳。これからの男じゃからのう。

 ジョバンニは、長く仕えてくれたことに、まずは礼を言う。昨日も、お前無しには、この命は無かったものであろう。この先も一緒に居たいが、好哉殿の話だと、モザンビークは、ポルトガル領で言葉も通じん可能性がある。お前は、ローマに残り、マルタ騎士団に戻りこの国で嫁を貰い、子を作り、過ごすのが良いと思う。」

みんな、一言も聞き漏らさないよう聞き入った。沈黙の時間が流れた。

 蘭丸が沈黙を打ち破った。

「と、殿はいかがされるのですか?ひとり、この地に残られるのですか?私は、殿の最後の時までお仕えしとうございます。」

涙ながらに訴えた。

信長は、天を仰いで話した。

「わしは、弥助の故郷に行こうと思っておる。聞けば、南蛮のキリシタンたちにいいようにやられ、扱われておる。そこで、弥助と共に、弥助の故郷でしっかりとした国造りができるように、何がどこまでできるかわからんが、やってみたいと考えておる。「人生五十年」と覚悟しておったのが、十七年も長生きしてしもうた。ここからは、おまけの人生じゃ。新しいことを一からやってみたいのじゃ。弥助、お主に付き合わせてはくれぬか?」

「えっ、殿…。」

弥助が固まった。


オカやん号の中での、約二時間にわたる話し合いが終わった。

昼に、軽く乾杯をして、信長はジョバンニと抱擁を交わした。ジョバンニは、他の仲間とオカやんツアーズの四人と夏子と陽菜と握手を交わし、信長からの世話になった修道士たちへの親書を受け取り、ローマの街へひとり歩いて行った。皆、涙で見送った。

 残った十人は、フリークとメチャスキーは座席に、残りの八人はリビングに分かれて乗り込んだ。フリークの操縦で車を発進させた。フリークの左手が運転席横の「物質K」に添えられた。量子コンピュータには、1586年のモザンビーク島の座標が示されている。ひゅいーんと音とともに、オカやん号は、ローマの街から消えた。


「1586年、モザンビーク島」

 1586年6月1日、オカやん号はモザンビーク島の港を見下ろす小高い丘の中腹に停まっていた。

その前で弥助と蘭丸が手製の鍬で地面を耕している。ふたりの黒人の子供も手伝っている。ミスティと夏子と陽菜が山の林の中から籠一杯の落ち葉を抱えておしゃべりしながら戻ってくる。信長は、畑の横の小屋の前で、木桶の中に敷かれた水に浸した綿布の上に一定間隔で種子を並べている。十日前に蒔いた隣の隣の木桶は、約半数が発芽してきている。 好哉とメチャスキーが木灰と腐葉土を木のバケツで混ぜている。フリークが麓から歩いて戻ってくるのが遠くに見える。

 

 「フリーク殿が帰ってきたので、休憩にするかのう。」

信長が、クビにかけた手拭いで額の汗をぬぐい、皆に声をかけた。

「今日のお昼は、フランゴ・ピリピリやで。みんな、手洗って来てや。」

ミスティが、大きな声を出して、オカやん号のリビングから十二本の鶏のもも肉を大きなお盆に乗せて出てきた。ふたりの黒人の子供が歓声をあげ、近寄ってくる。握り飯のお盆を夏子が、お茶の入ったやかんを陽菜が持って続いた。

 皆、右手に表面にたっぷりとカイエンペッパーがまぶされた鶏ももを持ち、左手に握り飯を持ち、畑の周りに腰掛け美味しそうに頬張っている。

「ミスティー殿、この表面についている香辛料が、この畑に植えている苗からできるのにどれくらいかかるんかのう?」

「フリーク兄の話やと、発芽した苗を畑に植え直して、八十日くらいで収穫できるって言ってたから、苗床作りから三カ月ってとこらしいわ。信長さん、十日前に植えた種、何本、発芽しはったんですか?」

「今日、芽が出たのは七十二本じゃ。およそ半分が発芽したようで、予想より良かったわ。今の畑で畝六本というとこじゃのう。弥助、蘭丸、昼食が済んだら苗床の苗を移すぞ。準備は大丈夫か?」

「はい、殿。今回分は、昨日までで準備済みでございます。今日の種蒔き分も明後日には、耕し終わりますから、大丈夫です。弥助が馬力あるんで、あの荒れ地がこの二週間ですっかり畑らしくなりましたよ。」

蘭丸が、笑顔で答えた。弥助も横で笑っている。

 フリークからの提案で、弥助たちの自立の為の策のひとつとして、「モザンビークの気候に合い」、「栽培が楽で」、「ヨーロッパにもインドにもニーズが高い香辛料」として、カイエンペッパーの栽培が始められた。ブラックペッパーの廉価版として、将来性の高い赤唐辛子の一種である。オカやん号に積んでいた、カイエンペッパーから種を取り出し、二週間前から、畑を耕し、苗床を作り始めていた。栽培手順書を車内のプリンターで打ち出し、信長たちに講習会を行った。この二週間、信長自身も野良仕事を楽しんでいるようだ。もう一つの自立策として、エビ漁と干しエビづくりも検討している。

「弥助の弟たちもよく頑張っておるな。なかなかの仕事っぷり。褒めて遣わすぞ。」

信長が子供たちに声をかけると、弥助がふたりに耳打ちした。

「きょうえつしごくにぞんじます。」

「おほめのことば、ありがとうございます。」

たどたどしい日本語でふたりの男の子は信長に返事した。みんなで笑った。

「この畑、成功させて、この先、奴隷で売られていく子供がひとりもおらんようにしたいものじゃのう。」

信長は、港に泊まっているポルトガルの奴隷船を見て呟いた。


 フリークが、フランゴ・ピリピリを食べ終わり、指についた香辛料をなめながら切り出した。

「さっき、エビ漁の下見がてら、港の横の教会行ってきたんやけど、いい話と悪い話があったんや。先に、いい話からすると、天正遣欧少年使節団の出発は、11月末になる見込みとのことやった。四人の少年使節と通訳のディエゴ・メスキータ神父は、とりあえず、インドのゴアに向かうそうや。」

「そうなると、あと半年か。カイエンペッパーの収穫終わって、今後の見込みも十分立つ時間はありそうやな。そんで、悪い話ってなんや?」

好哉が言った。光秀と蘭丸は真剣な表情で会話を見守っている。フリークは話を続けた。

「悪い話っちゅうのは、使節団がゴアで、ヴァリニャーノと会うらしい。光秀さんも蘭丸さんも、ヴァリニャーノの安土での五カ月の滞在で面割れてんねんやろ。そこをどうするかっていう問題が残ってるわ。敵対してたカブラルが、裏で信長さんたちに情報流してたんは、ばれてるやろうから、光秀さんたちにはええことあれへんわなぁ。どないする?」

「・・・・・。」

皆、黙り込んだ。

 しばらくの沈黙の後、蘭丸が意を決して発言した。

「殿、私はここに残ります。ヴァリニャーノも知った顔がふたりいれば、間違いなく気づくでしょうが、光秀殿だけなら、「他人の空似」で通せるのでは?まあ、本来より、十四歳年も取っていますしね。」

「蘭丸殿、それでは、お主はどうするつもりなのか?」

光秀が慌てて、口をはさんだ。

「私は、殿のおそばに最後までお付き合いします。光秀殿は、信雄様や家康様に着いていてあげる必要がございますが、私は、殿の一小姓でしかありませんでしたし、幸い坂本の地も引き継ぐ前でしたので、迷惑をかけることも無いでしょう。」

信長は、厳しい視線を送り、蘭丸に言った。

「蘭丸、お主、それで悔いはないのじゃな?」

「はい、殿のお側で、殿の最後の日までお世話させていただくことが、私の本望でございます。」

「よし、もう一度、よく考えてみるのじゃ。今の、カイエンペッパーの収穫の時期が来ても、ここに残る気持ちに変化が無ければ、その時に改めて考えよう。まずは、光秀の帰国について考えよう。好哉殿、何か、良い知恵は無いものかのう?」


 好哉は、腕を組んで考え込んだ。

「光秀さんには、別人を装ってもらいましょか?歴史上、1590年、つまり天正18年6月21日に長崎に到着する予定です。当然、秀吉は生きてますわ。翌年3月3日に聚楽第で少年使節団は秀吉に謁見します。ヴァリニャーノはごまかせても、秀吉はごまかしようがないやろなと思います。

長崎に着いたら、秀吉の部下である細川忠興から情報が漏れるのを避けなあきませんから、光秀さんには、ガラシャさんを頼らずに信雄さんと合流するか、比叡山で後に天海になるであろう左馬之助さんと合流するのがええと思います。

うまくいけば、マニラでヴァリニャーノに日本を追放されたカブラルとコンタクトできたら、ジョバンニ・ニコラオさんを通じて信雄さんに連絡がつくかと思いますね。

 で、この地から長崎までの間は、死んだ人の名前使うのは申し訳ないと思うんやけど、「鹿児島のベルナルド」もとい「薩摩のベルナルド」って名乗ってもらうのがええんとちゃいますかねえ…。」

みんなが好哉の話に集中した。好哉が言う「鹿児島のベルナルド」というのは、ザビエルが最初に洗礼した薩摩の男性で、二年間ザビエルに従事し、1551年にザビエルが日本を離れる際、ほかの四人の日本人と出国し、1555年にローマに連れて行った日本人のひとりとのことだった。本名は記録に残っていないが、洗礼名から「鹿児島のベルナルド」と呼ばれる男との事だった。

 日本人初のヨーロッパへの留学生として、ローマ教皇パウルス4世とも謁見している。その後、スペインを経てポルトガルのコインブラ大学で学ぶが、1557年3月の四旬節に亡くなったとされている。現在の世では、1999年にザビエル来日450周年で、ザビエル公園内のザビエル像の横に像が建てられている。

「幸い、ベルナルドの容姿を知るものは、ほとんどいてませんから、メスキータ神父に光秀さんが「ベルナルド」と信じさせられれば、なんとかなるんやないんとちゃうかな?神父さんだますのは、気が引けるけどなぁ。それか、オカやん号で比叡山に送りましょか?」

「いやいや、そこまでは、迷惑かけられませぬ。好哉殿の言う策で行きましょう。「ベルナルド」殿については、おって詳しく教えていただけるようお願い申す。」

光秀が好哉に頭を下げた。

「まあ、今日話した感じやと、メスキーダ神父って、結構「商売気」持ちなおっさんやったから、カイエンペッパーの購入優先権とかバックマージンとかここでの布教活動の応援とか、鼻薬かがせたったら、うまいことやってくれんのとちゃうかな?あとは、少年使節団に絶対「光秀」さんやってばれへんようにすることやな。」

とフリークが付け加えた。

「いずれにしても、光秀も帰国方法をしっかりと考えて、オカやんツアーズの皆がおられるうちに策を練っておくことじゃ。お主の事だから、心配はしとらんが、いずれにしても、「猿」が生きとる時代に帰国するのじゃから、細心の注意は怠らぬようにな。好哉殿も最後まで知恵を貸してやってくれ。」

信長が呟いた。


 次の日の夜、夏子と陽菜はミスティーを誘って、車外で風にあたっていた。麓の港に若干の灯りが見える以外は、人工の灯りは無い。空気が澄んでいるため、月の明かりと満天の星空の元、お互いの顔ははっきりと見える。

「ミスティちゃん、明日、私たち元の世界に帰るんよなぁ。四十日もこっちの世界に居ったんやなぁ。陽菜ちゃんと話しててんけど、信長さんたちとのお別れ会したいなぁってな。」

「せやねん。ここ十一日間は、信長さん、光秀さん、蘭丸さん、弥助さんもずっと一緒やったし、名残惜しくてね。帰る前に、なっちゃんとちょっとしたパーティー開こうって考えててん。どうかなぁ?」

夏子と陽菜が考えたプランをいろいろと提案してきた。幸い、港に降りれば、ポルトガル人向けのマーケットがあるので一通りの食材は手に入る。弥助たちの将来に向けて、今作っているカイエンペッパーの畑とエビ漁の準備以外に、女性たちの仕事として、食堂を開いてはどうかという提案を最後にしようと考えているとの事だった。文字が読めない、弥助の家族の女性陣に、簡単に作れる現代料理を作って見せることで独立を手助けすることを考えている。

「うん、ええと思うよ。ところでなっちゃんと陽菜ちゃんで何を作るつもりなん?」

「陽菜ちゃんと考えてたんは、「エビのスパイス炒め」と「エビのアヒージョ」と「タコス」やねんけどな。調理も簡単やしね。」

「あと、とうもろこし粉でエビや野菜の天ぷらもありかな。トウモロコシのかき揚げも簡単やしね。まあ、私らが作れるもんやったら、だれでも作れると思うから。」

「わかった。好兄に話してみるわ。聞いてくるからちょっと待ってて。

ミスティーが車内に戻ると、好哉とフリークは、信長たちに量子コンピュータを使って、いろいろと教えているようだ。メチャスキーは、ウォッカなしの生活にふてくされてもう寝ている。ミスティーが、好哉を呼び出し、簡単に夏子と陽菜の計画を説明した。

「ほお、そりゃええなぁ。なっちゃんと陽菜ちゃん、女性陣のための仕事まで考えてくれてたんか。弥助さんに話してみるわ。ふたりも呼んできてくれるか。」


 翌日は、朝一番から、オカやん号の周りは人であふれた。弥助の家族だけでなく、村の親戚も集まって三十人程のパーティーになった。良く晴れた日差しの元、光秀と蘭丸がオカやん号の屋根からタープを張り、地面にグランドシートを敷いた。女性陣は、オカやん号の前でキャンプ用のバーナーを使い、夏子と陽菜が作る料理を一緒に作っている。スパイスのいい香りが周辺に漂う。小さな子供たちは、フリークとメチャスキーが竹トンボや紙飛行機を作ってやり一緒になって遊んでいる。ミスティは好哉と一緒に信長と弥助と一緒に畑の前に立っている。

「ミスティー殿、貴殿の「ぷれこぐなんとか」で三カ月後のこの畑と弥助の姿を見てやってくれんか?」

「ん、プレコグニション?あぁ、三カ月後の収穫予測やね。はい、ちょっと待ってください。」

信長から頼まれたミスティーは、畑に向かい意識を集中させた。信長と弥助は心配そうにミスティーの顔を見つめる。

「あぁ、畑、だいぶん広がってんなぁ。今の五倍くらいになってんで。一番手前の二日前に植えた畝は、しっかりと真っ赤な実がたくさんできてんで。弥助さんと蘭丸さんと子供たちが籠を抱えて収穫してるわ。信長さんと光秀さんは、収穫した実を天日干ししてますねえ。横では、エビも干してはりますねぇ。うまく行ってる様子で安心したわ。

おまけに半年後も見たんやけど、畑はさらに大きくなってたし、働いてる人も増えてたわ。光秀さんの姿はあれへんかったから、無事に船に乗らはったんやろね。」

「ミスティー殿、感謝いたす。畑は成功してござったか。それに光秀の事まで確認してくださったか。そりゃよかった。」

「うん、みんないい顔して仕事してはりましたよ。」

信長と弥助は笑顔になった。

「これで、僕らも安心して元の世界に戻れますわ。ミスティーの未来透視は、しっかりと当たりますんでね。」

好哉も笑顔で答えた。

「信長さーん、ミスティーちゃーん!料理できたでー!」

夏子と陽菜がオカやん号の前で手を振っている。


 弥助のあいさつで、パーティーは始まった。信長の乾杯で食事が一斉に出された。夏子と陽菜の考えたメニューが次々と出てくる。青空の元、どれもが美味しく、皆、喜んで食べた。おかわりは、夏子と陽菜がコーチ、弥助が通訳となり、弥助の家族や親せきの女性陣が作っていく。夏子たちが作った料理とそん色ない味で出来上がったので、食堂プランも目鼻が立った。

 楽しい時間は、あっという間に過ぎていき、いよいよ別れの時間が来た。信長、光秀、蘭丸、弥助と向かい合い、ひとりずつ抱擁を交わし、励ましの言葉とお礼の言葉が交差する。夏子と陽菜は泣きじゃくって、顔はぐじゃぐじゃだ。

名残は残るが、別れを告げ、オカやん号に乗り込んだ。フリークが「物質K」に手をかける。「ひゅいーん」という高周波があたりに響く。窓越しに、信長が言った。

「また、こちらの世界に来ることがあれば、三カ月後の世界に来てくれ。今度は、わしらがもてなすでな。では、達者でな。」

オカやん号は、見送る二十数名の前から消えた。


「エピローグ、2021年夏、大阪、オカやんツアーズ事務所」

 午後三時、気温38度、大阪。熱したフライパンのような温度の街から、ミスティーが汗をかきながら、学校を終え帰ってきた。事務所の応接席に見慣れた顔がふたつ。

「ミスティーちゃん、久しぶりー!三カ月ぶり―!551のアイスあるで!」

「あと、茜丸の五色どら焼きもな!」

夏子と陽菜が手土産の紙袋を見せ、ミスティーを出迎えた。

「なっちゃん!陽菜ちゃん!どないしたん、来るなら来るって連絡入れてくれてたらよかったのに。」

ふたりとハグをかわし、ミスティーは席に着いた。 他に客はいないので、フリークは奥の席で黙々とパソコンをいじっている。

「もう三カ月たつねんなぁ。その後、ふたりとも元気にしてたん?」

「私は、帰ってきてから、ひと月くらいは、信長様ロスに入ってぼーっとしてた。あの五人、元気にしてるかなぁって。ちなみに、陽菜ちゃんは、イケメン系のゲーム卒業してんて。」

「うん、なっちゃんがロスに入ってる間、いろいろと武将の事、まじめに勉強するようになってん。武将は「顔」やない。「生き様」やなって。あの四十日の旅で、教科書に載ってない、本当の歴史にすごく興味持つようになってんな。」

「ふーん、最初に店に来たときは、ミーハー歴女コンビやったのに、えらい変わってんなぁ。好兄聞いたら喜ぶで!」

ワイワイと賑やかな女子会が始まった。夏子と陽菜が四十日間の旅の思い出を、ある時は熱く、またある時はしんみりと思い出しながら語っていった。ミスティーも、過去のツアーで最長期間となったこの旅の思い入れは強く、その会話に加わった。そこに、好哉が戻ってきて参加して、更に会話はヒートアップしていった。あっという間に、三時間が過ぎ、午後六時を迎え、好哉の提案でメチャスキーのバーに場所を移すことにした。フリークも仕事を終え、少し早いがシャッターを下ろした。


メチャスキーの店のボックス席で皆で久しぶりの再会を懐かしみながら、六人で乾杯をした。あらたまって夏子が切り出した。

「オカやんツアーズの皆さんには、人生変わるような経験をさせていただき、感謝しています。実は、陽菜ちゃんとネットで色々調べてて、少し昔のテレビ番組の記事にあたったんです。皆さんに、それを見てもらって、ご意見いただこうと思って、今日は来たんです。陽菜ちゃん、用意して。」

「ん?」

ミスティーたちは、夏子と陽菜に注目した。陽菜は、カバンからタブレットを出し、ネット接続し、検索に入った。陽菜がページを開き、テーブルの上にみんなに見えるようにおき、話し始めた。

「このページ、民放の世界の不思議をロケしてクイズにする長寿番組なんやけどね、今年の5月の放送で「本能寺の変」の特集やっててんな。」

「あぁ、私も見たよ。まあ、悪い話やなかったけど、なっちゃんや陽菜ちゃんが見た世界とは、だいぶん乖離してたわなぁ。」

ミスティーが口をはさんだ。すると夏子が陽菜に変わり、話し出した。

「せやねん。光秀さんが、山崎で死なんと岐阜に行ったちゅうとこはかすってたけどな。弥助さんもちょっと出て来てんな。

でも、今回見てほしいのは、去年の番組やなくて、同じ番組のこっちなんよ。ちょっと古くて、2013年6月の放送で、モザンビークロケ行ってんねんな。そんで、この写真見たってよ!」


夏子が操作し、別ページに飛んだタブレットには、同番組の2013年6月13日の番組の記事が映っていた。サブタイトルに「本能寺にいた漆黒の侍を追え」とあった。夏子がスクロールさせると、三枚目の写真でみんなの目が止まった。

日本人レポーターの女性がモザンビーク島のマクティという村で黒人男性と映っている写真だった。現地の黒人男性は、上半身は青色の裃(かみしもの)ような着物と男物の細身の袴というか作務衣の下履きのようなものに腹帯を巻いていた。

「えっ?弥助さん?いや、現代の写真やからそれはあれへんわなぁ?それにしても、似てる…。」

ミスティが頭をひねった。

「そうなんよ、似てるやろ。記事読むと、男の人の名前は「ヤスフェ」、この人が着てる着物によく似た衣装は、「キマウ」っていうねんて!これ見て、ビビッときたんよ。「弥助」と「ヤスフェ」、「着物」と「キマウ」、ましてや、場所が「モザンビーク島」の村!現地では「ヤスフェ」って名前の男の人多いねんて。どう?好哉さん、この写真の人って「弥助」さんと関係あるんとちゃうかな?」

「そうやなぁ、あり得る話やとは思うで。よおこんな記事見つけてきたなぁ。うん、この顔立ちといい、名前や着物の件も含めて調べてみる価値はありそうやな。」

「そうでしょ、世紀の大発見でしょ!早速、次の旅費貯め始めたから、また、モザンビーク連れて行ってくださいね。アクティブ系歴女チーム「夏子&陽菜」様の誕生よ!」

夏子が鼻息荒く、話し、手元のグラスを一気に空けた。(あっ、それ俺のグラス!)メチャスキーが思ったときには遅かった。96度のウォッカは、夏子を直撃し、ほんの十五秒で夏子は沈没した。

「あーぁ、なっちゃん自爆や。もうこのまま、バチカンの時みたいに起きへんねやろな…。」

諦め顔の陽菜の声に対する、オカやんツアーズ四人の笑い声がバー中に響いた。

END

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『異世界ツアコンJKミスティーちゃん~織田信長を追いかけろ編~』 @akai_tsubasa

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