雪かき ☆KAC20229☆
彩霞
雪かき
「今年の雪はひでぇな。多すぎだべ」
「んだな。うちんどこも、もう捨てっどこがねぇ」
ここは限界集落。中心街から北東にある、山のふもとにある村である。
豪雪地帯で有名なこの地域は、毎年冬になると真っ白い雪で覆われる。お陰で「美しい銀世界」などと言われるが、それは外から来た人間が言うことであって、生活している人々にとっては、自然との闘いなのである。
地球温暖化が進んでいるというニュースをよく耳にするようになったが、この辺りの積雪は年々多くなっている。温暖化だからといって雪が減るということはなく、寧ろ海から空へ上がる水の量が多っているせいか、降雪量は増える一方なのだった。
村の人々が雪のある生活で一番困るのは、雪の片付けである。
気温がマイナスになった状態で降る雪は、軽くてまだいいが、零度以上の場合だと重い雪が降る。そうなると年寄りたちの体には、酷く堪える。
しかし、屋根に積もった雪もおろしてやらなければ、家が雪の重みで潰れてしまう。そのため、出来る住人が各々の家を周って、除雪の手伝いをしているのだった。
雪かきをしているメンバーは10人程度いたが、そのほどんとが60代である。だが、そのなかに2人だけ若い人が紛れていた。
「本郷さん、もっと腰をいれて!」
「はい!」
「ほら、若いんだから!」
「はいっ」
本郷は村の男性たちに喝を入れられながら、必死にプラスチックのスコップですくって雪を上にあげていた。
彼はここから30分ほど町の方へ向かったところにある、公民館に駐在している役所の職員である。今日は土曜日で公民館が休みのため、ここの集落の人たちが無理矢理呼んで、雪かきに参加させていた。
集落の人たちにとっては猫の手も借りたい状況なので、とりあえず若い本郷を呼んでメンバーに加えたが、入れられた方はたまったもんでない。
彼の年齢は30代前半というが、痩躯なせいか雪の重みに負けている。そのため、60代のおじさんたちよりも早く息が上がり、苦しそうにしていた。
「
「
集落の男たちの悪い癖である。
手伝ってもらっているにもかかわらず、こういう余計なことを言う。だからいつまでも「田舎」だと馬鹿にされるのだ。
「私は雪国出身なので慣れています」
飛鳥はぴしゃりと言い放った。男たちは意に介する素振りも見せずに、またくだらない話をしつつも、雪に気を付けながら作業を行っていた。
(悪い人たちじゃないことは分かるんだけど。もっと言い方があるでしょうに……)
彼女はここに住んでいるわけではない。しかし、自身が生活しているところも豪雪地帯なので、雪かきには慣れている。
20年近くのキャリアがあるのと、そうでない人間を比べないで欲しい。
飛鳥はそう思いつつ、黙々と作業をした。
ようやく、作業がひと段落したところで、休憩をすることになった。
飛鳥は本郷を呼んで、一緒に休憩しようと言った。
「いいんですか?」
「構いません。私の親戚の家ですが、どうぞ。お茶ぐらいしか出せませんけど」
彼女は淡々と言った。
「それだけで十分です。もう、喉がカラカラで……」
「雪かきは重労働ですからね。もし汗をかいていらっしゃるなら、未使用のシャツなどもありますので、着替えもどうぞ。風邪をひくよりいいですからね」
「ありがとうございます。あの……大野さんは、ここの出身ではないのですか?」
飛鳥が家の引戸を開けながら、後ろに立つ本郷をちらりと振り返った。
「私は違います。父はここの出身ですけど」
「そうなんですね」
「さ、どうぞ。お入りください。親戚は今別のところに出掛けていておりませんが、その内戻ってくると思いますので、気になさらないで下さい」
飛鳥は本郷の着替えを用意したり、鉄瓶で湯を沸かしたりと、テキパキと作業を行い、本郷に茶を淹れて座卓を挟んで向き合った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
本郷は出されたお茶をくっと飲むと、ぱっと表情を明るくした。
「このお茶、おいしいですね」
「水がおいしいのでしょう。茶葉はそう大したものではありませんが、この村の湧き水を鉄瓶で沸かしていますから」
「なるほど……」
本郷は湯飲みの中を覗き、小さく呟いた。
「なんか、今日はあまりお役に立てなかったみたいですみません」
「何故謝るのです? 申し訳ないのはこちらです。折角のお休みなのに。どうせ叔父や祖父が無理矢理連れて来たのでしょう?」
「まあ……半ば強引ではありましたが……。でも、大野さん……飛鳥さんよりも役に立たなくて、面目なくて」
飛鳥は申し訳なさそうにする本郷の顔をじっと見た。
そんな風に思う必要がないのに、この人は優しい人だなと思った。
「得意不得意なんて、人それぞれじゃないですか。ここでは、力のある男たちだけに価値があると思い込んでいるだけなのです。本郷さんには、本郷さんのよさがあります」
すると本郷は、ふふっと柔らかく笑う。
飛鳥はその表情が、素敵だなと思った。
「ありがとう、飛鳥さん」
「いいえ」
「午後からもまた頑張るよ」
「……無理はせずに」
飛鳥は空になった本郷の湯飲みに、再び茶を注ぎながら思った。
――借りた猫の手自体は、間違っていなかった、と。
窓を見ると、雪が一時的に止み、空から晴れ間が見えていた。
雪かき ☆KAC20229☆ 彩霞 @Pleiades_Yuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。