ひとつの思い出

紗音。

楽しい遠足

「センセー!!俺はこの班決め、反対でーす!!!!!!」

 ざわざわと騒がしい教室で、俺・荒巻あらまき完史かんじは、大声で決めた班に異を唱えた。

 クラスが静まり返るなか、担任の芦澤あしざわがため息をついた。

「荒巻……もう決まったんだよ。いつまでも子どもみたいに我儘わがままを言うんじゃない」

「先生!!我儘ではありません!!生命の危険を感じるから異を唱えています!!」

 芦澤は俺の顔を見ながら、ぶつぶつと文句を言っている。

「先生が席順の横並びで班を作ったせいで、俺の班は、調理できる人間がいないんです!!」

 そう言いながら、俺は自分の横に座る五人の顔を見た。

 隣には安澤あざわ実花みか、その隣に伊賀野いがの友大ゆた、次に伊蔵いぞう健三けんぞう小田おださくら尾崎おざき服部はっとりが座っているのだ。

「ったく、女子が二人もいるんだから問題ないだろ??それに、最近じゃ男子だって料理するんだぞ??」

「なら、実花と瑞稀をトレードしてください!!」

「はぁ!!??」

 そう言うと、俺は後ろに座る加川かがわ瑞稀みずきを指差した。瑞稀は苦笑いをしていた。

「ちょっと完史??私の何が不満なのよ!?」

 席を立ち上がり、俺に食ってかかる実花に、一瞬たじろいでしまった。だが、ここで負けるわけにはいかない。

「不満も何も、お前は包丁も握れないくせに何ができるって言うんだ!!」

「そんな昔のことはもう良いでしょ!!今は包丁くらい握れるわよ!!」


 俺と瑞稀、友大は生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染みだ。幼稚園、小学校、中学校とずっと同じで、今年はクラスに全員そろったのだ。

 この実花って言う女子は、幼稚園からの腐れ縁だ。瑞稀を泣かすたびに先生にチクるので、その度に実花と喧嘩ケンカをしている。

 小学校の頃、調理実習でカレーを作ることがあった。その時に俺と実花が同じ班になったのだが、コイツは左手に人参を持ち、右手に包丁を構えたのだ。まるで、ナマハゲのような包丁の握り方に、クラスが騒然としたのは言うまでもない。


「まぁまぁ、夫婦喧嘩はここまでにして。とりあえず、来週の遠足では、各班でカレーを作るからなー。材料を忘れずに買ってくるんだぞ。以上!!」

 そう言って、芦澤は教室を出ていった。その直後にチャイムが鳴ったのだ。

「……ちょっ夫婦じゃないから!!ちょっと先生!!??」

 そう言いながら、教室を飛び出していく実花を、俺は鼻で笑っていた。


「完史、班が別なのは残念だけど、おたがい頑張ろう??」

 瑞稀が俺をなぐさめてくれたことで、俺は涙目になってしまった。

「みーずーきー!!俺、遠足が命日なんて嫌だよー!!まだ真由美と結婚してないのにー!!」

 瑞稀に抱きつくと、瑞稀は俺の背中をぽんぽんとたたいてくれた。もし、瑞稀が女だったら俺は即告白するだろう。見た目良し、性格良し、料理の腕良しで言うことはない。

「フラれてるんだから、そろそろ諦めたらどうだ??」

 横槍を入れるように、友大が実花の席に座って話しかけてきた。

「ちげぇよ。保留だよ、保留。大きくなったらって真由美が言ってたもん」

ていの良いキープだな」

 そう言って、眼鏡をくいっと上げる友大がもう憎たらしくてしょうがない。

 確かに幼児のときと比べたら見た目も少しおっさんに近づいて可愛らしさを失っている。だが、それよりも性格がキツくなった気がするのだ。

 それに比べて瑞稀はさらに可愛さが増して、周りの女子じゃ勝ち目がないくらいの美少年になった。

「で、どうするんだ??」

「何が??」

 俺がそう言って頭をかしげると、友大はため息をついた。

「遠足の材料持ち込みの件だ」

「あぁ、んな簡単なことじゃん」


 ……


 遠足当日。

「なんてこった……」

 我が班員には、カレーの材料を各自で持ってくると言ったはずだ。だが、持ってきたのはこれだ。

 実花はわかめ、友大は魚の目玉、伊蔵は煮干、小田は菓子パン、尾崎は片栗粉だ。

 俺だけカレー粉と白米いう何とも言えない状況になっていた。

「おい……こんなかでカレー食ったことないやつは手を上げろ」

 その言葉に、誰も手を上げることはなかった。

「まー具なしカレーでいいんじゃね??」

 そう言いながら、小田は菓子パンを食べ始めた。それ、材料じゃねぇのかよと言うツッコミすらできなくなっていた。

「……とりあえず、米洗う人と火を起こす人に分かれようか……」

 無難な具なしカレーで良いと思ったが、誰も返事をしないのだ。

「えっ……まさか、この中で料理をやったことがないやついんの??」

 そう言うと、実花以外の全員が手を上げたのだ。

「私はやったよ!!調理実……」

「実花は論外だ」


 そこからは地獄のように忙しかった。火を起こして米を洗いに行った。善良な別の班から、余り物の人参やじゃがいもを貰ったので必死に野菜を切った。

 その間、俺の班の奴らは川で遊んで怒られたり、他の班の飯を奪いに行くなどの暴挙を働いていた。


「コラッ!!」

「いてっ」

 しっかりと鍋を見ていないと、友大が班員が放置している材料を突っ込もうとしてくる。

 あっちもこっちも大忙しで、猫の手も借りたいくらいだ。


「完史!!私も手伝う!!」

「いいよ、実花は絶対にやんな」

 俺が鍋を見ながら、実花にそう言うと、後ろからすすり泣く声が聞こえてきた。

「げっ、お前泣くのかよ」

「私だって……できるもん!!……練習したもん!!」

 今にも大泣きしそうな実花を見て、俺は諦めた。

「わかった。猫の手も借りたかったし……鍋を任せるわ」

「うん!!」

 もう残っているのはご飯を炊くのと、鍋でカレーを混ぜるだけだ。それなら、実花でもできるだろう。


 ……


「実花……」

「何??」

「これ……なんだよ」

 俺は炊いたご飯を人数分に取り分けて、ルーを待った。実花ができたと言ってご飯の上にかけた瞬間、俺は驚愕きょうがくした。

 真っ黒い大量のわかめに、隙間から煮干しが覗いており、ポツポツと魚の目玉があるのだ。後はなんかよくわからない粉の塊とそれに包まれたあわれな野菜達の姿があった。


「ほら、せっかくみんなが持ってきたものだし??使わないなんて良くないなーって」

 そう言いながら、実花はえへへと笑った。

 猫の手を借りたいからと言って、こんなやつの手を借りなければよかったと後悔している。


 その後は班員全員を捕まえて、一口も残さずに完食させた。勿論もちろん、この現況を作った芦澤にも食べさせてやった。


 次の日、俺の班のカレーを食べたやつは、全員腹を壊して休んだのだった。

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ひとつの思い出 紗音。 @Shaon_Saboh

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