第6話


 その日から御子柴の人生は変わってしまった、というべきだろう。突然転校してきた羽振りのよさそうな、明朗快活な(しかも美人)少女に唐突な告白をされる。あり得ない、と思ってもあり得たんだよチクショウ、と誰かが野次を飛ばしてくる。


まさに運命の日。成瀬瑠璃にとっては七月七日に彦星と織姫が再会を果たす、というぐらいに奇跡的なものだ。顔の前で手を合わせ、ぎゅっと握りしめる。素敵なものでも見ているかのように瞳を光らせ、その〝素敵なもの〟を見つめる。あぁ、良い……と胸中でつぶやき、酔いしびれる成瀬。


「先生、わたしあそこに座っていいですかっ」


 語尾を跳ねさせて、御子柴の隣(永瀬瑠璃の席)を指さす。先生は先ほどの告白に呆気にとられていたため返事が遅れた。


「え、いやあそこは既に永瀬さんの席なのでできませんね」

「えぇ」残念そうに肩を落とす成瀬。

「あの席ではだめですか?」と担任教諭は御子柴とは大きく距離の離れた、廊下側の隅の席を指さした。


 すると成瀬はその席のほうへ顔を向けた。ちなみに成瀬以外の人間は彼女に視線を向けている。その変人ぶりに眉をひそめる者、ころころと表情が変わるところを見て目をきらきらとさせる者、彼女の端正な顔の輪郭に呼吸を忘れる者、各々が違う印象を持っているのだ。 


 だが、ただ一人だけ違う者がいる。

 御子柴春太。彼からしてみれば、彼女を変人とも、親しみがもてるなとも、綺麗だとも思っていない。ただ身に覚えがない、というだけ。

(でも、どっかで知り合ってたみたいだし。いや、本当にそうなのか? ただ単に、人違いなんじゃ?)

 覚えていない、というのがいまのところの結論であった。


「仕方ないですね……ん、あれ」成瀬は御子柴の隣席へ目を向ける。「永瀬?」

「永瀬さんがどうかしたのですか?」

「永瀬って、永瀬瑠璃ってひと?」

「ええ、そうですけど」

 そこで御子柴は、まずい、と感じた。背筋が凍るような寒気を感じ、ふと窓のほうへ目を背ける。


「……そう。同じクラスで、しかも隣なんだ……」

「あ、あの。永瀬さん?」教諭が大丈夫ですか、と首をかしげる。

「ふーん。ま、いっか。じゃあ先生、わたしあそこに座りますねー」


 そう言って、窓際の席へ向かっていく成瀬。その姿を追うように視線を動かす生徒。ほほう、と御子柴へ向けて薄ら笑いを浮かべている遼太郎。指先を震わせている御子柴。


 教室という狭い空間のなかで、様々な思いが交錯している。

 このときの空間を平面上で見れたら、どれだけ面白かっただろう──と一年後の御子柴はほくそ笑んでいた。

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きみと僕とキミ。 静沢清司 @horikiri2

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