長靴を履いてない猫

@candy13on

長靴を履いてない猫

「手ぇ、貸してやろうか?」

 その声に振り向くと、薄暗い俺の部屋のドアの前。

 サバトラな猫がいた。エジプト座りしてる。

 どっから入ってきたんだ。

 でも、僕は、

「なんだ、猫か」と、作業に戻った。

 猫は、背後で言う。

「忙しいんだろ? 手ぇ、貸してやろうか?」

 別に、忙しいというほどのものでもない。

 肉体労働に近いが、嫌な作業ではない。

 むしろストレス発散を兼ねた筋トレ。

 そんな気分に近い作業だ。

 猫は背後で、

「なぁ、せっかく出てきて、おまけにわざわざニホンゴしゃべってんのに、そんな態度はないだろ?」

 猫の手の押し売りか。

 邪魔だ。ニボシでも与えて、お引き取り願いたい。

 あいにく、ニボシはない。冷蔵庫にお肉はあるけど。

 仕方なく、追い払おうと思って、作業中断。

 立ち上がって振り向いたら、危機を察知したのか、猫はぴょん。

 素早く、クローゼットの上。

 おまけに横座りして、欠伸。

 睨んでみたが、猫は顔を洗った。

「手ぇ、貸そうか?」

 かそうか、と聞いて。脳内変換で『仮想化』になってしまって、我ながら疲れているな、と思った。そして作業に戻る。とはいっても狭い部屋、なかなか厳しい。猫の手を借りたからといって、作業が捗る気がしない。

 そもそも、どこの猫だ。

「手ぇ、貸そうか?」

 これ以上、作業の邪魔されたくない。解体作業の邪魔だ。

 猫の態度が気になる、いや、癪だ。

 思わず、解体作業中であった彼女の、しかも切り落とした腕の。

 丁寧に切り取った、その右手首を。

 猫に向かって投げつけた。

 猫は……ぴょん。

 右手首、クローゼットではなく天井にあたって、落ちた。

 半端な血飛沫で部屋がますます汚れた。

 そしてこう言った。

「借りる前から、返す奴があるかぃ?」

 変な疲労感が押し寄せてきた。

 この猫に適当な仕事を与えて、借りたことにしようと思った。

 作業を手伝ってもらおう。

 猫は足元にやってきたので、優しく頭をなでながら作業の説明。

 安心しきって目を細めたところ、ふん捕まえて。

 その手を切り落とした。

「なんてことしやがる」

 猫は顔色ひとつ変えないところが、ムカつく。

 猫の手、借りただけだ。

 人に何かを貸すときは、きちんと貸借契約等、いろいろ約束事を何とかしとくもんだ。もの、ひと、かね、それ以外でも。でなきゃ、返ってこないことを覚悟して、貸すんだが。借りるほうも覚悟が必要な場合もある。

 借りは返そう。

 きちんと返してくれないと、彼女のように……。

 なんて思ってたら、猫はいなくなっていた。

 借りたはずの、切断した猫の手もない。

 時間を無駄にしただけだった。

「貸すんじゃなかった」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

長靴を履いてない猫 @candy13on @candy13on

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ