封印解除はフミフミ
にゃべ♪
恐ろしいお告げ
パムル神聖帝国に魔女がやってきたのは、まだ収穫祭の始まる前の事。来国者用の門の前で、衛兵は彼女に入国理由を尋ねた。
「この国に起こる災厄について国王に進言しに来たのだ」
「なんだと! 一体何が起こると言うのだ」
「このままだと国が滅ぶぞ」
魔女の気迫に圧倒された衛兵はすぐに王宮に連絡。非常事態と言う事で、彼女は王の謁見を許された。全身黒尽くめの魔女は、けれどもどこか気高さと気品が感じられ、兵も貴族も彼女を貴人として見送っていた。
王の間に通された魔女は、眼前に座る王に向かって深々と頭を下げる。
「そなたか、名を問おう」
「私の名はシーラ。お初にお目にかかります、パムル2世国王」
「うむ。して我が国を襲う災厄とは何だ?」
「天から大きな星が落ちてきます。遅くとも三ヶ月後までには。落ちてしまえば国は跡形もなく消滅する事でしょう」
シーラの言葉に謁見の間は騒然となる。国の余命宣言が突然なされたのだ。騒ぎになるのも当然の話だった。王もこの話に衝撃を受け、彼女の顔をじっと見つめる。
「そなたがここに来たと言う事は、それを防ぐ手立てが何かあると言う事なのだろう?」
「ええ。そうでなければ、今すぐ国民全員国を捨てて早く逃げろとしか言わなかった事でしょう」
「前置きはいい。その手段とは何だ」
「この国に封じられている古代兵器の封印を解くのです。あれを動かせば、星を粉微塵に粉砕する事が出来るでしょう」
シーラの提言を聞いた王は、立派に蓄えた口髭を触って思案を巡らせる。その様子から、その古代兵器にについて何も思い当たる節がない事がうかがわれた。
「我が国にそんな物が? 誰か知っておったか?」
王はこの場にいる役人達に話を振る。国の歴史に詳しいはずの文官や補佐官すら首を横に振った。
室内が騒然とする中、シーラはその冷ややかな瞳で王を見つめる。
「古い古い話ですから、伝承が途絶えていても仕方がありません」
「なるほど、魔女は歴史を大切にしてるとも聞くしな。分かった。この話、検討してみよう。すぐには答えが出せぬが、そうだな……来週の今日までには」
「では、来週また参ります。良き返事を期待しております」
彼女が帰った後、王は国の天文学者や星読みにこの件についての検証を依頼。その結果、星が落ちてくるのは事実だとの報告を受ける。王は何故今まで気付かなかったのかと学者達を責めるものの、隕石の軌道変更が突然で想定出来なかったと反論。
多少のゴタゴタはあったものの、シーラの話を受け入れるに至ったのだった。
一週間後、彼女は王国の地下にある封印されている古代兵器の場所へ王や関係者達を案内する。そこは、古代の巨大墳墓だと説明されていた場所だった。
「こちらにございます」
「何と、この全てが謎で墳墓と言う事にしていたこれこそが古代兵器であったか」
「正確には、それを封じている封印でございます」
「落星の事を伝えたそなたであるから、当然解除方法も知っているのであろう? 全てを任す。国を襲う災厄をどうにかしてくれ」
王はそう言うとシーラに全ての作業を投げて王宮に戻り、通常の公務を続ける。それを見送った彼女は、早速封印解除に取り掛かった。
決められた手順で、決められた方法を使い、時に魔術を駆使しながら封印は慎重に解かれていく。見張りの兵の言葉によると、時に繊細に、時に荒々しく作業は進められたのだとか。
それから2日後の朝、不眠不休で事にあたっていたシーラが倒れる。過労のようだ。半日後に起き上がった彼女は、王に不思議な頼み事をする。
「王国中の猫を集めろだと? どう言う事だ?」
「封印の最終解除に猫の力が必要だからです」
「だからと言って全てとは?」
「封印を解除するには、波長の合う猫がフミフミしないといけないのです。この波長の合う猫と言うのがどの猫なのかが分かりません。だから多くの猫で試したいのです」
シーラの言葉を聞いた王は、早速役人に猫を集めさせた。次々に地下の封印前に猫が集められていく。その数は100匹、500匹、1000匹を超えた。その全ての猫が一斉に封印をフミフミしていく。
フミフミ、フミフミ、フミフミ、フミフミ、フミフミ、フミフミ、フミフミ……。
来る日も来る日もフミフミは続き、それでも一向に成果は現れなかった。作業が滞った事に痺れを切らした王は、現場を見に地下に降りてくる。
「猫を集め始めてもう一週間だぞ。まだ封印は解けぬのか」
「はい、一向に」
「このままでは封印を解く前に星が落ちてくるではないか」
「ですから、今もこうして急いでいるのです」
いくら話しても埒が明かないと判断した王は、怒り心頭のまま王宮へと戻った。そして、封印解除が間に合わなかった場合のプランを実行に移す事を決断する。
「魔女を当てにしていては、我らは国と共に滅んでしまう。それは避けねばならん」
「それでは、例の計画を……」
「ああ。国民には絶対に悟られぬなよ」
「御意」
例の計画とは、王族や貴族のみの国外脱出計画。この情報が城外に漏れたら、国中が大騒ぎになってスムーズな計画実行が困難になる。だからこその隠密作戦だった。国民に知られぬように少しずつ、国から支配階級の人物が減っていく。隕石の落下はもうそこまで迫っていた。
全ての猫のフミフミを試したシーラは、報告のために王の間へと向かう。けれど、そこで彼女を待っていたのは影武者の魔法人形だった。
「そうか、もう王も脱出したのだな」
事態を理解したシーラは、パチンと指を鳴らして魔法人形を元の土塊に戻す。それから地下に戻り、封印の墳墓の前で自身の使い魔の黒猫のルルを解き放った。彼女が墳墓の中央部でゆっくりと丁寧にフミフミすると、それに呼応して封印は光を解き放ちながら解除されていく。
そう、特殊な猫は最初からシーラのもとにいたのだ。
その頃、隕石は既に肉眼で確認出来るほどの距離に迫っていた。今のままでは数時間後には多くの国民にも落下の事実が知られ、パニックになる事だろう。封印の解除がほぼ確実になった頃、魔女は国全体にゆるい睡眠魔法をかけた。
「何だかすごくどうでもいいぞ~」
「眠気が、眠気がすごい……」
「むにゃむにゃ……」
魔法の効力で国民の誰もが空に意識を向けなくなる。こうして隕石に関する時間稼ぎを実行する中、ついに封印は完全に解除された。数千年ぶりに古代兵器は息を吹き返し、その姿を現代に蘇らせる。
墳墓のあったエリアの床が音を立てて崩れ、その代わりにドーム状の古代兵器が地上に浮上していった。現役時代の位置に戻った古代兵器はすぐに形を変えて砲台を作り出し、迫りくる隕石に標準を合わせる。
「よーく狙って……今!」
兵器を操作していたのは封印を解除した黒猫のルル。主の命を受けた彼女は、思念派を駆使して破壊光線を発射した。
「にゃ!」
破壊光線は迫りくる隕石を一撃で粉砕。どこにも被害を発生させる事なく無事に事態を収束させる。作戦の成功を見届けたシーラは、またこの兵器を再封印した。
封印にもまた猫のフミフミが必要で、操縦席から戻った黒猫ルルがその作業を担当する。
そして使い魔がフミフミしている間に、この地下室に集まった全ての猫に向かって彼女は杖を振った。
「さあ、戻りなさい」
魔法を浴びた猫達が次々にその姿を変えていく。やがて、それぞれが人の姿になっていった。シーラの言葉によれば、人の姿こそが本来のものなのだろう。
人に戻った彼らは、彼女のもとに集まって片膝をついた。
「この度は我らの願いを聞いてくださり有難うございます」
「なあに、たまたま隕石が落ちてくるタイミングだったからそれに合わせただけだ。それに君達は今からが本番だろう? 頑張るんだよ」
シーラの激励を受けた人々はすぐに王宮に突入。国の主要機関を全てその手に収めていく。王族も貴族もいなくなっていたので事はスムーズに運ばれた。
空席になっていた王の席には彼らのリーダーが収まる。彼こそは本来のこの国の王であるモモ。王座に座った彼は、高らかに宣言する。
「今からこの国はシラム王国だ!」
シラム王国とは、この国の以前の名前だ。約80年前に内乱が起き、当時の支配者層は権利をすべて奪われてことごとくが追放された。そうして、王が変わった事で国の名前まで変わってしまっていたのだ。
権力者が変わり、国の運営方法が変わった事で国民は圧政に苦しむ事となった。王族や貴族だけが肥え太る現状を変える出来事を、国民はずっと心待ちにしていたのだ。そんな状況での旧王族の復権を国民は歓迎する。シーラもまたこの国の魔術顧問に収まり、賢者を従えたシラム王国は末永く栄えたのだった。
ちなみに、逃げたパムル神聖王国の王族達はそのまま追放処分となり、国に戻る事は許されなかった。それから彼らがどうなったのかは、どの歴史書にも記されてはいないと言う――。
封印解除はフミフミ にゃべ♪ @nyabech2016
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