第58話 新しい居場所

 特に大きな反対をされることもなく、キリルは祖父母から城で暮らす許可をもらうことができた。むしろ快く送り出してもらえるくらいだ。


 ちなみに祖父母はオフェリアから、キリルと自分が城を追われた経緯や、キリルが【災厄の王子】と呼ばれる存在故に王家から命を狙われる危険があることなど、すべてを聞いていた。


 だから最初に騎士団が村に来た時、真っ先にキリルを逃がすことを考えたのだという。


「自分勝手で、ごめんなさい」


 すでに夕暮れの時を迎えていた村の入り口で、キリルが小さく頭を下げて謝ると、


「近いのだから、また好きな時に顔を出してくれればいいのよ」


 そう言って、祖母はキリルの頭にそっと手のひらを置いた。そして栗色の髪の毛を優しく撫でる。


 たとえ目を閉じていてもわかる、祖母の手。それはこの村から逃がされた時とはまったく違う、とても温かいものだ。


 祖父の瞳も柔らかな笑みをたたえていた。


「うん、ありがとう」


 思わず涙が出そうになるのを必死に堪えながら、キリルはそれだけを答えると、懐に入ったままの銀の懐中時計を服の上からぎゅっと強く握りしめる。


 これまでも、ずっとこれからも自分の帰る場所はここにある。


 それはとても幸せなことだ。


 もちろん、これからはデルニード城も自分の帰る場所のひとつになったが、やはりずっと育った場所は特別なものである。


 そんな当たり前のことに心から感謝しながら、キリルはニールと共にカーミス村を後にする。


 馬を連れたニールの隣を歩きながら、キリルは祖父母の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。



  ※※※



「許してもらえてよかったですね」


 馬上のニールがキリルの肩越しに声を掛けてきた。


 それほど馬を走らせる速度は速くはない。走っているうちに日が落ちてしまったので、それからは安全のためにと少し速度を落としていた。


 小高い丘を通る街道を走っている時だった。


「うん」


 前を向いたままでキリルが一言だけ答えると、


「家族というものは本当にいいものです」


 ニールはしみじみとそう言いながら、うんうんと何度も頷く。


 確かにその通りだ。


 たとえ血が繋がっていなくても家族は家族だし、それは何にも代えがたい、とても大切なもの。


 そんな大切な家族をこれから先、ずっと守っていけるように自分は強くなろう。


 キリルはそう改めて決意し、拳を強く握った。

 その時だった。


「あ、ルアールが見えてきましたよ」


 ニールの嬉しそうな声に、キリルは弾かれたように顔を上げる。そしてその瞳に映ったものに息を呑んだ。


 まっすぐ正面に見える大きな城の窓のあちこちから漏れている光。それは遠くからでもはっきりとわかる程のものだった。


 その光はすでに暗くなってしまった空を明るく照らしているようにも見えたし、同時にキリルたちの帰還を祝福しているかのようにも見えた。


「おかえりなさい、キリル様」


 背後からまたニールの声がして、思わず目を見張ったキリルが振り返る。


 そこにあったのは、いつもキリルを安心させてきたとても優しい微笑みだ。


 城に戻ればユリウスとエリオット、そしてエミリアやローベルト国王もきっと同じ笑顔で出迎えてくれるだろう。


 キリルはニールに向けて少しだけはにかむような笑みを返し、顔を前方へと戻す。


 そして大きく深呼吸をすると、声高に言った。


「ただいま!」



【了】


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Kirill―キリル― 市瀬瑛理 @eiri912

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ